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duplices  作者: rakia
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校内見学


 まずは遅くなってすいません! まあ言い訳ですが!


 読み返してみたら、すっッごくっ!! 読み難いですね……。

 そして広尾さん……初っ端から飛ばしまくってます……。

 何でこんな変態……淑女キャラになっちゃったかな……。

 では、どうぞ!



「視界に映る女子中学生達は皆、初々しさや背伸びをしながらもその未発達な体を制服という名の人類の最も優れた発明の一つである衣服に包んでいる。その姿や、初春の花の蕾の数々を見ている様だ。この蕾達がいつか花を散らすことになる――――。その光景にワタシは心を奪われ、欲情した。何というか凄くエロい。興奮する。熟れる前の青い果実を先取りなんて素晴らしい。熟れた方が良い? ウム……それも良いだろう。ところで自分で言うのもなんだが、ワタシもエロい。……え? そんなの思春期真っ盛りの男子中学生や高校生の方がエロい? ……いいや、ワタシの方がエロい。自信がある。若気の至りのエロスなんてまだまだ甘い。年季が違う。それに女の子に対する情熱が違う。どうせ男のエロスなど二十歳を過ぎる頃から萎れていくんだ。甘い。甘過ぎる。片腹痛い! 愚か者め! アホか! 反省しろ! ……しかしまぁ……好きである事だけは褒めてやろう。好きこそ物の上手なれ。良い言葉だ。好きじゃなきゃ駄目だ。でも好きなだけでも駄目だ……。その点、ワタシは女の身であるからして、何処をそうすれば良いか的確に分かる。女だから当然? 馬鹿言っちゃいけない。他人の体に興味がある人間なんて極少数だ! ……何が言いたいか? ウン、つまりだな――――……ワタシは女の子が大好きだ!!!」

「あのー先輩。長いです」


 雅峰は声高に白昼堂々、とんでもない独り言を広げまくる広尾に向けて言った。

 周囲の視線が痛い。通り過ぎる生徒達は広尾を物珍しそうに眺めている。

 大半は可愛らしい女の子が校門の前で、何を思ったのか、とち狂った卑猥な演説を繰り広げている様に映っているであろう。

 彼等彼女等からすれば、広尾は自分と同じぐらいか、それよりも下の年齢にしか見えないのだ。

 実際は広尾の年齢は彼等よりもずっと上なのであるが。誰もそんな事には気付きはしないだろう。

 どう見ても子供。どう見なくても子供。ひっくり返そうが、伸ばそうが、広げようが、縮めようが見た目は少女そのものである。そんな彼女に違和感を感じる者も不信感を持つ者も居ない。

 広尾は丈が合っていない半袖ワイシャツの袖を、うっとおしそうに捲り上げた。

 彼女は何処にでもある市立中学校の制服を身に付けている。

 通り過ぎる生徒達と同じ制服ではない、別の学校のものである。

 広尾は転校する中学校を見に来た女子生徒。両親は事故で他界していて、雅峰が保護者代わりである薄幸の少女――――という設定だ。

 横を通る女子生徒に片っ端から熱い視線を送る広尾から、転校先を見に来た広尾に付き添う彼女の兄――――という設定の雅峰は、広尾から後ろ向きに少しづつ離れていこうとした。

 が、正面を向いている筈の広尾の手が雅峰のベルトを千切れんばかりの力で引っ掴んだ。

 一気に距離を取って他人の振りを決め込もうとしていた雅峰は、ベルトを急に掴まれた衝撃で後ろに強く仰け反った。

 雅峰は広尾が自分の方を見ていなかったにも関わらず逃走を阻止した事に驚愕したのと同時に、広尾から発せられるてめェ、逃げてんじゃねーよという謎の(オーラ)を感じて大人しくなった。

 視線を女子生徒の制服の背中に向けたまま広尾は、雅峰が観念したのをどうやって察知したのかベルトを掴む手を緩めた。

 普段の彼女では考えられない寛容な対応に、雅峰は気が遠くなる。

 いつもならそのまま首を決められアナコンダバイスで地面へと叩きつけられるか、デスバレーボムで肩に担がれ地面へ叩きつけられるかの一択しか有り得ないからである。

 何故なのか――――。

 広尾の機嫌は普段より二割り増し良かった。それもこれも雅峰の「あぁ、中学校だったら先輩の大好きな女子中学生が居ますね」という発言にる。

 最初はやる気が皆無であった広尾は、その発言により何故か(、、、)途中からやる気になった。

 要は中学生に囲まれたいという欲望と、身分を詐称するという背徳感の狭間で彼女に火が点いたのだ。

 

