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幕間 対面

 予想が少し外れた言葉に固まる。そう来たか。

 相手はその隙を見逃さず、私の腕を掴み再び大きな声を出す。

「泥棒、ドロボー!!不法侵入!誰か、誰か警察呼んで!!」

 玄関の前で大きな声を出されると、御近所迷惑になるんですけど。あんたがこの先ここに住み着くのかどうか知らないけど、今後のことを考えたらあんまり人様に嫌われるような行動はしない方が良いよ。人に嫌われないようになんて考える輩が人様の恋人(と言うのも腹立たしいが)を取るような真似はしないだろうけど。

「人の留守中に勝手に上がり込んで何盗んだ!?金か、通帳か!出せ、泥棒!!」

 なよい風貌でもやはり男。すいません、手首が痛いです。冤罪かつ傷害罪で私の方から警察に突き出してやろうか、こいつ。

 携帯寄こせ、110番してやる!

「どうしたの?物騒な言葉が聞こえて来たわよ!?」

 と、叫ぶ前にまさかのご近所のおばさんたちが集まってきた。野次馬ご苦労様です。いやいや、そんな失礼なことを言ってはいけない。私からしてみればおば様たちは救世主だ。先手を打っておかなければ。

「あの、「泥棒です!帰ってきたら家に知らない奴がいたんです!!」

 先を越されました。間抜けなくせに抜け目ないな、こいつ。

 騒ぎを聞きつけたおば様三人は、愚父の推定彼氏の言葉に顔を青くした。

「まぁ、大変!」

「何が取られたの!?」

「わかりません」

「ここは良いから、おばさんたちに任せて金庫や通帳の保管場所を見てきなさい!急いで!」

 そう言っておば様その1(お隣の今井さんだったっけ?)に私の身柄は預けられた。手首の痛みからは解放されたが、代わりに肉付きの良いその体に私はガシッとホールドされた。これじゃあ逃げられないだろうな。逃げる気ないけど。

 心強い味方が現れたからか、それとも外面が良いのか推定彼氏は先ほどと打って変わって良い笑顔を見せながらおば様たちと話を進めている。

「ありがとうございます!あと、警察にも電話しないと……」

「今、安藤さんが110番しに隣に戻ったから大丈夫よ」

「あら、でもあそこの交番に直接行ってお巡りさんに来て貰った方が早いわね。私自転車だから行ってくるわ」

「悪いわね。じゃあ私はここにいるから、早くおうちの中を確認して」

「はい、ちょっと見てきます!」


 トントン拍子で話が決まり、奴は家の奥―恐らく金庫が置いてある書斎―に向かって行った。一瞬で騒がしくなった玄関が再び静かになった。なんて慌ただしい。

 人を呼ぶのは結構だが、忙しい日本の警察まで出動させるのは如何なものか。だがしかし私に口を挟む余地はなく、あれよあれよと事は進んで行った。時間にしておおよそ5分足らずの出来事。あの場にいた人間に加害者と思われて居る時点で私の発言権は皆無であっただろう。

 弁護士を呼べ!とは言わないけれど、とりあえず親父が帰宅すればなんとかなるかと意外と楽観的だったりもしている。もっと言えばあの推定彼氏がどんどん空回りし、ことを大袈裟にした後にネタバレすれば恥の一つでもかかせることが出来てラッキーなんて考えていないわけでもない。

 万が一にでもあの父親が帰宅後に男を庇い、娘を切り捨てるような真似をしたらもう容赦はしない。有り金全てを生前贈与として頂いて、弟に対する慰謝料もたっぷり支払って貰わない限りはきっちりきっかり制裁をさせて貰わなければ割に合わない。親子の情?何それ美味しいの?


 生前贈与って税金いくらかかるのかしら。まあそれも払って貰うしかないよね、親子だし。

 獲らぬ狸の皮算用とはまさにこのこと、と頭の中のそろばんを弾いていると、ふいに頭上から声がした。

「沙世子ちゃん、大丈夫?怖くなかった?」

「え?」

 今、なんと?

