閑話
※BL色がとても強めです。飛ばしても問題ありません。
祐二の隣に立つ女の人はとても美人だった。腕を組もうとする彼女を振り払うが、その表情は決して嫌がっていない。まるで愛おしい者を見る目で微笑んでいる。
「男なんかより、綺麗な女の人の方が良いに決まってるよな……」
なんで俺、祐二が好いてくれてると思ったんだろう。勘違いも甚だしい。
「……帰ろう」
明日の祐二の誕生日、二人で祝いたかったな。
折角買ったプレゼントも無駄になりそうだ。祐二が好きだって言ってたケーキ屋のモンブランも買わずに済みそう。なのになんでだろう。足はついつい、あいつの家に向かってしまう。
気が付けば門の前。インターフォンを鳴らしたら笑顔で出迎えてくれるんじゃないかなんて期待してる。でもさ、俺の期待って良く裏切られるんだよね。
「アタシはもう帰るから。誕生日ろくに祝えなくてゴメンね」
玄関から出て来た美女は昨日祐二と一緒にいた人だ。
「昨日の夜散々祝いだ!とか言いながらワイン開けてたのは誰だよ。結局酔いつぶれて寝やがるし」
目の前が真っ暗になった。
あれから今までずっと二人きりで過ごしてたんだ。つまり……
「寂しい誕生日を迎えるだろう祐二君の為にわざわざお祝いに来てあげたんでしょうが」
「生憎、俺にだって誕生日を祝ってくれる奴が……って、司?なんでここに?」
見られた!!
祐二と目が合ってしまった。隣に立つ女性もこちらを見て来る。
足がすくんで動けない。本当だったら今すぐにでもこの場から立ち去りたいのに。
「お、俺……あの……その」
「祐二のお友達?」
彼女が綺麗な笑みをこちらに向けて聞いて来る。駄目だよ。こんな美人に適うわけがない。きっと俺とのことなんて…
「すみません、帰ります。祐二、さよなら」
「え、待てよ。司」
動け動けと念じた足はようやく、くるりと方向転換をしてその役割を果たしてくれた。
さようなら、祐二。大好きだった。
「あの綺麗な人、祐二の彼女だろ」
顔を上げることが出来ず、地面を睨みながら訊ねれば掴まれた手首の痛みが和らいだ。これは肯定か。落ちた雫が土の色を変えていた。
クスクスと聞こえる笑い声に思わず顔を上げる。そこにあるのは祐二の何とも言えない表情。
「……何がおかしいの」
滑稽な俺を笑っているのか。
「それは嫉妬してくれたと思っても良いのか?」
「嫉妬…なんてもんじゃない」
悔しさと寂しさと、絶望。もう俺のことを見てくれないんだと言う恐怖。いろんな感情が入り混じっている。
「安心しろ。俺の一番は司だし、愛しているのは司だけだ」
「……信じられない。信じたくない」
信じて裏切られるなんて御免だ。
「あいつとはなんでもないよ。むしろお前を紹介したい相手だ」
「なんでもないなんて、一晩一緒に過ごしててもそんなこと言えるんだ」
「だってあいつは昔から一つ屋根の下にいたからな」
グサリと胸に刺さった言葉。この世の終わりだと感じた次の瞬間にまた爆弾発言。
「俺の姉貴だから」
……ウソだろ?
