その2
友人は雄弁に演説を自分の前で繰返し述べるが、ただの頭でっかちというわけではない。
考える力以外にも、知力だとか体力も相応に備えている。テストの成績も上位に位置しているし、体育や芸術科目も高い評価を得ている。何であったか忘れたが、朝礼で表彰されていたような気がする。
スペックの高さは実績が証明する。
それを示す悪い例は、それなりの頻度で起こる。
昼休み。授業終了して数分経ち、学食や購買から帰ってくる人で廊下は賑やかしい。朝にコンビニで買った総菜パンとおにぎりを食べ終え、トイレに向かう途中ため教室を出た辺りに、友人がいた。
コンタクトをとろうとは思わなかった。友人の前には顔をしかめる男子生徒がいて、それに負けず劣らず友人は般若の形相であったからだ。互いに何かを言い合っている。その周りにはギャラリーが出来ており、道を塞いでいる。止める者は誰もおらず、全員が静観を貫いていた。ところどころに「またか……」と言いたげな生徒がいる。
時折友人が誰かと言い争っているのを見る。いつも同じ人というわけではないが、色々な人と言い争っている。初めは止める者もいたけど、それもすぐにいなくなり、面白がる人間の方が多くなった。
いつも何について言い合っているのかは分からない。それについて、自分が把握するところではないだろうから。
取りあえず自分はトイレに行きたかったため、内容について聞く気がなく、人ごみ掻きわけて通り過ぎる。用を足し、帰ってきた辺りが良い頃合いだと思う。
一か所に人が集まっているおかげで、人ごみの先は人が少なかった。自分は悠々とトイレに入る。洋式トイレが空いていたので、そこで巡回サイトを見ながらゆっくりと用を足す。
世間さまにそれほど興味はないが、それでもニュースサイトはいくつかチェックしている。半ば義務的になってきているが、本心ではそんな気はしていない。時間の潰し方が分からないだけなのだと思う。
そんなしょうもない形で世間に流れる時事を流し見ても、気の良いニュースというものは少ない。不況だから、なんてお粗末なまとめ方をしてしまって良いものでもないだろうと思うけど、そういう片づけ方が通例のようなので自分は思うだけに留めている。
この辺でも数件大なり小なり気分の悪くなるようなニュースがあったりする。一番はやはり殺人だろうか。次点で野良犬殺し。小さいので集団万引きか。
昔からよくあるものであるけど、だからと言って良いということにはならないのだろう。それについて、友人が何回か語っていたような気がするが、覚えていない。
十分な時間をかけて戻ってきたつもりだった。欠伸を10回するくらいにはのんびりしていたと思う。
言い争いは未だに終わってないようだった。
人ごみの先にいる二人を見ると、男子生徒の表情を見ると疲労が窺え、対する友人の表情はまだまだ余裕がありそうだった。長時間の演説を行える位の体力はあるから、それも不思議ではないが。
自分に対してあんなにも語っているのに、まだ舌を回し足りないのだろうか、なんてトンチキな事を思いながら、しばらくその言い争いを眺めた。
友人が男子生徒を糾弾している様に聞こえる。流し聞いているから詳細は分からない。男子生徒の方の言葉が次第に整合性を欠いていくことが分かるくらいだ。
友人は頭が良いが、こうしているとどちらの頭が足りていないのか分からなくなる。どんなに理性的な言葉を連ねても、喧嘩をする時点で周りの人の主観では、どちらも似たようなモノに見えてしまう。
しばらくすると、案の定といった具合に、男子生徒は大きく拳を振りかぶる。喧嘩慣れを感じさせる勢いだった。男子生徒は友人よりも身長が高く、肩幅も広い。常識的な感性があれば、喧嘩を売ろうとは思わない体格である。
ただ、慣れといった点では友人も負けていなかった。基礎的な運動神経が良いことも一因しているだろう。
友人は男子生徒の拳を、両腕を前に出して身体全体を縮めるように受ける。その際、少し後ろに下がる。そうすることで、わざと勢いを逃がしていることが分かった。
そして、友人もお返しと言わんばかりに拳を振るう。動作に一片の迷いも感じられない。ただジッと相手を視線で刺す様に睨む。
友人が振るった拳は一直線に男子生徒の頬を打ちぬく。男子生徒はのけ反り、体勢を崩す。追撃として、友人はもう一発、今度はみぞおちを殴る。
そこから先は一方的だった。先ほどまで長々と繰り広げていた言い争いを否定するように、数分後見ていた生徒が教師を呼ぶまで、友人は男子生徒を殴り続けた。
事態が収拾し始める辺りで自分はその場を離れ、所属するクラスへと戻った。