絶縁
控室と言っても、豪華な部屋に、立派な応接セットが置かれた客室と言っても構わないような部屋に通された。
グラントリ伯爵親子は並んでソファーに座り、後から来られるという王と王太子を待っていた。
「シーラ……」
グラントリ伯爵が気づかわし気に娘に声をかけると、シーラは気丈にも顎を上げて父親を見た。
その目に光るものはない。
「お父様、私を伯爵家と絶縁してくださいませ」
シーラはさめざめと泣いているだろうという大勢の予想に反して、父親と二人きりだというのに、彼女は一滴の涙も流してはいなかった。
それどころか、絶縁などと言って、隣に座る父親に視線を向けて、微笑んだ。
「シーラっ!」
悲鳴のような声をあげるグラントリ伯爵に、シーラはゆっくりと首を振る。
「これ以外に方法がないと思いますの」
儚げに微笑んでそう言うシーラの言葉に、扉の開く音とともに王と言葉が重なった。
「そんなことはさせられない。そなたは何も悪くないのだ」
急いできてくれたのだろう。王はノックもせずに控えの間に入ってきた。
「すまない。外で絶縁するという声が聞こえて。そなたがそんな目に遭うことはない」
慌てる王の後ろから、王太子も一緒に入室してきた。
シーラが気丈に顔を上げている姿を見て、少し驚いた顔をした。
自分を救おうとしてくれる王に微笑んで、シーラは小さく首を振った。
「恐れ多くも陛下にご意見申し上げることをお許しください」
シーラは両手を握り合わせて、祈るような姿勢で話した。
「このようなことになれば、私は、伯爵家のためにはなりません。ならば、家族のために離れることが最善と考えます」
涙も流さずにそんなことを言う彼女に、王と王太子はそろって息を呑んだ。
シーラは、王太子の婚約者とほぼ決定していたような令嬢だ。
まずはその経歴で、大多数の貴族から敬遠されるだろう。まず、王太子の様子をうかがって……ということになる。
しかし、シーラはすでに20歳になろうとしている。16歳でデビュタントを迎え、17歳の頃には、王太子妃の有力候補だと目されていたのだ。すでに、この国では嫁き遅れだと認識される歳なのだ。それだけ、シーラの妃教育に力を入れているのだと周囲は認識していた。素晴らしい王太子妃になってくれるだろうと、多くの人が期待をしていたのだ。
しかし、当人である王太子が婚約する気さえないのだとは思っていなかった。
今日の謁見の様子で、シーラは、ひどく扱いに困る存在となってしまうのだ。
王妃になれる資質を持った嫁き遅れの令嬢。
そんな面倒な令嬢を娶ろうとする高位貴族がどこにいるだろうか。
いたとしても、シーラの位と財産を狙う者か、少々年を取っているとはいえまだまだ美しい姿を愛でようとする中年貴族だろう。
正妻という立場は与えられず、妾として生きていかなければならないかもしれない。
グラントリ伯爵がそれを許さないのならば、結婚をしない娘をこれから一生面倒を見ていかなければならないのだ。
シーラは淡く微笑んで頭を下げた。
「私は、これから伯爵令嬢ではありません。この身一つで生きてまいります」
ショックを受けたであろう直後のこの凛とした美しさに、王は感嘆のため息を吐いた。
そのシーラの様子に、王太子は「なんてこと」と小さく呟いて、前髪をかき上げ、
「言われなければ気が付かないなど、私はとんでもない阿呆だな」
独り言のように呟いた。
言っている最中に「そうですね」と相槌が聞こえた気がしたが、誰も気のせいだと思って無視をした。
王太子は眉間にしわを寄せ、目を伏せたまま謝罪した。
「申し訳ないとは思っている。私が陛下と話し合わなかった咎をあなたに背負わせるようなことになってしまった」
王太子の言葉に、シーラは俯いた。
婚約者になると思っていた男性からの優しい言葉に、やはり涙をこらえきれなかったのか。
シーラは顔を俯かせてしまっており、その表情は見えない。
伯爵がそわそわと、しきりに娘の様子を心配していた。
「――申し訳ないと、思ってくださるのですか?」
震えるか細い声で紡がれる言葉が、王太子には泣いているのだろうと思われた。
「ああ。贖罪はしよう」
目の前で女性に泣かれて、冷たい言葉を吐ける教育は受けていないのだろう。
先ほどは面倒くさそうな態度が見えたが、王太子は、シーラに向かって優しい声をかけた。
申し訳ないと謝り、贖罪をするとまで王太子に言わせたのだ。
シーラは両手を握って大きく息を吸った。
国のトップ二人がこうして謝罪をしてくれた。それで充分じゃないか。
シーラは、それだけで理解しようと―――
――――しなかった。