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その3

 友人は周囲から忌避されている。

 原因はその曲がらない性格である。ただひたすらに考え続けることで培った思想は、何をも切り裂く刀のような切れ味を有する。それほどまでに研ぎ澄まされた刃物を相手に向けられれば、相手は反射的に防衛するしかない。安易に触れれば傷ついてしまうからだ。

 性格が災いし、時として、先ほどの様な殴り合いの喧嘩をする事も少なくない。

 そうなる前に言い分を取り下げれば殴り合いにならないかもしれないが、自身の正しさを確信している間は何があっても引かない。論理性を追求した言葉を吐き出す為、相手によっては鈍器で殴られたような感覚を受けるのかもしれない。

 喧嘩になったとしても、簡単にやられるくらいに弱ければ何度もそういった事は起こらないかもしれない。しかし、残念というべきなのか運動神経が良く、何度も喧嘩をするうちに身体が慣れてしまったようである。

 何かポリシーがあるのか、相手の攻撃に対し、友人は一度しっかりと受けている。自分が見た限り、最初は必ず身体全体で受け止める。

 そうして友人は、言葉と拳で心身ともに相手を打ち砕く。どんな相手にでも引かない剛胆さは同年代のうちでは突き抜けていると思う。


「人はそれぞれ違うだとか、可能性を、ある人は説く。しかし、そうであるからと言って何も選択しないのは間違っている。そこで思考が終わってしまっては、ただ単に視野が定まっていないだけである。

 またある人はベキ論を説く。しかし、前提を見ずにただベキ論に即して行動するという事は、視野が狭いだけである。簡単に足元をすくわれ、結果は覚束ない。

 物事に前提を置くのは確かに大切だ。そういう意味で状況を把握する事は大切であり、多面的に周囲を捉えるために可能性を示す事は必要である。ただ、これはあくまで手段であり、目的ではない。

 善性を求めてベキ論を掲げるのも大いに結構である。目的のない行動はもはや凶行であるどころか、時間の無駄である。

 目的を定め、願うだけの意思が必要になる。気持ちが大きくなればそれは力になる。しかし、大きすぎればそれだけ自身を押しつぶすプレッシャーにもなる。

 可能性を説く上で、正しいモノがないとする人もいるが、これも思考を停止する言い訳にしかならない。

 確かに、真なるモノは何一つないのかもしれない。けれど、あるのかもしれない。

 問題はそういったものの有無ではない。

 何をしたいか、どうすれば目的に沿えるか、結果何が残るか、自分がそれで満足がいくかが大切なのである」


 お馴染みの喫茶店。昼間に喧嘩をしていたとは到底思えないほど、いつものように朗々とした友人の弁舌。周りの客を気にする事もなく紡がれる言葉はもはや店のBGMのようなものなのかもしれない。客も、ここに来るといつも見かける人ばかりで、気にする人はいなかった。全員慣れたものである。

 一通り語り終えたのか、友人はコーヒーに手を伸ばす。口をつけると、目をキュッと瞑って、表情を曇らせる。

 おそらく、砂糖を入れ忘れたのだろう。本来、友人はスティックシュガーを4、5本入れて飲む。

 スティックシュガーをこれでもかというほど入れ、改めてコーヒーを口に含む。ホッとした表情を浮かべて、満足げにカップを受け皿に置く。

 すぐに、再び口を開け、言葉を重ねるかと思っていたが、なかなか友人は口を開かなかった。カップの取手から指を話さずに、視線は甘ったるいであろうコーヒーの水面に向けられていた。

 一拍置いて、友人は呟く。


「本当はこのくらい甘い考えをしていた方がいいのかもと、思ったりもするよ」


 いつもよりも力のない言葉だった。


「思考すればするほど、自由度というものがなくなっていく感覚がする。凝り固まった主義主張が争いを生むなんてことが分からないわけじゃない。そういう考えはそのうち自分の足元をすくう恐れがあることが分からないわけじゃない

 本当は、俺も自分の考えに自信なんてない。自分自身に自信なんてない。どこまでいっても俺は理想に到達する事が出来ない事を分かっているから」


 友人の口から流れ出るのは、普段とは違うドロドロとした曖昧なものだった。感情の色すらまだらで、どんな気持ちで呟いているのか分からなかった。

 自分は少し戸惑いながら、とりあえず自分のコーヒーを一口含んで友人の言葉を待つ。


「それでも語らずにいられない。それが自身を悪い方向へと向かわせる行為だとしても、語る事を止められない。

 言葉を吐き出さなければ、不安で仕方ない。どんなにそれが汚いものでも、どんなに自分や相手を傷つけるものでも吐き出さざるをえない。

 思考が運命に続くみたいな事を言った人物がいる。けれど、俺は少し違うと思う。

 思考するだけでは足りない。思考だけではそれで終わることが多い。結果的に現実へ出力が出来ていない。

 思考の次、言葉にする事が運命に続く一歩だと思う。思考と言葉では0と1くらいの差が存在する。示されているか否か。その違いはとても大きい。

 思考は自然発生の基盤である。思考から言葉が生え、言葉が行動に育ち、行動が習慣に成り、習慣が性格を作り、性格が運命を導く。

 言いかえるのなら、そういうものだと思う」


 どこかで聞いたことのある言葉を友人は作り変える。

 友人の後ろにある時計を見ると、時刻は午後5時を過ぎた辺りだった。

 窓の外からガラスを突き抜けて赤い光が差し込む。店内の電球に明かりが灯り、赤く染まる店内に黄色の光がまだらに色づく。元々店内に存在するノスタルジックな雰囲気が一層に主張を強くなる。


「俺の言葉はどこに続いているのか」


 その言葉に続けるように、友人はポツリと小さく呟く。


「俺は、俺の人生を否定したいのかもしれないな」


 友人は自嘲を含みながら微笑する。

 自分は話を聞いてどうしてだか内心嬉しさを抱いていた。おそらく、切れ味を感じされる友人の、そんなナマクラな弱音を聞けて、物珍しさを感じたからだと思う

 友人はコーヒーを飲み干す。

 指をかけるカップの底には溶けきらなかった砂糖が沈殿していた。

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