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duplices  作者: rakia
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月光と鏡

 最初に言っておきますが、理解が出来ない部分が多いです!

 ええ、作者がそう言うんだから間違いないです!

 なので細かい部分には眼を瞑ってね!

 ……駄目っすか?

 という事で始まり~

 

 ――――この人……。

 少年は粗方の話を終え、一人頷く空鉦の顔を見た。

 男は、他の大人の様に茶を濁す事も無く、黙って少年の話を聞いていた。

 どうして初対面の男が自分の話を真面目に聞いてくれているのだろう。不合理な疑問が脳髄で浮き沈みする。自分がこうして街の「怪談」と、友人の「怪談」を話したのだって、行き場の無い秘密の捌け口を探していたに過ぎない。本来なら誰でも良かったのだ。誰も聞いてくれないから、信じてくれないから、聞いてくれる人間を探していた。話せば自らが抱える悔恨に押し潰される事も無い。それだけの理由だった。

 あの時、‘彼‘を引き止めていれば、眠ったまま目覚めぬという異様な事態にはならなかった。

 止められなかったのは自分の責である。その想いは晴れる事が無い。少年は抱えきれぬ後悔に溺れそうになっていた。

 親や、教師、誰に話そうにも、皆口を閉じ切ってしまう。そして言うのだ。「そんな嘘は止めなさい」と。

 ――――嘘を吐いているのはそっちじゃないか。

 少年は大人達の吐いている嘘が直ぐに分かった。同じ様に病欠する生徒が、自分達のクラス、学年以外にも現出し始めていたのだ。大人達は一貫して病欠と突き通し続けたが、嘘に決まっている。そう何人も同時期に病気に罹る訳がない。そんなに何人も病欠するならば、学級閉鎖するのが道理というものだ。 

 そして、殆どの同級生達は大人達の嘘にまんまと踊らされている。校内では伝染病の類という事で結論を出されており、そんな状況では誰一人――――いや、そんな状況じゃなくても、誰も自分の言葉など信じない。

 そのくせ、「怪談」は真しやかに街に浸透しつつあった。だが、日常と非日常を線引きする壁がある以上、「怪談」と「病欠」その二つを関連付けようとも、出来ないのである。

 だから、少年はこの見知らぬ男がすんなりと、自分の話を聞いてくれた事実が不思議でならなかった。

 自らを僧侶と言っていたが、外見からしてそんな風には見えない。場末のチンピラが良い所であろう。

 ‘場末のチンピラ‘は少年に大きく笑い掛けながら、少年の頭をがしがしと乱暴に撫でた。動作は乱暴でがさつだったが、温かみのある撫で方であった。


「心配すんなよ、もしかしたらだけど、力になれるかも知れないぜ」

「……頭、痛いんだけど……」

「……少年のせせこましい悩みを聞いてやるつもりがなぁ……驚いた」


 空鉦は、少年の頭から手を離し、何かを考える様に顎を一撫でした。


「おじさんって……本当にお坊さんなの? 全然そんな感じには見えないんだけど」

「んーとなあ……普通の坊主じゃないっていうかだな……。坊主特殊仕様というかだな……」

「お坊さんに特殊も何もあるの?」

「あ、あるんだよ! 他にも坊主夜間仕様とか、海外仕様だってあるんだぞ!」

「それ、海外仕様になった時点で神父になるよね」

「う゛……細かい事をグチグチとこの子はーッ!」

「ま、良いや。元々怪しいんだし、もっと怪しくなっても変わらないでしょ」

「か~~! 何て可愛くないんだ! その辺の野良猫の方がずっと愛想があんぞ、こら!」

「男に可愛いって言われても嬉しく無い」

「俺だって相談されるなら、てめェみてーなガキじゃなくて女の子が良かったわ!」


 上から空鉦は少年を睨み付けた。少年は自分より、背丈が胴体一つ分以上は大きい空鉦を怯む事なく睨み返す。更に低い声でボソっとこう言った。


「ロリコンめ、捕まれ」

「俺のあだ名何で知ってんだ!? ……じゃなくて!! ロリコンじゃねえから!!」


 大人気(おとなげ)無い不毛な論争を、空鉦が少年と熱く交わしていると、突如として鋭い声が飛んできた。


「慶吾さん……!」


 空鉦が振り返ると、そこには深刻な表情をした真が立っていた。

 見るからに真は焦っている。普段冷静である分、その様子は際立って見える。

 空鉦は、少年の方をチラリと気にする様に見ると、声のトーンを落とし何事かと真に問うた。


「どうしたんだよ……!? 何があった? つーかお前、よく此処に俺が居るって分かったな……?」

「近くでしたから、走れば直ぐに見付かりました……。それよりも……子供が一人……連れて行かれました……ッ!」

「連れて行かれたぁ!? 誰にだよ!?」

「分かりません……。人でない事は間違いないでしょう……! 追いかけましたが……」


 真は眉を寄せたまま首を振った。


「何だ何だ、どうなってんだこりゃ……。まさか二匹目か?」

「そうですけど――――……。……ところでその子は誰です」


 真は空鉦の体に隠れている少年に視線を遣った。


「まさか……」


 真は眼をクワッと開くと、空鉦を見ながら口を重々しく開いた。

 その只ならぬ空気に、空鉦と少年は生唾を飲み下した。


「隠し子……!」

「んな訳ねぇだろ」


 空鉦は力の抜けた顔で返事をした。

 どうしたら、隠し子という発想が出てくるのだろうか。空鉦にはそれが甚だ疑問である。

 しかも真は大真面目に言っている。これは違う意味で性質たちが悪い。

 一気に緊張が抜け、空鉦は深い息を吐いた。


「あのなぁ……俺に子供が出来る相手が居たためしがあるか? 無いだろ?」

「近恵さんとか……?」

「お前等は俺をどうしてもにロリコンにしたいみたいだな!? あいつ、何歳だと思ってんだ! 手なんか出すかボケェ!!」

「どっちにしても、悲しいよね……、おじさんの人生……」


 少年は悲壮感たっぷりの声で呟いた。


「もうこれ以上苛めないでくれる!?」


 泣き叫び出しそうになっている空鉦に少年は、顔を背けながら言った。


「とりあえず、こんな所じゃ迷惑だから……僕ん家来なよ」

「うああああん!! ばーか! ばーか! ……んあ? お前、今なんつった?」

「だから、僕の家に一先ず来てって言ってるの。路上で叫んだら捕まるよ」

「だって、お前親……」

「一人はいない。もう一人も滅多に帰ってこない」


 暗く沈んだ声で少年は言う。声とは違い、その表情には感情の色が見えない。

 押し殺しているのだ。昔からの彼の習慣である。感情を露にしたとしても、どうともならぬ事を少年は知っている。だから、少年は無表情の面を被るのだ。

 空鉦は少年にどう声を掛けて良いか判らず、唸るだけ唸った。

 黒い風が三人の間を抜けた。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




「……そっくり……いいや……そのままだと言った方が正しいな……」


 少年から「怪談」を聞き終えた真は一人頷いた。

 真が聞かされた「怪談」は、自分達が山上奈緒子から聞いた話と、殆ど同じ内容であった。

 同じ話を聞かされたのだから、疑う余地も無い。少年は嘘を言っていない、真はそう確信を持った。

 少年は真に「怪談」を朴訥と語り、その上でこう呟いた。

 ――――皆信じてくれないんだ。

 その通りだ。信じるも何も、口止めされているのだから、話しようがない。

 少年の言う、集団昏睡事件はまだ公にはされていない。正確には政府からの圧力で出来ない(、、、、)のである。

 もし公表などしようものなら、「謎の集団昏睡事件」として大きく扱われ、一般人に不安の種をまく事になる。報道各社等も、政府の無能ぶりを非難するのは間違いない。

 そもそも、自分達が解決出来ない問題なのだから、政府としては、被害者家族に口止めをし、隠蔽(、、)するしかないのである。そうしなければ、大きな混乱が生まれ、政府自体も無傷では済まないのだ。 そうした懸念もあり、世間一般には公表出来ない。

