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duplices  作者: rakia
52/71

面の皮

 

 やっとこさ更新できた……。

 勿論追加分もあるでよ! 短編だけどね!

 ↓これです。一番上の……。


 URL : http://ncode.syosetu.com/n0087bi/8/


 URL: http://ncode.syosetu.com/n0087bi/7/


 URL: http://ncode.syosetu.com/n0087bi/8/



 それでは前回七話の解説いってみよ~。


 七話はですね、よくある、誰も悪くない物語の逆で、全員が悪い物語です。全員が悪い物語――――それはどういう事かと言うと……。

 まず、事の始まりは理沙です。彼女は執拗ないじめを苦にした結果架空の友達として、『リサ』達『怪談』を生み出しましたね。そして徐々に暴走し始めた『リサ』に恐怖を覚え、拒絶してしまった。それ本編でも触れている筈です。

 もし彼女が『リサ』ときちんと向き合っていたら。物語の流れは変わっていたかも知れません。


 次に『リサ』です。彼女は理沙の写し身として誕生しました。

 しかし、その内理沙に取って代わって自分が唯一無二の『伊織理沙』という人間になろうとあっちこっちでやらかしました。

 これも本編で触れている事ですが、『リサ』は一体何が目的だったのか――――というのがあります。

 自分が理沙になりたかったのか。

 それとも『怪談』を人々に認めさせるのが目的だったのか。

 ぶっちゃけるとその二つのどれでも無いんです。

 彼女は理沙が欲しかった。伊織理沙という人間からの愛情が欲しかったんですね。その為、理沙に拒絶された時に、彼女の螺子がぶっ飛んでしまった――――それがある意味引き金でもあった訳です。

 理沙の愛情が欲しい。なのに自分は拒否されてしまった。何で拒否されたのだ? それは自分が『怪談』という実体の無いものだから。それではどうすれば『怪談』は実体を得られる? そうだ『怪談』は広めれば広める程力が強くなる。だが、どうやって広める? 誰かの体が必要だ。ああ良い所、身近に居るじゃないか。理沙が。自分を邪魔にする人間なら要らない。こいつの体を奪ってしまえば『怪談』を広められるし、『怪談』である自分は実体が持てる――――と、かなり見事な本末転倒を彼女はしてしまったんですね。

 理沙に認められる為に『怪談』を広めようとして、『怪談』が広められないから理沙の体を奪おうとした、という具合に。

 こんな間違いを犯したのも彼女が幼いからなんですけどね。

 この構図は実は三話の寧と舞の対比でもあります。

 寧と舞はお互いを思い遣って行動していたから、後味が悪くならず? (かどうかはちょっと怪しいけど……)別れていきました。

 それは初めて逢った時に寧が舞を受け入れていたから。舞も長い時間の中で人間というものの中身をよく知っていて、ある程度の経験があった事に他なりません。

 それとは対照的に理沙は苛めの逃避口として『リサ』を扱っていた。友達というよりは都合の良い話を聞いてくれる相手としていたのが実情です。一方『リサ』の方も理沙の愛情が欲しい故に暴挙に出たり、終には理沙の体を奪おうとまでしました。彼女達二人がお互いをちゃんと理解していればこんな結末にはならなかったんですね。

 まぁ、すれ違いってやつです。

 それと他の『怪談』達にも多少の仲間意識を持っていたのも‘ついで‘の理由です。

 『弐の話』の最後に出てきたのは、実は理沙の体を使っている『リサ』だったり……。様子を見に行ってたんですよ……。

 制服が違うだろ? いいえ、夏服は基本的にスカートとワイシャツだけでしょう? しかも動揺しまくっている先生には見分けがつきませんって。……無理がある? そ、そうですか……。


 続けて燐太です。彼は簡単です。友情をぐいぐい押してつけてくる奴です。それが彼の悪い所でもあり、良い所でもあります。

 彼が友情というものを振りかざして、正一にぶつかっていかなかったら、理沙は『リサ』もろとも殺されていたでしょう。そして正一はいずれ自分で自分の身を滅ぼし、badend に……。

 ならなかったんですけどね……。

 そんな彼の根底にある『闇』というには少し安っぽいものにお気づきでしょうか? 彼が友情に拘る理由――――それは……! (以下省略

 これについては本編で……すこぉ~しだけ触れてます……。彼は意外と繊細だったり……?

 彼から走る事を取ってしまったりしたらどうなるでしょう? 彼を支えるものがなくなってしまったら……。

 いずれ、そんな彼を見られる時が来るかも……ね?

 

 お次は正一です。もしかしたら彼が一番単純かも?

