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SEASONS~紅葉~ 2

「え、なんで?」


 バイトを増やしたと修也に話したところ、そう返された。うんまぁ、そうなるよね。この時期から新しいバイトをする人なんてあまりいないもん。

 修也には仕送りがなくなったことは話していない。あの男の話を出すこと自体したくなかったので、黙っていられるうちは何も言わないと決めていた。なのでここは正直に理由を喋るつもりはなく、嘘を吐かせて貰うことにした。


「大学の友達から誘われて、時間がある時だけでも働かないかって。登録制の短期バイトだから、普段の家庭教師の合間に少しだけ。だから夜とか帰りが遅くなる日も増えるかも知れないけど、気にせずに先に休んでね」


 朝ご飯は大体二人で食べている。昼はそれぞれ学校と仕事があるので別だし、修也は賄いが出るのでお弁当もいらない。夕飯は都合が合えば一緒に食べるが、基本はバラバラ。朝食時に今日は家で食べると一言言われたら、待てる時は待つし遅いなら作って冷蔵庫に入れておく。

 バイトの頻度はどれほどになるか自分でもわからないが、今まで通りとは行かないのは想像に容易い。

「姉さんが決めたことなら良いと思うけど、そんなに遅くなるバイトなの?」

 修也の仕事上りは大体、夜の八時。真っ直ぐ帰ってくれば九時には家に居るだろうけど、私はどうなるか。

 既にバイトの派遣先での面接と登録は終わっており、登録した項目に合致する仕事案内メールがどんどん送られて来ている。販売、製造、接客その他。見ていると丸一日のものから、夕方から夜の九時までと幅広い時間帯の働き方がある。学校がある日でも夕方から働けるのは助かるが、当然ながらその分、帰りは遅くなる。

「仕事の内容によるからなんとも……日付が変わるようなものはないし、遅くても十時には帰って来れるんじゃないかな。学校もあるし、日常生活に支障が出るようなバイトはしないよ」

 これは嘘ではない。だって私は学校と生活のためにお金が欲しいのであって、その二つを蔑ろにしてまで働きたくはない。短期間で大金を稼ぐ!なんて恐ろしいものに手を出す気もない。絶対裏があるからね、そんな怪しい話。


「あんまり遅くなるようなら電話してよ。駅まで迎えに行くから」

 心配そうな顔で修也がこちらを見るものだから、一瞬なんのことかと考えた。もしかして、この子は私の身を案じてくれているのだろうか?

「心配してくれてるの?」

 何のために、とは聞かなかった。義弟が義姉を思いやってくれる気持ちに水を差してはいけない。凄く嬉しい、ありがとう。心からの気持ちなんだけど、私が心配される要素ってこの世界にある?と悩んでしまう。

「当たり前でしょ。姉さん一人で夜道を歩くなんて、心配しかない」

 えー、うわー、まじで。義弟とはいえ、そんなこと言われると照れてしまう。ありがとう修也、久しぶりにときめいたよ。姉弟愛の意味で愛してる。

「ありがとう、帰り道は気を付けるね」

「気を付けるんじゃなくて、呼んでってば」

 前向きに検討します。




 最初に選んだバイトは、催事場のお菓子販売。秋の全国スイーツ物産展で、お菓子を売る簡単なお仕事。というのが、求人メールの文句。簡単な仕事などないことは承知済み。何よりも私は商品販売のアルバイトは初めてなので、口が裂けても大丈夫だなんて言えない。

 雇い主が短期バイトに多くを求めてはいないとわかりつつも、緊張しながら職場となる百貨店に向かった。

 私の一番の目的はお金を稼ぐこと。ついでに何かいい経験が出来たなら、それをこねくり回して膨らませて、就活の際の話題として使えれば……なんて気持ちもあった。学生時代に力を入れたことはいくつあっても困らない。

 あわよくば新しい出会いがあれば最高なんだけれど、期待し過ぎると悲しくなるだけだとも理解していた。していたはずなのに。


「はい、ではこれから皆さんにはそれぞれの配置場所にてお仕事に取り組んで頂きます」

 催事場のバックヤードにて、派遣先の社員さんが説明をしてくれる。そして名簿と照らし合わせて点呼を取る。大学生か、フリーターかといった年齢層の人たちばかり。見知らぬ人たちが呼ばれる中、一人だけ知っている顔があった。


「柳明良さん」

「はい」


 無表情不愛想の男は、不貞腐れてるのか?と聞きたくなる低い声で返事をした。そんなんで店先に出られるの?柳明良。

 浅見の友人ってことは認識しているけれど、今まで接触するかしないかレベルの相手だったのに、まさかここで鉢合わせになるなんて。会話を一切せずに去りたいな。

 私の名前も呼ばれたので素直にはいと応答する。私が最後だったようで、その後すぐに担当エリアの割り振りとなった。


「柳君と山岸さんはこちらのブースをお願いします」


 願うとすぐさま真逆に振られるのは、私の運が悪いからですか?日頃の行いは頑張ってると思うんですが。

 数いる派遣バイトの中で、何故か私と柳が同じブースに配置された。あれですね、五十音順で適当に振り分けましたね。

 案内されたのはチーズケーキの店舗。関西の人気洋菓子店の一押し商品で、4個入りと6個入りと8個入りと既に箱詰めされた物を売る形になっている。他の店を見ると種類が豊富な一口チョコや、注文を受けてから作る三色ジェラートなど、手間がかかりそうなものが多い。バイト経験が浅いことも考慮してくれてのことならとても有り難いのだけど、こいつもか……と柳を見て不安になる。


「ケース内の箱が3つになったら裏から商品を補充して。人が多くない時は接客は一人でやって、もう一人は裏に回って社員さんの指示で動いてください。開店直後から午後一時と夕方の五時から七時は混雑時なので、その時は二人で接客をするように」


