2016年 番外編 クルシミマス~裏回~
クリスマス回なのに、もうとっくにクリスマスが過ぎていて? ついでに年も明けた? 何を言っているのか、ちょっと解らないです(白目
兎にも角にも、短いですが、久しぶりです!
この寒いノリも含めてゆっくりして逝ってね!
鼻を擽る香ばしい香り。無心で嗅いでいると涎が垂れてきそうになる。
視界は真っ暗、殆ど何も見えない。明り取りの窓から見える僅かな月光だけが唯一の光源だがそれすらも心許ない。なにはともあれ、この美味しそうな匂いは何なのだろうか。かなり近くから匂ってはいるけども。
とりあえず暗闇に両手を伸ばし、足元も覚束ないまま歩いてみる。壁伝いに歩いていけば、その内この部屋の明かりを点ける電源スイッチも見付かるだろう。
ところで――此処は何処だ。ついでにさっきまで自分が何をしていたのかも覚えていないんだけど。
あれ? 嫌な予感がするぞ? このパターンってあれか? 例のあいつがあれする感じのあれか?
「いやいや……。こんな日ぐらい普通のねぇ……。こう……安らかな夢であるべきだよねー……。常識的に……」
心臓が嫌な音を立てている。落ち着け、これは夢の中だ。ああ、でも夢の中って手にカッコイイ武器付けたしましまのおじさんとか出てくるんだよな。ヤバい。絶対見たくないそんな夢。
頭上が急に明るくなった。強い光が目に沁みてまともに開けていられない。暫くよろめきながら瞼を擦っていると漸く不可解な部屋の全貌が見えてきた。
薪のような形の木材で組み上がった壁。天井には見事な梁が通ってあり、それらをこれまた大きな、両腕を回しても足らないような柱が支えている。かなり広い室内の一画には年代物風の暖炉までがあり、正しく理想の山小屋をそっくりそのまま再現したかのような様相を呈している。
それと――部屋の中央に馬鹿みたいにデカい――アメリカンなクリスマスに出てきそうなプレゼントボックスっぽいものがあるんだけども、あれはスルーして良いんだよな? いやスルーしよう。そうしよう。
「ウィーウィーメリークリー。サンタが街にやって来たぁぁぁー。真っ赤なお鼻のぉーあいつぅー」
プレゼントボックスが歌うんじゃねえよ。しかも色々と混ざっているし。
「それを言うなら『サイレンナイー。きっと君の瞳はサンダーボルトで一人きりのラーストクリスマース』ではないですか、ご主人様?」
あっ、もう一人入っているんですね。うん、それぐらいの大きさは余裕でありますね。
「しっ……。……明かりが点いたな。そろそろだぞ、心したまえ。これが君のクリスマスデビューだ」
「はい……! うわぁ、どきどきです。あぁ……私、きちんとクリスマス出来るでしょうか……」
微笑ましいなぁ、おい。そっか、あの子、クリスマスとか経験した事が無いのか。
それなら納得出来るか。うーん? 出来るか? いや? 出来ないよ?
「臆する事はない。君が心からクリスマスを求めるのならば、クリスマスは君をクリスマスにするだろう」
「私がクリスマスに……!?」
「ああ君が。そして私も。ついでに葎も最終的にはクリスマスになる」
ちょっと言っている意味が解りませんね。あと、どうして俺を巻き込みやがりました?