 彼は友人を殺されたから、『怪談』達を片っ端から殺そうとしました。それは何も燐太達と出逢ってから始まった事じゃなく、二重存在が自分の中に出現した時からの話です。四話では偶然にも葎とガラに出くわしましたが、正一は一度も真には出遭った事はありません。

 ……運が良かっただけなんですけどね。下手したら、真の肉体言語説教コースまっしぐらでした。っていうか真さんが出てくると全部解決しちゃうからあまり出したかったり……。

 で、正一に話は戻りますが、彼が燐太との殴り合いで何故止まったか――――という点について触れてみようかと……。

 だってそうでしょ。どうしても殺したいなら、這ってでも殺せば良いのに、彼は止まった。それは何故かというと、理沙という人間を殺す葛藤と『怪談』を殺さなければいけないという葛藤に彼は板挟みになっていました。悩んで悩んでどうすれば良いのかも解らず、憎しみに身を委ねようとしていた所を燐太が止めた――――と。

 止めてくれる人が欲しかったんでしょうね。自分ではどうにも出来ない感情に押し潰されて、彼は身動きが取れなかったんです。

 そりゃあ、友達が何人も目の前で殺されたら憎みますって。割り切れない感情の狭間で、彼は今の友達である理沙と、昔の友達である享達を天秤にかけて、その結果があれです。

 結局は天秤はどちらにも傾きませんでしたが……。



 最後に藍子です。実は七話は燐太がメインというより彼女がメインです。彼女がどう成長するか、それがある意味‘救い‘にもなっています。

 彼女が燐太を模倣して押し付ける友情を実行していなかったら、理沙は完全に乗っ取られていたでしょうし、その後は正一が……てな展開になっていたでしょうね。

 ところで彼女のキャラが不安定だと思われるでしょうが、人間って多面的生物ですので、あんな感じで自分は良いと思っています。

 機械じゃないんだから、一概に同じ行動をする訳が無いし、ぶれて当然だと。あくまで、作者個人はですよ?

 

 ふう、とまあこんな感じでしたか。

 皆悪い物語、でもその‘悪さ‘が無かったらもっと嫌な結末になっていた物語でもあります。


 それと複線ですが、割愛させて頂く……。

 所々にはちゃんとあるんだよ!?


 ……葎? メロンパン!


 ガラ……? やりたい放題!


 寧……さん……? 誰ですか? そんなキャラクターいましたっけ?


さて、それでは次は、七話のそれぞれのサブタイトルについて……。


 ちゃんと意味があるんですぜ……。と言っても前半だけですけどね。「~の話」という所がそうです。

 で、意味なんですが。最初の怪談(あ、これだけは特別なので~話にはなっていません)はそのまま全ての始まりになった事を三人称で書きました。これが後々の話のきっかけになった『怪談』です。

 だから、第七話の始めの話なのに『壱の話』になっていないんですねー。

 それで、次の壱の話と弐の話はもうこれもそのまんまです。

 壱の話は、『雲の奥』と『月光と鏡』とリンクしています。

 弐の話は、『校内見学』と『夕暮れと蛇』ですね。

 

 そして三つ目の話。『別の話』。これは正一の友達、享の視点での話です。彼の最期までを一人称で書いたつもりです。

 ちなみにですね、覚えていない方もおられるかと思いますが、この話の舞台となった学校は『弐の話』と同一のものです。だから正一はあの中学校の卒業生になっています。

 そうそう、何で『違う話』かって? だって『リサ』が生まれたのはこの後。彼女が生み出した『怪談』と正一の事件には一切の関係性が無いから‘別の話‘なんです。

 じゃあ正一の友達を殺した『怪談』は誰が作ったか……?

 答えは七話の中にあったりなかったり。

 

 四つ目。『違う話』。んーと、これはひきこさんの話を噂話形式で語ったものですね。だけど、作中内のひきこさんは元の『怪談』から変化を遂げ、四話で葎達と遭遇したものと‘違う‘『怪談』になってしまった。だから‘違う話‘となっております。

 元々の『怪談』とは違う――――という意味ですね。


 五つ目。『終わりの話』。ここまでくれば分かりますね? 

 五つ目は理沙の一人称での話です。自分の身の内に潜む理沙の恐怖に怯える理沙――――(っていうのが作者の中でのイメージなんです……。

 作中で襖を開けたのは『リサ』と入れ代わった理沙自身です。


 さて、最後に『グレーカラー』。

 これはヒーローと『怪談』がどちらも悪でもあり、正しいものでもある事を意味しています。ヒーローもやってる事はアレなんでね……それも含めてのグレーゾーン。だから『グレーカラー』。

 それと、作中冒頭で葎や寧さんを恐怖に陥れた灯の語った『怪談』は、『壱の話』と『弐の話』。それと『違っている話』だけで、それだけでも『最初の怪談』、『別の話』、そして『最後の話』が異質だと――――解ってくれたら……。はいごめんなさい。

 以上がタイトル説明です。



 ああ、作者は力尽きてしまった……。後書きはまた次回……で。

 駄目……?