「煩いぞ雅峰! この中に将来有望な奴が居るかも知れないだろッ! 邪魔してくれるな!」

「多分ですけど、先輩を上回るへんた――――いえ、立派なお人は後にも先にも輩出されないんじゃないですか?」

「そんな事は無い!! 探せば金の卵は見付かるもんよ! そして大事に手取り足取り体取り教えなきゃいけないッっ!! それが……ワタシの使命だっ!」

「その金の卵……孵化させない方が世の中の為じゃ……」

「やだやだ! ワタシが育てるのー! はぐッっ!!」


 広尾は雅峰の手に鋭い歯で噛み付いた。


「あいたッっ!!」

「おまへふぁわたふぃにいけふふふなろひゃくねふははい」


 広尾が「お前がワタシに意見するなど百年早い」と言っている様に雅峰には聞こえた。 

 

「せ、先輩……それより、さっさと行きましょうよ……あ、やば……手の感覚が……」

「ひふはわはふぃのはふぃはほふふぁぬふぇあふ」


 「実はワタシの歯には毒が塗ってある」とも聞こえなくも無い。

 しょうがないので手の甲に広尾を装備しながら、雅峰は職員玄関から校内の中に入った。

 石畳の敷き詰められた玄関は埃臭い空気に塗れている。掃除は一応している様だが、隅の方は土埃が舞っており、履き潰されたスリッパは散乱している。

 それを見たスッポンの如く噛み付いたままの広尾は不機嫌そうに眉をしかめた。

 入ってくる人の気配を感じてか、事務的な学校職員の顔が入り口の方へと向く。

 三十台の男性職員が向き終わる前に、広尾は素早く雅峰から離れ身嗜みを整え、いかにもお上品で、ひ弱ですとでも言わんばかりの表情を顔に貼り付けた。


「…………猫被――――あいてっ」

「……………………」


 雅峰の左斜めに居る広尾が、職員からは見えない死角より雅峰に肘鉄を後ろ向きに喰らわせた。

 男性職員は雅峰の声に少しだけ不思議そうな顔をしただけで、広尾から漂う禍々しい雰囲気に気付きもしない。広尾は雅峰の肩を下に引っ張り、無理矢理耳を引き寄せた。

 傍から見れば、内気そうな少女が兄に内緒話を打ち明けている光景にも見えるのだろうが、実質、非行少女が内気そうな兄からカツアゲをしているという光景が最も近い。


「……だぁ~れが猫被りの獅子被りだ? 本物のライオンの餌にすんぞ?」

「や、やだなあ、ジョークジョーク……。さ……さぁ行こうか……ひ……広尾……」

「様を付けろ様を」

「……先輩……それは流石に怪まれますよ?」

「ちっ……仕方ないか……」


 それを見ていた男性職員は、微笑ましいなぁ、と表情を崩して広尾達に声を掛けた。

 見る限り此処の生徒ではない。毛先が少し反っている少女の制服は、この辺では見た事の無い制服である。そういえば、今日は学校見学をする人が居ると聞いていた。その人達だろうか。

 男の方は制服でなく普通のスーツだし。そうだろうな。

 職員は切れ長の眉を顰める広尾と、酷く蒼い顔の雅峰を見比べた。

 これは親子――――いいや、男は少女の父親としてはいささか若過ぎる。彼等は兄妹か? 



