空腹から始まる化け物生活
人間にはどうしてもしなければいけない行為がある。それは仕事に勉強、睡眠等々たくさんあるが。
俺は食事が一番重要だと思っている。なぜかと言えば。
「う、あぁ~……」
今深夜0時をもって、絶食5日目を迎えたからである。決して金が無いわけではない。この5日間、運悪く食事にありつけなかった。理由は様々だが、一番ひどかったのは今日先程まで中学からの友人である、斎田の講義の補修につき合わされた上に、奴に夕飯であった5日前ぐらいのパンを取られたことだろうか。その後も教授に食事を許されず、こんな時間になってしまった。
しかしそれも終わり。今俺の右手にはコンビニの袋が握られており、アパートまで帰るのは流石にしんどいので、近くの公園に向かっている途中なのだ。
そこまで行けばやっと飯にありつける。
そう、思ったんだけどな……。
「今回は君にしてみようか」
夜遅く、人気のない路地に、そんな語尾に音符でも付きそうな気軽な男の声が聞こえたと思ったら、右肩に激痛が走った。
あまりの痛さに視界は暗転、俺は膝から崩れ落ち、現在地に伏せていた。本能からかコンビニの袋だけはしっかりと握ったままで。
我ながらすごいと思う。気を失いそうなのに、袋だけは決して離そうとしない。どこまで飢えているんだか、飽きれてくる。
「変化は、……無しか。今回もハズレか……」
今度は残念そうな声が聞こえてくる。何がハズレかは知らないが、気にしてられない。
右肩から尋常じゃない量の血が流れているのがわかるし、何より空腹がやばい。本当、こんな時に、と思うが、実際にそうなんだから仕方がない。
「これで何人目だったかな~。ま、いいか、さっさと片付けよう」
だんだんと遠くなる耳に、そんな声がかろうじて聞こえた。と同時に、薄れ赤く染まった視界に男の姿が見えた。何時の間にか俺の右正面に来ており、顔を覗き込んでいる。
そしてその後ろには男の身長よりも少しだけでかい、人型の何かがいた。薄れていく視界でもわかるぐらいぎらぎらと光る眼、口からはだらだらと涎が流れ落ちている。よく見えはしないが、人間と変わらないはずだ。
だけど、なんとなくわかる。こいつは人間じゃない。
化け物だ。
「さ、お食べ。綺麗にね」
男の声を聞いて、化け物が俺に近寄ってくる。よくよく見れば、化け物の口に赤いものが付いているのがわかった。おそらく俺の血だろう。
口角を釣り上げ、ゆっくりと歩み寄ってくる。
そして。
俺の、飯を踏みつぶした。
「っ!!」
同時に頭の中に何かが走った。
今まで感じたことの無い怒り。それはこの意味不明な状況からくるものか、判断が付かなかったがそんなことはどうでもいい。
今は目の前の肉を食う方が先だ。
「あれ?」
肉が変な声を上げる。ただ食うために立ち上がっただけなのに、何かあったのだろうか。
「おっかしいな、変化する様子は無かった筈しだし、立てるわけ無い筈なんだけど……」
また肉が変な声を出す。とりあえずそれは置いておき、いつの間にか歩みを止めていたもう一つの肉を食うとするか。
俺は目の前の肉に手を伸ばす。しかし、思っていた以上に力が入り、肉が吹っ飛んでしまった。
「あ、れ?」
今度は俺が変な声を出す。吹っ飛んで行った肉はまるで煙のように消えてしまった。
これじゃあ、食えないじゃないか。
「すごい、すごいよ! あれ結構強い方なのに一撃なんて! さぁ、僕と一緒に来てよ!」
肉がこっちに近寄ってくる。これはありがたい。何せ力加減がわからないからまた吹っ飛ばしてしまうかもしれない。
俺は大きく口を開けて待つ。そして十分近づいたところで。
「いただきます」
「へっ?」
ここでひとつ後悔したこと。一番上から食べない方がいい。
丸い球体はそのまま飲み込んでも、しっかり咀嚼しても、とにかくうまかった。俺は楽しみは最期まで残しておく派なんだよ。
「そして気が付きゃアパートに、っと」
朝、というには遅い時刻。時計を見れば11時を少し過ぎた位、俺は自分のアパートで目を覚ました。
腹は満腹、若干苦しいぐらい。久しぶりの飯は非常にうまかった。と、ここで丸い球体を思い出す。
「ああ、あれ目ん玉か」
なんかすっごく満足した。次からは最期までとっておくことにしよう、そうしよう。
今は満腹、すぐに飯が必要というわけではない。疑問も解決したし、もう一眠りしよう、そう思った瞬間、スマホから着信を知らせる音が鳴り響いた。