 酒臭い。こんな中にずっと篭っていると、心を病みそうだ。


 ――――! 誰だ……! …………。


 人の気配を感じて咄嗟に身構えた。だが、薄暗い部屋の中に現れたのはよく知っている顔だった。

 

 ――――……何だよ、てめえか。誰が入ってきたかと思ったら、またかよ。無断で入ってくるんじゃねえっつーの。

 

 相変わらずの薄気味悪い笑顔だ。見ているこっちが不安になってくる。


 ――――調子? ……お陰様でサイコーだよ……。


 仮面みたいな笑顔――――本当に何を考えているのか分かったもんじゃない。あんな顔するぐらいなら無表情の方がまだマシだ。おまけに何だ? 調子はどうだと? そんなの最悪に決まっている。自分の調子なんてずっと最悪のままで、一向に良くなる気配は無い。酒をかっ喰らっても、美味いもんを喰っても、女を買おうが一緒だ。欲しいものが手に入らない事がこの鬱屈とした調子を自分の体内に留めている。あの女が本当に欲しい訳ではない。あの時(、、、)手に入らなかったから、こんなにも棘が刺さった様な嫌な感じがするのだ。欲しい時に欲しい。それが出来ないから、気分が晴れない。生殺しとはよく言ったものだ。その通りだよ。生殺しだ。うざってえ。


 ――――何だよ……何がそんなにおかしい……!


 ……クソ。また哂っていやがる。何なんだよ、てめえの顔は俺の顔みたいには付け替え出来ねえだろ。

 さっさと出て行けよ。お前の面なんて見たくもねえんだ。


 ―--―ああ゛? そうだよ。悪いかよ。お前の言った様にやるから、それで良いだろ。お前はあの女の中身が欲しいんだろ? …………一応? 俺が上手くやればの話? 何だそりゃ。だったらてめえが自分でやればいいだろうが。はあ? 収穫時期……? てめえ何を言ってるんだ? …………ッち……。ハイハイ、出てけ出てけ……。


 ……最後まで哂ったままかよ。本当に癪に障る奴だ。そういえば奴は何者なんだ? まぁ関係無いか。こんな意味の分からない面の皮(、、、)をくれて、俺と関わるぐらいなんだからどうせろくな人種じゃねえに決まってる。ヤバイ奴以外の何者でもねえ。

 ああ、クソっ顔が痛てえっ。あの女――――ぶっ殺してやる。まだ顔が疼く。あの女にやられた顔が。どうしてこんな事をされなけばならない? 俺が悪いのか? あの女が抵抗さえしなければ、何事も問題は無かったのに。総てはあの女とその中身(、、)が悪いんだ。自分は何も悪くない。自分は本能に従い、情欲に突き動かされただけなのだから。欲望をそそり立てたのはあの女の方じゃないか。原因は全部あいつにあるだろう。そうだ。そうに決まっている。奴の言う通りだ。欲望のままに動いて何が悪い。自分は男。あいつは女。疚しい感情を抱いたって不思議ではない。それを我慢しろという方が無理というものだ。あいつの中身さえいなければ、俺の顔は――――。

 自分はあの女が好きなのだろうか? いいや、そうじゃない。俺はあの女の体が目当てだったんだ。あの瞬間から一時も忘れた事が無い、それは欲望のはけ口。だが、決して自分はそれを手に入れられない。良い所で邪魔が入る。そして俺はこんな顔にされて――――。そんな夢ばかりを寝ても覚めても見ている。白い肌。若々しい唇。生糸の様な髪。無垢な表情。その全部が自分の情欲を誘うのだ。穢れていないから穢したい。何でそれが駄目なんだ? 別に悪くねえだろ? 俺が良ければそれで良いんだ。あの女がどうなろうかなんて知った事か。

 痛い。痛い。痛い。あの女にも同じ事をしてやる。未発達な、それもまだ少女のあどけなさが残る顔を見るに耐えない痛苦の表情に彩ってやる。奴から貰ったこの顔でとことん穢してやる。今度こそは邪魔はさせねえよ。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 十月も半分が過ぎた頃。折島東児(おりしまとうじ)はある夜、‘漢‘を見た。