「学校見学の方ですか? 可愛いお子さん? いや、妹さんですか」

 

 一瞬不意を突かれた雅峰は返答に困り、広尾に助けて下さいと視線を送った。

 広尾は途端にいじらしい表情で雅峰の背に隠れた。


「あ…………やだ……」


 恥ずかしいですとでも言わんばかりに、広尾は顔を職員から見えない様に横に向ける。

 しかし顔を背けた広尾はニヤリと笑っていた。


「お……お兄ちゃん……早く行こう……」

「お兄ちゃん? 先輩――――」


 広尾の小さい足が雅峰の足を踏み潰した。

 小さい割りに威力の大きい広尾の攻撃に、雅峰は叫びそうになる。

 そこは精神力。ぐっと彼は堪えた。

 広尾は上辺だけは羞恥を感じている様な笑顔を職員に向ける。

 それを見て職員はああ、この兄妹は世知辛い世の中を、兄と妹二人で支え合って生きてきたのか、と的外れな同情を示した。


「お兄ちゃん」

「はい……。そうだね……。行こうか……。あぁ……名前はそれに書けば良いんですか……」

「そうですね、ここにお二人の名前を書いて下さい」


 職員は受付透明なガラス板で仕切られている受付の下から手を伸ばし、受付台の上にあるバインダーを雅峰達に向けた。来校者の記入欄に二人分の名前を雅峰は書き、職員に向かって一瞥して、散らばってるスリッパを同じく二人分並べた。


「それじゃあ……俺達は」

「職員室の場所は分かりますか? 分からないなら案内しますけど」


 そう呼び止めた職員の親切を、雅峰は首を振って断った。


「いや、それには及びません。どうもありがとうございます……」

「そうですか」


 広尾の方を一回見てから、何も知らない職員はこう続けた。


「御兄妹は仲が宜しいんですね」

「ええ……とっても……」


 職員から見てもかなりの苦労症だと思われる青年は、服の端を妹に掴まれながらげんなりと言った。


 


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




「ちょろいな」


 何も疑われずすんなりと学校に入り込めた広尾は、先程のあどけなさを取っ払って黒く小さく笑った。

 電気の点いていない廊下を雅峰と共に歩く。味気の無い色のコルク壁には生徒の物だと思われる絵がズラリと飾られている。殆どの絵は箸にも棒にも引っ掛からない様な稚拙な作品だが、一クラスに二つぐらいの割合でとても学生の作品だとは思えない達者な作品が紛れている。

 その中でも一際輝きを放っている――――モチーフは蝶であろうか――――それをコミカルに崩している絵が広尾達の視界に入って来た。

 雅峰は感心の声を挙げ、一方広尾は顔をぐにゃりと歪めた。

 あ、あれぐらいならワタシの絵の方がずっと上手いもん……。あ…あんなのワタシだって書けるしぃ!

 と絵を見た瞬間、大人気おとなげない対抗心が彼女の内側に燃えた。

 広尾は器用貧乏の典型とも云える。

 真の様に才能が突出している訳ではない彼女は、努力によって身を立ててきた。だからこそ彼女にとって才能のある人間は妬ましく感じてしまう。

 生半可な才能の人間など、彼女は鼻で笑い、足で蹴落とし、圧し掛かるが、本物の才能を有している人間には敬意と共に、とてつもない敵意を以って競おうとする。たとえそれが追いつかなくても、非凡であろうとも、最期まで競ろうとするのが広尾スタイルである。勿論年なども関係ない。

 だから彼女は、蝶の絵を描いた主に理不尽な苛立ちを覚えた。

 帰ったら描こう……。そしてこの学校の校門の前に放置してやろ……。ぜってェー! 負けないもん!

 やけに滾っている広尾を冷めた眼で見る雅峰は、またこの人迷惑な事考えているな、と広尾が学校でやらかした時の謝罪方法を思案した。

 広尾が立ち止まった。頭をちょこちょこ動かして上を向いたり横を向いたりを忙しなく繰り返す。

 燃え滾っていた瞳の炎がみるみる消えていく。彼女は校内の内装が気になる様だ。


「ふ~ん……この学校新しいのな。精々出来てから十年か」

「そうっすねェ、職員の人もそんなに年季を重ねていない感じでしたし」

「すんなり通れたな。ワタシなんてモロに中学生なんかには見えないのに、それに気付かないしさ。電話の時も二つ返事だったらしーぞ」


 雅峰は広尾の言っている日本語が上手く理解出来なかった。

 意味も無く得意げに、無いというか逆に削れているんじゃないかと思う程小さな胸を張っている広尾は、中学生や小学生にしか(、、)見えないからである。仮に「彼女は高校生です」と言ってみたら確実に疑われるだろう。勿論それは「本当は中学生だろう!」という意味であって、少なくとも上に見られる事は絶対的に無い。


