ハッピーエンド、多分。
シーラの言葉に、話し合いをやめた男性陣が一斉にシーラを見る。そして、出来の悪い子を見るような視線を向けられた。
そんな視線を向けられたことのないシーラは、怒りよりも驚きで固まる。
そんな中、王太子だけが「ああ」と、軽い声をあげた。
「そう言えば、言うのを忘れていたよ。浮かれすぎだな、私も」
にっこり笑う顔が怖い人って本当にいるんだ。こんなにイケメンなのに、嫌なことしか思いつかない。
シーラを捕まえていた彼の腕が解かれ、目の前で王太子が頭を下げた。
「まずは、婚約などないと言った言葉を撤回し、謝罪する」
彼はそう言って頭をあげ、軽く首を傾げた。
王太子である彼が、公式な場ではないと言え、頭を下げるとは思っていなかった。
そのことに驚き、彼の頭をぼんやりと眺めていると、彼はさらに続けた。
「私は、結婚に安らぎを求めたい。だから、愛する自信がある人間しか妻にできないと思っている」
なるほど。
重責を担う職務だからこそ、家庭に安らぎが欲しいと言うことか。
国のトップとしては甘い考えだと一刀両断することもできるが、トップとして立たなければならないからこそ、並び立つ人には愛する人がということなのだろう。
シーラはそう理解しつつも、許容できずに王太子を睨み付けた。
「それは、出会った日にお聞きしたかったですわ」
だが、それならそれで、婚約者候補をあげている時点で言うべきだ。華の命の短さを甘く見てもらっちゃあ困る。
ここまで放置することが許せないとシーラが言うと、王太子は眉を下げた。
「ああ。今更、理解した。自分の行動の一つ一つを、もっと考えておくべきだった」
素直な王太子の謝罪に、シーラは少し怒りを治める。
「私の婚約者候補になるために、女性が何を犠牲にしてここまで来るのかを理解できていなかった」
王太子は、大きなため息を吐いて「後悔している」と小さく呟いた。
彼は、候補者と言われる女性が、婚約直前のこんな状態で断られれば、どんな状態になるのか理解していなかった。
分からなかったのではない。理解する気が無かったのだ。
そんなことに考えが至らなかったと反省して、こんな視野の狭さでは国を支える人間になどなれないと反省していた。
許せるのかと言われれば――許せないと思うが、激しい怒りは無くなった。
――彼に悪気はなかった。
悪気が無く、自分の信念に基づいた行動だったのだ。
それでも、やっぱりもっと早くに聞きたかったと思う気持ちは止められないのだが。
シーラはため息を吐いて仕方がないと言って退出しようとしたのだが。
彼の腕が再度、巻き付いてきた。
「なんと、見つけてしまったのだよ」
何も考えずに見上げてしまった自分を猛省したい。
目の前に、綺麗な顔が間近に迫ってきていた。
腰に腕が回っていたせいで、王太子が顔を下に向け屈むと、大変近い。
――パーソナルスペースの取り方を大きく間違っていると訴えたい。
残念なことに、少々怖くてそんな場合じゃない。
シーラが固まっているのを、理解していないと分かったのか、彼は付け加えた。
「愛する人をね」
そう言って、恥ずかしそうに笑う王太子は、正直、可愛いと思ってしまった。
照れたように首の後ろに手を回して、ふにゃと笑う顔は、シーラよりも年下に見える表情だった。
――ただ、腰を抱く力は全くかわいげのないものだった。
がっしりと捕まえられていて、さっぱり動かない。
「勘違いです」
シーラは無駄だろうなと思いながらも、逃げようとあがきながら言った。
その言葉に、王を筆頭に結婚の準備を始めているおじさん三人は呆れた目をシーラに向けたが、シーラは睨み返した。
さっきまではみんな、シーラの味方だったはずなのに!
シーラはどうにか打開策はないかと、パニック状態になった頭をフル回転させた。
「そっちが好きな人と結婚したいというならば、私だって好きな人と結婚をしたいです!」
――叫んでしまってから、失言だったと気が付いた。
「へえ……?」
低い低い声が頭の上から聞こえて、怖くて上が見られない。
なのに、彼はシーラの顎を捉えて無理矢理目を合わせた。
「好きな人?いるの?」
ぶるぶるぶるっ。
王太子のブラックな空気に、勢いよく横に首を振った。
そのシーラの反応に、王太子はほっとしたように息を吐いた。
「だったら大丈夫だ。愛していると言わせて見せよう」
腰に回った腕をさらに力強く引き寄せて、シーラの頬に手を添えて彼は微笑む。
限りなく優しく、甘く。
はっきり言って、腰を抱かれている状況でさえ、男性に触れたことのないシーラにはハードルが高かったというのに、この状況、頭がどうかしてしまいそうだ。
のけ反っても同じだけ近づいて来る彼からは逃れられない。
「結婚の準備が整うまでに、相思相愛になろうね」
にっこり笑って言う王太子に口には出さずに思う。
そんなことは無理だと思います。
私の表情から、どんなことを考えているかは分かっているだろうに、彼は気が付かないふりをする。
呆然と口を開け閉めするだけのシーラに微笑んで、彼はこめかみにキスを落とした。
「これからよろしく。婚約者殿」
言われて、シーラは真っ赤に染まった頬を両手で押さえながら、これだけはと、ようやく言葉にできた。
「破廉恥です~~!」
もちろん、王太子がこの言葉にさえも嬉しそうにしたことは言うまでもない。
この日からきっかり一年後、王族にしてはとんでもなく短い婚約期間を経て、この国の王太子は結婚することになるのだった。