「……マジで?」
「ウソ吐いてどうする。今度紹介してやるよ、俺の恋人だってな」
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本を閉じる。
次の本。
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トントンと扉をノックする音。返事も聞かないうちにその扉が開かれた。
「菫子、勝手に入ってくるなよ」
「あらちゃんとノックはしたわ。見られちゃ困る物でもあったのかしら?」
「そう言うことじゃなくてだな」
涼しい顔をしてズカズカと俺の私室に入ってくる妹に呆れながら注意をする。しかしこの女に対しては全てが馬耳東風。
「細かいことを気にしてるようじゃ、彼に嫌われちゃいますよ。お兄様」
「バッ、バカ!兄貴をからかうんじゃないっ!!」
「まあ、相手があの伊集院聖ですからね。彼がお兄様を嫌うなんて天地がひっくり返ってもないでしょうけど」
愛されていますわね、なんて意地の悪い顔で笑うこいつは随分と俺と聖との関係に寛容だ。いつもいつも思うことだが、兄貴が男同士の恋愛をしてるなんて気持ち悪いと思わないんだろうか。
なんとなくそんなことを聞いて見れば、呆れたような顔をしてこう返してきた。
「今日日、同性愛なんて珍しくも何ともありません。日本では認められていなくても、海外では同性婚もありますから。世界各地にいる同性愛者がたまたま身内にいたくらいで動揺してたら、女がすたります」
随分と男前な妹に心の中で拍手をし、そっとお礼を告げた。
一人でも身内に肯定されたことでなんだか気持ちが軽くなった。持つべきものは理解のある妹だ。
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再び、本を閉じる。
次の本。
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「一目見てわかったわ。貴方があの人の大切な子だって」
寂しそうな目をした女性は、目の前のコーヒーカップをジッと見つめていた。
「どうしても私じゃダメだった。付き合っていた時も、結婚した後も。将彦さんはいつも誰かを探していたの。それは決して私ではなかったわ」
「真理子さん……」
「おかしいわよね。ずっと昔から一人を思っているなら私みたいな女と付き合わないで、ちゃんとその人と向き合えばいいのに。あの人のダメな所は大切な人にだけ素直になれないところね」
カバンを手に取り立ちあがる彼女に僕は何も言えずにいる。
「彼は貴方を今でも愛しているし、貴方も彼を愛しているんでしょ?迷うことなんてあるのかしら」
「……僕は」
「私から離婚を言い出したけど、元パートナーの幸せは祈ってるのよ?」
後は貴方次第よと伝票を持ち、去って行く彼女の背中を僕はただ眺めることしか出来なかった。
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またも、本を閉じる。
次の本。
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今日は待ちに待った文化祭!うちのクラスの出し物は喫茶店。衣装は自作!と女子たちが自慢げに見せに来たウエイトレス姿は確かに可愛かった。
「どう?可愛い衣装でしょ?」
接客係のリーダーの菱沼がクルリと回ってポーズを取る。菱沼は可愛いし、スタイルも良いから素直に頷く。隣の磯山も可愛いよ、と褒める。…別に妬いてはいない。
「じゃあ、宜しく」
「モチ!任せなさい」
そんな不思議な会話を交わす磯山と菱沼に首を傾げると、何故か俺は菱沼に連行された。
「何何!?」
「赤川は特別コース!喫茶は喫茶でも『女装メイド喫茶』の店員になって貰うから!」
「はあぁぁ!?聞いてないし!?」
「磯山に頼まれたのよ。『稔を可愛くして』って。赤川の衣装作る代わりに、今度の新刊、磯山×赤川で描いて良いって約束したから」
「意味わかんねぇし!!」
「わかんなくて良いし!さぁ、女装メイドのみのるちゃん誕生よ!!」
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盛大に、本を閉じる。
もういいでしょう、しんどい。
目の前に積まれた本。これ全部、男同士の恋愛小説。所謂BL本。大学の図書館はなんでもあるのね、と呆れつつも物は試しと手に取ったのが最後。好奇心は猫をも殺すと言ったけど、まさにその通り。私の心臓は一個なので確実に仕留めて殺されるでしょう。
最初に手に取った本はサラリーマン同士。パラパラと流し見してみたら、主人公は新入社員で、相手役は先輩。新人指導で残業していたら何故かいきなりキスされて……!?その後ギクシャクしながらも接して行くうちに先輩の優しさと心にある傷に触れ、彼に惹かれて行く。勘違いやすれ違いもあったけど、最後は身も心も結ばれてハッピーエンド。
内容は別に良い。男と女を入れ替えればどこにでもある恋愛小説だよねで解決する。が、問題は登場人物の性別だ。
女の人が一人もいないってどう言うこと?