「無いっすよね」

「だよな! 流石お役所仕事」

「いや、そっちじゃなくてですね」

「……? そっちじゃなけりゃどっちだよ」

「いやいや、まあまあ。それよりも誰か来ましたよ?」

「ああ、口調をな……変えないとね! お兄ちゃん!」

「うへェ……」


 雅峰の背中に爪を衝き立てながら、広尾は急ごしらえの笑顔を装着した。

 緩やかな足音が廊下に響き、段々と近づいてくる。

 上履きの擦れたゴムの音では無いからして、おそらく教師。

 ふむ、ゴキブリの様に早く歩く教師にしてはやけにゆっくりとしている足音だ。

 呑気な奴か――――それとも年取ったじーさん、ばーさんの教師か、と広尾は歩きつつ予想を巡らせた。

 広尾の予想の通り向かい側から歩いてきたのは、穏やかな顔をした年配の女性教師であった。その教師はニコリと軽く会釈をした。広尾もそれに倣い会釈を返す。

 ふっ、や~っぱり気付かないか。

 教師の顔が見えない位置に自分の顔を向けた広尾は、玄関口で見せたのと同じ悪人面でほそくえんだ。

 ところが老教師は広尾達の横を通り過ぎてから急に振り返り、広尾達を、ちょっと待って下さい、と言い、引き止めた。

 はてな……!? もしや気付かれた……!? やっべ……。

 咄嗟に何か言わなきゃいけないと思った広尾は、

 

「あいどぅのっとあんだすたんどわっとゆうあせいいんぐりとる」


 と訳の分からないまま、発音が日本語そのものである英語を喋った。

 意味は「何ですかちょっと言ってる事が分かりません」であるが、言ってる事が分からないのは、いきなり下手な英語を喋りだした広尾の方である。

 その平べったい日本語英語に、老教師はくすっと笑った。


「学校見学の方かしら?」

「のーのーあいきゃんふらい…………え?」

「あら、違うの?」 

「い、いやそうです、そうです。そうだね? お兄ちゃん、ごるぁ!」

「先輩……いて! あ、この子はオレの妹で……先輩で……」


 広尾に再び足の甲を踏まれた雅峰は、無言の圧力を感じて、広尾の肩に冷や汗を掻きながら手を置いた。そうしないと学校を追い出された後、自分の身の心配をするハメになる。

 それを見た老教師は、何となく含みのある笑みを広尾に投げかけた。


「ふふふ……宜しければ、この学校私が案内しましょうか?」


 穏やかな顔の老教師はそう言った。


「はぁ……」


 広尾は彼女にしては間の抜けた声で応えた。

 どうせ見て回るつもりだったし、良いか。それとなく校内の「噂」についても聞き出せるかも知れないしなぁ。う゛……あー……でもこの教師特有の見透かされた様な表情は苦手だ……。

 感情に反した笑顔を広尾が取り繕うのを見た老教師は、今度はクスクスと笑い言った。


「無理に笑わなくてもいいのよ」


 面倒だな……。

 赤みを帯びた昼の午後、早過ぎる夕焼けに階段は照らされ徐々に朱に染まっていく。

 年相応の美しさを備えている老教師は、眩しそうに朱色の階段を見た。

 広尾は張り付いた笑顔のままその横顔を眺める。

 ……見透かされてる……か。

 この教師の様に自分の本心をまともに見てくれた教師なんて、自分の学生生活の記憶には居なかったと思う。そもそも学校との繋がりが希薄だった自分にとっては学校は勉強をするだけの場所だ。勉強以外の思い出なんて学校には無い。皆ワタシの上っ面に騙される奴ばっかりだった。

 だけど、この教師。ちゃんとワタシを見ている(、、、、)

 何だろう、腹立たしい。何でだろう。頭に来る。

 あぁ……すっげぇ……うぜえ……。こういう奴、ワタシ大ッ嫌い。

 広尾は被っていた「笑顔」の仮面を不機嫌そうに剥ぎ取り、とりあえず横の雅峰を肘でどついた(、、、、)

 



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




「この辺は夕焼けが綺麗でしょう。丁度、こう、太陽が校舎のガラスから入り込んで、ね?」

 

