SEASONS~桜~ 2
大学も3年目となると付き合いが増えて来る訳で、今日も友達に誘われて歌いもしないのにカラオケでスナック類や軽食をひたすらお腹の中に入れる作業に勤しんでいる。
「なんで歌わないの~?一緒に歌お~よ~」
一次会の居酒屋で大分出来上がってた友人に絡まれながら、ひたすらポテトを口に運ぶ。このメガポテトを半分の量にしたのは私です。
「無理」
聞くのは好きだけど歌うのはちょっと。母の遺言でタダで人に歌声聞かすなと言われたんですよ、嘘だけど。
えー!と不満そうだけど、自分が入れた歌が流れたら機嫌良くマイクを受け取り大熱唱してんだもん、私必要ないでしょ。義理で付き合ってたけど帰ろうかな。一次会だっておごりだからおいでって誘われてタダ飯食べに行っただけだし、カラオケも男ばっかりで寂しいと言う女子一同の為に来たけど、2部屋に分かれて男女仲良くやってんじゃん。アホらしい。
私と同じように誘われた隣の女子も考えは一緒のようで、お互い顔を見合わせ頷く。意見は一致したようだ。
「あのさー、私たち……」
「特別ゲスト登場~!!」
カラオケボックスのドアが勢い良く開けられた。タイミング悪ッ!
乱入者は隣で歌ってた女子たち三人。何事?と皆が視線をそちらにやる。
「隣の部屋に郁人と柳来たよ!仁が説得成功させたみたい」
「マジでか!?」
「俺久しぶりに郁人に会うかも。行ってくる!」
「俺も俺も!!」
20人が優に収容出来る部屋に女子7人が取り残されました。気にせず歌う子、タッチパネルを操作する子、空いた席に寝転がる子様々。あれだ、この世界の女子は本当に適応能力半端ないよね。私も頑張りたい。
この広い空間を更に広く感じさせるのはあまりにも忍びなくて、結局ポテトを減らす作業を再開させてみる。今度は一人ではなく隣の子も一緒に。
少しずつお話をしていくと、彼女も3年からこっちのキャンパスに移動して来てあまり街中を知らないとかで、だったら今度の休みにでも一緒に買い物行こうと誘ったら嬉しそうにはにかんで頷いてくれた。とても大人しい彼女、三石さんとは仲良くなれそうだ。今回の飲み会に参加して良かったのはタダ飯とこの子に会えたことかな。
しかし、私はこれ以上この場にいる気はない。男共が隣に流れて約一時間、時計の短針が11を差したので終電を理由に三石さんを連れ出しお暇することにした。幸い挨拶すべき女子たちは皆同じ部屋にいたので隣には顔を出さずにフロントに向かう。お店を出る前にお手洗いに行きたいと言う三石さんを待つ為にエレベーター前で待機中に変なものを見てしまった。
エレベーター隣にある非常階段の扉が10cmほど開いていており、そこから見えた男性二人の姿。一人が相手の男の手首を掴み、何か口論をしている。
ここで普通の発想だったら「酔っ払いの喧嘩?」なんて考えて店員を呼ぶべきなんだろうけど、私の勘はそんな甘っちょろい考えを全否定した。
「離せっ!!なんなんだよ、お前は!!」
「急にこんなこと言って悪いって思ってる。気持ち悪いって思っても構わない。けど知っておいて欲しかったんだ」
「知っておいて欲しいってお前の自己満だろうが!俺が知るか、ボケッ!!」
「ッ!!……わかってる。でも、お前があんな奴と一緒に来たから……あいつ、お前のこと好きだって空気いっぱい出してた」
「柳のことか?あれは勝手に付き纏ってるだけだ」
「あいつだけじゃない。あのアイドルだってそうだ。第一、それを容認してるのは郁人じゃん……」
はいはい、痴話喧嘩痴話喧嘩。御馳走様でした。ポテトで満たされたお腹はもう限界です。吐く。
