SEASONS~花火~ 7
汐里さんが持っている招待券と一般のチケットは窓口が違うと判明し、入園後に合流しようと一旦離れた。このタイミングで六人でパーク内を回りたいと提案したところ、あっさりと了承……とは行かなかった。
「郁人さんが大丈夫なら」
「浅見のチケットだし、浅見が良ければ」
それもそうだと頷いて、浅見の方を見やる。物凄ーく、言いたいことがあり気な顔をしていた。ここまでは放置していたけど、まさかの人見知り発動中?
「汐里さんたちが苦手?」
ならば仕方がない。私から誘った手前、やっぱり駄目でしたは失礼だが、チケットの所有者である浅見がNOを出したら従うほかない。
「あの子、りっちゃんって子がだいぶ、超、ぐいぐい来る……」
参っているというよりも、引いてる?
こいつの周りの男たちの方があの子の数倍はぐいぐい接近してる気もするけど、ほぼ初対面であのゼロ距離は圧があるのかも。
若者のテンションだからで済ますには浅見と律さんには時間が足りないらしい。こればかりは仕方がない。
個人的には汐里さんたちと一緒に回れると利点が一つあったんだけど、先約かつ主導権を持つ浅見がNGだと言えば強行は出来ない。
「そう……じゃあ、残念だけど」
私から持ちかけた話だけど、なかったことにして貰うしかない。
入園ゲートをくぐった先には既に汐里さんと律さんが立っていた。何と言うべきかなぁ、と悩んでいると汐里さんから切り出してきた。
「沙世子さん、さっきは私のことを気にかけてくれてありがとう。りっちゃんと二人でお話したんだけれど、やっぱり沙世子さんたちのお邪魔をするのは失礼だと思って。今回は遠慮しようかと」
「えっ」
申し訳なさそうに頭を下げる汐里さんと、その横で少し俯いている律さん。あら、もしかしてこれは……
律さん、汐里さんに怒られた?
短い付き合いだど、汐里さんが優しくもしっかりしている人なのは想像が付く。浅見との遭遇からこちら、律さんがはしゃぎ過ぎているのは第三者の私の目にもしっかり映っていた。身内の汐里さんなら尚のことだろう。
人様にご迷惑をおかけするのはいけません、ってお叱りをしたのかも。それを受けて律さんも反省し、一緒の行動は止めましょうって話し合ったのかも。
うーん。折角の行楽地で苦い思い出を抱いて遊ぶのは二人とも辛いのでは?スイッチのオンオフのように気持ちを上手く切り替えられるならいいけど。
再び、浅見たちに視線をやる。どうやら、三人も私と似たような気持ちのようで微妙な顔をしている。どうしたものかと考えていると、浅見が言い難そうに口を開いた。
「あー、その、別に邪魔じゃないから、三石さんが良ければ、一緒に回ります?」
浅見が折れた。いや、譲ったと言うべきか?
良いの?と松戸が見つめて、浅見が頷く。仲良いな、チッ。
「えっ、でも」
汐里さんが私の方を向くけど、邪魔だなんて思ってませんよ?むしろ誘ったの私ですし。同行者の許可が出れば是非お願いしたい。
「三石さんは同級生だし、沙世ちゃんのお友達だから、俺たちは気にしないし。律さんも……俺、人見知りでスキンシップが苦手だから、それを知って貰えば」
やんわりと『必要以上にベタベタするな』と告げれば、下を向いていた律さんが顔を上げ、何度も何度も首を縦に振った。
「先程はすみませんでした!ずっと会いたかった浅見さんに会えて、興奮しちゃって……節度を持って接しますので、これから宜しくお願いします!」
ハキハキとした体育会系みたいな返事だ。汐里さんが困った顔をしているけど、これなら大丈夫なのでは?きっと律さんは素直な性格なんだろう。憧れの人に会えた熱量を当人に全力でぶつけている。里奈ちゃんが好きなアイドルを語っている時に似ているので、これが『推しに会う』ということなのかも。
「浅見君がこう言ってることだし、折角だから六人で楽しみましょう?」