 皺の多い顔でにこやかに遠藤紗苗(えんどうさなえ)は反射光が眩い窓ガラスの外を見ながら言い、広尾も紗苗の言葉に良い子ぶった声で、はい、と応えた。

 二階も後少しで終わりか。残りはこの棟のみ。これで大抵の教室は回った事になる。どれもこれも似たような造りの教室で、霊だの化物だの変態だのが居た痕跡は見当たらなかった。

 なぁ~んも無かったなァ……円和さんは何でこんな所を……? きな臭いみたいな事を言ってたが……。きな臭さの「き」の字も見当たらないじゃん。

 声を殺して広尾は欠伸をした。先程紗苗が夕日がどうこう言っていたのを思い出した彼女は窓の外を覗いた。オレンジの陽光で見え難いが、棟と棟の間にポツリと石で出来た石碑の様なものが確認できる。その近くにはまだ新しい花束。記念碑という訳でも無さそうだ。

 あれは……慰霊碑? だけど、何でこんな所に……?

 幻想的風景から妙に浮いているそれが気になった広尾は、紗苗にあれは何かと話し掛けた。


「……ニ年前にこの学校に不審者が入ってね……。生徒が三人殺されたの。あれはその慰霊碑なのよ。あの子達、浮かばれないでしょうね……。死体も見たけどぐちゃぐちゃで原型が無かったもの……それに生き残った子(、、、、、、)だって……」

「へェ……」

「それで捕まったんですか、犯人」


 広尾の代わりに雅峰が言葉を取り次いだ。

 

「いえ、それがね……捕まっていないのよ。此処に入ったのだって目的が不明で……防犯カメラにだって映っていなかったらしいし……。怖いわね、改めて考えたら……。それに犬なんか持っていってどうしたのかしら……」

「犬?」


 雅峰は訝しげに片眉を上げた。


「そうよ。その子達ね、……ええと……もう取り壊されたんだけれど、その……ほら見えない?」


 紗苗は窓の外の慰霊碑を指した。慰霊碑の周囲には何かを壊した跡の様な縁取りが残っている。

 黙ったまま聞いている広尾は、紗苗はあの縁取りの事を言いたいのだと理解した。


「うっすらと建物の跡があるでしょう。あれね、飼育小屋の跡なの。生徒達はあの場所で殺されたのよ。生徒達はあそこにあった飼育小屋で犬を飼っていて……。思えば変な犬だったわねぇ……体も大きかった……。拾った時は小さかったのにグングン大きくなっていって、教師の中でもあの犬が生徒を殺したんじゃないかっていう人も出てきたぐらいだもの……。その犬も何時の間にか姿を消していたの。誰も出ていく姿を見ていないなんて不自然だと思うわよね……。あんな巨体目立たない筈が無いもの……。でも誰も見ていない(、、、、、、、)――――」


 なるほどな……これが円和さんが言っていた「きな臭い」ってのか……。

 話を聞いていた広尾の頭の中では、生徒達が殺された時の事が何となく再現されていた。

 最初は異変に気付きもせず、呆気なく一人。で、怯えた奴が逃げようとして二人。既に逃げている奴が追いかけられてガブリ――――で三人。後の四人目は追い詰められて殺されそうになった――――。

 まァ、不審者は見付からなくて当然だろうな。そもそも、そんなの居ないんだから。

 大方、その奇妙な犬とやらが生徒達を襲い、姿を消した――――って感じかな。化物なら姿を消すなんて雑作も無い。

 だが、一つ気になるのは、何で一人だけ生き残っている(、、、、、、、)? 

 件の犬っころがこんな人目につく場所で人を殺す程度の知能だったとしよう。

 それだったら、容赦無く生き残ったって奴を殺している。仮に知能があったとしても、そいつを生かしておく理由が無い。むしろ見られたなら迷い無く殺すだろう。

 何故、そいつは生き残った……? ……不自然だ。

 広尾は漸く紗苗に向けて口を開いた。


「その……生き残った子って……」

「その子はあの後、不登校になっちゃって……。高校には行ったみたいだけど……。無理も無いわね……」

「……そうですか……」

「変な事件だったわ……。この学校は昔からそう(、、、、、)……」

「昔もあったんですか?」

「私は此処の生徒だったの。それで昔……変なものを見てね……。……ああ、老人の戯言だと思ってくれて良いわ。きっとあれは幻覚よ」

「……………………」


 昔から……ねぇ?