思わず箱ごと奴とその従者を蹴飛ばしたくなったが、蹴飛ばしたら蹴飛ばしたで後々面倒な事になるのはまず間違いないので頑張って自制した。そもそもまだ実害は出ていないのだ。『例のあいつ』はともかく、そのメイドさんには罪は――あれ? あるような――? というか、最近は一緒になって悪ノリするようになっている気もするが――まぁいいや。
「……お、雪だ」
窓の外をよく見れば白い粉雪が舞っている。まだ誰の足跡も付いてない雪畳は壮観で、今はすっかり鳴りを潜めている童心を刺激される。要するに、あの降り積もった真っ新な雪に年甲斐もなく飛び込んで行きたいのだ。
「わ~、でっかいかまくら作ろ~」
これなら自然な流れでこの危険区域から抜け出せる。我ながらやるじゃないか。自分で自分を褒め――。
「む? ゲストが逃げ出そうとしているぞ。いけ、メイド一号よ」
「了解しました。直ちに捕縛致します」
足首を背後から謎の触手らしきものに絡め取られる。不味い。いや、どうしてだ。何故こうなった。途中までは凄く良い流れだった筈だ。いいや、それ以前にメイドって触手を出せるのか。
「やだーッ! かまくら作るんだーッ! 俺、そこで朝まで引き籠るんだぁぁぁ!」
どこでどう間違えたのだろう。そんな事を考えている内に視界は反転。箱の中から優雅に出てきた二人組の顔が見えた。一人は癪に障る事に街を歩けば十人中十人は振り返るような不気味なぐらいの美人。部品を見る限り欧風の顔立ちのようにも思えるが、どこはかとなく大和撫子っぽさもある。周囲の光を絡め取る黒とも言い難い不思議な色の髪は動く度に淀みなく流れて、暇潰しにだったらいつまでも見ていられる。問題はその表情だ。半端じゃなく厭味ったらしい。それはもう、完璧なまでの嘲笑だ。ある種の気品すら感じるそれは、勘違いした小金持ちがごくごく一般的な人々を見下すような表情とはレベルが違う。その勘違いした小金持ちに対して本物の大富豪が送る哀れみの混じった視線よりも数段酷い。言うなれば人ならざる存在が矮小な人間を全力でおちょくっているのに近い。近いっていうか、正しくそれだ。
「やぁ、元気かね? 私は元気だ。ならば、君も元気だな。何故なら私の顔が眼の前にあるのだから」
「……自意識過剰も大概にしやがれよ? ガラ」
しかもこの嘲り笑顔、腹の立つ事に他の人間に向けているのを見た覚えがない。
「おはようございます、葎様。せっかくですからこのまま触手プレイと決め込みましょう」
もう一方は生真面目そうな表情の少女。例のあれに比べたら流石に可哀想だが、それでも十分過ぎるぐらいの器量はある。おや、方眼鏡を掛けている。前々から眼鏡が似合うとは思っていたが、これは知的な雰囲気が出てかなり良い。
「決め込まないよ。せっかくとか無いからね……?」
ただ、知的な女の子が触手プレイとか絶対に言ってはいけない。絶対に。
「ふむ、そのまま吊り下げたままでも良いのだがね。いかんせん、食事を摂るには不向きな格好だ。しょうがないから下ろしてあげるとしよう。MarkⅡ?」
気障ったらしい指パッチンと共にゆっくりと床に下ろされる。視界の端に黒いワカメのような物体が蠢いていたが、いちいち突っ込んでいたらこちらの精神がもたないので見なかった事にした。
「それでは支度を始めよう。カモン、椅子と机」
威勢のいい声が響くのを合図にどこからともなく、三脚の椅子と大小様々なクロシュを乗せた大きな木目のテーブルが歩いて来た。これは比喩ではない。本当に歩いて来た。さながら天気の良い日に散歩に出かけた犬のようにウキウキと歩いて来たのである。何故だろうか。非常にファンタジックな夢に溢れた光景なのに、自分の中の大切な値が著しく削れている気がする。
「そうだね、たまには椅子も歩くよな。テーブルも。うんうん、何も問題無いヨ」
「何を一人でぶつくさ言っているんだい。呆けていないでさっさと席に着きたまえ。せっかくの料理が冷めてしまうじゃないか。ほら、MarkⅡ。君もだ。取り分けは私がやろう」
ガラはそう言いながらいそいそとテーブルクロスを食卓に敷き、妙に凝った装飾のなされた銀食器や割ったらえらい金額を請求されそうな皿を並べていく。ちなみに先程まで卓の上にあった皿とそれに被せられたクロシュはガラの支度の邪魔にならないように宙に浮いている。うん、何の問題もない。
「そんな。ガラ様のお手を煩わすなど……」
「またそんな事を言って。今夜は君が主賓のようなものなのだよ? その重症メロンパン中毒者はただのおまけだ。遠慮せずにそれを弄り――おほん……。和やかな談笑でも交わしつつ座っていたまえよ」
