SEASONS~桜~ 4
清々しい朝だ。雲一つない青い空、姿は見えないけどチチチと鳴いて存在を主張する鳥。カーテンを開き、窓に手をかけて新しい空気を取り込めばきっと心も晴れるはず。
「本当にごめんな、急に泊めて貰って。助かった」
「気にしないで良いよ。狭い部屋だから却って申し訳ないくらいなんだ」
「サンキュー。同窓会以来だったし、松戸といろいろ話したかった所だから嬉しいよ」
「えっ……俺と?」
窓は閉めた。勢いが良すぎて反動が付いて少し開いてしまうくらい閉めた。
私の中での浅見の株が大暴落だ。ストップ安になる気配がない。今まで自分の性格は良い方だと自負していた。妬み嫉み僻みの類は持ち合わせていないと信じていたのに、それがどうだ。同性の部屋に泊まりに行く大学生なんてこの日本にゴマンといる中で、隣室の二人だけを許せない、更に言えば隣に泊りに来た男を許せない私は性格が歪んでいるのだろう。
でもでもだって、と言い訳してしまえばそれまで。大きな心で、あらあら二人は仲良しなのねと頬に手を当て微笑めば私の居場所は確保される。されるけど、そこに女としてのプライドは生きているのか。恋する乙女の恋情が踏みにじられたままで良いのか。
若干諦めモードに入りかけてた所でのこの追い打ちは、私に発破をかけてるとしか思えない状況だった。もしくは嫌がらせ。
今、松戸の部屋には浅見がいる。正確には昨夜からずっと二人は一つ屋根の下にいる。
アパートだったら皆同じ屋根の下だと言い訳するならそれでも良いが、私と松戸の部屋の間には当然の如く壁がある。昼間ですら相手の部屋のテレビの音が聞こえるそれは、一応居住スペースをきっちり分けると言う仕事だけはしっかりこなしていた。今ほどこの壁を壊したいと思ったことはなかったかも。
女の拳でも壊せそうな役立たずは、何故か昨夜はその壁を分厚くしたのかと思うくらい二人の会話を漏らすことはなかった。そして今朝になって気分を一新すべくベランダに続く大きな窓を開けた瞬間、さっきの会話。
松戸、なんだか嬉しそうだった。声のトーンがいつもより高かった。少し緊張気味なのと興奮してるのが丸わかりだった。昨日はちゃんと寝れたのかしら。あんなんでも松戸にとっては大切な小学校時代の友達で、仮にも恋愛対象として見ている相手らしいから困っただろうな、いろいろと。
……空気が読める建築物に引っ越したい。
奴が松戸の部屋に泊った経緯は簡単だ。
バイト帰りの松戸が最寄り駅ホームに降り立つ。→そこで私と浅見が何か話をしている。→元カノと現在片思い中の相手が一緒にいる姿を見て動揺。→声をかける。
これは私も浅見も予想外だった。特に浅見にしてみたら私と松戸の接点がわからない。
戸惑う松戸、驚く浅見、焦る私。この三人の中で一番分が悪いのは私だと言うのは瞬時にわかった。
私は松戸が好きで、原因はわからないが浅見に好意を抱かれている。この好意が友情の類であるのだったら私も譲歩しなくもなかったが、残念ながら浅見から私への思いと私から松戸、松戸から浅見への思いは全て同等の『恋愛』と言う人間の一番厄介な感情だったりする。こんな綺麗な正三角形の三角関係なんて滅多に見られないわ。
そんな正三角関係が形成されていることをあの二人は知らない。浅見の生涯叶うことのない片思い、松戸の恋愛対象、その二つを互いは知らず私だけが全てを知っている。
と言うか、知られたら困る。
万が一にでも松戸の思い人がバレて、その場の勢いであいつに告白しても断られるのは明白だ。断るだけで済めばいいが、ご丁寧に『今好きな人がいます』なんて戯言をのたまった日には……
そこで終わらせて、はいさようなら、良いお友達でいましょうとなるだけならまだしも、好きな人はどなたですか、いえ実は貴方の部屋の隣人でして……とか、所謂一つの死亡フラグとしか言いようがない。
変な話、私に一切の非がない状態で嫌われることだけは絶対に避けたい。松戸が好きな人の好きな人だからなんて理由で人を嫌う人間ではないことは知っているけど、少なからずその不本意な事実が松戸を傷付けないとは言い切れないのが悲しい。
じゃあどうすれば良い。松戸から浅見をとことん遠ざければ万事解決なのだが、言うは易く行うは難し。現実問題無理でしょ。現に今二人は急接近中なのだから。物理的な距離は離せるわけもなく、ならば精神的に?どうやって?
爽やかな朝に似つかない深く思い溜息が部屋に落ちた。
昨夜、二人はどんな会話を交わしたのだろう。窓の外で聞いた会話では松戸の緊張している様子はわかったが、それ以外はイマイチだ。昨日の今日で告白なんて状況にはならないのは冷静に考えればわかることだけど、今後の展開は全く読めない。
とにかく一番危惧すべきことは浅見の理解出来ない思考回路が松戸にバレないことだ。男に言い寄られて疲労した頭で、一時の気の迷いとも言える言動や行動をしたことを周囲に知らされたら堪ったものではない。実は勘違いでしたと後日訂正しても人の口に戸は立てられない。不名誉な内容の噂を松戸が耳にしたならば……想像の範囲でも死ねる。
今の私に出来ること。考えに考えた結果、自分の身と精神をかなり削る荒技しか思いつかなかった。しかしこれも世の為、人の為。もちろん人とは自分以外の何物でもない。
「おはよう。朝早くに申し訳ないけど、買い物に付き合ってくれる?二人とも」
見張るしかないでしょ、近くで。




