表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/9

無能な王太子に用はない

王太子はそのシーラに、この瞬間、恋に落ちたのだ。

彼女の強い意志を秘めた瞳に。

芯の通った考え方に。

自信に満ちた彼女の――全てに。


その様子に、怒り狂うシーラ以外の人間は気が付いた。

「権力ばかりを持つ、使えない王妃に仕える気はありません。この国を想うならば、私が王妃になるべきだと思ったから、学んできたのです」

結婚適齢期だと言う三年間を費やしてね!

吐き捨てるように言ったシーラに、王太子は微笑んだ。先ほどとは違う、甘さを含んだ微笑み。

―――だったのだが。


「だけど、無能な王太子の妃なんて、こっちから願い下げだわ!」


ハッピ―エンドにつなぐはずだった空気が固まった。

そう言い捨てて引き上げようとするシーラの腕を掴んだのは、伯爵だった。

「待て待て」

グラントリ伯爵の手を振り払ってシーラは言う。

「気分が悪いので失礼させていただきます。慰謝料の話はまた後日仲介人を立てますわ」

「そうじゃなくて、殿下の言葉を……」

今から別の流れになるはずだから。その言葉を胸に収めたまま娘を引き留めるが、怒り狂った娘には通じなかった。

「今更私の態度が不敬だと気にしてらっしゃるのですか?」

さっきは連れて帰ろうとした伯爵が呼び止めようとする理由を、明後日の方に解釈したシーラが、はんと鼻で笑う。

「突然婚約破棄されて、親から勘当された令嬢に、さらに不敬罪なんて罪を被せるならば、被せてみればいいのです。国民はどう思うか……」

「違うから。落ち着きなさい」

段々と声が大きくなっていくシーラに、伯爵は宥めるように肩を叩いた。

シーラはこの突然変わってしまった空気に首を傾げながら、王太子を見上げて言う。

「私は今から拒否された無価値な女となるのです。慰謝料はしっかりといただきますが」

生活のためだから、どれだけ腹が立とうが慰謝料の話はしないといけない。

シーラが王太子を睨み付けると、何を思ったか、王太子がシーラに近づいてきた。

「シーラ」

しかも、ファーストネームを呼び捨てだ。

今まで「レディ」としか呼びかけられたことは無いと思うのだが。

多分、どの婚約者候補も、○○伯爵家令嬢としか認識をされていなかった。名前さえ覚えられていなかったのではないかと思う。

親しげに呼ばれても、今更だ。

グラントリ伯爵が娘から一歩離れると、その場に入れ替わって王太子が立つ。

訝し気に王太子を見つめるシーラにさえ、彼は面白いというように目を細める。

そして、シーラに近づいて、両手を握った―――

「気安く触らないでください」

が、軽く振り払われた。

振り払われながらも、王太子はめげずに言った。

「婚約を承諾しよう」

王と宰相がほっと息を吐く中、シーラは訝しげに目を細め、首を振った。


「今更、無能であると証明された王子には用はありません」


ばったりと倒れた伯爵を尻目に、シーラはきっぱりと告げた。

「結婚した途端、本物の愛を見つけたなどと戯言を抜かして、別の女に走ります」

笑顔のまま固まる王太子に、シーラは辛らつな言葉を投げかけていく。

「浮気で済めばいいものを、後宮に迎え入れるなどと言い始めるに決まっています。そして始まる後継者争い。それを治めることもできず右往左往する当事者。私は国を荒らす原因になる気はないのです」

腕を体の前で組んで胸を張るシーラに、王太子は目を輝かせた。

逆に、シーラは王太子の反応に一歩下がった。

怒り狂うと思っていたのだ。それが喜ばれたようで、何故か分からない。

引いたシーラを追い詰めるように、王太子は一歩足を進める。

「素晴らしい。まさに理想だ」

――誰がだ。どこがだ。

突っ込もうかと思ったが、王太子の表情に口をつぐんだ。

甘く微笑んでいるだけかと思ったら、その視線が肉食獣のそれに見えたのだ。

どういう思考回路をしているのか読めない。

近くで話したことなど数えるほどだが、その時は当たり障りなく『王子様』だった彼に、シーラは特に何の感情も抱いてはいなかった。

だが、今の彼は――

さっきまでの、どこか面倒くさそうな表情が消えて、獰猛な獲物を狙う視線に、シーラはひるんだ。

「こんな理想の女性を隠しているだなんて」

王太子は、煌びやかな顔で笑った。


―――よし、逃げよう。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