 それでも何処からか情報は洩れていくものである。

 この少年の様に年端もいかない子供が言う分には、ただの戯言で終わるが。大の大人が何人も口を揃えて異常現象に遭遇したとなると、信じる人間が出てくる。

 そうした事態は、後始末が非常に大変であり、避けるべき事象でもある。

 今回の場合、メインターゲットが子供という事もあり、情報漏洩の進行速度は遅い。それだけが救いだと言える。

 幾ら進行が遅いとはいえ、何時までもそんな不安定な状況が維持出来るとは思えない。早々にケリを付けなければいかない事は解り切っている。

 先程、少年はこうも言っていた。

 ――――……多分、結構な数の人達がこの噂……知っていると思うよ。

 と。つまり、もう一刻の猶予もない。「噂」を消すのが早いか、「噂」が形を持ち固まるのが早いかの、どちらかしかない。

 黙々と歩き続ける真は、暗幕が垂らされている街並みを見た。

 この街ではどのぐらいの人間が少年の知っていた「噂」を知っているのだろうか。

 少なくとも昼間に訪れた、山上家ではそんな「噂」を聞いた覚えはない。

 昏睡状態の人間が大勢居れば、嫌でもそれは知れ渡る筈だ。 

 一般的に公になっていなくても、狭い街では周知の事実として受け入れられるのは当然の事で、狭いコミュニティではありえない事柄でも、ありえる(、、、、)事柄に変化する。共同体内での多数派が「ありえる」と判断した時点でそれは常識(、、)になってしまうのだ。

 真の推測だと、この街では都市伝説が具現化するという現象が起きている。

 人の話す「噂」を骨子に、存在しない者(、、、、、、)が誕生するという現象だ。

 その者達は霊体の核も部分が、実体の無い「噂」であるが故に、噂の大元(、、、、)を断ち切らない限り何度でも蘇る。その反面、「噂」が沈静化すれば、存在を保てなくなる。

 しかし、有名な都市伝説から生まれた者などは、全国に広まるなど存在を確立した時点で、しっかりとした実体と知能を持つ事になる。そうした者達は妖怪として語られる様になり、闇の世界で生きていく訳である。

 きちんとした存在と知能を持っていれば、人を襲う事は滅多に無い。

 が、存在が不安定である者などは人を襲い、喰らい、殺す。

 真自身が「都市伝説」の化物に遭遇した経験は少ないが、その厄介な特性は記憶に刻み込まれている。

 それでも円和の世代に拠ると、八十年代から九十年代にかけてなどが特に酷かったらしい。噂が全国的に広まり、どうしようもない事態に陥った――――と円和から彼は聞いていた。

 ――――今回は……どうなる……。

 不安は無いが予測が付かない。真は低い息を吐いた。

 一つ、彼には腑に落ちない点があった。

 それは少年の話した原典と思われる「怪談」の内容と、実際に起きた集団昏睡事件及び、少年の友人が体験したという「怪談」との間に、微妙な齟齬が存在する事である。

 原典と思われる「怪談」では、道化師が眠れない子供の枕元に立ち、眠りに就かせる。

 しかし、次の「集団昏睡事件」では、内容は似ているが結末が大きく違うのだ。

 まず、少年の友人は道化師に眠らされたまま(、、、、、、、)意識を連れ去られている。

 次に原典に鏡の中という単語は存在しない。これは、「怪談」が芯にある事件としてはおかしいのである。「怪談」は「怪談」であるが故に「怪談」の通り(、、、、、、、)にしか物語を進行する事が出来ないのだ。

 真は月の出ていない夜空を見上げた。矢張り雲に空が埋もれている。

 ――――そして、もう一つ……。

 自分が遭遇したあの鏡から出てきた手。あれは何者の手なのだ? 連れ去られた少女は何処に? 

 あの瞬間を――――少女が連れて行かれた瞬間を思い出す度に、自分の非力を呪いたくなる。

 連れ去られた以上、最早一刻の猶予も残されていないのは明白だ。

 だが、手がかりが無い。あの後、幾らすべり台周辺を調べても、何一つとして論拠の元となる手がかりは出てこなかった。

 死んではいないだろう。何故ならば、知能が無い怪は大概その場で人を殺す。連れ去るなどという、回りくどい手順は踏まないのである。そうなると考えられるのは、少女を連れ去った怪には知能があるという事だ。その場合、連れ去った理由は大きく二つに絞られる。

 殺し方に拘りがあるのか――――。

 それとも殺す事以外に連れ去る理由があったか――――。

 

「真ぉぉ!」


 空鉦の情けない声が、真の思考を中断させた。

 見ると、空鉦が少年を指差し泣いていた。

 どうすれば、あの様に涙が公園の水道の如く垂れ流せるのか真には理解出来なかった。


「あいつが苛める!!」

「………………慶吾さん……。はぁぁぁぁ……」


 真はとても長い溜息を零した。

 ――――大の男が……全く……。

 

「苛めたんじゃなくて事実を言ったんだよ」


 少年は悪びれる事も無く言う。それに空鉦が猛烈な勢いで食い掛かった。


「事実だからってなーっ! 言って良い事と悪い事があるんだよッ!!」

「だから事実でしょ。あ――――……着いたよ……僕の家」


 少年は標準的な、ごく普通の一軒屋の前で止まると、起伏の無い声で言った。

 真達が案内された少年の家は、新築だと言っても良いほどに、生活感が感じられない家であった。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 

「少しだけ待ってて」


 少年は、真と空鉦にそう言うと、胸元から、首に紐で吊るしてある家の鍵を取り出し、扉の前に立った。鍵が掛かっているか扉のグリップを引き、確かめる。

 案の定、鍵は掛かっていた。親は今日も(、、、)帰ってきていない様だ。

 毎日の事であるから落胆などはしない。親には親の事情がある。文句も言える立場でもない。

 ――――だけど……。やっぱり……。

 鍵穴に鍵を挿し入れながら、少年は薄れている自分の影に視線を落とした。

 折り合いを付けなければならないのは解る。だが、少年の心はまだそれを出来るほどには成熟していない。口が上手くて、大人びた言動をしても、どうしても大人と少年の間には大きな隔たりがあるのだ。

