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SEASONS~桜~ 1

 大学に入学してから一度も実家に帰ったことがないと言ったら、一人暮しをしている友人の半分に驚かれ、残り半分には共感された。共感してる友人のほとんどはバイトをして学費や生活費を稼いでいる苦学生が多かった。帰るお金はないし、盆暮れ正月の短期バイトは実入りが良いのだとか。私もそうだと思われたのか帰りたいけど帰れないんだよね~と同意を求められ、いや違いますとも言えず笑って誤魔化すしかなかった。父親と弟(義理)が恋人同士だから帰れないんですなんて理由よりずっと健全だから、今後はバイトを言い訳に使わせてもらうとしよう。

 なんて会話をしていたのが2年の終わりだったのだが、その時話していた苦学生仲間がGW明けにバイトを紹介された。

「中学生の家庭教師やらない?」

 彼女の入っている家庭教師サークルに、中学3年生の女の子に英語と数学を教えて欲しいと依頼が来たそうだ。相手方は女性希望と言ってきたが手が空いているのがいない、ならば……と白羽の矢が立ったのが私。

「週二回で時給は悪くないし、夕飯出してくれる場合もあるよ」

 ご飯が出てくるのは苦学生的には助かるんだろうな。曜日を聞けば、都合も悪くないしお金はあればあるだけ困らない。バイトを紹介してくれた理由を考えると申し訳ないけど、あちらも困ってて私に話を持ってきたわけだから別に良いか。その場で返事をして、詳しいことはまた後日となった。




 家庭教師初日、生徒の家に着くと笑顔の母親と少し緊張した面持ちの可愛らしい女の子が出迎えてくれた。友人の所属するサークルの名を告げると、お母さんがそこのOGであると教えて貰った。本当は部外者です、すいません。

「実力テストの結果があまり良くなくて。今年受験なので宜しくお願いします」

 そんな言葉と共に送られた部屋はシンプルで大人っぽさを醸し出していたが、所々に中学生の女の子であることを知らせるポイントが見えた。

「先生って大学どこなの?」

 生徒の里奈ちゃんの問いに通っている大学名を教えると、彼女の目がキラリと光った。

「じゃあ沖君って知ってる!?」

「……誰?」

 大人しい子かと思ったが、全く違った。

 彼女は喋った。そりゃあもう、マシンガントークとはこのことかと思い知らされたくらい喋った。とりあえず教科書と参考書を開くまでは持っていったが、授業を開始するまで30分は有したのには参った。

 里奈ちゃんの話をまとめると、沖君とはアイドルユニット『空色』のリーダー沖智弘で現在大学3年生。うちの大学に通っているようで先ほどの質問に繋がったんだとか。でも学部違うし、キャンパスですれ違ったこともないわ。有名人なら誰かしらが騒いですぐわかるんだろうけどね。知らないと言ったときの里奈ちゃんの表情がとても寂しそうだったので、見かけたら教えるねと約束だけしといた。




 約束してもそう簡単に会えるものではなく、見かけたら話の種に出来るとは思ったけど無理だろうと思ってたのは認める。当てもなく街中をブラつくより確率は高そうだけどね。

 でも翌週に会うほどピンポイントではないと思うの。


 11時なんてまだ混雑のピークを迎えていない時間なのに、学食がやけに騒がしいな~と覗きに行けば、黄色い歓声の嵐。何事!?と目を丸くする私の前にタイミング良く伊月と太刀川が通りかかった。

「何この騒ぎ?」

「なんか、芸能人が来てるっぽい?」

「私らも今来たばっかでよく知らない」

 芸能人と聞くと、先週仕入れたばかりのネタを思い出すが確認するにもあの人混みを掻き分けて行く気力はない。人だかりは奥の方に集中してるから、いつもは混んでる入口の席が空いてる。これ幸いと座席を確保し三人で早めのランチを決め込む。

「学祭に呼ぶ芸人とかかな?」

「早すぎるでしょ、まだ5月だよ」

「映画の撮影とかだったりして」

「だとしたらもっと新しいキャンパス選ぶでしょ」

 定食のコロッケを突きながら、あの人の群れの中にいるのが例の『沖君』だとしたら、里奈ちゃんは喜ぶだろうなと考える。構内で見かけたよと話せば、それこそテンションが上がって勉強どころじゃなくなるはずだ。だけど聞いたところの沖君の学部はキャンパスが全く違っていることが判明した。自分が4年間学部変わらないから興味なかったけど、これじゃあ知らなかったのも無理ないわと自己弁護。

「どうせ学祭で芸能人呼ぶなら俳優の小泉洋二とか来て欲しいな」

「伊月、洋二好きなんだ?」

 上がった名前は民放の月9ドラマで有名になった若手俳優。顔は確かに格好良いが、三枚目としてバラエティに出ている印象の方が強かったりする。

「来年夏の映画が決まってて、この近くで撮影してるって噂がネットで出回ってるの。どうせ近くで仕事してるならうちの大学来てくれても良いのにね」

 映画の内容はね、と続けようとする伊月にストップをかけたのは太刀川。

「私は小泉洋二より、早見道信が良い」

 彼女は彼女で一押しの芸能人がいるようだった。でもごめん、その人知らない。

 私の気持ちが顔に出てたのか、ご丁寧に脇に置いたカバンから雑誌を一冊持ちだして説明してくれた。

「メンズノノのモデルでこの春高校卒業してモデルデビューしたばっかりの新人さん。可愛いでしょ?」

「確かに可愛い」

「と言うか、太刀川の趣味が年下系なのが意外」

 見た目も可愛らしく中性的なモデルが良い感じのポーズを決めて微笑んでいる。サバサバしてる姉さん系の太刀川はもっと大人の男を望んでいるのかと思いきや、正反対だ。

「こう言う可愛い系は見て楽しむものだから。彼氏にするなら財力と落ち着きのある年上よ」

「あ、やっぱり」

 私の読みは間違えてなかった。

「山岸は?好きな芸能人」

 三人中二人が話せば次は私に決まってる。好きな芸能人ねぇ。最近テレビも見てないし、俳優の顔なんてどれも同じに見えるし。昔はアイドルとか見てキャーキャー言ってたけど、それも小学校までの話だ。しいて言うならば…

