SEASONS~桜~ 0
友達に聞いてみた。
彼氏は欲しくないか、と。
同じ学部の女の子たち。
「彼氏?別に今はいらないかな」
「課題に追われて忙しいから構ってらんない」
「え~だって女同士で遊んでた方が気が楽だし」
サークルの女の子たち。
「趣味に時間を割きたいなぁ」
「周りに良い男がいないじゃん」
「欲しいけど出来ない」
最後の回答をした太刀川とは固い握手を交わしたが、本人はキョトンとしてた。別に彼女は周りがゲイだらけであることを嘆いているわけではなく、単純に出会いがないということを嘆いているらしい。
にしても、私の近くにいる女性陣はあまりにも恋愛に無頓着過ぎる。彼女たちの性格が元からそうなのか、この世界の女性たちがそうなのかわからないが、なんだか周りとの空気差を感じてとても寂しい。
彼氏欲しいの私だけ?幸せな結婚をしたいのは私だけ?
「山さんはさ、なんでそんなに恋人欲しいの?飢えてるの?」
部室には先ほどの太刀川と上二つの回答をくれた鈴原と伊月と私の計四人。2年生たちは1年生獲得に奔走している。他の3年は知らない。
「飢えてはないよ。今すぐ新しい彼氏が欲しいわけでもない」
なんせ私の心の中にはまだ松戸が居座っているのだ。憎らしい、でも嫌いになれない。
「皆は恋人がいなくても大丈夫なのかなーとか、昔どんな恋人がいたのかなーとか、コイバナがしてみたくなっただけ」
特に後者が聞きたい。今は関心がなくても、中学高校の時は少しでも意識していたはずだ。その時に好きな人はいたのか、そしてその相手とは付き合えたのかを詳しく教えて欲しかった。
「恋人欲しいのにフリーな山さんの傷を抉るような話をして良いの?」
一応気にかけてくれるような声かけだが、言っていることは軽く棘がある。顔が笑っている鈴原を見てイラッとしなくもなかった。が、ここは大人になって笑顔で返す。
「抉るような話が聞けるのであれば是非」
目的の為なら多少の傷は甘んじて受けてやる。
「昔の恋人、一人いたよ」
口を開いたのは伊月。ホットココアの缶を両手で持ちニコニコしている姿はなんとも可愛らしい彼女だが、その話の内容は全然可愛くなかった。
「高校の時にお父さんの会社のパーティで会った子でね。お父さんの部下の息子さんだったんだけど、全然知らないままお話をしてメアド交換してその日はバイバイ。一ヶ月くらいメールのやりとりをして、休みの日に映画に行かない?って誘われて映画に行った日に告白されて、私もOKしたの。学校も違って、彼は全寮制の男子校だったからあんまり休みの日でも会えなくて、基本はメールと電話ばっかり。それでも良かったんだけど突然メールも電話も来ないようになっちゃって。どうしたのかな~って心配してたら、家に彼から手紙が来たの。その内容がね。
『本当の俺をわかってくれる奴が現れたからお前とは別れる。所詮お前は俺を下に見ていたんだ』
なんて訳がわかんないので私ビックリしちゃった」
あぁ、ここでもか。
「下って、伊月ちゃんが彼のことを格下に思ってたってこと?」
鈴原が聞くと伊月も不服そうに頷いた。
「父親同士が上司部下の関係だとしても、私たちの付き合いには関係ないことくらい私だって理解してたわ。彼もそうだと思ってたのに、違ったみたい。多分私と一緒にいても上下関係があるようで嫌だったんでしょうね」
所詮そんな男だったのよ、と諦めたような風に話す彼女に二人はとても同情的だった。
「どう?山岸の望んでいたコイバナだった?」
二コリと首を傾げて訊ねてくるが、私はそれ以上に気になる所を掘り返すことにした。本当は知りたくもないけどね。
「伊月の元彼、男子校にいたんだよね?本当にわかってくれる人って、学校の先生とか?」
百歩譲って将来の不安を打ち明けて、道を指し示してくれた人を『わかってくれる人』と言っているのであればセーフ。彼女と天秤にかける次元の人間かどうかはこの際保留にしておこう。
恐る恐る顔色を窺えば、何ともないように一言。
「同級生だって。別れた後、彼と会う機会があったんだけどそいつが好きだってご丁寧に報告してくれたよ」
頭が痛い。
正門から続く桜並木は見事なものだったけど、今の私の心を動かすには日本中のソメイヨシノを集めても足りない気がした。
「アーチェリー部です!見学如何ですか?」
「あ、そこの男子!絵画同好会のモデルにならない!?セミヌードで良いよ」
「君1年生?ちょっと話だけでも聞いてよ!」
「沙世ちゃん、歩くの早いよ!」
「可愛いね?テニスサークル入らない?きっとモテるよ!」
「あ、ねぇねぇ!僕と一緒に楽しいことしない?」
「待ってよ、沙世ちゃん!!おめぇらうぜーんだよ、退け!!」
「随分とデカイ態度の1年だな、気に入った」