 東児の言う‘漢‘というのは、十数人は居るであろう見るからにガラの悪い集団を虫でも追い払うように、一人で返り討ちにした人物の事だ。そして東児はその自らの背中よりも遥かに小さい背中にも惚れてしまった。

 折島東児は札付きの不良である。ただ一つ普通の不良と違う所があるとすれば、彼は漫画の中の様な、友情に厚く、人に迷惑は掛けるものの踏み越えてはいけない一線は確りと弁えている不良に憧れているという奇特な思考を持っている点だろう。

 そうは言っても、いざ理想像に近づこうとすると人間は通例の如く挫けていくものである。それは東児も例外では無かった。口先では聞こえの良い事を言えても、やっているのは反社会的な行動そのものであり、周囲からすれば公共の迷惑を顧みない人間なのだ。そして周囲の人間は彼をそういうもの(、、、、、、)として扱っている。彼は根が善人であるから、ふとした瞬間に何気ない親切心からの行動を取る事があるのだが、そんな時でさえ彼の『不良』というレッテルは剥がれ落ちない。下心の無い親切心でさえ、彼が行うと何か裏がある様に思われてしまうのだ。事実、彼の仲間はそういう事もしてきた。恩を売ってはそれを搾取する――――。金銭を上納させ、様々なコネクションを確保する。薬に手を出し、年端もいかない少女に手を出す輩も出てきた。彼はそれが許せず、そんな仲間達から離れた。自分の理想像はこうではないと、こんな狡い真似をする為に不良になったのではないと。様々な葛藤の結果から導き出した答えである。

 無論、反発というか、そういう団体から抜け出すのは容易ではなく、彼に対する制裁の様なものはあったが――――それは一人の人間によって雲散霧消した。

 数の力で蹂躙されつつあった東児を救った人物。それこそ彼の捜している弱気を助け強気を挫く‘漢‘である。彼女は東児を助けると、そのまま何も言わずに姿を消した。

 彼はその鮮烈な艶姿を忘れる事が出来ず、今もこうして僅かな望みを抱きつつ、駅前の周辺を張り込んでいるのであった。

 

「居ねえ……よなぁ……。…………はぁ……」


 一向に見付かる気配が無いからか、自然といつもは吐かない溜息が出る。

 ――――そろそろ、深夜の一斉補導が始まんな……やっべえ…急がねえと……。

 あまり遅くまで捜す訳にもいかない。明日だって学校はあるのだ――――と、不良を気取る人間としてはあるまじき考え事を彼はしていた。それもこれも彼が真面目な少年であるからなのだ。

 東児は工業系の高校の二年生である。彼の校内での評価はと言うと、意外にも良いのだ。それは彼の性格からくるものなのだろう、多くの人間は彼の表層のみで東児の人間性を判断するが、彼の学校の教師陣は『不良』という肩書きを被る彼の奥底に見え隠れする内面を高く評価していた。だからこそ、彼等は東児だけには厳しい態度で接しているのである。折島東児にはまだ更生の余地がある。それが教師陣の結論である。それに職員室の中では、少年時代に東児と似た様な境遇にあった教師も何人か居るので、東児に対する期待と道を踏み外さないかという危惧は殊更であり、それに伴う厳しい指導も尚の事であった。

 だが、その教師達の思い遣りが東児に伝わる筈は無く、彼と教師達は互いに反発を繰り返しているのが現状である。

 東児は聊か鮮やか過ぎるネオンライトの光を浴びながら、夜の街を見通した。

 小奇麗な表通りとは裏腹に、石動駅の裏通りは猥雑な店で溢れ返っている。吸い慣れているとはいえ、東児はこういう篭った様な甘く毒にも似た空気は好きではなかった。

 ――――この前はどの辺でやらかしたんだっけか……。えーっと……? あ――――でも……まさかな……。

 東児はふいに思い付いたその場所に、宛ても無く歩き出した。

 耳に痛い喧騒の中を掻き分ける様に歩く。すると、けばけばしい色など一切見られない落ち着いた――――地味とも言う――――一軒の飲食店が現れた。飲食店とは言うものの、少し変わった(、、、、、、)ファーストフード店である。こんな吹き溜まりの様な中心に、店舗を出しているのも変わっているし、店内で出すメニューも良い意味で変わっている。この良い意味というのは、どこぞやのファーストフード店の様に昆布茶をバニラシェイクに配合するという暴挙に出る事も無く、原価ギリギリの質の良い食材をそれに適した調理法で料理するという意味だ。決して奇抜な物体を出すという意味ではない。