 広尾はこれっぽっちも気の毒とは思ってないが、一応体裁として悲しそうな表情を適当に見繕った。

 運が悪かったな。彼女の生徒達に対する感想は、それ以外に無い。

 彼女にとって顔の知らない人間の事など、その程度なのだ。

 紗苗は床に落とした視線を窓の外にもう一度移すと、思い出した様に、あ、と口を開けた。


「少しだけ待っていてくれるかしら。一度職員室に戻らなきゃいけないのよ」

「はぁ、それならワタシ達だけでも――――……」


 紗苗は、階段の真横にある教室で立ち止まった。


「それは駄目。だって、貴女達此処に転校する気も無ければ、兄妹でも無いでしょう? 悪いようにはしないから待っていて」


 自分達の正体をいとも簡単に言い当てられた広尾は、未だに作っていた表情を崩し、いつもの鋭い顔付きへと戻った。正体を暴かれた以上、最早、笑顔で誤魔化す気は無い。

 素の顔(、、、)で広尾は、声の調子までをも変えて言った。

 

「分かりました……。ところで、何時から気付いていたんですか?」

「だって、貴女とっても怖い顔しているわよ。そんな顔、中学生で出来る子は少ないもの。後、お兄さん役の人を苛め過ぎ」

「……そんなので判断したんですか」

「フフ……伊達に長年教師をやってないわ」

「………………待ってます」

「そうしてくれる?」


 後ろを向いた老教師はそう言うと、のんびりと歩いて行った。

 立ち去っていく後ろ姿を見た広尾は、軽く地団駄を踏んだ。


「……むかつく……。オイ! 雅峰ェ! お前も何か喋れよ!」

「えっ? 途中までわたし、喋ってたじゃないですか!?」

「煩い、お前は影が薄いんだ! 「わたし」って何だ! オネエか!」


 広尾は雅峰の腰を、惚れ惚れする正拳突きで強打した。

 見た目には子供がじゃれている様にも見えるが、威力は青年男性が本気で殴りかかったのと、何ら遜色は無い一撃である。


「痛い!」

「全裸で校庭を逆立ちで腕立てしながら歩き歌いまくるぐらいの事をして見せろ!!」

「俺捕まっちゃいますよ!」

「知るか!!」

「そんなァ……」

「クソッっ! 早く帰って真と寧ちゃんに悪戯してから、絵を描いてからこの学校に投げつけて、業務用チョコに埋もれて寝てやる!」

「先輩……セクハラは厳禁ですって……。それに、何で学校に絵を投げつけるんすか。テロ?」

「う゛……ワ、ワタシの勝手だろッ!」

「お菓子食べて寝たら、太りますよ?」

「太ってないよ! 死ねっっ!」


 雅峰の膝が、正面から容赦なく殴りつけられる。

 小さい広尾の拳が食い込んだ彼の膝は、ちょっとやばそうな音を立てて、若干逆に曲がった。


「ぐァァああぁぁああぁッっ!」

「へんっ。ざまぁみろ」


 鼻を鳴らした広尾はワイシャツの胸ポケットから単語帳の様な白い紙の束を取り出した。

 紙には下手なのか上手いのか良く判らない崩した文字が書いてある。

 彼女はそれを三十枚前後引き千切り、その全てに意識を集中させた。

 紙に書かれている文字が赤色に光る。紙に鱗を纏った輪郭が浮き始め形になっていく。

 形が確りと定まった時には、廊下を無数の白く小さい蛇が埋め尽くしていた。


「よっしゃ、じゃあ夜中の偵察宜しく、因達羅(小)」

「(小)って……」

「細かい事は気にしない!」

 