「さりげなく俺を貶すな。……なぁ、その料理、MarkⅡさんが作ったんだよな?」
人参、グリーンピース、トウモロコシが見た目鮮やかなミートローフ。齧り付けばじゅわりと肉汁が滴りそうな、飴色にこんがりと炙られた大きな丸鳥の香草焼き。大皿に盛られたほくほくのポテトサラダに、口直しに良さそうなタコと玉ねぎとエビに細かいオリーブが散りばめられたマリネ。蕩けたチーズがマグマのように未だにふつふつと湧いているラザニア。見た事はあっても食べる機会は殆ど無かったバーニャカウダー。食べやすそうなだけではなく、味も少しづつ楽しめそうなオープンサンド。ケーキは普通の可愛らしい苺ショートのホールに本物の丸太と見間違う程に見事に飾られたブッシュドノエル。あの表面に粉砂糖が塗され、中には色とりどりのドライフルーツとナッツがぎっしり詰まったやたらと固そうなパンのようなものは、噂に聞くシュトーレンというやつだろうか。明らかに先程まで被さっていたクロシュからはみ出る量だが、ここで突っ込んでは奴の思うつぼだ。
「これだけ立派な品々を作るのにはかなり時間掛かったでしょ。凄いなぁ」
「いいえ? これは全てガラ様が作ったんですよ」
きょとんと首を傾げたまま、怪談から生まれた少女はガラに視線を遣った。
「ああ、私だ」
「は……。いや待て……。お前が?」
「私だと言っている」
おかしい事でもないか。こいつ、ちょくちょくお菓子も作っているし。人の身体を勝手に使って現実の方でもたまに料理したりするし。ぶっちゃけ、寧さんが悔しそうな顔をする程の腕前だし。
「よくこんだけ作ったよな……」
「当たり前だよ。これしきの事が出来なくてどうする。紳士としての――おっと、今日は織女としての嗜みだ」
「…………毒とか入ってないよね」
「おそらく、ね」
入れた。絶対何か入れやがった。じゃなきゃこんな満面の笑みを浮かべる筈がないもの。
「うわぁ、凄いや。危ない予感しかしないなぁ」
長い脚が際立つ真っ赤なスカートを花弁のように翻し、ガラは得意そうにふんぞり返った。サンタ帽に付いている白い玉がとても可愛らしい。ただし、ガラでなければ。
「それにしてもお前、雪まで降ってるのにミニスカサンタとか寒くないのかよ……」
「ふふん、どうだね? 似合っているだろう? しょうがないなぁ、欲情しても良いぞ。はっはっはっはっは」
「ハハッ」
にっこり決め顔のガラの顔に影が差し、空気の唸る音を伴って鋭い蹴りが顔面に向けて飛んできた。
「……おっと足が滑った」
「それ蹴りだよね!?」
咄嗟に身を屈める。あまり嬉しくは無いがこの程度ならガラと付き合っていれば嫌でも避けられるようになった。まぁ、自分が躱せるぐらいなのだから、かなり加減はされているのだろう。奴が本気を出したら夢の中とはいえ本当に死んでしまいそうだ。
「いやぁ、すまない。脚が長いとこういう事がよく起こるのだよ。悪気はあったんだ」
「あるんじゃねえか!」
悪びれもせず、ガラは涼しい顔で長い髪を靡かせた。今は女性の姿だから多少はマシではあるが、それでも十分に格好を付けている。そして実際に格好が付いてしまうのがこいつの腹が立つ所である。
「しまった、もっと余裕など微塵も与えずに必死な顔をさせるべきだったな。大丈夫、君なら出来る」
「嫌な信頼だな!?」
差し出された手に掴まり立ち上がる。手を伸ばした奴の背後ではひき子さんMarkⅡが可笑しそうに笑っている。
「MarkⅡさんも。それはトナカイ?」
彼女が着ているのは茶色を基調としたいつもよりフリルの過多なメイド服。非常にお高そうな薄い黄色の石が嵌った首飾りまで身に付けていて、ひょっとしたらサンタもどきの淑女野郎よりもよっぽど瀟洒に着飾っているかも知れない。なによりも、こちらの方が見ていて精神衛生的に良い。
「これもガラ様がご用意して下さったのですよ。……変……でしょうか?」
「いやいやいや。凄く似合ってるよ。その角の付いた帽子も可愛いね。ちょっと後で貸してくれ」
「君、君。私とそれ以外では態度が違わないかい?」
うんざりするほど整った顔がぬるりと迫ってくる。なので勿論両手で顔を覆った。
「この衣装、ガラ様がご用意して下さったのですよ」
ひき子さんの声が聞こえる。自ら視界を塞いでいるので、どのみち声しか聞こえないのだが。
「実は私の服を更にグレードアップしたものを着せるつもりだったのだよ。似合うと思ったんだがね」
吐息が掛かる程近くから声が聞こえる。絶対にこの両手は顔から外さないでおこう。
「いいえ、私にはこれで十分なのです。もうこれだけで……嬉しいですから」