 店の前まで来た東児は、裏通りの雰囲気からはかなり浮いている店の中に入るか迷った挙句、店内に入るのは止めて、店の横の狭苦しい隙間に体を潜めた。店から伸びる換気扇からは、埃っぽい空気と相まった油と肉の香りが流れてくる。その匂いに浮かされた東児はゴクリと大きく喉を濡らした。

 ――――このまま此処で待つのもなんだし……何か買って店の中で待つか……。

 彼はそう思い直し、路地の隙間から体を出した。押しボタン式の自動ドアを通り抜け、店内のカウンターへと進む。さっきまで暗い場所に居たからか、眼が痛い。東児が遠目にカウンターの上にあるメニュー表を見ていると、彼の背後から、自分が入った時と同じ様な自動ドアの開く静かな機械音が聞こえた。

 

「オイ、ちょっと退いてくれ。メニューが見えない」


 東児に向けられた声――――。おそらくそれは東児の後から入って来た客の声であった。


「おっと、悪いっすね。あ、俺まだ決めてないから、先どーぞ」


 虚ろな気分でメニューを見ていた東児は体を半分だけ振り返らせ、その声の持ち主を見る事無く言った。


「……そうかよ」


 簡素な声の持ち主の気配が東児の横を通り抜ける。

 ――――……んー……さっきの奴の声……どこかで……。

 考え込む東児の目の前を色の抜けた、茶色の艶髪が遮った。


「…………!?」


 東児の目の前に現れたもの。それは彼の捜していた人物の小さい頭。


「あ……っ!! 兄貴ィィィ!!」


  東児は思わず叫んでしまった。店内に彼の嬌声が響き渡る。その魂の叫びに何人かの客は飲み物を噴出し、一人は椅子から転げ落ちた。


「………………はぁ?」


 東児の声に返答したのは、やたら凶暴で不機嫌そうな声だった。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 最近の私のおねえちゃんの様子が変だ。

 おねえちゃんはいつもわたしと遊んでくれる。最近は帰るのが遅いけど、それでも家に帰ってきたら遊んでくれるし、学校が休みの時は必ずわたしと遊んでくれる。だけど、おねえちゃんはそういう時にいっつも居眠りをする。その様子が何だかおかしいのだ。寝ている時はおかしくないんだけど、そうじゃなくて起きた後がおかしいというか。昔はそんな事は無かったのに、起きるととっても怖い口調になってたりする。この前はわたしをいじめた同じ組の晃一(こういち)君を大きな木に逆さまに吊るしたりした。あと、それに怒った晃一君の仲間が反撃しようとしたけど、返り討ちにあって、泣いて謝っていた。

 普段のおねえちゃんは優しいのに、居眠りをした後はそういう風になちゃうのだ。

 でも――――何だかおねえちゃんがおにいちゃんになったみたいで頼もしい。

 わたしは知ってる。その男の子っぽくなったおねえちゃんもぶっきらぼうだけど優しいって。

 あ、あとね、おねえちゃんはそういう時に自分の事をそうしてなのか、名前で呼ぶの。

 変なおねえちゃん。

 



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




「有給ですか」

「そうだよ。お前、全然消化してねえじゃねえか。馬鹿みたいに溜まりまくってんぞ」


 意外にもこまめに整理整頓が為されているアルミ机の前で、東京警視庁管轄下、上野警察署刑事部の村家霧人(むらいえきりひと)は主任である雪芭周三(ゆきばしゅうぞう)からそう言い渡された。

 ――――有給ね。まあ……頭を暫く冷やしてろって事か。

 刑事という仕事柄、基本的に休みであろうと待機は当たり前。休日であろうと、事件が起きれば出動は強制的義務。それぐらい忙しい職場だというのに有給を消化しろというのはどう考えても裏がある。そしてそれにぴったりな理由だってあるのだから、それ以外(、、、、)には考えられない。

