捕獲?
シーラは一瞬にして判断を下し、ダンスのステップでも踏むかのようにするりとドアの方へ向かった――
「ひえっ!?」
つもりだった。
「うん。まだまだだな。逃げようとしたのが表情で分かってしまった」
王太子がシーラのお腹を抱きかかえ、ダメ出しをしてくれる。
くすくすと笑われて、腰を捕まえた王太子の腕に力がこもった。
妙な恐怖感に襲われてしまったシーラは、少々パニックに襲われた。
自分でも驚くことに、王太子に攻撃を加えようとしたのだ。
下から手のひらを突き上げるようにして顎を狙う。
避けられても気にせずにそのまま腕を薙ぎ払って、膝で彼の膝を反対側に蹴る。
――のだが、
「しかも、動こうとする先が、視線でバレてしまっているよ」
ことごとく避けられて、さらにぎゅうっと抱きしめられてしまう。
「今のは護身術の練習だったということにしておいてあげるよ」
王族に攻撃を加えたとなれば、さすがに不敬罪どころでは済まない。
そんなこと分かっていたのだが、シーラの危険察知能力が、体を動かしたのだ。
このくらい動ければ、突然襲われても不意を突いて逃げることはできるだろうと、護身術の先生から言われていたのに、全く役に立たなかった。
「先にシーラの動きを見てしまったからね。知らなかったら、逃げられていたかもね」
シーラの思考を呼んだように王太子が説明を加える。
能ある鷹は爪を隠さなければならないということか。
シーラがどうにか逃げられないかと視線を動かすが、その先ににこやかな王太子の顔が入り込んでくる。
「シーラ、大丈夫。……逃がさないから」
「ひいいっ」
思わず悲鳴がこぼれた。
大丈夫とその後の言葉が結びつかない。言葉がおかしい。
シーラのその様子に、王太子は面白そうにくすくすと笑う。
笑っているのに、その視線は、シーラを狙う。
その視線に、シーラは食われそうだと、反射的に悲鳴をあげた。
「私は美味しくありません!」
本気で食べられそうな恐怖を覚えて、シーラはもがいたが、もがけばもがくほど、腰に回った腕は力が強くなっていく。
「ふふっ。さすがに今食べるようなことはしないよ」
首筋で話をされて、ぞわっと鳥肌が立った。
今食べるって!?後から食べるのはあり!?っていうか、人を食べるの!?
シーラがまたもやパニックに陥っているというのに、王太子はいつまでも面白いものを見るようにシーラを眺めている。
「美味しいかどうかは、後日ゆっくりと確認させてもらうよ」
「いえいえいえいえ!確認は必要ありません」
「そうだね?絶対に美味しいから」
にっこり笑うライオンに、シーラはさっきは無視をしていた伯爵に助けを求める。
「お父様っ?娘がさらわれそうですわよ!?」
しかし、起き上がった伯爵は、何故か王と宰相の傍でこちらを眺めていた。
「じゃあ、この後すぐに発表ということで」
「そうだな。式の日取りも同時に決めておいてくれ」
「かしこまりました」
漏れ聞こえてくる内容が、数十分前だったら普通のことだったはずなのに、今は違う。
こっちを無視して進めるな!
シーラが王たちに文句を言うために口を開くより先に、シーラを捕まえている王太子が先に口を開いた。
「結婚は最速で。式よりも先に子供が出てきてしまってはいけないからね」
驚くことを言う王太子に、シーラは目を剥く。
「子供ってできるわけないでしょう!? 」
真面目な顔で結婚の日取りについて指示を加える彼に、シーラは反論した。
「そんなわけないだろう」
しかし、王太子は堂々とシーラの言葉を否定した。
そんなわけないの?どうして!?
シーラは自分の父親たちに丸い目を向けたが、彼らは顔を伏せてシーラと顔を合わせてくれなかった。
シーラの疑問は黙殺され、結婚準備に関する命令が次々と飛び交う。
「とりあえず、婚約発表だぞ」
「同時進行で後宮の準備を進めてくれ」
「各国への連絡と、結婚式列席者のリストアップを進めておきます。お急ぎということですので、婚約式は王族だけのもので簡略化してはどうかと」
「妻が、シーラの衣装についてはすでにあたっております」
「そうか!そちらは前々から準備を進めてくれていたのだったな。有難く思う」
――って、なにこれ。
シーラの仰天する表情を全く無視して話を進める人たちにシーラは叫ぶ。
「さっきまでの、婚約しないって話は何だったのです!?」