 蛇達はしゅるしゅると何処へとも無く四散していく。


「そうっすね……。ん? これ……個々の教室を見張らせるんですか?」

「そうだよ、盗撮紛いの事も出来るぞ。とーぜん、そうするつもりだけどな!」

「堂々と犯罪行為を口に出来る先輩、マジカッコイイっす」

「やだなぁ! 褒めても何もでねーぞ?」


 雅峰の言葉の裏を知らずに、広尾は照れたかの様に身をくねらせた。

 そんな事を彼女がやっていると、騒がしいぺたぺたとした足音が聞こえてくる。広尾が妙な動きを止め、視線をそちらへと向けると、三人の女子生徒が広尾達を注視していた。

 んー……イケるイケる。右の子は特にイケる。

 と広尾が自分の食指に掛かる相手を見定めようとしていると、教室側に立っている、髪を両側に別けて額を出している生徒が近づいてきた。

 

「もしかして転校生? 制服違うけど」

「そうです。まだ正式に転校するとは決まっていませんけど……」


 急に態度が急変した広尾を、雅峰は白けた眼で見た。

 彼は持ち前の存在感の薄さを活かしつつ、最寄の男子トイレへと後退していき、そして人知れずその中に退散した。

 

「へぇ~そうなんだー。私二年生だけど、貴女は?」

「ワタシも二年です……」

「そんな風には見えないね~。小っちゃいわ~」


 女子生徒は広尾と自分の背を手で比べた。

 広尾の方が圧倒的に背が小さい。女子生徒は比べてから可笑しそうにカラカラと笑った。


「良く言われます……」

「あっはは! 可愛いね! あ、私近藤亜矢(こんどうあや)。もし同じクラスになったらよろしくね!」

「あっと……こちらこそ……」


 ふはははは! ……うっし! 可愛い子ゲット! 

 広尾は表面に出している表情とは噛み合っていない、疚しい感情を増幅させる。

 これだったら本当に転校するのもいいかも知れないと彼女は心の中で舌なめずりした。

 もう二人も近づいてくる。一人は髪留めで片方の髪を留めている短い髪の生徒で、もう一人は長い髪を軽く束ねている。


「おー確かにちっこいなー。小学生みたい」


 長い髪の生徒が広尾を見て言う。

 長い髪の生徒の身長は広尾よりもはるかに大きい、女子の中でも相当に大きいと思われる部類である。 彼女は広尾を見下ろし溌剌とした笑顔で笑った。


江上えがみさんが大きいだけじゃ?」


 髪留めを付けた生徒がそう言うと、長い髪の女子生徒はそうかなぁ? と頬を掻いた。

 広尾が淀んだ幸福を感じていると、女子生徒達の後ろから高い声が飛んできた。


「何やってんの? 二年は片付け終わったの? 一年は迷惑だからさっさと鍵返しに行きなさいよ」

「うわ……竹見たけみ先輩だ……」


 長い髪の生徒がボソリと呟いた。


「えーっと……じゃあ、ね……」

「バイバイ」

「それじゃ……」


 声を聞いた生徒達は広尾に申し訳無さそうに別れを告げた。

 彼女等は小走りで去っていく。

 残されたのは、後から来た不機嫌そうに眉を寄せる生徒だけであった。

 三人組が先輩と言っていたいたから、こいつは三年か? と広尾は判断した。


「……こんにちは。引き止めていてゴメンナサイ。迷惑だったでしょう」


 何となくいけ好かない感じがしたが、広尾は社交辞令の様な笑顔を浮かべた。


「貴女も早く帰ったら。校内を知らない人間がウロウロしないでくれる?」


 あ゛? こっちは校内見学(嘘)なんですが?。

 広尾の腹の中が徐々に沸騰し始める。


「全く、小学生がうろついていると思ったじゃない」


 だとしてもそれがお前に関係あるのか? と危うく広尾は言いそうになったが、寸前で何とか堪えた。


「子供しか見えなもんねぇ? もっと成長したら?」


 関係ねぇぇぇだろォォォが!! 

 新しく来た生徒の歯に着せぬ物言いに、広尾のこめかみに青筋が浮き上がる。

 広尾は見えない様に紙束からニ、三枚紙を千切るとくしゃくしゃと丸め、背中に回した手から頭の上を通して、女子生徒の頭上目がけ放り投げた。

 直後に紙くずに意識を籠める。丸められた紙は蛇の形になって生徒の上から雨の様に降り注いだ。


「う――――うわああぁぁぁあああッっ!!」


 蛇は生徒の制服の襟首から入り、彼女の背中でもぞりと動く。

 うなじに冷ややかな鱗の感触を感じた生徒は、一目散に廊下を駆けて行った。


「調子に乗るからそーなんだよ。ばぁ~か。知らない人間に因縁付けてんじゃねーぞ」

「あーあ……先輩、やり過ぎじゃないっすか?」


 男子トイレに消えた雅峰が何時の間にかに戻ってきていた。


「うあわっ! ……あれ? お前さっき居たっけ?」

「いえっ、一度フェードアウトして再登場しました」

「影薄っ」

「まぁまぁ、それそうと来ましたよ?」

「誰がよ? ……ああ先生か」


  