「久しぶりに帰ってきたと思ったらこの騒ぎだもの。吃驚したでしょう」

 確かに私の帰省は久しぶりだし、まさかこんなことになるとは思ってもいなかったけど。

「おばさん、私のこと覚えてるんですか?」

「やだ、おばさんまだボケる歳じゃないわよ。小さい頃から見てた沙世子ちゃんのこと忘れるわけないじゃない。大学に行ってから全然帰ってこないから心配してたのよ」

 冷静に考えればそうだ。おばさんちの子供、修也の同級生だもん。小さい頃からお世話になってたし、たかだか2、3年会わなかったくらいで顔を忘れるなんてそうはないか。

 となると、じゃあなんで私はおばさんに捕獲されてるの?不思議に思いながらもまだ腕の中で会話中。

「今日はお父さんに恋人を紹介するために帰ってきたの?」

「いいえ、違います」

 恋人?誰のことですかね。私は大学の知人と荷物を引き取りに来ただけですから。知人です、知人。

「じゃあお友達?どちらにしても簡単に家の金庫の場所とか教えちゃ駄目よ」

 金庫?いやいや、教えてませんよ。奴が入った部屋と言えばリビングと修也の部屋くらいで……

「あ、もしかして親戚の子なのかしら。勝手知ったる雰囲気でおうちに上がって行ったものね」

 ん?なんかさっきから会話がおかしい。

「おばさん、私の知り合いが来てるの知ってたんですか?」

 まるでおばさんは浅見と私が荷造りに来たのを知っているような様子で話をする。まさか覗いていたわけでもあるまい。

「知ってるも何も、今一緒にいた子でしょ?」

「はい?」

「え?」


 ……ああ、はい。そう言うことですか。


「おばさん、あのね」


「通帳がないっ!!」

「今井さん、警察もうすぐ来るって!」

「そこでパトロール中のお巡りさんがいたから連れて来たわ!」

「後から署の方から鑑識が来ますので部屋の物は一切動かさないで下さい。おうちの方はどなたで?」

「沙世ちゃん、何があったの!?」


 貴方たちタイミング悪過ぎ。いや、ある意味良過ぎ?玄関の人口密度が急激に上がった。

「私が家主の娘です」

 全員まとめてリビングに上がりませんかね?




「家主の……娘?」

 唖然、呆然、愕然。好きなものを選びな、彼の目の前に差し出してやりたい。大きな目が更に見開いている姿は見ていて笑える。

「お名前、良いですか」

 そんな男を放置してお巡りさんは仕事を始める。

「山岸沙世子です」

「何が盗まれたんですか。わかる範囲で構いません」

 盗まれた物ねぇ。弟の純情と父の誠実さですかね。あ、後者は随分昔に無くした物なので今回の件で出て来るとは思いませんけど。

 なんて言わないよ?口が裂けても言わないよ?今の私は加害者に間違われて戸惑っているこの家の人間だから。

「いえ、うちは何も盗まれていないと思います。私が通報したわけでもありませんし……」

 この言葉におば様とお巡りさん、そして浅見の頭上にクエスチョンマークが付く。

「どう言うことですか」

「だから、うちに泥棒は入っていません」

「嘘だ!」

 嘘じゃないです。泥棒なんてこの家には来てません。でも彼的には違うんだよね。

「君は?」

「お巡りさん、こいつが泥棒です!僕が帰ってきた時に留守のはずの家に勝手に上がり込んでいたんです。それにいつものところにある通帳が1つ足りなかった。こいつが盗んだんです!!」

 衝撃から回復した彼はまくし立てる様に話し、こちらを指差し私を責める。聞かれたこととは見当違いなことを言ってるなぁとは思うけど、この家での自分の立場をわかっているんだとは再確認した。そこまでお頭が弱いわけではないらしい。

 待てよ、でも無駄に同性愛に寛大なこの世界でカミングアウトしたらどうなる?

 例えば、ここの家主(親父)と秘密の恋仲なのだが、娘(私)がそれをどうしても許さないと家を飛び出した。泣く泣く二人で過ごしていたある日、金に困った娘が二人の留守中に通帳を盗みに来た所に遭遇し、現在に至る。

 なんて捏造の証言された日には私は極悪人決定なわけ?怖い、怖すぎる。

「こいつのカバンの中、確認して下さい!」

 一人恐ろしい想像をしている中でも話は進む。確かにこのカバンには通帳と印鑑が入ってるよ。けどそれはあんたのではなく修也のだから。まさかそれを証拠に私を犯人に仕立て上げる気か?

 いかん。変なことを考えだしたら自分が有利な状況にも拘らず、なんだか急に怖くなってきた。変な作り話をされて、この場の全員に鵜呑みにされたら……!


「で、あんたは誰なんだよ。質問に答えろよ」

 カバンに伸ばされた手が止まる。

 この状況は理解していなくても、私がここにいる理由も泥棒じゃないことも知ってる人間が一人だけいた。

「僕は……」

「お前頭大丈夫かよ。3年ぶりに実家に帰って来て、荷物の整理しに来ただけで不法侵入?泥棒?だとしたら、世の中にどんだけ健全な不法侵入と泥棒が蔓延してんだよ」

 そうね。彼の言い分が正しいのであれば毎年8月と12月にはかなりの不法侵入者が続出することになるね。

「沙世ちゃんのカバンに入ってるのは今一緒に住んでる弟君の通帳と印鑑。それと大事な物。これ持ち出すと泥棒になるですかね?」

 お巡りさんの方に向き直し、浅見が問い質す。難点は義弟に無断ってところかな。でも義弟の元から無断で持ち出すわけじゃなく、無断で義弟の元に持って行くのだから目を瞑って頂きたい。

「窃盗ではないですね。弟さんからの頼まれ事でしょうし、当然不法侵入でもないですね」

 逆に、と言葉が続く。

「君はここの家主さんの知り合い?こちらの娘さんは面識ないの?」

 どう足掻いても矛先はそちらに向かうようで。

 押し黙る男と鋭い眼光のお巡りさん。展開について行けず、だけど興味津津といったご様子のおば様方。そしてさり気に私の隣に移動して来てる浅見。



 遠かったパトカーのサイレンがもうすぐそこまで来ていた。


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