 いずれ、自分がそちら側に行くのだとしても、今はまだ行こうにも行けない。

 心にも段階がある。どんなに背伸びしようが、その段階を一足飛びにする事は誰にも出来ない。子供時に難しかった本は、成長していくにつれ、時間が経つにつれ、読める様になっていく。それと同じで、物事を飲み込むには時間が掛かる。親の言い分が理解出来て、それが仕方のない事だと解っても、少年の心はそれを受け止められるだけの器が出来ていなかった。

 扉を開け、冷たい玄関に入る。少年が右側にある電気のスイッチを押すと、無機質な灯に閉塞的な四角いスペースが照らされた。少年は靴を脱ぎ、中へと進む。

 ――――暗い。

 灯の無いキッチンダイニングは、玄関よりも更に冷たく感じた。

 部屋の灯を点けると、四人掛けの食卓の上に白い紙があるのに少年は気付いた。

 紙の内容はいつもと同じ、遅くなるという事と、戸締りには気を付けるように、という旨であった。

 ――――遅くなる……。知ってるよ、そんな事……。

 虚寂しい気持ちに突き動かされ、少年は置いてあった紙を、くしゃくしゃに丸め、ゴミ箱に投げた。

 丸めた紙はゴミ箱には入らず手前の床に落ちたが、それを拾おうという気には少年はなれなかった。

 キッチンへ歩き、コンロの上の大きな鍋の蓋を開ける。香辛料と、タマネギの香りが入り混じり、何とも言えない良い匂いが鼻腔を満たす。

 中には普通のカレーとは若干色の違う、黄色みの強いカレーが入っていた。

 給食の出てくるカレーに似ている。いや、むしろそのものではないかと、少年は思っている。 

 これは少年の母の十八番おはこ料理である。

 コンロの火を点けながら、少年はもう一度匂いを嗅いだ。

 小学校でもしばしば食べられる、黄色く優しい味のカレーを、少年は好物とまではいかないものの、好いていた。

 母親としては単に作り置きが可能であるから、作っているだけなのかも知れないが、それでも頻繁に作られるこのカレーを少年は楽しみにしている。それにこうして料理を作って貰っているだけで、少しだけ家族の繋がりを感じられるのである。

 それでも、次第に自分と親との繋がりが、薄まっていく気がした。顔も合わせず、朝出社していく親がはたして本当に自分の親なのかと、少年は疑う時すらある。

 少年は、大して自分が親に対して思い入れが無い事を自覚しているが、全く何も想いを抱いていない訳ではない。家の中でポツリ座っていると、自分が一人である事を、少年にとって嫌という程解っている事を、まざまざと見せ付けられている様な気がしてならないのだ。

 だからこそ、繋がりを外の友人などに求めた。しかし、その友人ももう居ない。

 自分が引き止めなかったせいで居なくなった。一月のあの日に。

 取り返しが付かない――――だけど、それは自分のせい。

 泣きたいのに涙が出ない。鍋の中をお玉で掻き混ぜると、少年は玄関に向かった。

 

「おじさん達、入ってきて良いよ」


 少年がドアを半開きにして顔を外に覗かせると、空鉦が笑っているのか、困っているのか判らない顔で待っていた。真は蝋人形の様な白い顔で、自分の手に息を吹きかけている。


「おー助かったぜ。こいつ寒がりなんだよ」

 

 空鉦は苦笑しながら、真の方を顎で示した。

 一見何ともなさそうだが、細かく振動していて、その震える速度があまりに速過ぎている為、震えている様には見えないのである。

 寒がる真は空鉦を先に玄関に上げ、後から入ると、扉を素早く閉めた。


「僕、今からご飯食べるけど、おじさん達も食べる?」

「おっ良いのかよ。じゃあ、遠慮なく――――……」


 鼻をひくひくさせ、カレーの匂いを察知した空鉦に、真は容赦なく言った。


「そんな時間は無いです」

「ケチ、バカ! 人でなし! 鬼!」

「何とでも言って下さい。何なら慶吾さんだけ、食べていても良いんですよ?」

「ううぅ……」


 萎れる空鉦に少年は言った。


「カレーを食べるだけなんだから、そんなに時間、掛かんないでしょうに……」

「そーだ! そーだ! カレー食わせろ! 鉄仮面野郎! 心まで鉄なのかー! そうなのかー!」

「……水行」


 空鉦の額に向かって、小さな丸い氷片が飛んだ。


「ぐわぶッ!!」


 廊下に倒れた空鉦を足蹴にしながら、真は自らの眉間を抑えた。


「……そうですね……焦った所で何も出来ません……。少しなら時間もある……」

「それじゃあ……」


 真の足元を見つつ、少年はびくびくした様子で、真を窺った。


「ああ。是非ご馳走になるよ。……悪いね、騒がしくて」

 

 真は空鉦の顔から足の裏を離し、さ、行こうか、と言った。


「お兄さん……。あの……おじさんは……」

「そのままで良いよ。人に鉄仮面とか言う人間は……ね」


 おそらく南極の氷河よりも冷たいと思われる真の瞳を見た少年は、全てを見なかった事にして、ダイニングへと繋がる中扉を開けた。

 テーブルに蛍光灯の灯が映りこみ、病院の待合室の様な潔癖な雰囲気を漂わせている。テーブルには四つの椅子が、その内二つは綺麗に奥までテーブルの下に仕舞いこまれている。

 部屋の中は綺麗に整頓されていて、何処を見ても埃一つ無く、逆に言えば誰も使っていない様にも見える。ただし部屋の中には懐かしい匂い香り立ち、額を擦りながらもしぶとく立ち上がった空鉦は、その匂いに鼻を鳴らした。


「そこ、適当に座って」


 真は仕舞われている椅子を引き出し、座った。

 少年はコンロの火を見ながら、火を調整する。そんなに量も多くないので、直ぐに煮立つだろう。少年は鍋の底を焦げ付かない様に混ぜ返す。


「……母さんが作ったんだ」


 少年は独り言の様に呟いた。それに真は、そうか、と応えただけであった。

 空鉦が遅れて席に着き、額を痛そう押さえた。


「うお!? 腫れてる!?」

「慶吾さん知ってますか? そういう腫れはもう一度強い衝撃を与えると引くんですよ」


 冷ややかな微笑を浮かべる真から、空鉦は逃れる様に視線を逸らした。

 鍋の中がごぼごぼと音を立てる。もうそろそろ頃合だ。そう思った少年は洗ったまま、放置してあるブルーの食器籠に入った皿を三つ取った。

 電子炊飯器から、プラスチックの杓文字で米飯をよそい、カレーのルーを掻き混ぜていたお玉ですくって、よそった米飯の上から掛ける。白い湯気が昇り、香辛料の効いた匂いが一層強くなる。何の木で出来ているのかも判らぬ食器棚の引き出しから、少年は同じく三人分の鉄匙を取り出した。