外を向いている浅見と、中を確認しながら邪魔が来ないように見張っている男。一次会の時、顔だけ見たけどこいつ確か小中学校と一緒だった田山だよね?浅見と石崎とかとつるんでたのを覚えてる。単体じゃ思い出せなかったけど、浅見とセットになっている姿でわかった。
こいつも攻略キャラ。浅見の幼なじみで、小さい頃に「大きくなったら結婚しようね」なんて約束をしたと言う可愛らしい設定の持ち主だった。高校時代に作ったリストにも名前上がってたよ、確か。中学の頃と大分雰囲気変わってたから顔見てもピンと来なかったわ。ゲーム的にも結構攻略しやすいキャラのようで、遥か昔に彼と浅見のハッピーエンドを見た気がしなくもない。中身までは全然覚えてないんだけど、恐らく二人とも幸せだったはずだよ。
さっさとくっついちまえ、とあまり綺麗とは言えない言葉遣いでエールを送っていると三石さんが戻ってきた。
「ごめんなさい、山岸さん。お待たせしました」
「いいえ、大丈夫ですよ。早く帰りましょう」
エレベーターは既に呼んである。女の子が踏み入れてはいけない世界まで数mと言う残念な空間からの脱出を図りましょうと彼女をエスコートしていたら
「沙世ちゃん!」
非常階段とつながるドアから出て来た変なのと目があった。扉よ閉まれ、今すぐに。なんなら『閉』のボタン連打しようか?
「お知り合い?」
エスコートされた彼女はしっかりとボタンの前に位置し、ご丁寧に『開』ボタンを長押し。
ここに関係性に名前を付けるのがとてつもなく難しい男女4人組が誕生した。
マジで帰りたいです。
大変驚いたことに、田山は私のことを覚えていた。
「中学校以来?あんま変わってないね」
「田山君は随分雰囲気変わったね。気が付かなかった」
当時は野球部だったから坊主頭のイガグリ君だったのに、今じゃしっかり髪も生えて茶色に染めた髪も似合っているじゃないか。高校デビューか大学デビューか知らないけど、成功していて何よりだ。頑張ってその隣の男を落としておくれ。
「一次会でもしかして山岸かもって思ったんだけど確信なくて声かけなかったんだ。今日は誰かに誘われてきたの?」
「同じ学部の子に。田山君は学部どこ?今年からキャンパス変わった組?」
「田山は俺と同じ学部だよ」
私と田山の間に謎の物体が入り込んだ。
「なんだ、郁人。ほっとかれて寂しかった?」
言葉ではちゃかしているけど、顔はニヤケまくってますよ、田山君。楽しそうで何よりです。
あまりお邪魔するのも良くないからと、一度降りたエレベーターを再び呼び戻す。隣で気配を消していた三石さんを見るとニコニコと二人のやり取りを眺めていた。
「三石さん?」
念の為、意識をこちらに戻して貰うとやはりと言うか私のことは眼中になかったらしく、驚いた様子で目を見開いていた。
「あ、ごめんなさい!つい……」
つい、どうした。
なんて野暮なことは聞きません。私の気持ちを知ってか知らずか、田山君たちとは同じ学部で、キャンパスでも良く見かけてて、なんとなく近寄り難かったけどこんな身近で会えると思ってなくて、と言い訳のオンパレード。この二人はあちらのキャンパスでそんなに目立っていたのか、と変な所に感心してしまった。ま、あれはどこでも目立つ存在なのかもね。
再度呼んだエレベーターは中に誰もいなかった。
「私たち、終電があるから帰るね。さよなら、おやすみなさい」
名残惜しげな三石さんの腕を問答無用で取って、箱の中に押し込む。今度こそ『閉』ボタンに仕事をして貰いましょうと人差し指に力を入れれば
「もう遅いから送るよ」
機械が反応する前にエレベーターの乗客が増えていた。笑顔の浅見と、とりあえず浅見に付いてきた田山。
お前ら帰れ。