SEASONS~紅葉~ 5
バイト四日目、再び遭遇した柳は憑き物が落ちたようなサッパリとした顔をしていた。
「郁人と話すことが出来た。感謝する」
仕事が始まる前に缶コーヒーをくれたので有り難く頂戴した。ブラック無糖。ミルク入り微糖派だけど気持ちが有り難いので家で飲む。
浅見との友情を取り戻したのか、恋愛に持ち込んだのか。柳はそこまで話さないし私が首を突っ込むことでもないので何も聞かず、その日は平和的にバイトを終えた。社員さんも心なしか目の下のクマが薄くなっていた。
バイト最終日。昨日とは打って変わって青ざめた顔の柳がいた。
「郁人から電話とメールが止まらないんだけど……」
恋人もしくは友人が熱烈的過ぎて眠れませんみたいな報告は要らない。仕事中なんで、と流して最後まで仕事をやり切った。社員さんから本当にお疲れ様でしたと労いの言葉を頂いた。ええ、とても疲れましたが得るものの多い五日間でした。
これで君ともさよならだ、柳。2割増しくらいの笑顔でお疲れ様でしたと伝えて、職場を去る。頼むから連絡先を教えてくれとせがまれたけど、今後会う予定もない元バイト仲間に使う通信費はないのでスルーした。
初バイトが終わってもこれは私のバイト生活の序章にしか過ぎず、授業と家庭教師の隙間を埋めるかのように短期バイトの数を増やして行った。
あの朝に何もないから何も聞くなと釘を刺すと、修也はあれから本当に浅見の名前を出さないようになった。優しい弟を持った姉は嬉しいよ。ただ、食事のたびに物言いたげに見つめるのは勘弁願いたい。バイトを本格的に始めたので毎晩のように十時以降の帰りになり、顔を合わすのは朝食の時と帰宅後の30分だけになったのも原因の一つだと思う。
「なんでそんなにバイトをしなきゃいけないの。お金がないなら、もっと家に入れるよ?」
倉庫の整理、イベント会場の案内、期間限定ショップの販売員。三週間ほど頑張ったけど、想像より収入は伸びない。深夜バイトも視野に入れようかと思っていたところに、修也からの申し出でとても慌てた。
「お金に困っている訳じゃないの。前にも言ったでしょ?」
「友達に頼まれたってレベルじゃないじゃん。大体、その友達って誰?その人も姉さんみたいに夜遅くまで働いて終電間近に帰ってるの?」
最初の言い訳がまずかったか。でも素直にお金がないですって言ったら絶対修也はお金を入れるって言い出すから言えなかったんだよ。現に今そうなってるし。
一緒にこの家に暮らすようになって、修也は生活費を入れてくれているけど、それには手を付けずに家庭用の財布とは別に保管してある。いつか一人暮らしがしたい時が来るだろうし、今だって本当は単身用学生アパートに二人暮らしはアウトなのだ。もしどこかで管理会社にバレて、出てけと言われたらすぐに動けるよう、まとまったお金は必要になる。修也はキチンとしてるから自分で貯金をしているだろうけど、あって困るものじゃないから貯めておく。
だから修也はお金を入れなくていいんだよ、なんてことは言えなくて。悩んだ末に、素直に謝ることにした。
「ごめんね。友達に頼まれたのは本当だけど、全部一緒にやってる訳じゃないの。お金に困っているんじゃなくて、就活費用を貯めようと頑張ってたんだけど……ここ最近は確かに仕事を入れ過ぎてたね」
就活は物入りだから、と少々苦し言い訳。リクルートスーツ一式を買って、あとは交通費も。よくよく考えたら本当に物入りだな。生活費も大事だけど、そちらの準備もしないと。ああ、出費がかさむ。
「……そんなに高いの?」
「大丈夫、張り切って働いたから随分貯まったよ。来月のお給料日は期待してて。久しぶりに二人で焼肉とか行こうか」
学生街の有り難い点は、安い飲食店が多いこと。美味しいご飯屋さんで働いてると言っても、たまには外食もしたいでしょう。笑顔で提案してみたら、ようやく修也にも笑顔が見えた。
「姉さんばかりにいい恰好はさせないよ。俺は社会人なんだから、たまには姉さんに恩返ししないと」
「えー、じゃあお互いにご馳走し合うようだね」
来月の楽しみが生まれて気力は沸いたけど、問題の解決にはなってない。一先ずは夜遅くになるバイトは控えて、時給や日当の高いものを選んで数を調整しよう。そして何より節約。これに限る。
ひとまず大切にしなければいけないのは、ずっとやっている家庭教師の仕事。可愛い生徒の里奈ちゃんの授業は欠かさずに行っている。今の時期は受験対策に加えて、二学期の中間試験の範囲も押さえている。日々努力はしているけれど、頑張ってきた分だけ伸び悩んでいるのが現状だ。