鼻の詰まったような声にこっそり顔を覆っていた両手の隙間からその向こう側に居る奴を見た。案の定、ガラが微笑を浮かべながらウインクをしている。つまり、これはそういう事なのだろう。
「しょうがねえなぁ……」
考えてみればさっきあいつが言ってたもんな。そうじゃなきゃ現実でクリスマスパーティーした後にまたやり直す意味も無いだろうし。いや――ガラならそういうのに関わらずやりかねないか。
「だが、断らないんだろう?」
「解ってて言ってるだろ、お前……」
彼女が理由であるのならば、断れる筈もない。今更この雰囲気をぶち壊すというのも野暮というものだ。
「さあ、ぼやぼやしている暇は無いぞ! 食事の後は某配管工とその愉快な仲間達のパーティーゲームに定番のプレゼント交換。その後は組んず解れずのツイスターゲームが待っている!」
ガラは振り返り、ひき子さんの肩を優しく抱いた。ひき子さんは俺達が気付いていないとでも思っているのか、潤んだ瞳をしきりに瞬かせながら嬉しそうに表情を綻ばせた。
「わぁ、とっても楽しみです!」
暖炉と飾り付けられた蝋燭に火が点り、いよいよクリスマスらしい雰囲気になってきた。
「……でも、ツイスターゲームには参加しないからな?」
煌めき始める赤、青、金、銀、緑の飾りつけに眼を細める。白と青の夜空はどこまでも深く、時折顔を覗かせる月は透き通るような輝きを雪と共に地上へと降り積もらせる。クリスマスに二次会も何もあったもんじゃないが、それでも今夜は最後まで付き合ってやろう。
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凍て付いた空気を軽く吸い込み、熱っぽい体を冷ましていく。雪の降り止んだ紛い物の世界は不安になるほど静まり返っていて、視界の半分を白い色が埋め尽くしている。
これじゃあ、雪の下にあるであろうスノードロップの花々なんて見つける事も出来ないだろう。
白い息を雲一つ無い空に吐き出す。初めて足を踏み入れた時は胸が抉られるような奇妙な気分になったものだが、こうして時が経ってみると案外居心地は悪くない。
ガラに貸して貰ったコートからセロファン袋に包まれたクッキーを取り出す。本当はメロンパンが良かったが、ガラに言ったらどうしてなのか却下された。非常に残念ではあるが、こっちのナッツやらチョコチップが沢山入った大きなクッキーも中々どうして美味しそうだ。
辺りを見渡す。この偽りの世界の中に間違いなく彼女は居る。別に捜すのは難しい事じゃない。彼女はいつでも俺の傍に居て、俺の望みをどういう形であれ、叶えてくれていた。
紅い世界を想像する。彼岸花が風に靡き、夕暮れよりも深い真紅の空が全てを染めるその場所を。
その姿は炎に包まれているかのように。その緋の瞳は何か飢えているかのように。
雪より白い顔には何も浮かばず、ただ人形のように地平線を見据えている。
まるで、戻りようのない過去の情景を思い返しているかのように。
「……あ――……んー……ええっとですね……」
深緋の瞳がこちらへと向く。言い淀んだまま何も言えず、曖昧に笑っていると彼女の方から歩み寄って来た。華奢な姿だ。雰囲気だけは大人びてはいるが、それでも芯にある幼さを隠し切れていない。そして、その身に秘めたる近づく者全てを焼き尽くしてしまうような危うさも。
「葎……」
名を呼ぶ声は風の吹く音に掻き消されてしまいそうなほど小さく、散際の花のように儚かった。
「……俺は――」
昔の事は殆ど何も憶えていない。それでいいと。それでも生きていけると。目まぐるしい日々の果てにそう結論付けた。この先も残した想いを懐かしんだりもするだろう。この先も思い出す事は無い。
だが、一つだけはっきりとしているのは、俺はかつてガラに救われ、それと同時にこの少女にも救われたという事だ。そこにどんな思惑があったのかは知らない。だが、どんな形であれ、その事実は揺るぎようがないのだ。ならば、余計な言葉など要らないだろう。向けるべき言葉はたった一つだけだ。
「ありがとう……。この前も。あと、多分……昔も……」
そんなありきたりの言葉と共に深く頭を下げる。彼女がどんな表情をしているのかは分からないが、微かに笑っているような声が聞こえたような気がした。
「お礼を言われるような事は何もしていないよ」
ゆっくりと姿勢を戻すと、そこには底知れぬ怖ろしさを持つ人ならざる存在ではなく、可笑しそうに口元を着物の袖で押さえる、ある意味見た目通りな年相応の少女の姿があった。
