村人ゲットだぜ!
ゴブリンたちは先導するスケルトンの導きに従って森の中を歩き続ける。
彼らは付近の暴力至上主義の魔族達の王国から戦力外通告を受け追放されたモノたちだ。
当てもない放浪の末、わずかに道の名残を見つけここまで歩いてきたのだ。
彼らは焦っていた。このまま冬を迎えれば間違いなく待っているのは凍死である。
そんな中で出会ったこのスケルトンはこの先に死霊術師がいることを示している。
何かしら定住できる地点を探さないと限界である。
すでに種芋や籾(もみ
)に手を出しているような有様で、この放浪生活に蹴りを付けたかった。
相手がどんな暴君であってもその慈悲に縋るしか生き残る道はないのである。
それすら叶わないなら⋯⋯⋯いっそ。
そんな悲痛な覚悟を胸にゴブリンたちのリーダーであるドリル・トリルは同胞たちを連れて生き物の気配が少しもしない奇妙な村に辿り着いた。
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人気のない砦の中で姿を現したのは見目麗しい、銀髪の少女である。
その赤い瞳は睥睨する様にゴブリンたちを見下ろしている。
付き人もなく領地の責任者が前に出ることに違和感を覚えるが、これだけの広さを抱えているのだ恐らく村人たちはどこかでこちらの様子を窺っているのだろう。
トリルは交渉の結果とその後のアクションを考え周囲を見渡す。
砦の中にスケルトン達の姿はチラチラと見えるがそれ以外は見えない。
「わたしはこの地の領主の麻央それで、あなた達はこの村には何の用なのかしら?」
少女が口を開いたのに合わせてトリルはゴブリンたちをかき分け前に出る。
(余りに無防備過ぎる。目の前の存在はメッセンジャーで本命は別の所で見ているのか? 閉じ込められたも同然だ)
だが何にせよ最低限、食料の援助を得られなければ我々は全滅してしまう。
この村が何かの意図を持っていたとしても取りうるアクションは変わらない。
「私はこの一団を統率しているトリル・ドリルといいます。我々は放浪の生活をしており冬を越すための定住地を探しています。この地に定住する許可を頂きたい」
(ブラフだ、いきなり100人規模の移民など受け入れられる村など存在しない。これを皮切りに食糧援助の話に持っていこう。向こうも紛争はしたくないはずだ)
「うん、いいよ」
「そうですね、しかし我々も手持ちの食糧が少なく⋯⋯⋯っえ? 今なんて言いました?」
「だから、この村に定住してもいいよと言ったのよ」
「えっいやしかしですね⋯⋯⋯」
(こんな無茶苦茶止める人間はいないのか?)
トリルは混乱する、だが誰も止めに入る様子はない。
いきなり100人ものよそ者を受け入れてくれる、そんな事はあり得ない。
「そのかわり、ちょっとしたお願いがあるのよ」
(とんでもない無茶苦茶を言われるに違いない。だがこちらの提案を全面的に受け入れられた後の話だ、呑まざるを得ないんだろう。一体なんだ? どこかの戦争への参軍か? だがそれで同胞が助かるなら⋯⋯)
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麻央は内心ウキウキしていた。
正直、スケルトンだけの村って意味があるのかと言う疑問が頭にあったし。
この世界の食い物など殆ど食べていない。森で木の実を食べたら渋すぎて噴き出したぐらいである。
生命維持的な食欲は無いが知識探究的意味での食欲はかなりあるのだ。
この世界の”食”を見せてくれる存在、くらいにしか今の彼女には感じることが出来ない。
「それで、頼みたい事というのは一体なんです?」
トリムが神妙な顔で問う。その表情は同胞に残酷な命令を告げる覚悟を決めた顔だ。
彼は、この部屋までの道中に何体ものスケルトンを見た、きっと恐ろしい技量の術師やその弟子たちがこの村にいるに違いないのだ。
(死霊術師たちの隠し村に迷い込んでしまった。これだけの技量があるやつらがゴブリン風情を抱えたがる⋯⋯きっとどこかの町を襲撃するつもりだ。ああ、捨て駒として使い捨てにされるのか)
砦の一室に連れてこられる。
魔術師らしい装飾などが全くない実用一点張りの執務室である。
掃除はされているが何の家具もおいてない部屋に机と椅子があるだけだ。
「さて、あなた達はどこから来たのかしら?」
「ここより西方のスレイジ領からです。領主のハンマが『お前たちは役立たずだ、より功績ある我が同族に貴様らの土地を割譲すべきだ』なんて言いやがって追い出しやがるんですよ!? 村が発展してくるといつもそうだ! だから我々は出来るだけハンマ⋯あの豚野郎から離れるために山をふたつ超えてここまで来たんです」
「ふ~ん、途中で村とかは見当たらなかったのかしら?」
「廃村の後の様なものはいくつかありましたが、森に侵食されていてとても住めるような状態ではありませんでした」
「なるほどなるほど、西の方の陸路はかなり遠くまで寸断されているのか⋯⋯⋯⋯」
「そのスレイジ領のハンマっていうのはどこの国に属しているのかしら?」
「確か、魔族たちが連なり集まってできているマカイ連合王国に属していたと思いますが詳しい事は⋯⋯」
さっきからいたぶる様に話の本筋が見えない質問ばかりである。こんな事は村長レベルなら知っていて当たり前の事ではないのか。
「あの! 我々はどの町を攻撃するのですか? せめて女子供だけでも此処に居させては貰えませんか?」
「はあ、攻める? どこを?」
「我々を戦力として迎い入れたのでは無いのですか? 頼みたいこととはいったい?」
「ああ、それならさっきからわたしの質問に答えたことで果たされているから」
「はい?」
麻央とゴブリンのリーダートリムの会談はお互いの認識が空中に浮いたまま終了したのだった。
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ゴブリンのリーダーのトリルの話はかなり有意義なものだった。
少なくともここより東に同じような魔族の王国がありその領地があるらしい。
しかし聞く限りではかなり領土的野心が強そうなので迂闊な接触は危険か⋯⋯⋯
現状ではそれなりに拡張していくしか方法はないな~
「取りあえず、この村がそれなりの形になるまでこの地に居続けようかな」
(余裕が出たらもうちょっとこの執務室手を入れていこう。広い部屋に机と椅子だけってスパイ映画の尋問室みたいで怖いわ)