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SEASONS~花火~ 8

 生きる屍がベンチに腰かけ、項垂れている。


「しおちゃんたち呼んで来ますから、その間に休んでて下さい」


 優しい言葉を置いて、律さんはカフェのある方へと歩いて行った。園内は走っちゃいけませんからね。偉いね。

 修也に律さんが向かったことをメールし、未だ足が震えている浅見を見る。乗ってしまえば全自動の絶叫マシーン。最初こそワーワー騒いでいたけれど、コースターが加速するにつれて言葉数は減った。叫ぶにしても腹に力が入らなきゃ難しいし、本当に怖い人は絶叫すらできないと言うのは事実らしい。

 気力を振り絞って座席から降りていたけど、地上に戻ってくるまではフラフラだった。根性で律さんの肩を借りることはなかったけれど、ベンチに座り込んでからは立てない様子だ。


「浅見くんはさ、乗り物酔いするの?それとも、加速する乗り物が苦手?」

 こちらの声が届かないほどのダメージを受けているならば、この後のことも考えなければいけないなと思った。しかし、質問をすると首がちょっとだけ上がって顔が見えた。

「乗り物は平気……高い所から急に落ちたり、グルグル回ったり、時速が100キロ超えたりするのは、多分得意じゃない……Gがかかるのが……」

 生身の人間が普段感じることのない力が苦手か。私は好きだけれど、それが無理という人間を否定はしない。未知の体験だもんね。

 駄目だとわかっていて何故乗った、なんて今更責める気はない。過ぎたことを言っても詮無いことだ。だが、いつまでもベンチに座り込んでいる訳にもいかない。すぐに立てなんて鬼のようなことは言わないけど。


「手、出して」


 不思議そうな顔をしながら、言われるがままに手のひらを見せて来たが、それではハイタッチの形だ。何の喜びを分かち合う気なのか。

「手のひらを上に向ける」

「うん?」 

 今度は思い描いた姿勢になったので、持っていたケースを振ってミントタブレットを数粒出す。

「気を紛らわすぐらいのものだけど、少しはスッキリするかと」

「えっ」

 手のひらに転がるタブレットを眺める浅見。ミントが嫌いならば打つ手はない。泣きっ面に蜂だったらごめんなさいね。


「これって、冷凍保存可能かな?」


 ハンカチに包んでしまおうとする浅見。

「さっさと口に含んだらどうかな」

 なんなら錠剤のように飲み込んでしまえ。目を細めて促せば、渋々と口に入れた。噛め、そして嚥下しろ。


 視界の端に三人を連れて戻ってくる律さんが見えた。彼女の手には二本のペットボトル。

「お茶とお水、どっちがいいですか?」

 浅見に駆け寄りって選ばせている姿は本当に甲斐甲斐しい。浅見は少し悩んでから水を貰い、代金を支払った。律さんは受け取りたがらなかったけど、年下に奢られるのは気が引けるもんね。

「沙世子さんも、お茶で良かったら……」

「あ、いいの?ありがとう」

 手元に残った方を私にくれたのは驚いた。気遣いはとても嬉しいのでありがたく受け取る。勿論、お金は渡した。


「浅見、やっぱり駄目だったんだ」

 座り込んでいる浅見を見て、松戸が苦笑い。なんだ、知ってたんだ。だったら止めてあげれば良かったのに、なんでそのまま見送ったんだか。

「郁人さん、本調子じゃないんだったら俺たちが行ってたカフェで休む?それとも早めのお昼にします?」

 時刻は11時ちょっと過ぎた頃。三人に聞けば、カフェではお茶だけにして何も食べなかったらしい。レストランが混む前にご飯を済ませてしまうのも手だけれど、修也たちはつまらなくないかな?

