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タイトル一文字。 同音異字から連想する物語、あいうえお順に書いてみた。

「い」 -胃・居・井-

作者: 牧田沙有狸

あ行

「胃が痛い……」

  医務室の椅子に横たわった。ドアに「外出中」のプレートがかかっていたが構うもんか。

  キャンパス内で居場所をなくしたあたしには、医務室の黒い長椅子が心地よい。

  一斉にみなが同じ講義を受けないから、友達なんて流動的。

  気が付けば一人。  

  ああ、さみしきキャンパスライフ。

  あたしは長い黒髪を垂らし胃を抱えうずくまる。

 

 ガチャ

  ドアが開いた。ああ、先生帰ってきた。

 「きゃーーーー!貞子!!」

 え?

  あたしは長い髪の間から先生の顔を見た。

  その生気のない自分の姿が、先生の悲鳴の原因だと感覚的に分かった。

 「違います」 

  あたしは勢いよく髪をかき上げ反論した。

 「びっくりさせないでよ」

 「すみません」

 「もう、勝手に入って何してたの?」

 「胃が痛くて」

 「暴飲暴食した?」

 「食欲ないです」

 「胃酸の出すぎか」

 「いや、身体的な問題ではないとい思います」

 「精神的なら、3号館にカウンセラーいるよ」

 「いやだ、あそこにいる先生エロそうで、二人きりとか絶対ヤダ」

 「あー分かる分かる。あのメガネとヒゲが胡散臭い」

 「え?」

  おどけて笑う年のそんなに離れていない先生、ふいに女友達のように感じた。

  つられて笑った。

  少し気を緩めたあたしを見て、先生は聞いてきた。

 「貞子、講義は」

 「ないから来たんです。ってか、貞子じゃないです。維子(ゆきこ

 「なんだっていいじゃん」

 「名前だから、なんだってよくないです」

  やる気のない軽いノリの白衣の人。精神的な問題で胃痛を訴えてもまったく慰める気がない。

  わざと痛いところを外してくれているようでなんか心地いい。

  胃が痛くて医務室というわけではなく、本能的にこの場所を選んだのかもしれない。

 「胃が痛いっても、むやみやたら薬は出さないからね」

 「分かってます。精神的なものだから薬効きません。ただ行くところ」

 「ここを居場所にしないでよ。維子」

 「え」

  最後まで言わない言葉に返ってきた言葉。なんだか心を見透かされた気分だ。


  居場所。


  いつも一緒だった彼氏に振られた。

  いつも一緒だった彼氏と見ていた大学の風景がまるで地獄絵巻みたい。

  いろんなところに染み付いた思い出があたしに刃をむける。

  近づくたびに傷ついて。

  どこにも行けない。

  図書館も。

  視聴覚室も。

  パソコン室も。

  食堂も。

  教室も。

  廊下も。

  階段も。

  グランドも。

  体育館へと行く道も。

  桜の木の下も。

  

  新しい彼女と新しい思い出を作り始めた彼を見たら、

  ますます、どこにも行けなくなって、胃がキリキリ痛み出した。

  自宅は遠いし、周りに面白い店もないし、今年度必修単位はギリギリ。

  中途半端に空いた時間は大学内にいないといけない。

    

 「やっぱり貞子だ」

  先生はそう言ってテッシュの箱を差し出した。

  黒い長椅子に水滴が落ちていた。

  あたし、いつの間にか泣いている。 

 「なんでですか」

 「早く狭い井戸から出て来い」

 「は?」

 「海に飛び込めとは言わないが、海の広さを知る努力しようよ」

  案外詩人な先生の言葉、最初は意味が分からなかった。

  

  彼以外の人や違う楽しみを見つけようなんて、いきなり前向きになれないけど

  見つける努力をしてみよう……気持ちで見ている風景は異世界へ変わる。

  居場所がないんじゃなくて自分で変えられる場所にいるんだ。

  井戸の中に一生いて海の広さを知らない人生じゃない。 

  そういう意味だと思ったら胃痛が止まった。

 

 


 胃・井・居・椅・維・医・衣・慰・異・意


 

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