 空鉦に在りし日の思い出が蘇る。それは彼がまだ小学生だった頃。

 給食で出たカレーのおかわりを求めて、彼は友人達と壮絶な戦闘を始め、教師に怒られ、結局食べられなかったのである。しかし、隣の席の子に、「これ食えよ」と食べ掛けのカレーを譲られ、感動したという他愛の無い思い出だ。

 この思い出、おかわりが出来なかった所までは合っているが、そこから先の友情話は彼の捏造である。正しくは空鉦が隣の席の子から奪い取ったというのが真相である。


「おっしゃー! ビーフ、チキン、ポーク、シーフード、ベジタブル! 何でも来いや!」


 興奮した空鉦に、少年は一歩引いた心持ちで言った。


「残念、給食の謎カレーでした」

「謎カレーッっ……!!? あの……辛口派には、多少物足りない感じもするが、その当たり障りの無い、シチューにカレー粉を混ぜ込んだかの様な口当たりの優しい味には愛好家も多く、また、独特の色からして、妙に記憶に残る給食のメニューの代表格の……!?」

「説明どうもありがとう。どうでも良い事が詳しいんだね」


 カレーライスの入った皿を空鉦に渡しつつ、少年は平静な口調で言った。

 空鉦は皿を受け取り、浮かない顔の真の頭を鉄の匙で叩いた。


「何するんですか……」

「大丈夫だっつーの。『怪談』じゃあ、人は殺されない(、、、、、、、)。もう一つの方だって、まだ生きてると思うぜ? カレー食って、その後で探しても間に合うって。気持ちは分かるけど、焦んなよ」

「……………………」


 黙る真に空鉦は眉を顰めた。

 少年は空鉦が言った事が気になり、沈黙を破り、空鉦に尋ねた。


「ねぇ、どういう事? 人は殺されないって……」

「ん? ああ、お前が聞いた、二つの『怪談』――――そのどっちもが、人が殺されるって感じの内容じゃなかっただろ。えっとな、『怪談』から、生まれた化物ってのは、怪談の内容の通り(、、、、、、、、)にしか動けないんだわ」

「……? 意味が分からない……」

「何つーかなぁ……」


 説明に困り、言い淀んだ空鉦の代わりに真が少年に説明を始めた。


「……例えば、『ある化物が人を山奥に連れ去る』という『怪談』があったとしよう。すると、その『怪談』から生まれた化物は人を山奥に連れ去るという事のみを行う。それが『化物が山奥に人を連れ去り殺す』という内容でない限り、化物は人を殺そうと思わない……だけど、怪談は伝言リレーの様なものだから、変化する……」

「変化する?」

「『怪談』から生まれた化物というのはね、人の想いが積み重なって出来た偽者の魂なんだ。嘘を大多数の人間が信じればそれは本当になる――――。妄執が擬似的な魂を生み出すんだよ。だから、人の想いが変化すれば『怪談』の内容も、それから生まれた化物も変化する。……そうだな……君は人面犬って聞いた事あるかな」

「それぐらいは……」

「じゃあ、人面犬が人の言葉を話すというのは知っているね?」

「まぁ……嫌味な言葉を吐くって聞いた事はある……よく憶えてないけど……」

「人面犬に噛まれたら、人面犬になるっていうのは?」

「知らない……」

「そう、これは知らない人が多い。普通の人のイメージでは、人面犬は、走るのが速いとか、汚い言葉を言うとか、顔が中年の男性であるというのが一般的だろう……。噛まれると人面犬になるというのは知らない……。そうするとね、『人面犬の怪談』から生まれた化物は、走るのが速くて、中年の顔で汚い言葉を吐くという情報しか反映しない。つまり『噛まれたら人面犬になる』という、あまり知られていない要素は含まれない化物が生まれる」

「え……じゃあ……」

「『噛まれたら人面犬になる』という情報を、多くの人が知っていたら、その『怪談』の化物に噛まれた人間は人面犬になる」

「あ、ありえないっ……!」

「……ありえるんだよ。俺の知っている世界では」

「じゃ、じゃあ、もし……だけど……化物になった人が居たらどうするの……? そんな事があったら、大騒ぎになるんじゃ……」

「政府は不干渉。口止めもする。化物になった人間は……俺みたいな奴が殺す」

「殺すって……! 助けられないの……!?」

「……助けられるなら……助けているさ」


 少年は目の前に座り、表情一つ変えない真が急に恐ろしくなった。

 少年の想像がつかない世界の話である。

 化物に都市伝説。少年は自らの友人の件があったので、それなりに自分にはその手の話に耐性が出来ていると思い込んでいた。が、分かっていても、脳がそれを信じまいと拒否をする。

 信じられない。自分が立っていた世界の地盤が崩落した様な。そんな感覚に少年は陥った。

 少年は、青年を怯えた眼で見た。

 先程の話では、仮に「化物になった人間」が居たらで話を進めていたが、口振りからすると、真は「化物になった人間」を殺している。

 化物になってしまったにしても、元は人間。それを殺したのでは――――。

 ――――この人……人殺しじゃないか……!

 何故だ。どうしてこの男はここまで平然とした表情を保っていられるのだ。

 

「おい、坊主……! ……こいつだってなあ、わざわざ殺したくて殺してるんじゃねえんだぞ……」


 閉口したままの真と少年を見かねて、空鉦は静かに言った。

 真は空鉦が続きを言う前に、良いんです、と首を振った。


「……すまない。聞きたく無い話まで聞かせてしまったね……」

「あ……! ぼ、僕は……」


 自分の思っている事が見透かされている様で、少年はそれ以上何も喋る事が出来なかった。


「あ~! ほらほら、湿っぽいのは無しだ! 無し! メシが不味くなっちまう!」

「…………そうですね」


 空鉦がその場の空気を入れ替える様に大声を出すと、真は口元に少しだけ笑みを浮かべて応えた。

 

「ごめんなさい……」

「謝らなくて良い。当然の反応だよ」

「そ……そうだ……ちょっと見てもらいたいのがあるんだけど」

「……? 何だい?」


 少年は自分の携帯電話を操作すると、真にそれを見せた。

 画面には「怪談の鳥籠」というサイト名が、黒い背景に赤い文字で表示されていた。

 サイトメニューには、無数の好奇心をそそる、何ともおどろおどろしい名前が列挙している。


「この辺っていうか、僕の学校で流行ってるサイトなんだけどさ……ほら、これ……」


 少年は画面上の「道化師の怪」と書かれている部分を示した。


「……ちょっと見せてくれるかな……」


 真にそう言われ、少年は自分の携帯電話を彼に渡した。

 携帯電話を渡され、真は操作しながら、画面を睨んだ。


「……解りましたよ、慶吾さん。行きましょう」

「へ? 何が?」


 食べかけのカレーを口に運ぶ空鉦を尻目に、真は自分の皿を流しに持って行った。


「…………全部です。さ、食べて」


 真は空鉦のカレー皿を持つと、猛烈な勢いで彼の口にカレーを流し込んだ。


「ぐあぶッっ! がぼごぷ……」

「お兄さん……おじさんが死ぬよ……」

「いいかな……、昔の人はこう言っていた。カレーは飲むものだと……」

「何か違わない……? それ……。しかも『飲む』じゃなくて、飲ませてるし」

「するかされるかの違いだよ。あまり変わらない」


 ――――変わると思うけどなぁ……。

 少年は真剣な顔の真に、反論する事が出来なかった。

 そして仕方がないので、その拷問という名の食事を見守る事にした。

 