 霧人は簡単に分かりました――――と言った。


「相変わらず気持ちが悪いぐらいお前は物分りがいいな」

「物分りがよくなきゃ刑事なんてやってられないですよ」

「それなら話は早いな。そういう事だ。……ったくよォ、お前が使えないとなると捕れるもんも捕れなくなるっつうの。適当に休んだらさっさと戻って来い」


 周三は鬼の様な顔を歪めると、青い煙草の箱を取り出し、一本取ってから霧人にもその箱を差し出した。霧人はそれに首を振った。


「俺は煙草は吸いませんって……」

「いい加減諦めて吸っちまえって。一緒に煙塗れになろうぜ。なあに、最初は煙いが、慣れりゃ手放せなくなる」

「主任……確か奥さんから止められてませんでした? 禁煙しないと離婚するとか言ってたような」


 火を点けかけていたジッポーライターの上蓋を、渋い顔になった周三はカチンと閉じた。


「……朝子(ともこ)には言うなよ。お前は何も見ていない。分かったな?」

「言いませんから、そんな殺人犯みたいな目付きで睨まないでください」


 霧人は表情を殆ど動かさずに、胸のポケットから棒付きのカラフルな飴を引っ張り出し、それを見た周三は呆れた様に眉を顰めた。


「子供じゃねえんだからよ、飴玉は無いだろうよ」

「だって煙草って美味しそうに見えないじゃないっすか。こっちの方が甘いし、美味いし、体に良い」

「体には良くねえだろ。ってかお前は幾ら何でも舐め過ぎ。今日は何本いった?」

「朝から数えて十二本。でも捜査中は舐めてないんで――――そうですね……少ない方かな」


 ――――チョコ。コーラ。グレープソーダ。アップル。カフェキャラメルモカ。レモンに、オレンジ。パイナップルと苺ミルク。あー、ヨーグルトもあったか。それとミックスフルーツとプリンも。

 指を折りながら霧人は頭の中で今日舐めた飴のフレーバーを思い返した。


「十分多い。飯の代わりに飴食ってそうだな……」

「時間が無い時はそうしてますけど」

「……飯だ。今度飯行くぞ。奢ってやるから付いて来い。じゃねえとお前はいきなり死んじまいそうだ。捜査中に死体が増えたら佐藤が担がなきゃいけねえからな」


 ガタンと慌ただしく席を立つ音が霧人の背後から聞こえ、上擦った後輩の声が飛んできた。


「お、俺がっすか!?」


 霧人が振り返ると、彼の後輩である佐藤翔太が口をだらしなく開けていた。


「聞き耳立ててねえで仕事しろ!」


 破裂音の如き周三の怒声に立ち上がっていた翔太は飛び上がり、大人しく机へと座った。


「……主任……俺が休みの間、あいつ大丈夫ですかね……?」

「何とかなんだろ……いや……何とかしてみせる……! 俺流、雪芭ブートキャンプだ……。おるぁ!! 気合入れろ佐藤ぅぅ!!」

「フワふバッ!?」


 周三の再びの怒声に、不意打ちを喰らった形で翔太は椅子から落ちた。

 霧人はその様子を見てから、ぼそりと呟いた。


「泣きながら電話を掛けて来そうだなぁ……これ……」


 周三は霧人に視線を向けると、その太い腕を組んだ。


「――――そんじゃ、そういう事で。休みは明日から取れ。今日中に予定を出せよ」

「……分かりました。それにしても今日中って……やけに忙しいっすね……」

「上からのお達しだとよ。……ま、お前の事だ。大方の察しは付いてるんだろ? ……姥季の件……あれはお前の責任じゃねえ。元々が管轄外、しかも厳戒態勢だったあっちの捜査本部がやらかしたんだ。しかもそれからあの野郎の手口で行われた殺人は一つも無え。今回のだって犯人は確保しかけたんだ。それがまぁ……その……なんだ」


 頭を掻きながら周三が口を噤むと、霧人が代わりにその先を続けた。


「綺麗サッパリ灰になっていた――――」


 ――――そう……灰になんてなる筈が無い。通常の焼死体でさえ、炭化止まり――――……。あの時、現場に火の気は無かった。あんな事は通常(、、)起こりえない。火の気……いや……火ならあったか……。

 霧人は唇の端を噛んだ。


「鑑識も驚くわな。葬式で火葬にでもしなきゃあんなにはならねえよ」


 周三はブラインドが下がっている窓の方を向いた。


「DNA鑑定もろくに……。辛うじて残っていた歯型が無かったら本人とは識別出来なかった……。変ですよね。そんなに強い火で焼かれたっていうのに歯だけは残ってるなんて」


 変では無い。俺の眼が確かなら。


「そうでもねえぞ? 歯っつーのは意外と丈夫でな、どんなに酷い火事でも残ってんだよ。……お前もその内見るだろうよ、真っ黒な死体とか」


 周三は意地の悪い笑みを浮かべた。


「あんまり見たく無いですね……」


 霧人はげんなりとした顔で言った。


「っとに……最近はおかしい事件が多過ぎんだよ……。それもこれも四年ぐらい前からか」


 ――――もうそんなに経つのか……。


「…………そうですね……四年前……俺がまだ派出所勤務だった頃です。……もしかしたら……」

「もしかしたら何だよ」

「あー……やっぱり勘違いっす」

「ああ? 何だそりゃ」


 そう。自分の事件(、、、、)が始まったのもあの時から――――。始まったというより巻き込まれたというのが正しい。考えてみればそれでなくともこの刑事課じゃあそういうのばかりである。

