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憤怒の代行者  作者: KKSY
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004 団長、悪夢を見る(前)

「魔王様」


 キャンがひざまずく。代々魔王様の従者として仕える血族である彼女には、戦場は向かわんとする主人に渡すべき物があった。


「なん…………、貴様、目の色が変わっているぞ? 病気か?」


「違いますよ! なんですかその考え!?」


 思わずといった感じで顔を上げた。


「うむ。栗色はそうでなくてはな。恭しくするよりも喧しい方が合っている」


「なんですかその評価。あぁもう! 満足気な顔してないで! 渡すものがあります!」


***


 魔王城を降っていくと、有り余る部屋に住んでいるのか、魔王城に籠城する住人がちらほらと増えてきていた。


「魔王様?」

「あぁ、魔王様だ。喋っているし睨んできている」

「まるで昨日とは別人の様だ」

「でも今更魔王様が覚醒なされたって……」

「言うな。我等に未来が無い事ぐらい魔王様なら分かって下さっている」

「そうだな。どうせ人間に滅ぼされる」


 魔王様の拳はぷるぷると震えていた。


(なんという事だ! みなが諦めきっているとは、これが魔族の現状かっ)


 このままでは島から人類を駆逐しても魔族は長くないだろう。

 問答無用で事を成し遂げたとしても、虚無感無気力感が無くなる訳ではない。それでは意味がないのだ。


「――人類を駆逐する前にひとつ演説をせねばな」


「魔王様……」


「我等に諦めは似合わぬ。喩え武器が折れ、体が壊れようと、その心は不屈であるべきなのだ。殺意をたぎらせ、敵に侮らせず、常に畏怖させ続けるべき恐怖の象徴。それが魔族であろうっ」


「しかし魔王様」ロサンティーヌが言う。「今の我等は無力な存在。力が戻ればきっと」


「そうではないぞ赤毛。意思ではなく心の在り様の話だ。弱体化したからとてその心の在り様は変わらん。だから遥か昔の偉人達は戦場で亡くなったのであろう。ここに居るのはみな腑抜けだ」


 魔族である矜持を守る為に散っていった先人達に尊敬の念を抱き、魔族の現状に失望を隠せないでいた。


 抵抗を諦め、迫る理不尽をただ茫然と甘受する。なんなのだこれは。


 魔王様の胸中は怒りで満たされている。再び沸き上がる力を感じながら、しかし時ではないとドシンドシンと踏み鳴らし歩を進める。

 ギラギラと危ない輝きを放つ瞳で案内を催促され、キャンはどうしようもない悦びを感じていた。


 爛々と輝く双眸で先を見据える。背後から漂う威圧感にゾクゾクとした。


 これから始まるのだという確信が、道を照らしている様だった。


***


 案内された先は宝物庫であった。

 きらびやかな輝きを放つ宝の数々は、それひとつで国が傾く程に価値ある宝石が凝縮されていて、数よりも質を地で行く物であった。


 魔王様は小さな指輪ひとつに所狭しと施された宝石の数々を一瞥して、興味ないと言うように鼻を鳴らす。

 キャンは溜め息を吐いた。


「……歴代の魔王様もお宝とかに無頓着だったんですよねぇ~」


「ただの石であろう」


「……身も蓋もない」


 会話もそこそこに、キャンは宝物庫の更に奥、幻術によって隠された扉を露にさせ、鍵を開ける。ロサンティーヌは驚きに声を漏らしたのも無理はない。ここは代々従者として仕える血族にしか管理を任されないのだから知りようもないだろう。


「こんな仕掛けがあったなんて……」


「ここから先へは魔王様しか行けません。そういう魔術式が施されています」


 キャンの言う通り、扉から先には魔術式『招かれざる者に苦痛を』が施されている。効果は言葉の通り、ありとあらゆる苦痛を資格無き者へもたらす拷問様魔術でもあった。

 苦痛の例として、痛みは当たり前として、腹の飢えに不幸がもたらす心の傷までありとあらゆるもの。苦痛と感じる何かは千差万別、常人では三秒と持たないだろう。なんせ、順番ではなく纏めて襲い掛かってくるのだ。普通にショック死する。拷問として成り立っていない。