「よし! 食べ終わりましたね」

「よくねェよッ!! カレーに溺れるなんて体験初めてだよ!!」


 噛み合っていない言い合いを始める真と空鉦の傍ら、少年はクスッと笑った。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 


 無明の空。光の無き暗闇の中に、三つの人影が融け込んでいる。

 風は冷たさを増し、空気を走り回る。しかし、雲は一向に動く気配が無い。

 まるで、そこに鉄のピンで繫ぎ止められているかの如く、停滞している。

 当然、月は灰色に覆い隠され、月光の雫は零れぬままである。

 夜になり、雲に蹂躙された空は、最早灰色というより、黒であった。

 黒い怪物が空を隠し、蠢いている――――その様にも見える。そういった背景のせいもあるのだろう。街の空気は静寂さの中に、気持ちの悪いどろどろとした不安感を内包していた。

 三つの影の内の一つ。その一つだけの眼光は、他の二つとは違い、研ぎ立てた刃の如き鋭さを帯びている。夜を切り裂き、空を開かせる。そんな予感すらする眼光だ。だからこそ、この異様な夜よりも恐ろしく感じる。容赦の無い刃ならば、誰にでも襲い掛かるだろう。それこそ誰にでも。

 矢張り雲は動かぬ。一匹の怪物が引き止めているのであろうか。噂という曖昧な幻想から生まれ、顔を白く塗り、口を朱に塗り、鼻を赤くし、道化の格好をする、異形が。もしもその異形が死すれば、多少は空の曇りも晴れるかも分からない。

 ああ、黒い色が滔々と流れ出ている。暗さで何も見えない。これでは、眼が見えようと、見えまいと、盲目であるのと何ら変わりがない。この夜には光は無く、闇とそれに連なる怪物が身を隠しているのである。それも、二匹も――――。


「……説明から始めましょう」


 すべり台の前、暗所に佇む真は、静かだが良く通る声で言った。

 空鉦と少年はそれを固唾を飲んで見守っている。

 三人は夜の公園に立っていた。真の眼前で、少女が連れて行かれた公園である。


「まず、この街で起きている『集団昏睡事件』それと、俺が遭遇した事件は繋がっています」

「繋がっている?」


 空鉦が真に疑問を投げかけながら、首を捻る。

 真はそれに頷いた。


「街で起きている『怪談』には原典があるんです。それは君がよく知っているね」


 少年に向かって真が言った。

 おそらく真が言っているのは、少年だけが知っている方の「怪談」ではない方――――街の人間が広く知る方の「怪談」の方を言っているのだと少年は理解した。


「君が『怪談』を知ったのは、この『都市伝説の鳥籠』というサイト……。そしてこのサイトから『怪談』は街に広がっている。そうだね?」


 真は自分の携帯電話の画面を見せながら説明を続ける。

 赤い文字が、暗黒の真っ只中で妙に浮いて見える。


「う、うん……!」

「空鉦さん――――このサイトの『道化師の怪』。これが、今回の事件の原典です。これから全ては始まったんです。この『怪談』はまず大まかな形を作った。それが最初の『怪談』です」

「じゃあよ、その内容ってのが『子供が眠っちまう』って内容なのか」

「いや、違います。これはあくまで、原典なんです。この話の内容。それは、夜な夜な眠れない子供が居る所に道化師(ピエロ)が現れ、眠りに就かせるという内容なんです」

「あ――――それって……」

「変ですよね。『怪談』は『怪談』の通り(、、、、、、、)にしか進まない。これが原則ですから」

「……分かんねぇな……」

「この『怪談』は変化しているんですよ(、、、、、、、、、、)。その――――『怪談の鳥籠』というサイトの中で」


 空鉦に携帯電話を渡しながら、真は言った。


「このサイトの中でか……。原典が変化した『怪談』それが、『集団昏睡事件』に……」

「そういう事です。その原典から変化した内容というのは、『道化師は夜更かしている子供を見つけると、魂を鏡の中に連れ去り人形にする』と。まだ続きはありますけどね……。次に俺が遭遇した、鏡の中から出てきた手についてですが……」

「まさか、それも原典が変化したやつか……?」

「ええ、というより、先程の『怪談』が変化したものです。このサイト内での最終更新履歴――――……そこには、こうあります。『月夜の夜に現れた道化師は夜更かししている子供を見つけると、月明かりが出ている時だけに入れる鏡の世界に連れ去る』……これで、全部解りました。道化師は月が出ている時にしか出ないんです。あの時、月は俺が子供に追いつく前に隠れてしまっていた……。そして鏡です……鏡はこの公園には無い……。だけど、これが鏡の代わりになったんですよ」


 真はすべり台のアルミで出来ている滑り面を、手の甲で叩いた。

 アルミの板は、反射する光も無く、鈍い金属光沢を持て余している。


「あれだな……鏡とか、月が出ている時だけとか、ピエロとか、人形とか……。いかにも、この年のガキンチョが考えそうな事だよな」


 空鉦はニヤニヤとしながら、少年を見た。


「僕は……! そんな痛い『怪談』なんか作らないよ!」

「そうかねぇ? ホントはそういうのに憧れてんじゃねぇの~? ん? ん? 言ってみ?」


 あまりにも空鉦がしつこいので、少年は空鉦の脇腹を力の限り抓った。


「痛い!! 痛い!! 本気になんなよ……ぎゃああああああ!!」

「駄目じゃないか……!」


 真が咎める様な口調で、少年に言った。


「抓る時は、もっと捻らなきゃ……!」


 痛がる空鉦を眺めつつ、真は手を捻る動作を少年に見せた。


「え? こうですか?」


 少年は真の言う通りに、手を回転させた。


「ぐぁぁあああああぁぁ!!!」


 叫び声が夜中の公園に木霊する。木に停まっていた鳥が一斉に羽ばたいた。


「まぁ――――そんな事より、早速事件を収拾するとしましょう」

「あれ、俺放置ぐああああああ!!」


 真は公園に来る時に、持ってきた五行手甲を右手に嵌めた。 

 ふわりとした風が巻き上がる。

 手の甲の玉が輝き、闇を壊していく。星の形を結んだそれは、眩い閃光を放っていた。

 

「さっき月が出てないといけないって……」


 少年が空鉦を抓っていた手を止め、真に聞いた。


「問題ないよ。――――水行――――」


 手甲から蒼い光が迸る。天が抉じ開けられ、雲が横に割ける。

 暗雲は横に押し遣られ、空には月が黄色い光と共にその姿を現出させた。

 月の雫は少年の瞳に冷たく、現実味の無い色として映った。

 月光を浴びた金属の板は、不気味な青白さを伴い発光を始めた。

 

「真……急ごう……! やべえかも知れない……!」


 何時の間にやら復活していた空鉦は、神妙な面持ちで携帯電話の画面を覗いている。

 事態が動いたのだろう。真はそう理解して、静かに頷いた。


「じゃあ――――」

「待って!!」


 すべり台の淵に手を掛けた真を、小さく上擦った少年の声が引き止めた。


「僕も――――僕も連れて行って! 誰も心配なんかしていないし――――それに――――それに――――!」

「おい! お前……! 危ないって解って無いだろ! 此処に残れ!」


 声を荒げる空鉦を少年は一瞬睨んだが、その気迫に押され結局眼を伏せた。

 ――――誰も心配なんかしないんだ。僕が居なくなったって、母さんは……! どうせ……!