 雅峰の言う通り、先程の老教師が怪訝な顔で歩いて来た。


「待たせたわね……」

「どうかしましたか?」


 ……鎌かけるついでに脅かすか、何かむかつくし。

 広尾はにっこり(、、、、)と笑った。


「うう~ん……。そこで私が顧問をやってる合唱部の生徒が走っていたから注意したんだけど……背中に蛇が入ってるから取ってくれって言われたのよ……。だけど蛇なんて……」

「居なかったんでしょう? そうですよねぇ? 居る筈無い」

「そう……だけど……」


 影が濃くなり、茜色が黒い色に飲まれていく。それは泥の様に広尾の体にも纏わり付いた。

 老教師の胸に、「目の前の少女は、人の皮を被った別のモノでは無いか?」との想いが過ぎった。

 影に飲み込まれるでもなく、逆に影を従えている女は笑っている。

 彼女の笑みは、老教師の瞳の奥に妖艶な輝きを以って入り込み、それがこの世のものではなく、彼岸のものであるかの如き錯覚を老教師に齎した。


「だけど、その人にはきっと視えていたんでしょうねぇ……。きっとその人にとってそれは居た(、、)んでしょう――――」

「貴女……何を……?」


 風が強く窓を叩いた。軋んだ音が鳴る。

 広尾が匂わせる現実感の無さに、老教師は思わず教室(、、)の方を見た。

 老教師の視線を追った広尾は大きく眼を開く。

 なるほどね――――其処か。


「どうしたんです? 先生。その教室がどうかしました?」

「な――――何も……私は……」

「先生も見たんじゃ無いですか? 言ってましたよね、変なものを見たって」

「だけど……! あれは……全部私の幻覚で……そんなのは……!」

「本当にそうですか――――言い切れますか。自分が見たものが本物じゃないなんて」

「貴女……! 誰……なの……」


 この子は誰だ……。何者なのだ……。

 殆ど恐怖に近い感情が紗苗に込み上げてくる。

 広尾は薄ら笑いで紗苗に微笑んだ。


「――――そんなの誰だって良いじゃないですか。ワタシだって本物じゃないかも知れませんよ?」


 紗苗は目の前が少し暗くなった気がした。


「あぁ、先生。ワタシ、明日も校内見学したいんですよ。先生は明日いらっしゃいます? いらっしゃるなら付き合って貰えませんか」


 蛇の囁きの様な広尾の言葉を、紗苗は振り払う事が出来なかった。


「わ……分かりました……明日は部活があるので、その後なら……」

「ありがとうございます! せんせ!」


 一気に暗かった空間が明るくなった。


「それじゃあ、また明日ですね! ……じゃあ、お兄ちゃん行こうか!」


 広尾はくるくる回りながら雅峰の袖を引いた。


「先輩ぃ……あいてっ!」


 広尾達は紗苗に背を向け、階段に歩いていく。

 紗苗は内心後悔していた。何で自分は頷いてしまったのだろう。素直に職員室に連れて行くべきであった。自分はとんでもないのと関わってしまったのではないか――――と。 

 歩いている広尾は階段の所まで差し掛かると、紗苗へと振り向いた。


「さようなら、先生」


 振り返った広尾は殆ど無表情に近かった。

 だが、夕焼けに射されたその顔は、紗苗の眼にはとても幼く映った。




 







 

広尾は真よりも優しくないです。

 真が人間っぽい化物だとしたら、広尾は化物っぽい人間です。

 躊躇い無く人とか殺っちゃいそうですね、彼女。

 

 

 次回はまた葎……と思いきや、実は燐太視点になるという……。

 半々ですけどね……。

 今回が遅かったので次回は早めに出来たらいいな……。

 ではノシ

 

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