パラパラと読んだせいか、主要人物の中に女性らしき人物が一人も見当たらなかったのだ。主人公の同期入社は男。配属された部の上司や先輩も男。会社の社長も秘書も男。営業先の社員も全員男。大学時代の友達もサークル仲間も男男男。女の『お』の字もありはしない。
その本を棚に戻し、隣にあった同じレーベルの本をまたパラパラと読み始めてみた。
今度は高校生同士のものだった。高校入学の初日、校内で迷子になった主人公が見つけたのは裏庭で一人昼寝をしている男子生徒。誰も知らないこの場所に現れた主人公に驚きながらも、二人だけの秘密だと何故かキスをして去って行った生徒。入学式に出て吃驚!それはこの学校の生徒会長だったのだ。生徒会長との秘密の密会を続けるうちに、彼の素顔と生徒会長との顔にギャップを感じる主人公。ありのままの貴方が好きと告げると、そんなことを言ってくれたのは君だけだと結ばれる二人。しかし彼らに他の生徒会メンバーや会長親衛隊が立ちはだかる…!!
どうやらシリーズで何巻も出ている人気作のようだ。しかし、この手のお話はいきなりキスするのが決まりなの?男同士のお付き合いでも順序は守ろう。最初はしっかり告白しときなさい。あ、そう言えばさっき食堂でも似たようなことをしてる連中がいたね。彼は一応、告白してからキスしてたから、ギリギリセーフ?返事貰ってなかったからアウト?まあいいや。
問題はこれまた登場人物が男だらけだったこと。あれ、男子校って設定なのかな?なんて読み返してみたけど、主人公のモノローグでご丁寧に共学って書いてあった。だけどクラスメイトは男ばかり、生徒会役員も男だけ。先生方も男だらけで、保健室の先生も男だった時にはそれはまずいだろと突っ込んだ。モブキャラ程度に女の子たちが書かれていたけど、背景扱いか一言だけで名前がないとかザラ。
あまりにも女の扱いが酷いと紙面の彼女たちに仲間意識と同情を覚え、棚にある本を手当たり次第確認して、手元に残した本を見る。
約20冊の本を確認し、名前がある女性が出てきた本は4冊でした。男同士の恋愛での男役(これを『攻め』と呼ぶ)の姉、主人公(大抵の場合『受け』とされる女役)の妹、攻めの元妻、攻めと受けのクラスメイトと言った毒にも薬にもならないような役割を当てられた彼女たち。多少の薬になるような女性もいるが、ページで言えば十数ページの登場で早々にお役御免される。
それでも彼女たちはとても良い扱いを受けている方で、名もなき女性たちの中には攻めを好きなあまり受けに嫉妬しシンデレラの継母義姉の如く苛め抜き、その悪行をバラされて学校にいられなくなってしまった女学生や、受けの元カノで別れを告げられたにも拘らず、未練がましくストーカーをして攻めに撃退されるOLなど、悪役として悲惨な末路を書かれている女性も少なくはなかった。
作者は女嫌いなのかと心底思ったが、この手の小説の書き手は女性が多く、BL小説では女性はあれば便利程度のお役立ちアイテムか、主人公カップルを始めとした男同士の絆を深める為の必要悪とされているのがわかった。
……泣いて良い?
昔々の記憶でなんとなく読んでいたことのあるような本を棚に戻し、溜息を一つ落としてみた。先ほどの学食と違い、静かなここではそれすらも響くような気がして早々の脱出を決めた。
棚一つ潰してるBL本を見て、この中に幸せな女性がいることを信じようと心に決めた。時間と気力のある時に確認するのも良いだろう。
踵を返し、出口に向かう最中思わず漏れた言葉は誰にも届かなかった。
「大学の図書館に置くような本じゃないでしょ……」