満腹で、なおかつ疑問が晴れてすっきりしていた気分を害されて、苛立ちながらもスマホを手に取り、画面を確認する。そこには斎田という名前が表示されていた。
「はい……、どちら様で?」
「あ、はじめまして、斎田という……、って、大倉! 変なボケかますな!」
冗談のわからない奴め。5日間飯が食えなかった理由の大半は、お前にあるだろうが。今の俺は容赦しないぞ。食って……、やれないな。不味そうだし。
そして大倉、それは俺の名字だ。そこでこいつが電話を入れた理由がわかった。
「今日、講義休むから」
「おせーよ!」
ちゃんと言ったのに怒られた。当たり前だが。
でも仕方がないだろ。起きたの今なんだから。
「ったく、ノートとっておくから貸一な」
「今までの貸からお前はあと100回以上俺に貸が残ってんだけど」
「そうでした……」
その後ちょっとした世間話の後電話を切り、俺は本格的に寝ることにした。
翌日からはしっかりと講義に参加し、腹が空くのを待った。ちなみに普通の人間は不味くて食えたもんじゃない。実際に食ったわけじゃないが、なんとなくわかる。あいつら、俺みたいな化け物を使役する奴らじゃないとだめだ。そう、本能が言っていた。
それに、ある程度腹が減ってからの方が飯ってうまいだろ? 流石にあの空腹はこりごりだが。
人間だったころ食っていたものより腹もちがいいのか、それから5日経ち。そろそろいい感じに腹も空いてきたので、夜の街に出てみた。時間は深夜0時、とりあえず近くの公園まで行ってみることにする。
斎田との世間話で知ったが、この辺は行方不明者が多いらしい。最近は増加傾向にあるらしいが、おそらくは俺みたいな奴が多いんだろうな。何でかは知らんけど。
そんなこと考えていたら、公園に着いたのは良いが、残念ながら誰もいない。予想してはいたが、なんか悲しくなった。
やることもないので、噴水近くのベンチに腰掛ける。どこに奴らがいるかわからないし、待ってみることにした。
こんなことならもっと早く探しに来ればよかったな。もう餌なしで倒れそうになるなんて嫌だぞ。
「やぁ、こんばんわ」
すぐに気が付いた。化け物になった俺は運がいいのかもしれない。この前食った奴と同じだ。余分がいるが今は気にしない。単なる人間だし。
声のした方に目を向けると、すでに化け物が俺に向けて腕を伸ばしていた。
「そしてさよなら。いい餌になってね」
餌はどっちなんだか。どうやらこの男と使役されている化け物は人間と化け物の区別もつかないらしい。可哀そうに、折角だから有効利用してあげよう。俺の餌として。
俺は化け物が伸ばしてきた腕を逆につかむ。そのまま引き寄せ無防備な腹に思いきり膝蹴りを食らわせた。
それなりに軽くあいさつ代わりに入れたつもりだったが、化け物はこの前みたいに煙になって消えた。そういえばこの前倒した奴は、それなりに強い奴らしかったから、今回の奴はそれ以下という事だ。
それにどういう原理か知らないが、化け物は死ぬとこうなるのかもしれない。検証できないが、おそらく俺も死ねばこうなるだろう。
「な、なんだお前は!?」
男は腰を抜かして尻餅をついていた。
そんなに焦るものだろうか? ただ俺の方が強い化け物だっただけなのに。もしかしてまだ俺を人間と勘違いしているのだろうか?
「あんた、最期に言っておく」
「ひっ! く、来るな!」
無視する。
全部お供の化け物任せにするつもりか、それなりに離れたところに男はいるのでゆっくりと歩いて近づく。男は手と足を必死になって動かすが、動きがバラバラなためその場から全く動けていない。
ある程度近づいてから俺は男に声をかける。
「俺のところに来てくれてありがとう。美味しくいただくよ」
首に手をやり、軽くひねってやると鈍い音を立てて、男の首はあらぬ方向に曲がった。
「ふふ、こんばんわ」
餌が手に入った瞬間これである。また何者かにあいさつされた。
溜息を一つ吐き振り返ると、そこにはシスターのような恰好をした美女が外灯の上に立っていた。癖のない金色の長い髪が風に揺れ、透き通るような青い瞳で、まるで聖女か何かのような笑顔を浮かべ、俺を見ていた。
はっきり言おう。好みじゃない。不味そうだ。これだったら斎田の方が食えそうだ。いや、不味そうだから食わんけど。
「食っていい?」
「あら、私を食べられると?」
なんか勘違いしてらっしゃる。
女は口に手をやり、上品にくすくす笑う。無駄に様になっていてイラついてくる。さっきは運がいいと思ったが、こんな女に食事の邪魔をされるなんて。運を使い果たしたか?