「岩越徳次郎?」

「……あんまり面白くない」

「私も雰囲気は好きだけどね……」

 良いじゃないか、岩越徳次郎。木曜8時の『日雇い刑事シリーズ』大好きだよ。今年還暦を迎えたのにまだまだ現役でアクションをこなしている姿は素晴らしい。何より彼は愛妻家で有名で、妻で女優の飯沼百合華とテレビに出るときには、必ず手を握って寄り添いながら歩いてる。あんな夫婦に私はなりたい。

 これが二人が望んでいる回答じゃないって知ってるけどね。仕方がないので話題を戻す。

「あんまり知らないけど、沖智弘っていうのが気になってる」

 多分私が今一番注目している芸能人は彼のはず。顔見てもすぐにはわからないだろうけど。

「『空色』の?うちの大学の学生だよね」

「キャンパスは別だけどね」

 名前を告げたらわかるくらいの知名度はあるようだ。私が興味なさ過ぎただけ?色々情報を出されてもわからないから、素直に理由を話したら二人は頷いてくれた。

「私、あっちのキャンパスに友達いるよ。学部も沖智弘と同じ。時間があれば大学に来てるみたいだから写真くらいは撮ってくれるかも」

 生徒さんの為に頼んでみようか?なんて言ってくれる伊月に肖像権がフリーであるならお願いしたいと口を開こうとすると、後ろに変な気配を感じた。

 恐る恐る振り向いて見ると、入口に立つ疫病神、もとい浅見郁人。隣には従者宜しくくっついて離れない攻略キャラ。この前睨まれたけど名前は忘れた。彼らはこちらに気づいていないのか、そのまま真っ直ぐ進んで窓際の席を取った。関わりたくないし、ご飯食べたら早く出ていかなきゃ。残り半分となった定食たちを精力的に片づけ、御馳走様でしたと手を合わせる。

 図書館で調べ物したいからとまだ食事を続けている二人に断りを入れて、食器を戻す為に立ち上がる。人が人を呼んでいるのか、私が入ってきた時よりもずっと人が増えて来た。浅見たちが座っていた席には今は誰もいない。置いてある教科書が場所取りの印なんだろうか。二人なんだから一人ずつ行けばいいのに、あの一匹狼は浅見を置いて行くのも置いて行かれるのも嫌なようだ。御馳走様、さっさとくっつけ馬鹿野郎。

 おばちゃんに挨拶をして食器を戻し、仕方がないので図書館に行くことにする。調べ物なんてないけど、なんか小説でも借りればいいや。踵を返し、視界は広い食堂に向けられる。なんだかさっきの黄色い声とは違う意味で騒がしい。食器の返却口は騒ぎの中心に近いのか、会話が途切れ途切れに聞こえて来る。

「――って、――から俺――!」

「いや、―――ないし」

「浅見が――じゃなきゃ――ない!」

「それは―が―――勝手に―――」

 耳が慣れてきちゃったせいで周りの雑音が排除されつつある。そんで中心にいる二人の声がはっきり聞こえちゃってくる。聞きたくない名前も聞こえちゃったし。

 野次馬根性を優先するか、自分の安寧を大切にするか。

 悩んでいる内に事は進んでしまった。

「良いよ、これからは俺本気になって貰えるよう頑張るから」

「ッ!おいっ!!」


 シーン


 まさにこんな効果音がお似合いの場面だ。とある地域ではざわついた場で一斉に会話が途切れることを『天使が通った』と言うそうな。この場でも天使が通ったんだと思う。きっとルシファーとかそこらへんの堕天使に違いない。

 皆の視線は一点集中。


 学食の中心でキスをしてます。男二人で。


―キャーッ!!!


 堕天使が通り過ぎた食堂は一気に悲鳴に包まれた。


「何!?なんで!?沖君と浅見君が!?」

「1年の時からずっと浅見君にくっついて歩いてたのはそう言うこと!?」

「ウソ!ショック!」

「いやー!!智弘~!!」

「浅見君とお幸せに~!」

「おいっ、郁人!どう言うことだ!?」

「え?あれ?浅見君の本命は沖君?柳君?それとも同じ学部の……」

「わざわざ沖君がこっちに顔を出しに来たのは浅見君の為だったのね!」

 えーっと、ガヤの皆様。私に説明するかのような悲鳴をありがとうございました。一部男性の声が混じっていた気もしますが、今回触れずに置いておきます。中心にいた芸能人はやっぱり沖智弘君なんですね。そして例に漏れず彼もまたアレなんですね。

 里奈ちゃんには彼を見たことを黙っておいた方が良いかもしれない。

 そして少しずつもっと素敵な芸能人を見つけるようにアドバイスしてみよう。


 沖智弘はゲイ能人として有名になってしまえ。


 ささやか且つ八つ当たりに近い呪いを心の中で呟いて食堂を後にした。

 やっぱり芸能人で素敵なのは岩越徳次郎しかいないわ。



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