 霧人の頭の中に一人の少年の姿が浮かび上がる。時を止めてしまったかの様な風貌の少年。そしてつい先日も変わらぬ姿で自分の前に姿を現した奇妙な人物の姿が。


 ――――今夜見た事は忘れて下さい。……どうせ今見たものを話そうが誰も信じないでしょう。それが貴方の為だ。


 暗闇を照らす五色の光。手の甲に輝く星の印。どれも現実とは思えない光景だった。

 自分は見たのだ。自分が追っていた容疑者の死体が、赤い炎に焼き尽くされる所を。灰と化した容疑者の傍らにはあの少年――――いいや、もう少年という歳でも無いだろう。

 しかも――――記憶が確かなら、俺は同じ人物を三度見ている。そして、あの人物は今回のも含めて、人殺しをしている可能性がある。否、可能性ではなくある(、、)のだ。あいつは確実に殺している。それは本人から聞いた真実だ。


「奇怪な事件ばかりで参っちまうよな。なぁ?」

「でも……そういう事件だからこそ噛み応えがあるってものでしょう」


 霧人の口元は自然と緩んでいた。


「お前も好きだなぁ……。そういう事件が。あのなぁ村家……事件ばっかりにかまけてると私生活がぶっ壊れるぞ? 俺の娘だってすっかりパパ離れが進んじまってなぁ……」

「もう反抗期ですか。結構早いっすね」

「『お父さん髭が気持ち悪い』だってさ……。あ゛~……俺……髭剃るかな……」


 霧人は雪芭主任のごわごわとした髭が綺麗さっぱり剃られている図を想像してみた。

 