俺は再度溜息を吐き、餌を指さす。邪魔された所為か、それともこの前の奴より弱そう? な所為か、よく見るとこの餌はあまりうまくなさそうだった。もちろんこの女と比べるまでもなくこの餌の方がうまいのだろうが。
「誰が不味そうなあんたを食うかよ。こっちだ、こっち」
そういってやると女は間抜けな表情で俺を見た。そんなこと言われるなんて思わなかった、そう言いたげな顔をしている。
そして少し考えると、再度口を開いた。
「すいません、もう一度……」
「あんた不味そうだからさっさと消えてくれ。飯の邪魔だ」
女の問いに間を置かず答えてやった。そしたら今度は若干イラついたような表情を見せる。
イラついているのはこっちも同じだ。折角の食事を邪魔されて、イラつかない化け物はいない。それとも化け物に食われたいのか? だったら他を当たれ、俺は普通の人間は食わん。
「私の方がおいしいと思いますが。そこの使役者よりも」
どうやら化け物を連れている奴の事を使役者というらしい。人間と区別するために俺もそう呼ばせてもらおう。
そしてやっぱり食われたいのか? 疑問は尽きないがとりあえず帰ってほしい。腹も減ってるし、早く餌にありつきたい。
「俺は普通の人間は食わん。食うのはこいつみたいな使役者? だ」
「あら、それは珍しい」
今度は驚いた顔を見せる。一々俺をムカつかせる女だな。
俺は無視して食事に入ろうとするが、再度呼びかけられる。本当にイライラさせてくれるなこの女は!
「今までの食事の回数は?」
「今回で2度目……」
もうめんどくさいので、そっけなく答える。そんな俺の様子に呆れるように肩をすくめる女。イラついてイラついてしょうがないんだが。
「そうですか……。もしかしたら普通の人間の方がおいしいかもしれませんよ?」
そういわれて少し考える。俺が普通の人間を食わないのは、不味そうだからという理由に尽きる。これはにおいや見た目で判断しいるわけでなく、本能がそういっているからだ。
だから間違いでは無い筈だが、ここは1度試してみるのもいいかもしれない。
ちょうどよく食われたいと思っている奴が目の前にいるしな。
「まぁ、食べないならそれは……」
「んじゃ、少しいただくぞ」
「えっ!?」
ただし、流石に全部食うのは、勇気がいる。俺は一気に飛び上がると、ほんの少しだけ、左肩を一つまみだけいただいた。しかし、やっぱりというべきか、ものすごく嫌な感じしかしない。
女は痛みに顔をゆがめ、反動で外灯から落ちたが、空中で体勢を立て直し着地。今は俺をにらみつけている。少しだけすっきりした。
すっきりしたところで、意を決して女の肉を口に放り込む。結果はというと。
「ごふっ!!」
吐いた。胃の中全部吐いた。さほど物が入っていなかったせいか、胃酸のせいで口の中が酸っぱい。人間だった時でもこんな不味いものを食った記憶は無い。やっぱり本能に従うべきだった。
それにしても食事前でよかった。折角の餌はぶちまける所だった。
ふと女の方に目をやれば、何やら微妙な顔をしていた。
「あなたは他とは違うようですね。一般的に彼らは美しい女性を好物としています」
それは自分を美しいと言っているようなものだぞ。まぁ、間違ってはいないけど、好みじゃない。不味かったし。
「これでわかっただろ? 食事の邪魔だからさっさと消えてくれ」
「食事の様子を見させてもらっても?」
俺はまた溜息を吐く。俺の食事なんか見て何が楽しいのか。
しかし、これ以上邪魔されてはたまらない。無言で餌にからだを向けると、その場にしゃがみ込む。そして内臓から食らいついた。
「無言は肯定ととらせていただきます」
勝手にしろ。
「いい食べっぷりですね」
俺が最後までとっておいた目玉を食い終わると、女はそう言ってきた。
普通の人間だったら悲鳴を上げて逃げ出すであろう光景を、笑顔で眺めていたこいつはなんなんだろうか。化け物についてもなんか詳しそうだし、多少話を聞くのもいいかもしれない。
「で、なんか用か?」
「やっと本題に入れますね」
女はほっとしたような表情を見せると、今度は感情の無い冷たい顔を俺に向けた。これがまた絵になっていて若干いらっときたが、腹も膨れて機嫌がいいので無視する。
