回想録 其の弐
実は重大なお知らせを……悪い方の……。
と言いますのも、この更新を機に、一旦、『duplices』をお休みにしようかと思います。
理由としては、仕事の関係上、あまり時間を取れない事です……。自分よりも忙しい方が執筆しているこの『小説家になろう』という場でこんな事が言い訳になるとは思っていませんが、矢張り書く時間があまりにも無いと……。
勿論完結もしますし、あわよくば……(以下ry
こんな事になってしまったのも、自分の未熟さ故だと思っています。お気に入り小説に登録してくれた方にも、それ以外の方にも本当に申し訳なく思います……。
お気に入りに登録してくれた方からは、お気に入りを解除されても当然だと考えておりますし、それは甘んじて受け入れます。
ですが、きちんと完結? はさせます。それだけは絶対にお約束出来ます。
再開はおそらく四月の中盤辺りになるでしょう。もしかしたら。もう少し早いかも知れませんが……多分その辺りに再開します。
この口で、こんな事を言える義理でも無いですが、今後とも『duplices』を宜しくお願い致します。
『鵺』
鵺は深山にすめる化鳥なり。源三位頼政、頭は猿、足手は虎、尾はくちなはのごとき異物を射おとせしに、なく声の鵺に似たればとて、ぬえと名づけしならん。
鳥山石燕 『今昔画図続百鬼』
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何故こんな場所にまで来てしまったのだろう。あの夜から自分の思考回路は狂ってしまった様だ。
行きのバスに乗った時には晴れていた空はいつの間に黒々とした暗雲が垂れ込めていた。
雨が降るかも知れない。早い内に見ておくものを見て、さっさと帰ろう。傘なんて持ってきていないから、雨を直に受けてしまうだろう。こんな事なら折りたたみ式のものでも持ってくれば良かった。
草の生い茂る道はごつごつとした石が埋まり、とても歩き難い。こんな所でも一応、東京都近郊に入るのかと思うと、妙に不思議な気分になる。とてもそんな風には見えないのだ。
振り返れば、そこそこの客入りがあろう温泉街。前を向けば奇妙な洋風の建物。どちらも現実味が無い風景に感じられる。まるで、異国――――というより異界に迷い込んだかの様な気分だ。
しかし、本当に現実味が無いのは自分の方なのだ。分かる。分かってしまう。私はこの場所に拒絶されているのである。否、この場所だけではない。他のどの場所に居ようと、自分は自分として存在していない。肉体的には存在しているのだろうが、それはあくまで肉体だけなのだ。自分という魂は、限りなく彼岸に近い場所で、彼岸へ行く事も叶わず、この世に留まる事も出来ず、中途半端な抜け殻として肉体という写し身を動かしている。自分が何処に居るかが分からない人間はそうして生きるしか無いのだ。探し求め、迷い歩くしか術は無い。だが、決して心の虚が埋まる事は無い。それらは全て、『自己』というものが喪失している事が原因なのだ。故に苦しく、故に拒絶されている。
――――何と無価値で、何と不毛な『生』であろうか。ああ、駄目だ。矢張り――――。
でも、あの時だけは――――あの時だけは違った。あの時だけは自分が何者であるかが解った。
考えている内に、目的の場所へと行き着いた。其処は古く、朽ち果てた洋館である。この場所には元々違う建物が建っていたそうだが、元の住人の縁者が元の建築物を取り壊し、洋館に建て直したそうだ。
建て直したとはいえ、それは近代の事であり、それまでは相当の昔から同一の建物が建っていたらしい。しかし、件の縁者がその建物を気に入らなかったらしく、改築したと――――そういう運びなのだ。
その改築を決行した縁者も変死し、この建物を引き継ぐ人間は誰一人として居なくなった。残ったこの建物は所謂『幽霊でも出そうな廃屋』として有名となった訳だ。全ては知り合いの受け売りなのだが。
その手の建物にしては荒れていない。来る人間の数自体が少ないのだろうか。
自分はこの建物を、何が目的で訪れたのか――――それが解らない。ただ友人からこの場所の噂を聞いた時には、行かねばならないという奇妙な義務感が芽生えていたのである。
こんな場所に自分があるとは思えない。あったとしても、建物がこんなにも朽ちているのだから、その中に居る自分も朽ち果ててしまっているだろう。肌は崩れ落ち、眼窩は黒く、髪は一本たりとも生えていない。腹からは骨が飛び出し、肉は削げ落ちている。その様な残骸を探し出して、自分は何をしたいのだ? しかもそれは肉体ではなく、『自己』という名の魂――――。それが朽ちてしまっているのだから、救い様も無い。救いなどありはしないのである。この肉体が滅んだ瞬間に何処かで縛られている自分の魂は開放され、より深い奈落へ――――地獄へと落ちていく。結局、どうあっても自分の道は極楽ではなく地獄へと繋がっている。それが自分を理解出来ず、自分を騙し、他人も騙し、全てを欺いた自分という人間への報いなのだ。