汐里さんはようやく笑って頷いてくれた。
入園時に貰ったパンフレットを見て、まずはどこが良いか相談する。昼頃まで遊園地と行ったが、人気アトラクションばかり回るとしたら1、2個乗って終わりになってしまう。人の少ない所をゆるくのんびりだったら急ぐ必要もない。
「律さんは絶叫系が乗りたいんだっけ?」
私が聞くと、彼女は静かに頷いた。浅見はああ言ったけれど、喋るなってことじゃないから行きたい所は主張して良いのよ。取って食ったりはしないよ。
ここの目玉アトラクションは海上を走るマリンゴールドコースターだ。海の上をえげつないほど回転して渦潮に入って行くような疑似体験がテーマらしい。スピードも距離も日本一を誇っているので、ジェットコースターが少しでも苦手な人はご遠慮くださいと入り口に注意書きがある。
律さんはこれに乗りたいのでしょう。そして、汐里さんは乗りたくない。こちらのグループにも絶叫系が駄目な人間が二人いるので丁度いい。乗っている間は三人で待ってて頂こう。しかし来て早々に待機組になるのはつまらないでしょう。
「じゃあ、まずは海底カートか、ウォーターボードに行って、その後にマリンゴールドコースターに行きましょうか」
海中をモチーフにした屋内ゴーカートか、川下りもどきのボートアトラクション。子供も安心!のマークが付いた乗り物をチョイスしてみたら誰からも異議はなかった。
「海底カートならコースターに近い場所にあるし、良いんじゃない?」
松戸からのアドバイスを受け、皆でゾロゾロと移動する。
私と汐里さんが先を行き、後ろでは四人が固まって何かを話している。浅見と律さんの間に修也が挟まり上手い具合に距離を保っていて、私の弟は気配りが出来るいい子だなと一人で感動していた。
律さんの隣には松戸。知り合い三人に囲まれて隅っこだと追いやられたようで疎外感があるが、真ん中に入れて貰えばそれもない。松戸も本当にいい人だ。
汐里さんと好きな海洋生物の話をしているうちに、海底カートの建物まで到着した。人は並んでいるが、待ち時間は10分ほどと掲示されている。
「こちらのアトラクションは二人一組のライド形式となっております。あらかじめ、グループ内で二人組を作ってお待ちください」
運転席と助手席で運転担当とアトラクション内のシューティング担当があるという、スタッフのお兄さんからの案内。列に並んでいる他のグループが相談してる声が聞こえてくる。
「どうやって分かれる?」
「シューティングに自信ないなぁ」
「パパ、運転ね!」
さあ、うちはどう分かれよう。
「運転に自信がある人~」
私の掛け声に勢い良く手を挙げたのが浅見。奇遇ね、私も自信があるの。だから君とは別の車だ。恐る恐る挙手したのは松戸。高速道路を走れと言っているんじゃないんだから、これくらい胸張っていいよ。
「じゃあ、私含めた三人が運転手で残りの三人がシューティングね」
「えっ」
何かしら浅見君。君は私の采配に不満でも?
ちなみに浅見がシューティングが得意だと言えば、私もそちらに回っただろう。
最初に動いたのは松戸。
「律さん、こういうの得意?」
「はい!学校帰りにゲーセンでガンシューティングやりますし、パソコンのシューティングゲームも好きです」
ふんわりした美少女は、見た目に反してアクションゲームがお好きなようだ。人を見かけで判断してはいけないな。
「それなら俺の助手席に乗って高得点目指してくれない?」
「っ、はい。頑張ります!」
ほんの少し言い淀んだ。浅見の助手席に乗りたかったんだね。でも嫌がる素振りなく松戸の誘いに乗ったのを見ると、ちゃんと言われたことを守っている。健気だ。
「郁人さん、5万点取ったらシロナガスクジラ肉まん奢ってください」
「いいよ。3万点以下だったら修也君がイルカクレープ買ってね」
シロナガスクジラの肉が入った肉まんと、イルカの肉が入ったクレープ?