「気性の荒いネコを手なずけるのも悪くはない」
新勧の荒波を華麗にすり抜け正門を目指す。裏門から帰ればよかったんだけど、今日は生憎自転車ではなくバス利用なのでどうしても正門のバス停に向かわなければいけないのだ。こんな面倒だとわかってたら、小雨でも自転車で来たのに。おまけに悔しいことに昼過ぎからはとても快晴。はぁ。
後ろでは生きる男性ホイホイがいろんなサークル勧誘に引っ掛かっている。多分1年生じゃないとわかってて声かけてる人もいるんだろうな。適当に拉致ってなんやかんやでくっつけば良いのに。なんだか喚いている奴の声は全部かき消されてしまって全く聞こえない。非常に残念だけど、聞こえないものは理解しようがないから諦めさせて頂こう。早くしないと21分のバスに乗り遅れてしまう。足早にこの場を去る私に目を向ける者は誰もいなかった。こう言うときにこの世界での数少ない女の利点を見つけられたような気がする。気がするだけで、利点でもなんでもないんだけどね。
「沙世ちゃん!!」
駅前のスーパーのタイムセールに間に合うかしら。卵10個入りが98円。今日は素敵な夕食タイムが待ってるんだから。
浅見郁人は幼稚園、小学校、中学校の同級生で、学区域が一緒だったのね程度の知り合い。むしろそれ以下と言うのが私の中での印象なのだが、本人曰く私たちは『幼なじみ』なのだとか。
有り得ない。
彼の告白?も理解が出来なかったが、彼の幼なじみに関する解釈もわからない。ここまで頭に疑問符が浮かぶと、導き出される答えは限られてきてしまい私の中での反応は
「からかうなら他の人にして下さい」
これしかないでしょ。
はいさようならと踵を返せば、彼は慌てた様子でついて来る。
「え、ちょっ、沙世ちゃん!?」
こうして彼は正門までの長い道のりを歩むことになったのであった。どっとはらい。
「山岸さ…浅見と知り合いなの?」
―ボブシュッ
二人分のケチャップライスに使うには少々多過ぎる量のケチャップがフライパンに投入された。力入れ過ぎた。
「何で?」
私の目は笑っているだろうか。せめて松戸の前では明るい友人でいさせて欲しい、切実に。
食器棚から白いお皿を取り出していてこちらを見ていない松戸。顔は見れない、いや、見せられないからわざと顔を向けてないのが丸わかり。
「今日、キャンパスで二人がいるの見た」
見たんだ。
「なんだ。あれね」
心は嵐、顔は凪。会話は聞かれていないと高を括って平然としてるフリをする。だって会話聞いてたら松戸絶対私の部屋に来てくれないもん。一人、部屋で枕を濡らしてるんじゃないかな、失恋で。現にほら。
「あれって?やっぱり知り合い?」
何にも知らないからオロオロしてる。可哀想だから安心させてあげなきゃ。
「中学が同じだっただけだよ。キャンパスで話してたのもたまたまで、ただの道案内。3年になってからこっちのキャンパスになったからわかんないんだって」
貴方が心配することは何もないのよと聖母の笑顔、を作る努力をしてみた。こんなどす黒い嫉妬心丸出しの聖母がいるわけないけど、迷える子羊を助ける為なら聖母の笑顔だろうが般若の顔だろうがなんだってするわ。見てみなさい。私の言葉を聞いた松戸の安堵の表情を。ああ、良かった。私も自然と笑みがこぼれて来る。
「ほら、チキンライス盛るからお皿頂戴」
早々に話題を変えて、今度はオムレツの準備に取り掛かった。
松戸とは別れた。別に言いふらす気もないけれど、サークル内ではなんとなく知れ渡ってしまったので『家族みたいで、恋人って感じじゃなくなった』と苦しい言い訳をした。
私は彼が大好きで、サークル内でも皆が私の松戸好きを承知していた。故に別れる理由がわからないと次々に詰め寄られたが為の嘘だった。松戸が私に愛想を尽かしたとしとけば万事解決だったのだろうが、彼も嫌いになったわけじゃないと言ってくれたので、私の我が侭によりそこだけはなんとか主張したかったのだ。
とても変な破局原因にサークルの部員たちは「なんだか熟年離婚の夫婦の離婚理由みたい」だと笑いやがった。私も笑った。悔しかったけど、一緒にいておかしくない関係に戻したかったから仕方がない。
松戸に縋ってお願いして、友人関係にいさせて貰えることがとても有難い。会話の内容はともかく、二人で台所に立っていると言う事実が嬉しくて、自然と口角が上がる。お揃いのお皿で同じテーブルを囲んで今日一日の出来事を話して二人並んで片づけをする。8時になったらさようなら。
おやすみなさい、また明日と挨拶が出来る関係でいさせてくれてありがとう。我が侭な元カノでごめんなさい。
彼の「美味しかった。ごちそうさま」の言葉の余韻でとても良い夢が見れそうです。
昼間の出来事?もう忘れました。