その6
一度も会話をしたことのない人がいる。そんな人はたくさんいるけれど、その中で、気になる人がいる。
彼女は中学の頃から自分とはずっとクラスメイトであり、性格はとても真面目、周りに何かを主張する事が少なく、いつも気の弱そうな笑みが印象的な人である。
その性格の為か、クラス委員を毎年やっている。誰も立候補者がいなければ、先生が指名してクラス委員の役職に就く。意見する事が少なく、主張がほとんどないから本来なら目立つ人ではないはずだが、こういう時だけなぜだか存在が表層に現れる。
なぜ、自分がこの人物が気になっているかというと、理由はとても簡単だった。
彼女はなぜだか自分の生活圏内にてよく見かけるからだ。
クラスが同じであり、行く本屋が同じであり、図書館には同じような時間帯に利用する。
そして、よく行くあの喫茶店で彼女はバイトをしていた。
喫茶店の店主が彼女の事を自分言う時がある。
「彼女はよく働くよ。前のバイトは文句が多かったけど、彼女は黙々と仕事してくれる。ミスなんて滅多ないにないから、安心できるね。逆に僕のミス多いくらいだよ」
ちなみに、前のバイトは自分の友人である。
彼女は見ていなくても、自分の視界に飛び込んできて、否応にも意識の内に入る。入ってくるのなら無理な抵抗もせず、一風景として受け入れるのが良いと思い、少しばかりの興味を彼女に向けている。
図書館に行くと、彼女はいつも机に向かってペンを走らせていた。本を読んでいるところを見る事も多いが、何かしらを書いている事の方が多い。
恐らくであるが、クラス委員としての提出書類であると思われる。時折、教室で担任に何か紙を渡される所を見る。席に座る時に紙の内容が少し見えたりする。
クラス委員以外にも何か役職についているらしく、様々な内容の書類に目を通しているようだった。
彼女が溜息をする。目頭を押さえ、一度大きく深呼吸をする。一連の流れが非常に自然で継ぎ目のないものだった。
なぜ、そこまで彼女は色んな役職についているのだろう。そんな疑問もないわけではないが、自分と彼女は話す仲ではない。
何度も教卓の前でうろたえる彼女の姿を見た。何かクラスで決めごとをする時、なかなか意見が出来る事がなく、無為に時間が過ぎてしまう事はよくある。そういう時、彼女自身が率先して何か発言するべきなのかもしれないが、元々彼女はそういう性分ではないようで、視線を彷徨わせるくらいしかできでいなかった。
たまに決心したように彼女が案を出したとしても、特別何か代案があるわけでもないのに彼女の案は自然消滅していく。
そして残るのは、彼女に課される、形のない義務と責任だけだった。それをなんとかすることを彼女は周りに求められ、彼女はそれを突っぱねる事はしない。
ただずっと薄く笑みを浮かべる。次第にそれが、他人に対する壁の様なものだと分かったのはいつのことだっただろうか。
「彼女は物静かで良い子だけど、それだけに心配だね」
店主はそんな事を自分に言った。なぜ自分に言うのかよく分からないが。彼女は厨房の方に入っており、こちらの会話は聞こえてないと思われる。
「今時あんな子はいないよ」
店主は気味の悪い笑みを向けられる。あまり見たくないので、視線を下ろしてカップを手に取る。
しかし、いつの間にか中身を飲みほしていたらしく、自分は嘆息をついてカップを下ろす。
「もう一杯飲む?」
店主の投げかけに自分は首肯する。