得体の知れない悲壮感が体の中に満ち溢れ、気分が悪くなった。
雨風に当てられ、朽木の様になった扉を開いた。恐る恐る一歩踏み出してみる。軋む床は今にも崩れ落ちそうだ。薄暗い廊下を歩き、目に付いた適当な部屋の前に立つ。
目的なんて最初からあって無い様なものだから何をしようと自由だ。
扉のノブを掴み、ゆっくりと、噛締める様に捻った。扉はすんなりと開いた。
能面だ。能面が壁に飾ってある。洋風の建築物には似つかわしくない趣向である。酔狂にも程があるだろう。こういう建物ならば――――いや――――違う。これで合っているのだ。これこそが正しい。
壁に飾ってある能面は家の雰囲気と不思議と調和していた。
好々爺を表した『翁』の面。人の良さそうな老人の面である。
きりりと眉の吊り上った若い男の面。名前は分からない。
あれは女の面だ、名前は確か――――『小面』。笑っている様な朗らかな印象を受ける。
その隣の面、小面にも似ているが、細かい部分に差異が見られる。小面と違って笑っていない。
次も女面だ。これは――――年配の女性を表した面であろうか。くすんだ肌の色や、少々疲れた表情などがそう感じさせる。
これでこの部屋の面は全てである。能面ばかりに気を取られていたが、この部屋は応接室の様なものなのだろうか? 脚の折れたテーブルと椅子が廃材の様に放置されている。どっちにしろ、応接室にこんな不気味な能面を飾るなど悪趣味極まりない。
部屋を出た。湿った音が地面を叩いている。辛うじて割れずに済んでいるガラス戸の向こうは色を失い、厳かな静寂が包んでいる。雨が降り始めたのだ。
何かに操られているかの様に自然と脚が動いていく。次の部屋の扉を掴み、開く。能面は無い。
能面が無かった事に落胆に近い感情を覚えた。あんな物――――興味なんてある筈がないのに。
次の部屋も改める。矢張り能面は無い。次も次もその次も能面は無かった。
自分は何を探している? 能面に取り憑かれてしまったのだろうか? 心の何処かで能面が部屋の中にある事を期待している自分が居る。まるで恋人を待ち侘びる男の様に、扉の向こうに能面があってほしい。
違う――――無くてはならないのだ。其処にあるのが当然なのである。
二階へと上がり、再び部屋の中を調べ始める。客室、夫婦の部屋。そして書斎。
書斎へと入ると、急に熱が冷めた。此処だけは、異常な空気の外にある。それが分かる。
立派な書斎だった。持ち主が読書家であったのだろう、心無き輩に持ち出されている蔵書は多いが、それでも個人の宅としては多い。殆どが虫に喰われ、湿気を吸ってボロボロになっているのにも関わらず、先程までこの部屋に人間が居たかの様な気配すら感じる。
丁度朽ちた机がある場所に――――これは宅の主人のものだろうか――――その背後に一つの能面が飾ってある。黒い翁の面だ。色彩自体は不気味ではあるものの、優しい顔をしている。この面を見ていると何だか落ち着く。落ち着くと、先程までの自分の心境が異常であった事が良く解る。
黒い翁は穏やかに笑っていた。自分はその翁に『今なら引き返せる』と言われている様な気がした。
此処で戻ったら――――一生本来の自分は見付からないのではないか――――そんな黒く淀んだ思いが心の底のずっと奥、蓋をしていた部分から滲み出してくる。それは――――。
黒い翁は問う。戻るのか、戻らないのか、と。翁の顔に一筋の割れ筋が走っているのを見付けた。それを見た瞬間に、自分を繋ぎ止めていたものが壊れてしまったのが理解出来た。
書斎を足早に飛び出し、次の面のある部屋を探す。背後では割れた黒い翁が泣いていた。
それから再び能面のある部屋を探し回った。見付からない。能面がある部屋が何処にも無い。何処にある。何処にある。何処にある? 何処に。何処に――――……。
崩落した床を踏み締める度に、自分の中の形容し難い欲求が強くなっていくのが解る。
いよいよ最後の突き当たりの部屋にまで来てしまった。
この部屋は何の部屋だろう。いや――――最早そんな事すらどうでもいい。能面は無いのか。能面が見たい。能面を。能面が――――。その部屋に能面はあった。
何かを言いたげな『中将』。貴族の無念を表しているかのような表情の面――――。
――――おかしい。自分は何故こんな面の名前を知っている? 能面になど興味すら無いのに。
『弱法師』。家を追われた悲しみにより盲目となった少年の面。さぞや悲しかったであろう。
ひょうきんな赤い朱塗りの顔で笑う『猩々』酒が好きな精霊。
人を殺し、罪業を抱えた男、『痩せ男』。腑に落ちない表情は未だに自分の罪が解せない故なのか。
恨みを抱いた女面、『泥眼』。美しかった顔に翳りが見え、その瞳は真実を問う。
次に『橋姫』。泥眼の恨みが更に強くなり、人間から鬼へと変化し始めている。
