白鋼のエリシオン 02 白刃、閃いて
「九音、今帰ったぞ」
「おかえりなさい。収穫はどうでしたか?」
「それなりだ。それと獣を一匹狩ってきた。今離れた場所で血抜きしている。後で解体するがどう処理するかは君に任せるよ」
「では、折角ですので燻製にして保存できるようにしましょうか」
俺がこの世界を訪れて一週間が過ぎた。自分が元居た世界と比べれば随分と古臭い生活だが、俺にはこちらの穏やかな暮らしの方が合っていたようだ。あくまでこの家が町から少し離れた場所にあるだけで(その町と言うのもかなりの田舎だそうだが)、実際の生活様式はそれなりに進んだものだそうだが。
食料はこうして毎回野草などを採取して調達している。俺が来る以前はか弱い女手一つだったので狩りはできなかったそうだ。
九音との関係はと言うと、一応結婚を前提とした付き合いということになっている。こうして一緒に暮らしてみると本当に器量も良く、自分にはもったいないと思うほどのできた娘だと実感する。向こうもこちらを尊敬してくれているらしく、なんだかんだ言って恋人らしい関係だ。
「ん? それは何だ?」
机の上の紙束を指さし尋ねる。どうやら新聞らしいが、まだこの世界の文字の読み書きは完全にはできないので九音に聞くしかその内容を知る方法はない。
「どうやら、また戦争があるそうです。この森を含めた周辺を治める領主さまも近々出兵するらしいそうですよ」
「戦争……か」
その言葉を聞いて、俺は顔をしかめる。九音にあまりこういう表情は見せたくはないが、どうしても戦争という言葉には憎悪がわいてくるのだ。
「ヴァンさん……?」
俺の表情を見て不安げに声を掛ける九音に、すまない、と笑いかける。―――笑みと言うにはかなり苦しいものだが。
「少々、元居た世界の事を思い出してしまった」
「やっぱり、帰りたいと思いますか……?」
「いや、そういう意味じゃないんだ。俺のいた世界は戦争が酷くてね。ここより科学技術が発展している分、余計に悲惨だったんだ」
「やっぱり、どんな世界でも戦争はあるのですね」
少なくとも二つの世界ではな、と頷く。しかし、この一見平和な世界でも戦争はあるのか。いや、元居た世界にもこうして静かな場所はあったのだろう。
「平和が一番なのに、どうして戦争をしてしまうのでしょうか」
「そうだな。人が平和を手に入れるには、きっと自意識も本能も捨てるか、それとも本当に満たされるか。そのどちらかしかないだろう」
「悲しい事ですね。―――お茶が入りましたよ。干しておいた果物もあるので、一緒に食べましょう」
今の俺にとって、ここは楽園だった。この先二人の関係がどうなるのか。その結末は分からない。それでも、この平穏が続けばいい。そう俺は願っていた。
けれど。その平穏は、数日後いとも容易く崩れた。
* * *
ある日の昼下がり。昼食後の一杯を九音と共に嗜んでいると、荒々しく扉を叩く音が響いた。
「はーい」
九音が慌ただしく扉を開けると、そこに立っていたのは鎧を身に纏った男たち。そして髭を生やした男が尊大に告げる。
「フェズル領兵隊の者だ。君がここの家主かね!?」
「はあ……兵士様が、こんな場所になんのご用でしょうか」
「本隊は現在オザム領での戦乱に馳せ参ずるべく行軍を行っている最中である! そこで、物資の提供を頼みたい!」
「この家に行軍の支えになるような物資はない。それにあったとして対価を払う気があるのか?」
九音の代わりに俺が進み出る。どうやらこの場には4人ほどの兵士しかいないようだ。
そして俺の言葉に髭の兵士が怒鳴り散らす。
「対価だと!? 領民の分際で、我等に対価を払わせるつもりか!?」
―――どうやら、厄介な類だったらしい。戦争を崇高なものとするうえ同じ領民を下に見る兵士。こういう輩は一番嫌いな存在だ。
「……すまない。取り乱してしまった。いや、なにも提供を求めるのは物資のみではない」
そう言って、男が九音を値踏みするようにじろじろと見つめる。―――そして、決定的な一言を口にした。
「そうだな……せめて、その身体で我らの慰安を―――」
男が言い終える前に、俺は男の顔面を殴りつけていた。吹き飛ばされて男が地面を転がる。
「ふん。事を荒げないよう心掛けていたが、限界だ。お前は言ってはいけないことを言った」
「な、なっ!? 貴様、私を殴ったな!? 我々には領主より生殺与奪の権利が与えられている!! その罪、今ここで裁いてくれようぞ!!」
立ち上がり、剣を構える男。他の兵士も剣を抜き俺へと向ける。そして、一人が俺へと斬りかかった。
「ヴァンさん!!」
九音が悲痛な声を上げる。だが、鮮血を流して倒れると誰もが思った俺の身体は未だ地に足をつけ立っている。肩に刃を押しつけられて
「なっ!?」
斬りかかってきた兵が驚愕の声を上げる。剣に込める力を強くするが、俺の肌を傷付けることは出来ない。
「………非力だな」
呟き、鎧を纏った兵士の胴体へ拳を振るう。拳は易々と鎧を砕き兵士にしりもちをつかせた。
―――貴様ら如き、斬れるものかこの身体。この“脳の一部を除いて人造の部品へと置き換えたこの超科学の身体”を。
「九音。……すまない。君には見せたくはなかったのだが」
そして、俺もまた構える。―――右手を、前に。
銀の両腕、閃いて―――
背に揺れる、翼は軋み―――
変わる、変わる。両腕を銀に閃かせ、背には同じ銀の輝きの翼を生やし。
「戦闘モード機動。白刃を形成する」
指示に応じて、銀の光が俺の前腕に集い、刃を形成する。刃というには刀身の厚いそれを。
否、これは銀の光などではない。れっきとした物質だ。奴らにも、九音にも分からぬだろうが。
「ええい!! 何を恐れている!! 所詮奇術の類、早く斬ってしまえ!!」
髭の男の指示で一人が再び斬りかかる。それに対し、腕の白刃を振るう。
―――兵士の剣が、刃に切り裂かれた。一切の抵抗なく、まるで砂でできた剣に触れたかのように。
その認識は間違っていない。だが、砂というのはむしろこちらの刃の方だ。この俺の機械の心臓から無尽蔵に生産されるナノマシンを収束して造り出した刃は触れた物悉くを掻き消していく。
「脆い」
「なっ、なっ……!? お、恐れるな! 所詮一人、一斉に斬りかかれ!!」
「愚かな」
俺を取り囲み一斉に突きだされる剣を、ぐるりと身体を回転させ白刃で消し去る。
「―――命までは取らん。消えろ。二度とこの家に、森に近づくな」
淡々と俺は告げる。しかし、俺の力に恐怖した髭の男には声は届いていないようだ。奇声を上げて剣を振り回す。
「白刃―――」
身を沈ませる。
「―――滑斬」
銀の軌跡を残し、一瞬で男の後ろへすり抜ける。それだけだ。結末は見ずとも分かる。
鮮血すら流さず、男が真っ二つになる。その断面はなにか樹脂でコーティングされたかのように滑らかだ。
その光景に、兵士たちが逃げていく。
「―――すまない。これが、俺の本当の姿だ」
呆然と佇む九音に、俺は静かに頭を下げた。