不穏なやり取りでペアが決まった。残るは私と汐里さん。
「沙世子さん、私シューティングってやったことがなくて……」
「気にしないで良いですよ。得点はおまけみたいなものだし、内装が可愛いって評判だからそれを楽しみましょう」
私だって運転が得意ではない。敷かれたレールの上を走ると知っているので気負わず乗れるだけだ。
「私、タコとかイカが好きなので、コース内で見つけたら教えてね」
「……食材?」
汐里さんがクスリと笑った。食べるのも見るのも好きです。
待ち時間にパンフレットを見たらイルカ要素の欠片もない普通のクレープが載っていて、20分後にはシロナガスクジラの焼き印が押されている普通の肉まんが修也の手の中にあった。
修也が勝負に勝利し真夏の肉まんをゲット、得意と言うだけあって高得点を叩きだした律さんや、タコツボに入っているイカというレアキャラを見つけてくれた汐里さん。それぞれの活躍で、少々ギクシャクしていた空気もだいぶ払拭された。
目の前にはコースターのレールが見えている。本日二つ目の乗り物だ。
さて。汐里さんの他にこれに恐れ戦いている人間たちがいる。
「修也君たちは見学組ってことで良いかな?」
修也と松戸だ。
修也は子供のころからジェットコースターが苦手。幼少期、どれも怖くて乗れずにコーヒーカップとメリーゴーランドを交互に乗って半日過ごしていた。
松戸とは付き合っていた頃にデートで別の遊園地に行ったけれど、園内で絶叫系にはトラウマがあると白状された。いわく、高校の修学旅行でテーマパークに行った時に乗ったアトラクションで、余りある贅肉のために安全バーがしっかり閉まらなかったとのこと。あまり勢いのある乗り物ではなかったけれど、下り坂でバーが下がり切っていないのに気付いた時は生きた心地がしなかった……と。今は平均体形だけど、その記憶が脳裏に焼き付いていると言われたら無理強いできない。
二人が駄目なの分かってたから、最悪の場合は浅見と二人で乗るかと妥協していたくらい、私は絶叫マシーン全般が好き。
律さんならば一緒にジェットコースターに乗れる。二人きりより、三人で乗りたいという打算からお誘いの声をかけたのだ。ごめんね、親切心とちょっとの我が侭だったんだ。汐里さんと一緒に回れて楽しいのは本当だよ。
「修也さんと松戸さんはジェットコースターが駄目なんですか?」
律さんからの質問に苦笑いする松戸。理由が理由なだけに、あまり人には言っていないのだ。詳しく説明する必要はないと思うけどね。修也みたいにただ怖いって人は沢山いる。
「スピードが出過ぎなければ平気だけど、日本一って言われるとパスしたい」
修也の神妙な顔に律さんは何とも言えない表情をして
「得手不得手ってありますもんね」
と理解を示してくれた。ありがとう、弟も浮かばれます。
待っている間に目の前のメリーゴーランドかコーヒーカップにでも乗っていて欲しい。日が高くなってきたし、近くのカフェに入っていても構わないからと言えば、汐里さんから心の底からのお礼を言われた。
「本当に怖くて。覚悟してきたんだけど、いざ目の前に来たらとてもじゃないけど乗れないって思ったの」
遊びに来てるのに怖い思いをするのは嫌だもんね。私もお化け屋敷に行けって言われたら泣く。無理しなくて良いから、三人で涼しいカフェに行っておいで。自慢だけど、私の弟と元カレはそれなりに気を使えるから沈黙で気まずいってことはないと思うよ。
「律さんのことは気にしないで大丈夫だよ。汐里さんの従妹さんはちゃんとしてるね」
暴走したのは最初だけ。松戸と話していても受け答えはしっかりしているし、修也とは同じゲームが好きなのか二人で盛り上がってたし、浅見との距離感もほどほどに取っているから今は身構えられていない。
私は少し緊張されているようだが、話は聞いてくれてるので問題ないでしょう。コースターに並ぶ間に慣れてくれたらそれで良い。
「ごめんなさい、沙世子さん。宜しくお願いします。りっちゃん、沙世子さんと浅見君にご迷惑をかけないようにね」
「うん!」
はい、良いお返事。待機列に並ぶ私たちと汐里さんたちとで一時、別行動。比較的空いているが、待ち時間は海底カートよりもずっと長い。コースターに乗って降りてきたら一時間は経っていそう。カフェに行って貰って正解だったな。
どんどん増える後続の人たち。徐々に移動する前の人。人気アトラクションは人の入りが違うなぁ。
列も予想よりもサクサク進んで来て、気が付けば建物の高い場所まで来ている。水族館エリアも一望出来るような場所だ。海水浴場エリアは芋洗いレベルで人が居る。あれは疲れそうだ。
私がぼんやりと下界を観察している間も、律さんが浅見に話しかけている。高校の授業の話や大学生活への質問、浅見の趣味についてを静かに聞いている。大丈夫だよ、律さん。私が聞く限り圧はない。この調子で行けば引かれもしないでしょう。
だけど、浅見の様子はどうもおかしい。律さんに押されていて黙っている様子ではなく、どこか上の空。そして顔色が青いを通り越して白い。
まさか体調不良?熱さでやられて熱中症とか?