「うむ」


 魔王様は悠然と歩き出し、扉の前で少し考え、おもむろに蹴破った。


「ちょっとぉ!?」


 キャンが悲鳴を挙げる。

 しかし魔王様はどこ吹く風でふてぶてしい。


「なんだ」


「なんだ。じゃない! 魔王様阿呆ですかっ! 魔術の施された部屋を正当な手順を踏まずに開けるなんて何が起こるか分からないんですよ! 分かってます!?」


「知らんな」


「この脳筋野郎!! 少しは考えて下さい、主に私達の安全をっ!」


「自分の身ぐらい自分で護れ、メンドウな」


 きゃんきゃん吼える栗色の少女はがるるるぅ~と唸る。目尻を吊り上げ歯軋りをしていた。


「栗色よ。可憐な顔を歪めるでない」


 頬に手を添えられ、擽ったさに思わずといった様子でびくりとする。乙女のキャンは突然の事に頬を染め、胸に手を当てた。


 ロサンティーヌは突然の甘酸っぱい空間を渋い顔をするが、なんとなく先が読めたのでキャンに同情する。合掌。


「貴様はただ俺を彩る装飾品になって居れば良いのだ」


 俺がルールだとその内豪語しそうな魔王様にロサンティーヌは思わずしらーっとした視線を送る。キャンの瞳は既に死んでいた。


「……魔王様」


 声音は静かで、重い。恐らく一般人ならこの一言で気を失うだろう。

 それを意にも介さないのが魔王様クオリティー。


「うむ」


 と、心底なんでもないように頷く。蹴破った扉の先からは依然として変化はない。面白味に欠け残念だった。


「こんのぉ、傍若無人も程々にしろぉぉぉぉおおおおおおっ!!」


 キャンの絶叫が宝物庫を反響してビリビリと響いた。


「ふむ。貴様の大声も一種の武器であるな」


 そこでようやく魔王様は部屋の中へと入っていった。

 特殊な魔術が掛けられているのか、ドア枠から先は闇で区切られていて、魔王様の体はすぐに見えなくなってしまった。


 何処と無く、寂しいという寂寥感を覚え、キャンは耳を押さえて目を回すロサンティーヌの介抱をする。先程の絶叫でダウンしてしまったようだ。




 石壁に囲まれた部屋はひんやりとした空気に満ちていて、かなり淀んでいた。

 そんな中にひと振りの大剣が台座に突き刺さっている。


 特殊な鉱石から作り出したのか、刀身は鋼特有のにび色ではなく。どこまでも深く、吸い込まれてしまいそうな黒鉄であった。


 なんとなく、惹かれるものがあり、鈍い輝きを放つ大剣の柄に手を添える。握ると、大剣を通して歴代魔王の記憶とも言うべき映像が頭に去来した。


「――――そうか」


 歴代の魔王はこの大剣に誓いを立てていた。

 「神を殺す」誓いを歴代の魔王が漏れ無く立て、そして先代でようやく為し遂げた


 そして、300年間魔王が現れなかった謎も分かってしまった。


 確かに魔王は勇者と違い軽々と代替わりされない。少なくても30年、長くて60年で300年もの空白期間は寧ろ異常であった。


「剣よ。代々続く力の結晶よ。念願であった神殺しを為し遂げた偉大なる先代の相方よ。神は滅びてはいない。人類を操り、天使を繰り出し、今や我等魔族は滅亡の危機にある。意思が弱くなり、(きた)る滅びをなんの感慨もなく甘受せんとしている」