「学校で受けた模試の判定がまたBだったの」
結果を見せてくれるその表情は晴れない。国語と英語は平均以上、数学と社会は真ん中で、足を引っ張ってしまったのが理科。教えていない教科のアドバイスは難しいな……苦手意識が強かった英語で好成績を取ったことは素晴らしい。手を伸ばせばA判定も夢じゃないんだけど。
「Bだとしても、一学期に受けた時よりも偏差値も順位も上がってるから自信を持っていいよ」
「お母さんもそう言ってくれたけど、担任から今年は私と同じ高校を選ぶ生徒が多いから、倍率は高いかもって……」
なんでも去年一昨年の進学率が良かったらしく、今年から人気校になってしまったようだ。大丈夫って太鼓判を押して貰うにはA判定が欲しいよね。落ち込み気味な里奈ちゃんを慰めながら授業を進めるが、今日の進捗は思わしくなかった。マイナス思考に入ってしまうと浮き上がるのはとても大変だ。特に多感な時期ならなおのこと。何か励ましになるようなことがあればいいんだけど……
あまり効果はないかも知れないけど、もしかしたら里奈ちゃんには有効かも。
「里奈ちゃんの学校の中間は10月だよね」
試験日程の再確認。カレンダーには中頃に丸がついてある。ついでに31日にはハートのシールが貼られている。推しの誕生日だそうだ。
「うん、月火水の三日間」
「もしお母さんが良いよって言ってくれたらだけど、11月にある私の学校の学祭に遊びに来ない?」
「学祭……?」
「大学の学園祭。あまり長くは無理だけど、構内は一緒に回るから息抜きにどうかな」
中学生を大学の学祭に誘うのはどうかと悩んでたけど、里奈ちゃんの家から大学はそう遠くもなく中学生なら移動が許される範囲。一人でおいでと言ったらハードルが上がってしまうけど、門まで迎えに行って一緒に見て回る分には平気ではないかと、提案してみた。
私はサークルの出店があるからずっととは行かないので、受験勉強の息抜きがてらに二、三時間程度。全ては里奈ちゃんのお母さん次第だ。
里奈ちゃんの表情がどんどん明るくなっていく。
「先生の大学に行っても良いの!?」
「お母さんが良いよって言ってくれたらね」
「行きたい!お母さんに聞こう!」
階下でお茶を淹れてくれているであろうお母さんの元に、早く行こうと急かす。少し元気が戻ったようでホッとした。勉強で憔悴する子供ほど見ていてしんどいものはない。ご両親も無理はしないでと伝えているみたいだけど、里奈ちゃんなりの目標があるようで強く止めることは出来ないと以前お話されていた。息抜きになるなら学祭に来るのもダメとは言わないはずだ。
「あら、良かったわね。でも先生にご迷惑じゃない?」
思った通り、里奈ちゃんのお母さんは反対はしなかった。私の様子を伺って来るが、その目が否定的じゃなかったので私も笑みを返した。
「私からお誘いしたことですから。お昼頃に来てくれたら、日が暮れる前に大学の最寄り駅までお送り出来ます」
「絶対迷惑かけないし、門限までに帰ってくる。今度の中間も頑張る。だからお願い!」
「駄目って言ってないでしょ。中間テストしっかり頑張って、先生にいい結果を見せられるようにしなさい。先生すみませんが、どうぞよろしくお願いします」
交渉は無事成立した。元気な声ではしゃぐ里奈ちゃんの姿に、お母さんと顔を見合わせて笑う。
「試験も学祭の方もお任せください」
全力を尽くさせて貰います。
「先生、本当にありがとう!沖君の通う大学の空気を感じて見たかったの!これもはや聖地巡礼だよね!」
腕を振り上げ勝利のポーズを取る様は、まるで志望校合格をしたかのような勢いだ。聖地巡礼ってまだ流行ってるのかな。
それが目的かと呆れ顔のお母さん。口には出さずに誘ったけど、沖君熱が良いように作用すればいいなと思ったのは事実。ここまで全力で喜ばれると少し胸が痛む。
「学祭当日、沖君がいるかはわからないんだけどね」
アイドルって学祭参加するの?ステージ登場の予定はプログラムにはなかったけど、サプライズとかあるのかな。もしくは普通に学生として構内を散策してて遭遇できれば……授業ならまだしも、一般人が入って来る行事では無理か。
そんな私を気にもしないで里奈ちゃんが宣言する。
「沖君が通ってる校舎に入れるだけで、コンサート10回分、それ以上の価値があるよ!」
私たちは日々の学生生活でコンサート何百回分の価値を得ているんだろう。この体験、一回100円くらいで売れないかな。
価値観は人それぞれ。それは良かったね、で済ませておこう。