 そう思っているのが伝わったらしく、修也がネタ晴らしをしてくれた。


「実は、カフェの近くに海上遊覧船乗り場があったから、それに乗ってたんだよね」

「何それ聞いてない」


 待っている間にアトラクションに乗っているのは全然構わない。むしろカフェでは時間を持て余してしまうだろうなと危惧していたので、楽しんでいて良かったとは思っている。

 瞬時に、良いなぁと羨む気持ちが生まれたが、なんで羨ましかったんだろ?ここの遊覧船は一周15分程度のどこにでもあるような普通のもの。特別なものはなくて人気も少ないから空いている。まさに時間つぶしに持って来いなアトラクションだ。私が特別乗りたかったものでもないのに。


「ごめんなさい、沙世子さん。遊覧船なら乗れるって私が言ったから、二人が気を使ってくれて……」

「ううん、大丈夫!お待たせしてて申し訳ないなって思ってたから、むしろ良かった」


 これは本当。遊覧船に乗っている時間よりもカフェで待っていた時間の方が長かっただろうけど、僅かでも楽しんでいる時間があったのなら、こちらとしても気が楽になる。

 この話はここまで、と切り上げて近くのレストランに向かうことにした。



 レストランでは特に語るような出来事は起こらず、海上から見えた水族館エリアのイルカショーの話や、夏休み期間は海上に花火が上がるので夜に遊覧船に乗ると大きく見えるとか、ここのジェットコースターは日本一だけど、隣の県には世界一のジェットコースターがあるなんていう世間話をした。

 浅見も料理が来る頃には体力、気力共に回復をしたようで数量限定の海鮮丼をしっかり平らげていた。これから水族館に行くのに魚を食べるのか。



 水族館エリアは遊園地エリアよりも空いていた。元気いっぱいな子供たちは海水浴、遊園地がメインなのかな。水族館も家族連れはいたけれど、平均年齢は少し高めで館内は比較的静かだった。

 ここの何が良いって、屋内なことだ。ショーの会場は屋外に設置されているけれど水族『館』の名の通り、ほとんどが建物の中。空調はバッチリ効いているし、大きな水槽は見た目にも涼やか。外をちょっと歩いただけなのに、ここに入った瞬間には皆で安堵のため息をついた程だ。

「いいね~落ち着く」

「遊園地も楽しかったけど、炎天下に外に居続けるのは大変だもんね」

 うんうんと頷きながら、順路案内に従って進んで行く。

 水槽のトンネルを抜け、近隣の海、太平洋、熱帯地域、淡水魚、深海と分布地ごとのフロアーを巡る。水族館が目当てと言っていた通り、汐里さんは目を輝かせて水槽を熱心に眺めている。これはあまり話しかけずに後でまとめてお喋りした方が良いな。


 修也と松戸と浅見の三人衆は団子になって一つ一つの水槽を見て、逐一感想を言い合っている。全くもって仲が良い。男同士の友情だけであることを願うけれど、こればかりは私に決められることではない。

 雑念を取り払うように魚に目を向ける。吹き抜けに作られているのは館内で一番大きな水槽。イワシやサメが平和的に共存している不思議な海だ。


「なんで食べられないんでしょうね」


 イワシの群れを目で追っていると、気付かぬうちに隣に来ていた律さんに話しかけられた。同じ疑問を抱いていたようで、嬉しくなる。

「飼育員さんからお腹いっぱいエサを貰ってるのかな」

「だとしても、生きのいい魚が目の前にいるのに食べたいって思わないんですかね?」

 果たしてサメに鮮度という概念があるのか。真面目に考えてから答えを絞り出す。

「大変な思いをして自炊するよりも、楽してコンビニのお弁当を食べたい、みたいな?」

 一度、楽を覚えたらそっちに流れてしまうのが人のサガ。サメや他の生き物も可能性はあるのでは?

「沙世子さんは手間をかけるのが嫌いですか?」

 律さんの質問に悩む。料理は好きだけど、疲れた時はしたくない。何かを得るための過程も達成感があるから好きだけど、全部にそれを求めはしない。

「時と場合によるかな」

 煮え切らない回答にも律さんは笑ってくれた。ちょっと心を開いて貰えたかな?