 親への当て付け――――なのだろうか。それとも、友への贖罪か。少年は半ば自棄気味に叫んだ。

 とにかく、どこか違う世界を見たい。そんな気持ちも少しはあるのかも分からない。

 だが、苦しさ故に言った事には間違いが無かった。付いて行けば、何か変わる。そんな予感がしたのだ。真はそんな少年の眼を、底冷えする黒の瞳で見返した。

 怖い。眼を合わせるだけで恐怖が込み上げてくる。


「まだ……取り返しがつくなら……! 腱斗を助けられるなら……! 僕も連れて行ってくれ!!」


 ――――腱斗。あれからずっと顔を合わせていない友人。もう……後悔は嫌だ。

 少年は、臆しながらも必死で叫んだ。真は少年の前に歩み寄ると、手を少年の頭の上に置いた。

 撫ではしなかったが、その手は何となく、空鉦が少年の頭を乱雑に撫でた時の手と似ていた。


「……取り返しはつくよ。……つかせてみせる。それと――――……君を心配している人は絶対に居る」


 真はそれだけ言うとくるりと少年背を向け、光るアルミ板に手を伸ばした。

 融ける様に真は滑り面に吸い込まれていく。そして、続く空鉦は少年の方を見て言った。


「バカだな……お前等、ホントバカだ! ……早く来いよ! もたもたしてると置いてかれるぜ!」

「えっ……う、うん!」


 少年は姿を消す空鉦の後を追い、自分の世界とは違う鏡の世界に足を踏み入れた。

 ――――妙な気分だ。体が吸い込まれる。

 風が唸り、雲が閉じ始める。月は再び隠され、公園から人の気配は感じられなくなった。


 


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 

 色とりどりの彩光が飛び交う。あれはスポットライトの光線である。

 視界が悪い。スポットライトの光が無ければ足元すら覚束ないであろう。空間には闇が巣食っていた。

 青い光線が空中の一角を照らす。其処には舞台装置から吊り下げられた空中ブランコが浮かんでいる。

 ブランコの上には、泣き笑いの様な奇妙な顔の道化師が座っていた。ライトの光は道化師のみを照らしている。ぶらりぶらりと小さく揺れるブランコの上で道化師は、人形を弄んでいた。

 女の子の人形だ。髪を二つ縛りにしている女の子の人形。何とも血色の悪い人形だろう。弛緩し、力なく道化師の膝の上に乗っている。不意に人形の瞼がひくりと痙攣した。

 あの女の子の人形は生きている(、、、、、)

 舞台外周上の松明に火が点いた。一気に天幕の下が明るくなる。周囲の光景が鮮明になり、客席にも光が広がる。客席に座っているのも、また――――人形達であった。

 魂が入った人形達は声無き叫び声を挙げる。だが、それに耳を貸す者は居ない。絶望の声を挙げようともそれは空しく分厚いカーテンに吸い込まれてしまう。

 舞台上には檻がある。しかし、その中には客席と同じ人形が入っているだけである。

 上の方には、先程の空中ブランコの他に、綱渡りの綱が張られている。あの上で曲芸をするのだ。

 再び舞台上へと視線を動かす。均された地面の上には簡素な自転車と、大きな玉乗りの玉などが雑に置かれている。

 灯が消えた。小太鼓の音が忙しなく響き、心臓の鼓動の様に脈を打つ。それに大太鼓の音やシンバルの音も加わり、賑やかな空気を――――狂った空気を演出する。

 松明の火が猛り狂う。轟々とした火炎が客席の高さまで吹き上がる。それと同時に楽器達の音が激しさを増した。照明が点き、視界が再度明らかになると、道化師は女の子に人形を手でぶらんと吊り下げ、舞台上中央に畏まりながら、お辞儀の姿勢(ポーズ)をとっていた。

 大太鼓が等間隔に鳴る。火が唸る。スポットライトが散らばる。見世物小屋(サーカス)の始まりだ。


「ご来場のミナサマ――――サアカスの始まりでゴザイマス。古今東西、奇怪珍妙な軽業のカズカズ。猛獣の曲芸。お眼汚しの雑多ゲイをオタノシミクダサイ」


 団員は一人も居ない。猛獣も居ない。軽業師も居ない。居るのは怪しい道化だけ。

 それで、サーカスが務まるのだろうか。否、務まるも何も最初からこのサーカスは狂っている。

 最初から歪であるのだから、団員が居ようが居まいが、そんなのは関係が無い。


「サあー遊びましょうネ」


 道化師は生きている女の子の人形を振り回す。相手に意思が無かろうと、道化師は楽しませようとする。それが道化師の存在意義(アイデンティティ)であるのだ。

 道化師の手が止まった。自分が書き換えられていくのを感じる。

 ――――道化師は。

 変わっていく。細胞が日々変わっていくように。

 ――――道化師は月が顔を出す時刻に。

  生まれ変わるのだ。新しい「怪談」へと。

 ――――道化師は月が顔を出す時刻に鏡の世界に眠れない子供を連れ去り。

 人の噂が自分を形作る。歪に残酷に怪談らしい「怪談」へと。

 ――――道化師は月が顔を出す時刻に鏡の世界に眠れない子供を連れ去り――――殺す。

 殺す。殺さなければいけない。殺す。殺したい。それが自分の存在する理由だ。

 道化師は少女の細い首に両手を掛けた。力を籠めていく。

 少しづつ、楽しみながら、自分の存在理由を――――。

 道化師の両腕は、突如として現れた断頭台(ギロチン)の様な刃に上から分断された。

 少女の首を圧迫していた手は、だらしなく地に落ちた。


「……アレ? どうして力がハイラナイの?」


 外の光が暗幕の中に入り込む。照らされる。壊される。自分の世界が愉しい世界が。

 客席の上だ。光は客席の上から洩れている。

 洩れた光の中に、一人の男が立っていた。少年の様でもあり、青年にも見える。

 ――――あいつが、僕の世界を壊したのか。

 生まれて初めての憤りを道化師は覚えた。新しい腕を植物の様に生やし、道化師は男を睨んだ。

 道化師を見据える男の眼は、冷たく、凍りつく様であった。


「金行――――比和――――無形」


 男の周辺から、人間程の大きさの鉄の球体が幾つか現れ、人の形に変化した。

 不恰好な鉄の人形である。顔は無く、手足だけが綺麗に揃っている。


「慶吾さん、頼みます」

「あいよ! やりすぎんなよ! 俺たちが巻き添えになるからな!」

「分かってますよ」


 男の後ろからもう一人の男と、小さな少年が駆け出し、客席の人形を五体の鉄の人形と共に持ち去り始めた。

 ――――ああ、ヤメロ。それは――――これから――――これから――――ドウスルンダ?