「それはそれで威厳が無くなりそうですね。鬣が刈られたライオンみたいじゃないですか」

「威厳と娘……どっちを取るべきか……」

「やっぱ威厳でしょう」

「お前娘に避けられるのってかなりクルぞ……俺はショックでその夜は全く眠れなかった」


 周三はどんよりとした曇り顔で霧人に憂鬱な視線を遣した。


「付け髭……とか付けてみます……?」


 思いつきで霧人が冗談を言うと、周三の鋭い眼が大きく開いた。


「……! 何だよ……そうか……そうじゃねえか! 付け髭……! その手があったか……!」」

「…………あの冗――――」

「コレで嫌われずに済むぞ……! オイ村家! やるじゃねえか! 早速探すか!」


 ――――あれ……本気にしちゃったか……。本人が良ければ良いか……。

 言葉を遮られた霧人はそれ以上の言葉を言う事は無かった。


「…………俺は資料でも探してきます」


 面倒な空気を感じ、背を向けた霧人に後ろから周三が声を掛けた。


「おう。あ、お前、休暇中はどうするんだよ。その様子じゃ浮いた話の一つも無えだろ。寝てるってのも生殺しっぽくっていけねえな」

「ちょっと行きたい場所がありまして。休みの間はそこでブラブラしようと思ってるんですよ」


 霧人は抑揚の無い声でそう返した。


「……てめえ、それは事件絡みじゃねえだろうな?」


 周三が机から身を乗り出しつつ、霧人を睨み付けた。

 大抵の悪党が身の危険を感じるあまりにもドスが利き過ぎた眼力に、この人には隠し事は出来ないな――――と、霧人は観念した様に口を開いた。


「……どうでしょうね……()はまだ事件なんて起きてない場所です」

「『今』って事は起きそうな臭いでもするのか」


 まるで‘落とし‘にかかっているかの如く、周三は追及を緩めない。


「姥季が最後に目撃された場所。あそこに行こうと。あの事件……まだ何か引っ掛かるんです。ああ、別に捜査するとかじゃないんで、趣味ですよ趣味」


 それは半分嘘で半分が本当の事だった。引っ掛かっているのは姥季淡慈の事件だけ(、、)ではないのだ。それ以外にも気になる事案が存在する。霧人はそれが知りたかった。

 建前はどうあれ、結局は捜査の延長――――趣味は趣味でも仕事が趣味である霧人にとってはこれも仕事の一環であるのだ。


「管轄違いの場所でやらかすんじゃねえぞ。お前さんはよく解っていると思うが……」

「解ってます。迷惑は掛けません」


 周三は無言で頷くと、はぁ――――と、溜息を吐いた。


「好きだねえ……そんなに事件ばかり追いかけてどうするんだ」

「俺には事件が恋人みたいなものですから」

「そうかよ。それじゃあ、その愛しい恋人に宜しく言っといてくれや。もう少し大人しくなってくれると助かるってよ」

「言えたら言っておきます。……おーい佐藤! しっかり仕事しろよ。じゃねえと主任に殺されるぞ」


 霧人は書類に埋もれている後輩の机に向かってそう声を掛けた。


「そうだぞ。舐めた真似しやがったらぶっ殺す」

「こ、殺されるッ……!? え、先輩……ちょ……。げ……主任……――――」

「じゃあな、頑張れ」


 そう言い残して霧人は廊下に出た。後方から後輩の悲鳴らしき声が聞こえたが、彼は気にせずに部屋を後にした。仄かに暗さが漂う廊下を抜け、資料室の扉を探す。

 ――――さあて……どう転びますかね……。

 歩を進めながら霧人はあの人物に思いを馳せた。彼が何者か。彼は何が目的なのか。それが気になって仕方が無い。この前聞いて置けば良かったのだ――――と、霧人は今更ながらに後悔した。

 ただ一つ自分の個人的感想を述べるならば――――……。

 手に持ったままだった飴の包み紙を剥ぎながら霧人は物憂げに天井を見上げた。


「……あいつ…毎回暗い顔だな……」


 霧人は密かに、誰にも聞こえない様な小さな声で呟いた。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




「んごッ……!?」


 何か硬い物に額を打ち付けた感触で、私は眼を覚ました。

 ……あれ……私……寝ていたのか……。

 気が付けば自分の机の上に私は突っ伏していた。暗い部屋の中で寝息だけが聞こえる。妹の寝息だ。振り返るとやっぱりというか、矢張り妹が二段ベッドの下でぐっすりと眠っていた。あまりにもその様子が可愛らしいので、思わず笑みが零れてしまう。

 ん……? 何か変だぞ……? 私……家から帰ってきて……それで……。それで……ああ、えーっと……ベッドに寝て……一時間だけ寝るって目覚ましをセットして……?

 そこからの記憶が無い。多分そのまま寝てしまったのだろう。よくある事だ。だけど……少なくとも机で寝ていた覚えは無い。もしかして……寝惚けて……? 

 だとしたら何て私は寝相が悪いのだろうか。二段ベッドの上からわざわざ降りてきて机で寝るって……ある意味凄い事なんじゃないか?


「そうだ……制服……着替えなくちゃ……あれ……?」


 私の制服は壁に掛かっていた。自分の胸元に目を遣るとそれは着慣れたパジャマの襟がチラリと見えた。


「これって……」

「おねえちゃん……?」


 妹が目頭を擦りながら起き上がっていた。私の声で起きてしまったのだろう。


「どうしたの……? そんなに慌てた顔して」

「ごめんごめん、起こしちゃったかー。ううん……何でもないよ」

「そっか……んん……」


 時刻は十二時を回っていた。こんな時間まで寝ていたのかと思うと、自分自身に呆れてしまう。


「あ……ねぇ……香奈(かな)。変な事聞くけど……私っていつ着替えたかな……?」

「え? いつって……帰った途端少し寝るって言ってから……急に起きて。それで香奈に着替えを手伝って……。憶えてないの?」

「…………。あ~そっか……。そうだったそうだった! 思い出したよ! 最近物忘れが激しくって……」

「大丈夫……? どうかしちゃった……?」


 妹は私の顔色を窺うかの如くそろりと視線を動かした。


「どうもしてないよ~! そういう事言う子は……食べちゃうぞー!」


 誤魔化す様に私は妹に襲い掛かり、体中を擽り始めた。妹は止めてよーと言いながら幼い笑い声を挙げた。


「くすぐったいってー! もうー!」

「アハハ! ……ふう。……ね、今日はお姉ちゃんと一緒に寝ようか?」

「良いの!?」

「良いよ~。香奈が寝るまで起きていてあげる」

「やったー! 先に寝ちゃやだよ?」

「だいじょ~ぶ。きちんと起きてるからね。……おねしょはするなよー?」

「もうしないって!」

「ふふ。じゃあ寝るぞーッ!」

「おーっ!!」


 二人で夜に似つかわしくない大声を出した。私達は顔を見合わせ、微笑みながら唇の前に人差し指を出した。あまり大きな声を出すと母に怒られるから。

 そして私は妹を抱いて、掛け布団の中に潜り込んだ。暫くは他愛のない話をしていたが、その内妹にも眠りの誘いが来たようで――――。


「香奈……起きてる?」


 返事の変わりに聞こえたのは再三の寝息だけ。既に妹は安らかに寝てしまっていた。

 ――――……寝ちゃったか……。

 その内私にも心地よい眠りからの知らせがやってきて、眠りへと落ちていった。

 

 

 *注意ちょっと待ってくださいね!

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