「この先に手間がかかりそうなことがあるんですけど、一緒にやりません?」



『真珠取り出し体験』

 吹き抜けフロアーを出た休憩エリアの片隅にあった体験コーナー。数個並べられた机では小学生くらいの姉妹が親御さんと一緒にアコヤ貝を開いていた。

「取った真珠はアクセサリーにしてくれるんです!」

 先に進んでいた律さんはこれを見つけて私か汐里さんを誘おうと戻って来てくれたのだ。汐里さんはまだまだ入り口近くのフロアーに居たので置いてきたとのこと。


 真珠は嫌いじゃない。いや、かなり憧れてる。私だって女の子だ。宝石や真珠の一つや二つ、持っていたい気持ちがある。人工の安いものだと言われても、真珠のネックレスなんて心が躍る。

「折角だから、記念にやろうか」

 お姉さんぶりながら、二人分の体験申し込みをした。


 館内の体験コーナーなので、大変なことはほとんどない。好きな貝を選んで、スタッフさんの説明通りに殻を開けて、指示されように真珠を探す。以上。10分で完了だ。

 取り出したものは綺麗に洗って貰って、お持ち帰りにどうぞと渡される。オプションでアクセサリーやキーホルダーに出来ますよと提案されるけど、どちらかと言うとそっちがメイン。


「ネックレスやブローチ、指輪もありますよ。デザインは複数用意してあります」


 二個取り出すとイヤリングやピアスに出来ると言われたけれど、流石にそれは良いですと断った。

「やっぱりネックレスが良いかな?」

「ブローチも可愛いですけど、あんまり使い道が……」

 デザインも多く、二人で相談をしていると四人がこちらに追い付いた。


「わぁ、素敵。この真珠、二人が取ったの?」

 汐里さんが覗き込む。わかります、やっぱり真珠は女の子の憧れだよね。

「そうなの。今は何に加工して貰うか相談中。汐里さんもやる?」

 体験したいのであれば、待つつもりだ。だけど首を横に振り、私は大丈夫と断られた。ならばデザインについて一緒に悩んでもらおう。

 隣では律さんが意を決した様子で浅見に相談をしていた。


「浅見さん、私に似合いそうなものを選んでくれませんか?」


 おっと、これは。


「俺はセンスないから、律さんの好みで選んだ方が良いんじゃない?」


 空気読め。


 わかるだろ、今朝からの流れ。察するのは容易でしょうに。そこにNOを出すのか。

「好みとかじゃなくて、浅見さんに選んで欲しいんです!」

 折れない。律さん粘る。強いな、頑張れ。応援しているせいか、自分のデザインとか二の次でそっちが気になっちゃうよ。

「……何でも良いの?」

 よしっ!浅見が妥協した。渋々なんて失礼だから、しっかりきっちり律さんに似合いそうなものを選べ。

「はい!」

「じゃあこの、イルカが向かい合っている……」

 浅見の言うデザインを手元の一覧表で確認する。二匹のイルカがキスをしてハートを作っていて、真ん中に真珠をはめ込むもの。この手の可愛らしいネックレスは高校生だともう卒業しちゃっている子もいるけど、律さん的には選んで貰うことに意味があるだろう。

「ピンバッチ」

 予想の斜め上を行った。ピンバッチって何に付けて使えばいいんだろう。大人だとスーツの襟に付けている人もいるけど、政治家のイメージが強いな。高校生だと帽子とか?ファッションを選びそうだけど……

「わかりました!それにします」

 考えている私をよそに、即座に返事をした律さん。加工担当のお姉さんに真珠を渡してデザインを伝えた。浅見が選んだということに意義があるんだもんね。

「姉さんは?」

 修也が聞いて来たことで全員の目がこちらに向かう。

「一粒ネックレスで」

 私にはイルカもハートも似合わないんで。


 10分後、そこには宝物のピンバッチを大事そうに受け取る律さんがいた。

「良かったね」

「はいっ!」

 今日一番の笑顔を見せてくれた。

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