「私は教会から来たものです。あなたを監視することにしました」
「ふ~ん、教会、ね」
胡散臭い。その一言に限る。それに監視することにした、そういってはいたが、おそらくこの場で決めたことだろう。なんとなく、こいつは俺、もしくは俺の餌を殺しに来た。本能がそう告げている。
ただ、ここで話を区切ったら疑問が残るだろう。俺はおとなしく話を聞く事にした。
「本来は正式な名称があるのですが、あなたには関係ないので、教会という組織があることを知っていただければ」
「了解」
「教会の目的はあなたのような生き物の排除です」
やっぱりそうか。俺も排除対象だったわけね。今は監視対象だが。
「しかしあなたは先程述べた通り、監視対象とさせていただきます。そこでです」
そこで女は話を区切る。少しためを作ると次の言葉を発した。
「我々と手を組みませんか? あなたのメリットは使役者の居場所の報告、つまり餌を探し回る必要が無くなります。我々のメリットは安全に彼らの排除が行えます。もちろん監視役として私は同行させていただきますが」
少し考える。確かにそのメリットは大きい。多少縛られるかもしれないが、空腹で死ぬよりはるかにましだろう。
「あんたの名前は? ちなみに俺は大倉だ」
「ふふ、肯定という事ですね。私はシェリーと言います。今後ともよろしくお願いいたします」
あれからそれなりに時間が経過し。
今俺の前にはたくさんの化け物とその使役者がいる。所謂食い放題だ。これも協会様々だな、ありがたやありがたや。
感謝はほどほどにして、俺は目の前の餌たちに向けて駆け出す。教会と手を結ぶことで知ったが、俺はかなり強力な化け物らしい。使役者無しで暴れることもなく、理性も残っている。かなりの変わり者だという事。
あっという間に距離を詰め、一瞬で多くの化け物を煙に帰る。それに驚き、逃げの一手を打つ使役者もいるが、逃がしたりなんかしない。折角の食い放題なんだ。楽しませろ。
「相変わらず仕事の速いことで」
現在食事中の俺に女、シェリーが話しかけてくる。俺は口に丸々入れた目玉を飲み込み、顔をそちらに向ける。やっぱり目玉はうまい。あと、案外太ってるおっさんがうまい、メタボ最高。
「これは必要なかったようですね」
そういってシェリーは手に持ったマシンガン? らしきものを見せる。特殊な加工がしてあり、普通の武器が効かないらしい化け物にも有効とのこと。ちなみに俺に効果なし。開発班は俺にダメージを与えることが最近の目標らしい。とりあえずがんばれとでも言っておく。
食事も終わり、粗方片付いたのでシェリーの方に歩み寄る。
「この前食べた幹部の方とどちらがおいしかったですか?」
「断然幹部」
そう、この前幹部の一人を食べることが出来た。もの凄くうまかった。今まで食べたことの無いうまさだった。
はっきり言って、未だに普通の人間と使役者達の違いはわかっていない。その為、俺みたいな化け物を増やそうとしている教会は心底困っていたりする。俺としてはあまり気にしていないから関係ないが。
ここでさっきから気になっていたことをシェリーに聞いてみようと思う。
「あんなとこにホントに幹部がいんのかよ? どう見たってあそこは……」
「一応、そうなってますよ。上からの指示だと」
俺たち二人は目の前の建物を見る。
どう見てもどこにでもある公園の便所です。
「ついでに言えば、女子の方とのことです」
「マジか……」
よりにもよってそっちかよ。溜息が止まらない。
とここで、再度食い放題タイム突入。大量の使役者が現れた。
「これで少しは現実味が帯びたかと……」
シェリーがそんな事を言ってくる。ま、居てもいなくとも関係ない。使役者を食えればそれでいい。最近一人二人どころか、10人以上食っても満腹にならない。かといって一人と10人で腹が減るまでさほど違いが無いので不思議話だ。
「さっさと終わらせようぜ。明日も講義があるんだ」
「人間社会に溶け込む化け物というのも、不思議な話ですね。そうですね、終わらせましょう」
なお、幹部の一部が便所で紙が無く、困っているのは俺たちも知らない別の話。