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その4

 もはや自分が常連となっている、あの喫茶店は自分から入ろうと思ったわけではない。喫茶店があることは知っていたけれど、男子学生が男だけで来ることはそうそうあるものではないだろう。

 自分の場合、弟の紹介である。

 弟は自分とは違い、社交性というものを備えた人物である。当然のことのように男女ともに友人が多い。自宅で見るのは自分の友人よりも弟の友人の方が多い。自分には人を見分ける能力が衰えているのか判別は出来ないけれど、おそらく絶対数が多いのだろう。

 弟の何代か前の彼女の一人が弟とノスタルジック溢れるあの喫茶店に訪れたようだ。

 兄弟は趣味が似るのか、弟もその店内の雰囲気に惹かれ、そして自分に店を紹介した。

 情報としては少し遠くから来たものだけど、今では自分も頻繁に利用している。

 休日。やる事もないのに早く起きてしまった。

 こういう時に限って、普段氷山のように連なる積読は溶けてなくなっている。いつも活字に娯楽を求めているためかバラエティ番組に面白さを感じることができず、仕方なく自宅の居間にて、幅の広いソファーに寝転がりながら、茫然とした面持ちでニュース番組を視聴する。

 しばらくすると、弟が居間の扉を開けた。


「兄ちゃんがこんな時間に起きてるなんて」


 弟は珍しいものを見たような面持になる。自分のことながら同感だった。

 時計を見るとそろそろ9時になろうとする辺りだった。とてもではないが、時間の浪費感が重みとなって全身にのしかかる。何もしてないはずなのに、気だるさがぬるっとした感触をもって頭に張り付く。

 暇つぶしにでも、市営の図書館にでも行こうかと思っていると、弟がこちらに近づいてきた。


「暇なら一緒に出かけない?」


 暇なのは弟も同じようだった。

 断る理由は当然ないので、自分と弟は身支度をして家を出る。



「どっか行きたいところはある?」


 弟は自分に尋ねる。しかし、そういったものがそもそもないから暇を持て余していたしだいであった。

 自分と弟は人通りの多い道を歩いていた。いわゆる繁華街といったものだと思う。人が多いところにはあまり来ないので、ゴミゴミとした雰囲気が変な言い方、気持ちとして新鮮だった。

 弟が思う様に歩を進めるので、自分はその横に並ぶ。行き先は全て弟の行きたい店である。

 キョロキョロ視線を彷徨わせる。やはりというべきか、若い人が多い。

 雑踏にまぎれる自分というのに違和感がした。普段隠れ潜むように過ごしていると、自分の存在すら認識しづらくなる。周りを見なければならない場所は、否応にも自分と相手の存在を認識しなければならない気がして、どうしてだか若干の気恥ずかしさを感じる。

 ほとんど初めて訪れる店だった。おそらく弟も暇つぶしであるので、フラフラとした感じに適当な店を覗いているのだろう。

 ふぅ、と軽く息を吐く。普段感じない圧力を感じて、気疲れを起こしているように思う。浮足立った感じが否めない。こんなことで消耗する自分はもしかすると文明人ではないのでは、なんてアホみたい事を考える。


「この服はセンス悪いなぁ」


 たまに弟が服を手に取りながら呟くが、センスが分からない。世の中の流れに乗りきれていない自分では適当に頷きながら、弟の動向を見守るばかりだった。

 月に数回、弟と出かける。友人に言わせるとおかしな事らしいが、どの辺がおかしいのか自分には分からない。

 ただ、弟がなぜ自分を誘って出かけたがるのか不思議に思う。自分を誘うよりも、クラスメイトなどを誘った方が楽しいものではないのだろうか。その辺りの感覚はそもそも友人の少ない自分には判断がつかない。

 現に、歩いていると弟の友人が話しかける時が今日もあった。一人や二人じゃない。こういう賑やかなところだと、会いやすいのだろう。

 自分の少ない友人は逆にこういうところを訪れたがらないので、見かける事はなかった。よもすると、若い人のいなさそうな所に行くと会いそうな気もするが。


「兄ちゃんにはこれが似合うよ」


 弟に服を手渡される。

 やはり、自分にはよく分からない。



 あらかた目ぼしい店を見え終えたようで、自分と弟は近くのファミレスに入った。

 ファミレスに入ったのは何年振りか、というぐらいにこういう場所に馴染みがない。飲食店に入るのはいつもの喫茶店以外なかなか機会がない。今日は始終弟の後をついていく形で、自分はまるで金魚のフンのようだったと思う。


「んー、そこそこ金使っちゃったかなぁ」


 弟の側に袋が2つ置いてある。あれを買う金で一体どれだけ本を買えるのかと一瞬考えてしまう。


「良い感じに時間が潰せたね」


 弟は言い、コーラを飲む。すでに4時を過ぎたあたりなので、帰路でかかる時間を考えるとちょうど良い時間になるのだろう。


「兄ちゃんは何も買わなかったけど良かったの?」


 弟の問いに自分は首肯する。時間を潰すこと自体が自分の目的だったようなものなので、一応目的を達成したと言って良いだろう。そもそも自分が訪れるような店がほとんどなかったわけだけど。本屋も小さかった。


「ごめんね、つき合わせちゃって」


 弟は少し申し訳なさそうを含みながら笑む。特に迷惑を受けているわけではないので、それを自分はさらりと受け流す。


「やっぱり、兄ちゃんと買い物するのが一番良いよ。一人だと寂しいし、友達と行っても正直ちょっと疲れちゃうし。何も気にせず買い物ができる」


 あぁ、だから誘ったのか、と自分は納得する。けれどそれで満足するのなら、自分の存在も一応が意味を持つようになるのか。弟がそれで良いのなら自分は何かを気にする必要はない。

「時折思うけど、兄ちゃんの周りって変な人がちらほらいるよね。兄ちゃんも含めて」

 唐突に弟はそんな事を言う。自分の事はよく分からないから特別言及するつもりはないが、誰の事を言っているのだろうと考える。

 恐らく、あの目立つ友人の事だと思う。下級生にも存在を知られるくらいに有名なのか。


「友達からたまに話を聞くからね。あれだけ目立てば普通に耳に入るよ。ちなみに、よくその人と兄ち

ゃん一緒にいるから、兄ちゃんも、本当にたまにだけど話題に挙がるよ」


 どうやらそういうものらしい。自分は人の噂に敏感な方ではないので、どういう経路で伝播していくのか想像がつかない。


「部活だとかで上級生と繋がりがある友達なら大体知ってるよ」


 確かにそれなら、と腑に落ちる。


「あまり良い噂ではないけどね」


 それはどう言い繕うと仕方のない事だと思う。彼自身、現状を住みにくく思っていることは、なんとなく感じている。

 ただどれだけ友人の雄弁なる主張を聞いても自分は彼の本質を知る事は出来ない事はもちろん分かっているので、なんとなく感じる程度にしか聞いてない。

 コーヒーを口に含む。所詮ファミレスのコーヒーといったところなのか、あの喫茶店のものとは比べ物にならない位にマズイ。舌が肥えてしまったのか、と自分は小さく苦笑いを浮かべる。

 それからしばらく、自分は弟の近況を聞く。多分であるが、弟の今日の目的というのはこの時なのかもしれない。

 弟も、おしゃべりだったりする。

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