 先程までは覚えていた、存在する理由を見失ってしまった。ここから自分はどうすれば良い。

 道化師は、足元に倒れこんでいる少女を見た。

 この地面に倒れている少女を自分はどうすれば良いのだ。

 解らない。先程はどうしていた。何をしていた。

 新しく更新された情報が定まっていない道化師の体の中が、ぐらぐらと揺らぎ出す。

 あいつだ――――自分の腕を切り落としたあの男のせいだ。

 あんな奴は、僕のサーカスを壊す奴は死んでしまえ。

 空中ブランコが大きな刃に変化し、振り子の様に動き出す。ふり幅は徐々に大きくなり、遂には激しくなった。刃を吊り下げている鎖が外れ、男目掛け鋭い刃が飛ぶ。


「土行――――比和――――土塊」


 男の体を分断するかと思われた刃は、床から生え出た岩の塊に阻まれた。激しい音を鳴らし、刃は岩を削る。しかし、威力は殺され、刃は岩に突き刺さったまま停止した。


「死ね、シネ、死んじゃエ!」


 道化師は手から手品の如くナイフを取り出し、男に投げた。

 男はゆっくりと道化師に近づいてくる。

 ――――何だこいつは、何かおかしい……! こいつは……こいつは……!

 道化師は弾丸の様にナイフを投げた。それでも男は怯まずに近づいてくる。

 ――――当たって……! 何故当たらないんだ……! かわしているのか……!

 幾ら投げても、男にナイフは当たらない。業を煮やした道化師はナイフを宙に放り投げ、静止させた。

 ナイフの切っ先が一斉に男に向く。そして刃の弾丸が男の姿を穿つ。

 激しい音を立てる。

 ――――殺した。

 この雨の様な刃をかわせる筈が無い。道化師は笑みを浮かべようとした。


「火行――――比和――――焔印」


 道化師が射出したナイフは、男の前に聳える炎の壁に溶かされ、銀燭の液体となって地に流れ落ちていた。

 男は近づく。道化師へと。

 炎が巻き上がり、天幕を焔色に染める。

 火は劇場に広がり、外の世界と内の世界を別けていたサーカスの囲いを燃やし尽くし、静かに消えた。

 完全に暗闇は消え去り、真っ白な光が差し込み、色の無い空が広がった。

 サーカスの外には、その場に不釣合いな銀色の板がポツンと立っていた。入り口の直ぐ傍である。

 ――――怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。この男は何者だ。

 恐怖という概念が道化師に芽生え出す。

 それは新芽が巨木に急激に成長するかの如く著しい成長をみせる。

 近づく男が怖くて堪らない。何も効かぬ。何をしても死なない。目前まで迫った男の姿は化物――――。


「く――――クルナ――――化物!!」

「真!! 人形は全部回収したぞ! 後は其処の女の子だけだ!」


 もう一人の男が叫んだ。


「分かりました。先に戻っていて下さい」


 男は道化師に眼を向けたまま言った。


「……分かった!」

「分かったって――――良いの!? お兄さんを置いて僕達だけ!」


 もう一人の男に隠れるようにしていた少年が大きな声を出した。


「いーのいーの。あいつは」

「でもッっ……!!」

「あいつが負ける訳がねェ」

「慶吾さん……滅茶苦茶ですよ……」


 男は、短く呆れたように溜息を吐いた。


「よっしゃ、そういう事だ! 帰るぞ――――真、頼んだ!」

「はい」

「ええェ!?」


 もう一人の男は、大量の人形を抱えた鉄の人形を引き連れながら、素っ頓狂な声を出す少年と共に、サーカスの外の銀色の板に向かって走っていった。

 それを見届けてから男は静かに言った。


「……その子は返してもらう」


 動こうとした。だが、動かなかった。身が竦む。道化師は目の前の男に恐怖していた。

 殺される。殺される。死にたくない。消えたくない。頭にはそれしか浮かばない。

 ――――あ――――また……だ。

 ――――殺せ。

 ――――殺せ。殺せ。

 ――――殺せ。殺せ。殺せ。

 増えていく。頭の中で声が増幅する。

 ――――殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ。

 ――――そうだ――――殺さなくちゃ。

 道化師は少女に手を伸ばした。殺す為に。自己を確立する為に。

 男は無言でその様子を見ていた。


「…………その子をどうするつもりだ」

「この子ヲ? それは――――」


 ――――殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ。

 決まっている。僕はこの子を殺さなくちゃいけないんだ。


「僕は――――この子を――――殺すンダ」


 定まった。やっと自分の存在が固まった。

 道化師はその事に歓喜した。女の子の首を掴む。

 やっと殺せる。自分の生きる意味を。それを得られる。


「そうか――――無形」


 男は酷く悲しそうな顔でそう言った。

 男の顔は懊悩を噛み締め、悲嘆に身を浸す化物の顔に見えた。

 道化師の体を、白い金属の杭が突き刺す。舞台壁の向こうまで吹き飛ばされ、穿たれた杭に手足の自由を奪われた。

 男は倒れている少女を両手で抱え。もう一度何かを呟いた。


「焔印――――土塊――――」


 少女を抱えたまま男は階段を上がっていく。

 杭に繋ぎ止められている道化師は、男の背中に声を投げた。


「殺さナイノか」


 男は入り口近くの、銀色の板の前までで来ると、道化師の方を向いた。

 小さく口が動く。道化師には聞こえない男の声がハッキリと聞こえた。

 

「…………上を見ろ」


 男はそう言うと、銀色の板に触れ、吸い込まれる様に消えた。

 ――――上を見ろ……?

