木材と鉄だけでコンピューターを作っちゃった?
展示会当日、チェスを指すからくり人形はスゴイ盛況だった。
チェスのコマをちゃんと動かすだけでも困難な動作なのに、この人形はなんと相手の指し手を認識してちゃんと相手をすることが出来るのだ。
海賊服を羽織った骸骨人形が動くたびに、カラス張りの机のなかで複雑なカラクリが動き回る。
従来の歯車やワイヤーを用いたカラクリに蒸気で動くまったく新しいカラクリ、それらすべてが滑らかに完璧に動作しているのを外から見ることが出来るのだ。女の私ですらドキリと来る代物である。
当然、見物客は説明を求めるだろう。
『これはなんだ?』『どうやって動いているのだ?』『人が中にいるに違いない!』
だというのにコレを作った本人が此処に居ない!
鍛冶長も大工長はドワーフとゴブリンなので、貴族ばっかりのこの場所にはこれないのだが。
設計者もいないとはどういう事だ!!
マオさんは会場に行く前にいきなり野暮用があるとか言い出して姿を消してしまったのだ。
おかげで半ば興奮状態の客たちの対応を実質私一人でしている。
「中に人がはいっているですって? 困りますわお客様、どうか下のガラスから中をご覧になってくださいまし。人が隠れるスペースなど何処にもございませんでしょう。もっとも我々の優れた職人が精霊を召喚して動かしているのかもしれませんけれども」
うるさい客はガラス部分から中の様子を窺うと中に人が隠れるスペースなどなさそうな事を認め、首をひねりながら周りに下がってゆく。カラクリだけでなく単純にチェスの観戦が成り立つレベルで高度なのだ。
「おいおい、あの人形また勝ったぞ!」
「次の挑戦者、次の挑戦者はいないか? 賞金を出すぞ」
「レートは人形が3、挑戦者が7だ!」
何やら勝手に、人の人形を種に賭けが始まっている。商人として許すまじ!
「とう」
展示台から飛び降りると掛けの胴元に突撃をかける。
「人形、人形~ってうわ展示の人か。へへへ、これは儲けさせてもらっとります」
「賞金は私が出しますわ、だから利益の1割をこちらに。さらに人形に銀貨200枚!」
「うおおお、司会者が人形に大額プッシュ!! 自身ありか!!!」
チェス人形は恐ろしく強く、次々挑戦者を打倒してゆく。
そしてそのたびに、銀貨の山が私の前に築かれてゆくのだ。
瞬く間に銀貨200枚は4000枚までに膨れ上がっていた。
ああ~~堪りませんわ、この感覚。まさに至福! 圧倒的至福!!
桃源郷を彷徨うとはこのことですわ~~~
「おっおい、あれはチェスマスターじゃないか? プロ棋士が人形に挑むぞ!!」
「人形! 人形! 人形!」
「マスター! マスアー! マスター!」
「レートは?」
「人形が4! チェスマスターが6だ! 司会者の姉ちゃんはどうする?」
「当然、人形に全額投資で・す・わ!!」
「いいぞおお」
チェスマスターは場の熱狂にいささか呆れ返っていた。
確かに素晴らしいカラクリだとは思うが、賭けになるとは儂に勝てると思っているのか?
マスターは基本に忠実でいがらっぽくない指し手を好む。
浮くしい盤面こそ、最も勝利に近い! それが信条である。
対する人形に指し手は何やら古い古典的な指し手を好んでいる様だ。
これを作った人間は随分と変人なのだろう。
勝負は中盤まで特に荒れることなく進んでいく。
「おいおい、チェスマスターがおされているのか?」
「いやわからない、人形の方も攻め手に欠けている印象だ」
「押せー! 押せー! そのまま完封して勝利するのですわ!!」
「姉ちゃん、ステイステイ」
手が絡んできたな⋯⋯
こういう時は一手の先の先を読み間違えた瞬間に勝負は決まるものだ。
こんなパフォーマンスで本気を出さなければいけないとは思わなったな。
マスターは人形の顔を見る。チェス盤を挟んで精巧に作られた骸骨の人形が見える。
人間相手なら顔色からいろんな情報を読み取れるが、相手が骸骨人形では空虚な眼窩を覗くばかりである。
手番を進めてゆくと人形が差そうとした駒を戻し妙な手を打ってきた。
意味のない手に見える、しかしこの局面でこんなところに後の布石など打つだろうか?
流れる様な交響曲に突如、異音が混ざりこむような異変。
これは意味のある手か? 読み切れぬ壮大なトラップか?
ええい迷うな!
マスターは迷いを切り捨て己の打ち手を貫く。
そうして数巡後に、人形は自ら、自分のキングを倒した。
場の空気が騒然となる。
そうしてそのまま、人形はチェスマスターに向かって腕を伸ばした。
自ら自陣のキングを倒すのは投了のサインだ。
この世界初の機械VS人間のチェスの戦いが今終わったのだ。
会場は万来の拍手に包まれ、チェスマスターはそのまま人形の手を握り席を立った。
「すごい名勝負だったぞ!」
「いやすばらしい戦いだった」
素晴らしい名勝負を拝見出来たことへの感謝と、ふたりのプレイヤーへの称賛。
「やったぜ!! 銀貨30の儲けだ!!」
「くそ! もっと賭けとけばよかった」
別の勝利への余韻と、絶頂。⋯⋯⋯そして悲嘆の絶叫。
「いやああああ私の銀貨がああ!!!! あああ破産ですわ!!」
機械がチェスを指すようになるか⋯⋯⋯⋯。
より高度に大量に指すことができるようになったなら、どんな世界になるのだろう。
そんな事を考えながら、異なる色を見せる場をチェスマスターは後にするのだった。