「あたしはいつだって葎の味方。貴方が望めば何だってするよ。持っているものなら全部あげる、欲しい物があれば力づくでも手に入れてあげる。だけどね、今度は自分で自分を壊すような真似はしないでね。またあいつに出くわすのは嫌だし、葎がまた壊れちゃったら……とっても……哀しいな――」
彼女は長い睫毛を伏せ、どこか芝居がかった仕草でその人形のように整った顔を俯かせた。
「でも大丈夫だよね。だってその前に全部壊しちゃえばいいんだもの」
桜色の唇が三日月の如く歪む。瞳の輝きはおぞましいまでに昏く、病的なまでに白い肌は紅い光を蛇のように艶めかしく表面に這わせている。思わず息をするのも忘れて見蕩れてしまうその蠱惑的な佇まいは、紛れもなく人以外のものだった。
「俺――今度は全部無かった事になんかしないよ」
考えるよりも早く、そんな言葉が口を衝いて出た。
「……そう。葎、変わったね」
面白くなさそうに彼女は呟くと、俺が手に持っているセロファン袋に視線を移した。
「それなぁに?」
「あ――ああ……。これ、お菓子。お腹空いていると思って……」
考えてみれば、ガラと同じでこの子もお腹は空かないのか。
「余計なお世話だったかな……」
一瞬驚いたような顔になった彼女は、袋の中のクッキーと俺の顔を見比べてから急に笑い出した。
「ううん、そんな事無いよ。開けていい?」
いそいそと愉しそうに彼女は袋を開け、中身のクッキーを抓んで自身の顔に近づけた。
そして、その顔は水が氷になっていく過程のように徐々に、尚且つ急速的に凍り付いていった。
「……あいつの匂いがする」
釣れたばかりのマグロも瞬間冷凍出来そうないつになく冷たい声色に、こちらの顔面も凍り付いた。
「でも……葎がくれたものだから……ね?」
「そ、そうっすか……。それはようございます……」
ほっとするような笑顔に安堵からか、膝の力が抜けていく。どうやら彼女の機嫌を損ねずに済んだようだ。それにしてもいきなり剣呑な顔になるのは勘弁してほしい。心臓に悪過ぎる。
「……もう戻った方がいいね。もう直ぐ此処も消えるから。今日はわざわざ来てくれてありがとう。嬉しかったよ」
彼女は夕焼けのような景色を振り仰いでから、そっと背を向けた。
「へ……? 無くなるって……」
問いの答えが返ってくる前に足元が崩れ始めた。裂けた空には虚無とも言うべき闇が口を開けている。
「忘れないで。いつだって、あたしは貴方の傍に居るよ。ずっとずっと……ずっと……」
耳元で囁かれているような優しい声を聞きながら、俺は何処へと繋がっているかも知らない奈落へと落ちていった。
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誰かに頬を叩かれている。冷たい風が肌を舐めるから二割増しで痛い。
掌にはごつごつとした岩肌が当たっている。道理で背中が痛い筈だ。こんな所に寝かされているのだから無理もない。
どうなる事かと焦ったが、何とか生きて戻ってこれたようだ。夢の中だから生きるも何もあるのかどうか怪しい所ではあるが、それでも無事に元の場所に戻れたのは僥倖としか言いようがない。
「よう……痛いじゃねえか」
瞼を開けると案の定というかやっぱり見慣れたあいつの顔がこちらを覗き込んでいた。
「おや、気が付いたかね。このまま君の頬が腫れるまで叩き続けても良かったんだがね」
人のほっぺをタンバリンか何かと勘違いしているのだろうか、この野郎は。
「彼女には逢えたか」
ガラは感情の機微を感じさせないような静かな声でそう訊いてきた。
こいつもこいつで彼女に思うところはあるのだろう。彼女も何だか嫌な顔をしていたし。
「まぁな……。あんまり話せなかったけど」
「そうか。それは結構――。ところで、君、どうやって彼女に逢いに行ったんだい?」
「……さぁ? なんとなく……みたいな?」
どうやってと言われても。逢えそうな感じだったんで逢いに行っただけだ。もう一度同じ事をしろと言われても無理だろう。だって、自分で何をしたのかよく分からないし。
「ああ……全くこの阿呆は……」
ガラは呆れた様子で額を押さえた。よく見ればその頭に被さっているのはサンタ帽ではなく、いつもの見慣れた黒のシルクハットに変わっている。うむ、やっぱりこっちの方がしっくりくる。
「……帽子、いつものに戻したのか」
「うん? ああ、これね。そうだよ、だってこっちの方が私らしいだろう?」
「そりゃそうだ。あっ、ひき子さんはどうしたんだよ」
少し眠ると言っていたのでガラと共に置いてきてしまったが、大丈夫だっただろうか。
「遊び疲れてぐっすり寝ているよ」
「そっか……。あんなにはしゃいでいたもんな」
あれだけ喜んでいたんだ、今頃は幸せな気分で――。はて、彼女は夢を見るのか?