 道化師は男が言った意味が解らず、彼の言う通り上を向いた。

 空が紅い。燃えているのか。違う。空が燃える筈が無い。

 巨岩が――――炎に包まれた巨岩が空を占めている。じりじりと地表を焦がしながら、動けない自分に。

 いや――――やっぱり空が燃えている。

 ――――ああ、何て綺麗なんだ。

 道化師は灼熱に包まれ、自らの世界と同じく跡形も無く砕けて消えた。

 



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「………………」

「お疲れさん」


 眠ている女の子を抱え、鏡の世界から出てきた真に、空鉦は労いの言葉を掛けた。

 そこまで時間は経っていないのだろうか、辺りはまだ暗い。


「慶吾さん……あの人形達は……?」

「消えた。自分の体に戻ったんだな。手間が省けたぜ」

「そうですか。良かった……」


 口元を緩めた真に、少年が駆け寄った。


「お兄さん! あの……ありがとうございました……!」

「……君の友達の意識は直ぐには戻らないだろうが、必ず戻るよ。……君は、もう自分の世界(、、、、、)に帰る時間だ。……全部、夢だったと思ってくれ」


 真は優しく少年に笑い掛けると、空鉦の肩を叩き、行きましょう、と言った。

 空鉦は少年の背中を痛いぐらいに叩き、じゃあな! と言い、真を追った。

 振り向かずに二人の男は過ぎてゆく。暗闇に残された少年は、夢心地の様なおかしな気分でポケットから携帯電話を取り出すと、日付は少年達が鏡の世界に飛び込んだ翌日の日付になっていた。

 ――――丸々一日経っていたんだ。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 怒られるかな。

 少年は小石を軽く蹴った。

 見慣れた道を踏む度に不安が増す。一日も家を空けていたのだ。怒られるのは当然だと思う。

 鍵を掛けて無かったかも知れない。どうだったっけ。

 きっと叱られるだろうが、心配なんかしていないだろうな……。

 母さんはいつもそうだ……僕の事には無関心だ……。成績すら聞きやしない。

 どうでもいいなら、いっそ生まなきゃ良かったじゃないか……。

 雲晴れないかな。見てもあまり空の光景は変わらない。

 もう直ぐ僕の家だ。帰るのが嫌になってくる。

 赤い光……? 僕の家の方……? 

 不安に煽られ、少年は走り出した。何かあったのか……? 泥棒……まさか……強盗……!

 強盗が家で待っていて、何も知らない母さんが家に帰ってきたら――――。

 嫌な想像が膨らむ。行かないと。早く行かないと。

 赤いサイレンと一緒に白黒のパトカーが僕の家の前に停まっていた。

 母さんは……。母さんはどこ……?

 

「誠……? 誠!!」


 僕の名前が、聞き慣れた声に呼ばれ、近づく人影にきつく抱きしめられた。


「誠……! バカッ……! 何処行ってたのよぉ……!」


 ガラガラの声だ……母さん……泣いていたんだ……。

 あれ……涙が……。駄目だ……もうちょっとで、あと一年で中学生なのに……。

 あぁ、もう限界……今日ぐらい思いっきり泣いても……良いよね……。

 

「ごめん……ごめんなさ……いい゛……」


 あのお兄さんの言っていた事が、漸く解った。

 酸っぱい匂いが涙に混じる。人の――――母さんが暖かい。

 腱斗が起きたら真っ先に会いに行こう。喜んでくれるだろうか。

 全部夢だった。僕の世界は此処だ。

 眼は覚めている。

 何となくだけど、明日は晴れる気がした。





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「いや~お疲れ、やっと一仕事終えたな!」


 女の子を病院に預け終わり、空鉦は背伸びをしながら明るく言った。

 病院の白い光を浴びながら二人は歩く。


「まだ、終わってないですけどね」

「はうわッっ!!」


 とんでもない事言いやがった、とでも言わんばかりに、空鉦は情けない声を出した。


「慶吾さん……変な声出さないで貰えます?」

「もう疲れた……休ませて……」

「駄目ですよ。それに大して何もしてないでしょう」


 真は珍しく、わざと嫌味な表情を作って言った。


「ひでーよ……ひでーよ……」

「酷くないです。それより気になることが――――……」


 真の携帯電話が鳴る。


「-―――はい――――不儀ですが。……瑞樹神さん……?」


 

 ――――「怪談」はまだ終わっていない。





 やっぱり解らない? 大丈夫! 俺も解らない!


 という訳なんで、おまけの二人が説明してくれるっすよ……。



       おまけ!



 葎「寧さん! 説明だってさ!」

 

 寧「何のですか!?」


 葎「都市伝説の怪についてだって!」


 寧「パスで!」


 葎「パスは出来ないらしいよ!」


 寧「えー……」


 葎「諦めて、徹夜覚悟しようよ……」


 寧「酷いです……あんまりです……」


 葎「じゃ、じゃあ…、まずは都市伝説が何で実体化したかって事から触れようか」


 寧「触れないって選択肢は無いんですかね……」


 葎「無いです。えーっと、都市伝説が何で実体化したかというと、それは噂が広まり過ぎた結果……だそうだよ」


 寧「何を言ってるかチンプンカンプンなんですが」


 葎「いや、まぁ俺もそうだけどさ……。作者曰く、狭い共同体があるとするでしょ?」


 寧「はぁ……。ありますか」


 葎「あるんです。無くてもあります。、でその共同体内で、ある『嘘』が広まるとします」


 寧「『嘘』?」


 葎「そう、『嘘』。これは始めは少数です。……っと。ま、当然だね。所詮『嘘』だから」


 寧「そうですねぇ……全員が『嘘』を知っていたら、『嘘』になりませんもんね」


 葎「だけど、その『嘘』を『真実』だと思い込んでしまう人達が現れてしまいます」

 

 寧「急展開ですねー……」


 葎「急展開です。そして『嘘』は噂という乗り物に乗って、色んな人の耳に入ってしまうんですねーこれが」


 寧「噂って広まるの早いですもんね……」


 葎「涙拭けよ……。それはともかく、噂に乗った『嘘』は皆が知る事柄となります」


 寧「泣いてないです……泣いてないです……」


 葎「そして嘘を信じてしまった人達が、ある日言うんですね~『これは嘘なんかじゃなくて本当の事』だと」


 寧「普通信じませんよ……」


 葎「そう、信じないし、始めは無視するだろうね。だけど、しつこく言われると、どうしても信じてしまう人が居るんです」


 寧「居るんですか。吃驚ですよ」


 葎「吃驚ですね。ですが何時の時代も押しに弱い人は居ます。それで更に『嘘』を信じる人は増えていきます」


 寧「えー……無い無い」


 葎「あるんです。いやもう、ある事にしといてください。そんで、遂に『嘘』を信じる人間が半数を占めるところまで来ると、面白い事が起きるんですね」


 寧「面白い事?」


 葎「それまで、『嘘』派に対抗していた人達が寝返り始めます。そして、最後には全員が『嘘』派になってしまうっていう……」


 寧「あ、あの~。それ……滅茶苦茶論理じゃないですか?」


 葎「でもまあ、考えてみてよ。友達がこれは『本当』ですって言ってたら反対し辛いでしょ? 時と場合によるけど」


 寧「そりゃそうですけど……」


 葎「結構人は流され易いんだよ。ちゃんと自分の意思を持っていない人ほどね。『嘘』は全員が信じた時点で『真実』になるんだっ」


 寧「それがどう怪談に繋がるんですか?」


 葎「『嘘』の部分を怪談に置き換えてください。以上!」


 寧「適当ですね……」


 葎「ああ、それはね、作者の体力がもう限界なんだ」


 寧「そ……そうですか……いきなりメタな発言しますね……」


 葎「いやいや、前回からしてるよ? それでは終了!」


 寧「えっ? もう……? あ……ちょっと――――」



          

               終了!


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