ああ、美しかった女面はどんどん醜くなっていく。それは女面の嫉妬の深さからではない。彼女の愛する男の不甲斐無さ、彼女を此処までしてしまった男の責任なのだ。女性の顔を通して、男の心の醜さを表しているのかも知れない。
最後にあった面は、嫉妬から角が生え始め、鬼へと変わりゆく女面――――『生成』である。
違う。まだある筈だ。まだ続きがある。この中に自分の顔は無い。自分の顔は何処にある。
探せ。探せ。探せ。探せ。探せ探せ探せ探せ探せ探せ探せ探せ探せ――――。
探さなくては自分が消えてしまう。
だが――――この部屋に、もう能面は無かった。
落胆しつつ部屋を出た。自分の残骸はこの場所には無いのか。自分は。自分の顔が。この様な多くの仮面が集う場所ならば、自分の顔もあるだろうと思っていたのに。
崩落しそうな階段を降り、玄関口を目指す。
そうだ。そうなのだ。本当の自分の顔などある訳がない。この館の雰囲気に中てられ、霧の様に不確かな幻想を抱いていたに過ぎないのだ。全て――――まやかし――――。
階段を降り切ると、変わらぬ玄関扉が見えた。あそこから出て、自分が再び現実に戻るのである。此処であった奇妙な感覚なんて忘れて、日々に、日常に戻――――。
玄関扉の横に、来た時には無かった色褪せた赤い扉があった。
あの扉だ。あの扉の先に自分の探し求めているものがある。どれ程――――待っていた事か。
力が抜けた傀儡の様に扉に歩み寄った。装飾のない簡素なドアノブを回す。ああ、開く。
中へと入った。能面だ。壁中に能面がある。やっぱり二階の部屋の能面には続きがあったのだ。
厳しい老人を模った『鷲鼻悪尉』。人知を超えた力を持つ超越者の面。
一本角の生えた男、『一角仙人』彼は鹿の胎内から生まれ、霊力を得た。
こちらを睨むのは『顰』。悪鬼はこちらを恫喝する様に睨み付ける。
その恨みから人の身を超え、鬼へと化してしまった女性、『般若』。口は裂け、牙が突き出し、二本の角は生え揃い、眼窩が落ち窪み、その奥の瞳は爛々と恐ろしい光を放っている。彼女は憤りなどとうに通り越して、恨みに身を窶し、燃え盛る怨嗟の表情で憎しみを訴えているのだ。
そして、その女性の恨みの最終地点――――『真蛇』。耳が消え、般若よりも凶悪な面相となり、今にも襲い掛かって来そうな怨霊の面。怒りが極限までに達し、終に完全に人間では無くなってしまったのである。何と羨ましい事か。忌むべき激情、人間を忘れる程の怒り。羨ましい。自分も――――欲しい。
欲しい。欲しい。欲しい。こんな激しい感情を自分も欲しい。自分が欲しい。
一つの能面がやけに目に付いた。それは眼を大きく開き、猿とも人間ともどちらとも取れる様な面。曲目、『鵺』で使用される『猿飛出』によく似ている。『猿飛出』自体では無いだろう。これはもっと古い時代のものだ。この不可解な部屋の中でも最も古いのではないだろうか?
その『猿飛出』に似た能面を手に取ってみる。木製なのにも関わらず、金属の様な気持ちの悪い冷たさがある。面を触っていると、奇妙な衝動に駆られた。
この面を被らなければと。この面を被りたいと。この面を被れと。
黒い誘惑に囚われ、『猿飛出』似た能面を顔へと付け遣る。能面は、しっとりと顔に馴染んだ。この能面が本当の自分の顔であるかの様に、完全に馴染んだのだ。
能面を付けた瞬間に、今までに感じた事の無い恍惚感に満たされた。これだ。これを待っていた。自分が居る。自分は此処に居る。自分が自覚出来る。間違いなく、この場に、この時間に、この世界に自分が生きている。何と心地の良い快感であろうか。
これは持ち帰ろう。持ち帰り、自分の物としよう。そして――――。
――――能面が外れない? 能面が――――顔に――――張り付いた様に――――何で――――何で外れない。
能面が自分の顔に吸い付いている。顔と一体化している。怖い。怖い。何が――――起きているのだ。
無理やり引き剥がそうとすると、能面と共に顔の皮膚が剥がれそうになった。
外れない。どうしよう。何で、こんな事に。痛い。外れない。痛い痛い痛――――。
――――そんなに痛いかえ? 我の面は。
その声は、自分の顔の外側から聞こえた。
――――そうそう……そうかい。痛いかい……。ならば、痛くないように――――。
人間とは思えない、単調な声であった。
――――喰ろうてやろうかねえ?
能面が皮膚を食い破り、顔を侵食していく。ふいに自分の絶叫が耳を劈いた。
恐怖が――――増殖する。最後の瞬間に感じたのは、強烈な飢えだった。
もうね……申し訳ないとしか……。
展開が思い付いていないとかでは無いのですよ……。だってこの物語の結末は最初から決まっていたんですもの……。
では……四月まで……待ってくれてたら嬉しいっす……。
あ、活動報告はたまにやります……。
って言っても雑多な日記みたいになるでしょうが。
では……! ノシ