「あれは不憫な子だ。悪戯に生み出され、悪戯に捨てられた」
あれ? 捨てられたというかお前が無理矢理拉致したんじゃなかったっけ?
「虚構より生まれたが故に、何も持たず、何も知らない。それはあまりにも可哀想だろう。それに何よりも私の従者であるからな。これぐらいはしてやらねば」
そういうわりには自分だって楽しんでいたくせに。まぁ、それはこっちも同じか。
「いい所あるじゃん」
実像を持たないこいつだからこそ、同じ立ち位置にあるひき子さんに同情出来るのだ。自分じゃこうはいかない。半端な憐れみであの子を傷付けて終わってしまうだろう。
「ふっ、訂正してもらおう。私には良い所しかないのだと」
「はいはい、そうっすねー」
これ以上褒めたら本当に天に昇ってしまいそうなので、適当に相槌を打ってあしらっておこう。
「とりあえず、君の方もご苦労……という事で一杯やりたまえ」
どこから取り出したのか、ガラはワイン入った硝子瓶らしきものと、サンドイッチ――もしくはメロンパンが大量に入っていそうな竹で編まれたバスケットを掲げた。
「一応言っておくけどなぁ、俺、まだ未成年だからな」
「夢の中だというのに真面目だな。そう言うと思って葡萄ジュースとつまみも数品持って来たぞ」
注意深く足元を見てみると、ガラの言っていた通り、果汁ジュースの入っているらしき瓶が数本と、先程のバスケットとそっくりなものが幾つか無造作に置いてあった。
「はぁ……。用意がいい事で……」
「最後は矢張り君と私が残るという事だ。嬉しいだろう?」
硝子瓶の中で明るい夜よりも深い色の液体が波打つ。向こうはすっかり準備万端らしい。
「ああ嬉しいよ。嬉しくて溜息が出るわ。……ちくしょう。こうなったらとことんやろうぜ」
竹編みのバスケット受け取り、そこに入っていた小洒落たカットグラスを二つ取り出す。どちらが言うでもなく、俺とガラはそれぞれに見合った硝子瓶を手に取った。
「そうこなくては。それでこその私の相棒だ」
見渡す限りの天球に流れる星が無数の線を引いていく。
冴え渡る風が首筋を擽り、僅かに残っていた気怠さを身体から消し去っていった。
遮るものなど無い欠けた月から銀色の光が瓶の中身と共に滔々と杯に降り注ぐ。
瞬きする度にその輝きを変える錦眼鏡のような夜景にグラスとグラスがぶつかる音が微かに響いた。
<了>
クリスマスから書き始めて、こんなに時間が掛かるとは思わなかったデス……。
それもこれも白猫が……、いえ何でもないですよ?
とりあえず、夜通し書いていたんで肩がヤバい……(現在AM9:00)
あとねあとね、私、起きたら絵も描かねば……。
ああ、そういえば。暫くこれ、休んでいましたが……そろそろ――ね。
でも正直まだ分からないっす。おそらく前よりは時間が取れるようになるとは思いますが……。まぁ、そっちの方の後々……。
では! ノシ
バキベキゴキュベリベリガシャーンウィーンウォォォンニャー(肩の軋む音




