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処世術です

その言い様に、シーラはにっこりと笑う。

「本性というのは、生まれながらに持った特性のことですわ。私は、持って生まれた美しさを存分に発揮できるよう振る舞ったのです。全てが私でございます」

「このへ理屈がっ!」

シーラの言葉に王太子が何かを言う前に、グラントリ伯爵が立ち上がった。

「それならば、今日だっていつものようににこにこと黙って笑っていればよかっただろう!」

「必要なものを要求するために口を開いたのです!これも必要なことです!」

目の前で親子喧嘩を始められて、王太子は二の句が継げない。

はっきり言って、二人とも不敬だ。

こんな扱いを受けたことが無くて、王と王太子はしばしどうしていいか分からなくなる。

そこに、控えめなノックが聞こえる。

「失礼いたします。何か問題が起こりましたでしょうか」

宰相が心配そうに入室してくる。

そして、それにさえ気が付かずにぎゃあぎゃあと喧嘩をする伯爵親子を見て固まる。

「殿下、ではなかったのですね……」

どうやら、部屋の外に怒鳴り声が漏れ聞こえて、伯爵が叱責を受けていると勘違いして、それを宥めようと思って宰相は入室してきたらしかった。

「俺が怒鳴る理由はないだろう」

王太子は返事をすると、宰相も頷きながら答えた。

「ええ。ですから、何があったのかと思いまして」

怒鳴り声がして、一番に疑われるのは王か王太子だ。グラントリ伯爵がまさか。シーラなど、予想に入れることさえ無かっただろう。

「ああ……そうだな」

国のトップ三人は、遠い目をして目の前の光景を眺めた。


「大体、男性の前でだけその生意気な口もきかんだろうがっ!」

「処世術です。何の問題が?」

結婚相手を探すときに、シーラは、しっかりと男性に好かれる女性を演じていた。わざわざ敬遠されるような話題を振る必要はない。ニコニコと笑って御しやすく見せていればいいのだ。

王太子相手だろうと同じことをしていただけの話だ。

伯爵が娘の社交界での評判を聞いたときには「ダレソレ?」な人物像になっていたのだ。

曰く、地上に舞い降りてきた天使のようだと。

「どこが天使だ、このじゃじゃ馬がっ!」

胸を張るシーラに、グラントリ伯爵が掴みかからんばかりに怒鳴ったところで、王が止めた。

「グラントリ、大丈夫だ。うすうす気が付いてはいた」

――マジで!?

両側から感じる視線に王は冷や汗をかきながらも、グラントリ伯爵に鷹揚に頷いて見せる。

「シーラは実に聡明だと、様々な場面で感じ取っていた」

まあ、今まで何度となく食事やお茶は当然、政治のことなども語ってきたのだ。シーラがか弱いだけの深窓の令嬢だとは思っていなかったと言う。

ただ、こんなに苛烈な性格をしていたとも全く思っていなかったが。

「なんとっ……陛下あぁ」

その言葉に伯爵はむせび泣き、また膝をついて王に理解をしていただいたと感動に打ち震えた。

シーラは口げんかで上がってしまった息を整えながら、陛下にお辞儀をした。

「そなたは―――母親似だな」

思わず出てしまった言葉に、シーラは申し訳ないというように、伯爵に代わってもう一度頭を下げた。

「―――はい」


「自分を偽ってまで手に入れたいようなものか、王太子妃の座は」

シーラに問いかけているのか分からないような呟きが王太子から洩れた。

だけど、その問いが気に入らなかったシーラは、胸を張って答えた。

「当然ですわ。最高の富と権力が約束された場所ですもの」

それに、宰相は「ほう」声をあげる。

宰相の感心したような声に王太子は首を傾げた。

王太子妃になりたいという女は大抵が富と権力を目的としているだろう。

ほとんど話したこともない王太子に恋い焦がれてと言われても、全く現実感がない。

伯爵がまた「お前の歯は素っ裸か!衣を着せろ!」と面白い突っ込みを入れていたが、シーラは無視をした。

「周りから言われるがままにで王太子妃候補となったわけではないのですね」

宰相が言えば、シーラは目を伏せて、ゆっくりと屈んで返答をした。

王と王太子には見せなくなってしまった礼に、二人は、ちょっと複雑な心境だった。

「国の重責を担うというのに、自分の意志が無ければ、私は偶像と化してしまいます」

「――安心しました。お人形になる気はないのだと」

宰相の挑発するような言葉に、シーラは少し視線を上げる。

「もちろんでございます」

そして、宰相の表情を見て、ニヤリと笑った。

シーラの態度に、王太子は理解できないと言うように眉を寄せた。

「金は充分にあるだろう」

グラントリ伯爵はそれなりに裕福な貴族だ。それなのに、重責を担ってまで欲しいものなのか。

王太子の言葉に、シーラは驚いた表情を見せ、眉を寄せる。

政治を担うことになる男の言葉に、怒りの表情を見せる。

「お金はあってもあっても飛んでいくものです。ちょっと畑を整備しただけで赤字になるのです」

伯爵領は広いが、畑だらけだ。道路の整備も何もなっちゃいない。

ここ最近、豊作続きで潤ってはいるが、天候に左右されない産業にも手を出さなければならない。

金はあればあるだけいいに決まっているではないか。

そして、金を作り出すために必要となる政策を実現する際に必要なのが権力だ。

権力は金を生み、使い方によってさらに金を生み出す。

そして人々は富み、生活は潤う。国はさらに発展していく。

シーラの言葉を聞いて、さらに王太子は問いかける。

「権力は義務を伴うものだ。そんなにうまくいかないこともある。それを理解しているのか」

―――馬鹿にしているのか。

「義務を伴うなど、私は三年間学んできたと言っているではないですか」

舌打ちが出そうになるほどシーラは怒り狂っていた。

白い肌は紅潮し大きな瞳はキラキラと輝く。

その姿に、王太子はひと時見惚れた。

おかしなことだが、黙って微笑むシーラよりも、顎を傲慢に持ち上げて怒りの表情を見せる彼女の方が、誰よりも美しかった。


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