 すぐ隣の販売ブースには同じ会社の社員さんがいるので、困ったことがあればそちらに話を持って行くようにとのこと。丸投げされるかとビクビクしてしまったが、流石にそれはなくてホッとした。

 ここの販売員用の制服だと渡された緑のエプロンを裏で着用する。隣では同じようにエプロンを着る男が無言でこちらを睨んでいた。止めてください、私は浅見なにがしとは一切関係のない一時的なバイト仲間です。


「接客と裏方、どっちがやりたい?」

 敵意のないことを示すために、半歩ほど歩み寄りを試みてみた。何もしません、私は普通の人間です。

「どっちでもいい」

 しかし一匹狼気取りは人間に近付く気はないようだ。別にいいよ、私はシートンじゃないし。ああ、でも狼王ロボは一匹狼じゃなかったね。ちゃんと群れを率いていた。

「じゃあ裏方やって。人が多いときは二人で接客って言われたから、レジ打ちは覚えて」

「……わかった」

 仕事をする気はあるようなので、最低限の会話だけで乗り切れそうだ。私のバイト生活、前途多難過ぎる。



 初日は緊張しつつも、頑張った。お客さんからの注文の数とレジ打ちを間違えないこと、箱を傾けて紙袋に入れないこと。とにかくそれに集中した。裏方は裏方で見えないところでの仕事があるようで、ケーキの補充の声掛けと人の多い夕方の時間のヘルプくらいしか柳と話すことはなかった。

 この調子で行けば五日間のバイトで嫌な思いはしないだろう。


「お疲れ様、初日だったけど大丈夫そうだった?」

 隣のブースから社員さんが様子を見に来てくれた。閉店30分前ともなると商品の売り切れも多く、駆け込みのお客さんがいるくらいでフロアー内もまったりとした空気が流れている。

「ありがとうございます、お陰様でなんとかなりました」

 大きな失敗はしていないが、箱の数と紙袋の大きさを見誤ってアタフタしてしまったのは反省点だ。明日以降は気を付けますと言えば、それくらいは可愛いものだと笑ってくれた。

「今日は物産展の後半初日だったからお客さんも多かったんだよ。明日以降は落ち着いて、最終日は忙しいかもね」

 スイーツ物産展は十日間開かれており、私が入ったのは後半からだったようだ。忙し過ぎるのは困るけれど、適度に仕事をさせて欲しい。


「この時間からはもう裏の仕事もないから、あっちにいる子を呼んで来て貰っていい?」

「アッ、ハイ」


 今日の販売分はあと二つ。4個入りと6個入りが一つずつ残っている。これが売り切れたらレジを締められるのに、という呟きを聞きながら、柳を呼ぶため渋々裏に入った。

 催事場のフロアーはパーテーションで囲われている。なので裏と言っても壁一枚も無い、ほんの数十cm先のことだ。しかし催事場はお客さんや店員さんの声、BGMから各店舗から流れるアナウンスまで、いろんな音がするせいで店舗から裏に声をかけてもあまり通らない。今はお客さんの数も減ってきているが、店の裏で大声で会話しないようにとも言われているので、必然的に人との距離は近くなる。

 頼まれているのか、たくさん積まれている段ボールを無心で畳んでいる柳に近付く。


「あの、社員さんが表に出てくれって」

「店に?」

「裏の仕事もないだろうから、呼んで来てって言われた」

「仕事してるけど」


 見りゃわかるよ。何もしてないならば片付けてくれと他の社員さんから頼まれたのかね。知らんけど。

「私はただの伝言板だから」

 伝書鳩でもいいですよ。とにかく伝えましたから。

 いらっしゃいませの声が聞こえた。社員さんの声なので、うちか隣のブースだ。ならば油を売っている暇はない。急いでお店に戻らなくっちゃ。こいつと話していたくない訳ではないです、本当です。


「ケースの中の、全部ください」

 お仕事帰りのような、綺麗なお姉さんが残りの二箱を無事お買い上げ下さった。社員さんがお会計をしてくれているうちに紙袋の用意をする。

「お渡し用の紙袋はご入用でしょうか?」

 二つお買い上げということは、どちらかはお土産かも知れない。

「うーん……大丈夫です」

 少し悩んでからのお断りの言葉。どこかに持って行く予定だけど、そのまま箱で渡しても大丈夫なくらい気心知れた相手にあげるとか?詮索する気はないが、なんとなくそんな推理をして箱を紙袋に収めた。勿論聞ける訳がないので、答え合わせはありません。


「ありがとうございました」

 紙袋をお渡しし、お辞儀をして見送る。完売おめでとうございます、ありがとうございます。

 ケーキを手にして嬉しそうなお姉さんの姿を見ていると、ケーキ屋さんって良いな~と子供のような気持ちになる。将来の夢はケーキ屋さん。飲食業も視野に入れようかな。

「お疲れ様です」

 販売終了後に裏から出て来た柳。お前さてはお客さんが居なくなってから出て来たでしょ?社員さんは気にする様子もなくお疲れ~と手を挙げている。さて、私はどうしよう。何気なく、もう一度あのお客さんを見た。


「郁人、お待たせ!」


 そこそこの距離はあったが、客足もまばらになってきた時間。その声はしっかり聞き取れた。視界を遮るものもない。女性が駆け寄った相手は男。


「嘘だろ、郁人……」


 今日一番感情の籠った言葉を吐いた柳。私はというと、


「やべぇ、笑える」


 普段だったら滅多に口にしない言葉を真顔で呟いてしまった。お口が悪かったです、ごめんなさい。帰りにデパ地下で美味しい物を買って帰ろう。

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