ベネク共和国1 前半
清潔に保たれた調理室の机の上、そこには国内外のあらゆるところから運ばれてくる食材、調味料が並べられる。南方から運ばれてくる珍しい果実、北方の蜂蜜、近海で取れる新鮮な魚介類に果ては良く冷えた氷水まで⋯⋯⋯
今、その机には男が手に入れられる限りの甘味料が並べてあった。
蜂蜜、メイプルシロップ、葡萄酒を煮詰めて作った甘味料、黒砂糖、産地も等級も様々なものが所狭しと並んでいて、甘味をとにかく手に入れるだけ手に入れたという感じである。
この部屋の主、カーバラは己の職への誇りを表わす様に長いコック帽を被り調味料それらの食材をひとつひとつ吟味する。己がこの国、いや世界最高の料理人であることの証をたてる為に最高の作品のための材料を日々探している。
その最高の食を己の主に提供することが、己の存在証明となりこの浪費の免罪符となるのだ。
貴族に仕える料理人には取りあえず色鮮やかにして高価な胡椒やら渡来品を使い、無駄に手間を加えれば高級であるという風潮が蔓延している。
そうすることで貴族は喜ぶのだから始末に負えない。
コックが食材の付属品なのではない、食材がコックに従うべきなのだ!
その信念の元に男は今日も食材を吟味する。
男にとって幸運だったのは、こんな莫大な浪費に耐えられる家に拾われたことと家の当主に気にいられたことだ。当主から直接渡された純金のスプーンは彼の誇りとして常にその胸にある。
カーバラは純金のスプーンを取り出し、近隣で作られたメープルシロップを一舐めし舌の上で転がした後吐き出し口をすすいだ後に別の小壺を開きはちみつを一すくい。また同じように吐き出し口をすすぐ。
「この蜂蜜はエグミが強すぎる⋯⋯このメイプルは薄すぎる⋯⋯」
彼の舌を納得させるものは中々出てこない。
彼は苦悩を抱えたまま次の作業に取り掛かる。一舐めして吐き出す、用意された甘味料に辛辣な評価が付けられてゆく。
そのほとんどが評価され2流の甘味しか今年はないようだ。彼は諦観とともに次の壺に手を伸ばす。彼は知らなかったのだがそれは3級の下ぐらいの砂糖、本来ここに並ぶこともない砂糖だ。
最近、等級の割に味が良いと下層貴族の間で話題の商品である。
「ブッ!! なんだこれは!? 3級ぐらいの砂糖じゃないか馬鹿共は砂糖の格も知らんのか!!?」
吐き出し、舌を清め、憤慨のままに壺をぶちまけようとする⋯⋯⋯が、その手が止まる。
恐らく、自他ともに最高の舌と認められる彼の舌でなければ感じられることのない違和感⋯⋯⋯
或いは、たんなる期待がその腕を止めた、彼はもう一度口に含み、味を吟味する。
色々なものがごちゃまぜのどうしようもない雑味⋯⋯⋯
そして曇天の闇夜に輝くような、わずかな甘味。
しかし、その甘みは彼の人生でこれまで味わったこのない最も洗練されたものだった。
「この砂糖を作ったのは誰だぁ!? おい、そこのお前! この砂糖はどこで手に入れた? 業者を探しだせ」
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シュガーローフ村だけでは発展には限界があるし防衛を考えるのにも他の国の事も知る必要があるなあ~
という事でシオンに頼み込んで船に乗せてもらったのだ。幸い小型船ながら船の搭載スペースには余裕がありわたし一人余分に乗っても大丈夫だ。旅行に行く間にスケルトンが必要な作業は先に終わらせておいた。
目的は、シオンの国ベネク共和国だ。小さな島と干潟しかない場所に杭を打って埋め立てをして作られた海上都市国家らしい、そこで彼女は砂糖を売りさばいているらしい。家出してきているのに大丈夫か、と思ったけど人の入りが激しい国なので早々見つかることは無いと考えているそうだ。
船に揺られて風や波が良好でも3日ほどの距離らしいが、彼女はいつも2日以内には付くとのことだ。
「コッドさん舵を左にとって風が来ますわ⋯⋯⋯」
見るとシオンは細かく船の操船を指示して船をしている。
船の航行なんてそんなに動かさない物だが、指示の通りに動かすと追い風が吹いたり海流に押されて船足が早くなったりしているのだ。
「パーキンンスさん、シオンは何をしているんですか?」
「お嬢様は風や海の流れを見ることが出来るのですよ。それらを見てもっともはやく動かせる航路を設定されているのです」
パーキンスの言うとおりに船は2日目の朝には目的の港に付いた。
海上に正に突如として計画都市が浮かんでいる、そしてシオンの船など比べ物にならない様な大型船が何隻も港に入ってゆくのだ。
その様は圧巻で、確かにそこそこの家出娘が出戻りしていても分からないのも無理はない。
この時代だと精々似顔絵ぐらいしか顔の伝達方法なんてないだろうし、それだってかなり高価なものなのだから。
市場まさに人でごった返しているような有様で、いろんな形の陶器や道具など世界中から集められた様々な品物が並んでいた。
シオンは市場のはずれの小屋で三角錐の形をした砂糖の塊を砕いて、真っ黒のな物体と混ぜ合わせてゆく。
「えっ? そのままで売らないの?」
「マオさん⋯⋯このレベルの砂糖はまさに王族専用ですわよ。買える人間なんていないし、そもそも砂糖は独占販売されているような代物ですわ。あからさまに目に付くような高級品を売れば町から締め出されますわよ」
え~、でも考えてみると商売なんて一部の権力者が独占しているなんて当たり前の話か⋯⋯⋯
混ぜ物をすることでより量を増やした砂糖、質のよい物に混ぜ物を加えるのはどうにも言えない気持ちになる。だが買い手がいないとまで言われると確かに質を落とさなければいけないのか⋯⋯⋯
砂糖の販売は好調だ、砂糖を扱う売人に売り込みをかけると味見した瞬間に殆ど二つ返事で売れる。
「姉ちゃん、どうせ抜け荷で表で売れる様な代物じゃないんだろう? 変わりに売ってやろうってんだからもうちょっと安くしな」
「あらおじさま、売っているものなんてかなり出所は怪しそうですわよ。そういえば風の噂では1週間前に海賊船に襲われた商船があったとかなかったとか。嫌なら別にいいんですよ買う買わないは自由ですから」
「わ~ったよ、銀貨100枚で買いだ。次も手に入ったらうちに持って来いよ~」
多少ごねてもすぐに売却できてしまう。
金がたまったのでこれで何か買おうかなと思った手路地を出ようとすると、身なりの整った集団に囲まれてしまった。
「シオン様ですね。ご同道願ってもよろしいでしょうか」
どうやら、家出娘の家は”多少”の金持ちのレベルではなかったようだ。