 嘆かわしいと魔王様が首を振るう。今のままでは魔族に未来はない。数も少なく、力も弱く、心さえも脆い。

 己ひとり奮闘したとしても滅ぶ事は変わらないだろう。そんな無駄な事をする気はない。


 ならばどうするか? 決まっている。

 魔王様は魔族の王として君臨しているのだから。


「剣よ。これは契約だ」


 大剣の柄を両手で握り締めた。赤黒い力が手を通して大剣に浸透していく。


「俺は、魔族()の為に貴様()を振るおう」


 言って、大剣を抜く。大剣から黒い霧が溢れだし、魔王の体を包み込む。たじろぐ事なく受け入れると、変化が起きた。

 霧が赤黒く変色し、より禍禍しくなり、力の脈動が強くなる。


 魔王様の姿も変わっていた。着ていない筈の漆黒の全身鎧を装備していて、赤い線が脈のように描かれよりおどろおどろしい。

 だと言うのに金属の重さを感じさせず、寧ろ羽のようである。


 いつの間にかあるマントも黒色だが裏地が赤と徹底している。何処と無く吸血鬼を思わせた。手触りも良し。

 精悍な顔立ちも、黒かった双眸に赤みが掛かり、それは髪も同じだった。黒と赤が単色で入り乱れる髪の毛。何故こうなっているのか。


「ふむ。まぁ良い」


 気にしない事にした。


 魔王様は大剣を見る。刃渡りだけで2メートルはある魔王の背丈よりも長く、当然のように鞘はない。刃先へ行く程尖った形をしているが、その幅は魔王の半身もある。

 これ一本作るのにどれだけの材料が要るのか。小難しい事は考えないようにした。


 これまた大剣もそれ程重量を感じさせない。木の棒の様に軽々と振る事が可能だろう。握った感触も良く馴染んでいて、体の一部と言われても違和感なく受け入れられる程だ。


 取り敢えずとして背中にそのまま吊るし、心配そうに部屋の中を見つめる栗色の従者と、退屈そうにしている赤毛の研究者の元へと戻る。


 こうして、魔王は神殺しの魔剣と一体化した。


***


 早速人類を駆逐しようとした魔王様を止めたのはロサンティーヌだった。


「ちょっとちょっと、どこ行くつもりで」


「何、さくっと人類を殲滅しようとな」


「確かに魔王様おひとりで事を為せるでしょうけど、はっきり言います。私にもやらせて下さい」


 深々とロサンティーヌは頭を下げる。魔王様は目を細めた。


 ロサンティーヌの内心は穏やかではなかった。魔王ひとりで島から人類を駆逐する。部屋から戻ってきた魔王から漂う力の圧力なら確かに成し遂げる事は簡単であろう。だが、それでは、なんの為に研究を続けていたのかが分からなくなる。


 抗う為に牙を研ぎ澄ませて来た。それを不要とされるのは我慢できない。


 そんな思いがあった。


 そんな思いを、魔王様はしっかりと見抜いた。


「良かろう。ならば会議だ」


 訪れた先は会議室。物々しい雰囲気の中、ロサンティーヌは島の地図を広げて敵の拠点に駒を集める。


「敵は港を拠点にし定期的にここ魔王城に襲撃を掛けてきています。毎回、ギリギリの防衛ですが、今の私なら次の襲撃を問題なく迎撃出来るでしょう」


「うむ。敵の数は」


「700。魔族の総人口よりも多いですが、敵は全軍では攻めて来ません」


「全てが戦える者ではない、という事か」


「はい。この島は人類が住み着く大陸とは離れていて、港を拠点にしているのも物資の補給の為でしょう。なので、物資の運搬をする者、更に調理管理する者と後方支援を担当する人間が数割り」


「兵士が担当しないとは、贅沢な人材の使い方であるな」


「それ程までに舐められているのでしょうね。ですが、それが命取り」


「して、どうする。俺が突っ込んで蹴散らすのもひとつの手であるぞ」


「今回は、私の我が儘を通させて下さい」


「良い、許す」


「ありがとうございます。作戦の流れは変えません、魔王様が敵の大将を討ち取る。その前の段階で私を使いたいのです」


 作戦を詰めていく過程で討論する二人に、キャンは粛々と果実を絞った飲み物を置いていく。


 彼女の役割は魔王様に付き従い、邪魔するものを蹴散らす事である。

 早々に役目が決まると、白熱する魔王と参謀兼研究者の間に口を出す勇気はなく。居場所を求めて部屋の隅にちょこんと置物と化している。


 そして、作戦が固まると、二人は獰猛なまでに邪悪に笑い合う。キャンはドン引きした。


***


 魔王城の庭に、籠城する魔族全員が集められていた。

 魔王様による緊急召集が掛けられ、キャンとロサンティーヌにより物理的に集められたのだ。


 当然、彼等彼女等に不満が溜まった。

 今まで何もしていなかった魔王が今更何をするというのか。


 魔族達は腐りきった性根を瞑目する魔王に向ける。


「――――集まったか」


 重く、押し潰されそうな重圧感が、その声にはあった。


 怪しく光る赤黒い瞳、禍々しい全身鎧を身に着けて、魔王は煮えたぎるマグマをとうとう噴火させた。


「こんの虫けらどもがぁぁぁぁっ!」


 怒号があがる。体がばらばらに引き裂かれたような幻覚と共に過呼吸に陥る者が続出した。


「貴様等は虫けらだっ。性根の腐ったウジ虫だっ。利をもたらさない害虫だっ!」


 魔王から溢れでる威圧感が増し、体の底から恐怖が沸き上がりガクガクと震える。


「我は魔王、人類を滅ぼし、貴様等魔族の繁栄の為尽力しよう。だがっ! 貴様等は魔族に非ず! 貴様等はただの負け犬であるっ!」


 貶し、蔑み、罵倒する。

 今の魔族の在り方を全否定し、新たな在り方を説いていく。


 魔族とは恐怖をもたらす存在であると、最期の時まで不屈の精神を持つ高等なる種族であり、人類という下等生物にいい様にやられている魔族を責める。


 崇高であれ、気高くあれ、何者にも屈さずに高貴であれ、と。


 やがて、魔族は圧力に耐えられるようになり、恍惚として魔王様の言葉に耳を傾ける。

 自分達の在り様が如何に卑しかったのかを自覚し、自害しようとするもそれもまた恥であると、答えを求めて魔王を求めて、受け入れ、そして、


 ガチャン、と、何かか外される音が脳内に響くのだ。

 次回で魔王様の強さが分かるかと。

 会話ではなく描写で話を進めたい今日この頃。難しい。

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