「浅見君、具合悪い?」
周りを見回し、非常階段の場所を確認する。非常事態や具合が悪くなった人のためのルートは確保されてある。人をかき分けて降りる必要はなさそうだ。
「全然。具合悪くないよ、元気だよ」
拳を作って元気アピールしているが、その声は弱弱しい。律さんも心配して、可愛らしいショルダーバッグからスポーツドリンクを出して浅見に差し出す。
「脱水ですか?喉乾いてません?」
「ありがと。そういうのじゃないから、気にしないで」
汗が凄く出ている様子はない。立って歩けないこともなさそう。意識ははっきりしている。こちらに目を合わせない。
もしかして。
「浅見君、ジェットコースター苦手?」
目が合った。そして、顔には『図星』と書いてあった。
「リタイアする人はスタッフさんに声をかけて、あっちの非常階段から出られるんですって」
待機列に等間隔で置かれている『もしもの時は』の案内を読み上げる。アトラクションに乗るのが怖くなった場合も安心して抜けられる親切設計だ。
「しない!しないよ!!ここまで来たんだから乗るよ!!」
マリンゴールドコースターの乗り場は目前。遮るものがないので海風が容赦なく吹いてくる。涼しいけれど、それが恐怖を掻き立てているのかも。
「無理することはないでしょう。私と律さん二人で乗るから、浅見君は皆と待ってて頂戴」
あと20分もしないで合流できそうだけど。
「無理じゃない!!沙世ちゃんと離れ離れになるくらいなら、フリーフォールだって乗るし、360度回転コースターも立ち乗りバージョンに挑戦するし、海上コースターに2回、いや5回だって10回だって乗るから!!お願い見捨てないで!!」
胸の前で手を組んで目を潤めてお願いされても、効果はない。それで落ちるのはあなたの周りにいる男だけだから。
あら、結構な数の人間に有効だな。
「私に気を遣わず、今からでもリタイア列に移動して?」
「いやぁぁぁ!沙世ちゃんと乗りたいぃぃぃ!!」
叫ぶな騒ぐな喚くな。律さんが心配そうな目でこっちを見てるし、周りの目も好奇心に溢れ出してる。逃げ場がないんだよ、ここ。
「沙世ちゃんが隣に座ってくれれば、生きて帰れるから!!」
死地に向かう兵士ですか。止めてよ、まるで私が無理矢理乗れと脅したようじゃない。
「嫌なら乗らなくて良いのに」
「嫌じゃない!沙世ちゃんが居ない方が嫌だ!!」
うるさい。いろんなグループがガヤガヤしてるから目立たないとでも思ったか。とんでもない、悪目立ちしまくりだよ。
「わかった。わかったから、乗っていいから。好きにして」
乗ってしまえば全自動だ。嫌だと喚いても止めることは出来ない。後退する気がないのなら、真っ直ぐそのまま進めばいいわ。私が止める義理もなし。
律さんの口があんぐりと開いている。驚いた?私もだよ。何なんでしょうね、こいつ。
騒ぎを起こしている最中も列は進み、気付けば最上階のコースター乗り場へ。
「日本最大級の海上ジェットコースター、マリンゴールドコースターへようこそ!これから皆様を最高速で海の藻屑へと変えてしまうかも知れません」
アトラクションお決まりの口上なのかな。すみません、お姉さん。こいつを海の藻屑に変えてください。
コースターの最前列に律さんと浅見を押し入れて、私はその後ろの列に一人で乗り込んだ。
「それでは、長い長い海の旅路へいってらっしゃ~い!」
浅見にとっては長い長い黄泉の旅路かと。




