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duplices  作者: rakia
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雲の奥


 真は本当に動かし難いキャラです……。

 動いたら動いたらで事件なんて端から解決しちゃうし……。

 好きなんですけどね……。

 自分で作ったキャラなのに理解が出来ないという……。

 さて、何はともあれどうぞ!。

 






 不儀真の眼前に置かれている今川焼きバーガーなる物体を、自らはチキン南蛮バーガーのトレイを持ち立っている、郷堂慶吾こと空鉦は引き攣った顔で見た。


「……そんなに見てもあげませんよ?」

「…………いつも思うんだけどよぉ……どうしてお前はそういう変なもんばっかり選ぶかなぁ……」

「……? 変……ですか……?」


 空鉦はまことの味覚がどういう進化を遂げたのかとても気になった。

 天音ちゃんが何でも喰わせるからか……?。

 基本的に不儀真という人間は好き嫌いせずに何でも食べる。

 それは単に嫌いな物が無いというだけではなく、文字通り何でも食べる(、、、、、、)のだ。

 たとえそれが人間の食べる代物で無いとしても彼は食べる。それこそ、ゲテモノでさえも。

 かといって、味覚が完全に駄目という訳でもなく、美味しい物はきちんと判断できる舌を持っている所が、彼のある意味賞賛するべき部分だろう。

 通常、味音痴という人種は、美味い、不味いの区別が曖昧で、他人ともかけ離れた感覚を持っている事が非常に多い。だが彼は、そういう事は一切無い。ちゃんと味の良し悪しが判断できる。

 現に、空鉦は彼のおやつを横から掠め取り、その後にお仕置きされるのをライフワークとしている。  それだけ彼のおやつは、たとえ逆さに吊るされたって食べたくなる程に美味い物が多い。

 だから、彼が不味い物を平気な顔で平らげるのに首を傾げる人間は多いのであるが、彼にとってはこれが健常なのである。

 彼は不味い物でさえも認め、これはこれで美味いと言う。

 それはある意味才能なのかもしれないが、空鉦や、一般人の観点からすれば、到底理解出来る筈も無い。理解しようとしても途中で挫折するだろう。

 真の味覚の形成には、とある一人の女性の存在がある。

 城下天音しろしたあまね。別名、「とんでも料理人」。

 彼女が真に、奇異奇怪な味の想像もしたくない料理の数々をひたすら食べさせたというのが、特質な味覚が出来上がった真相なのだ。

 彼女の料理の特徴としては、美味い料理と不味い料理の落差が激しいというのが挙げられる。

 その日の食材、気温、天気、作ろうとしている料理、そして彼女の気分により、天音の料理は極楽と地獄程の変化を遂げる――――。という、最早安定感の欠片すらない料理である。

 一度食べた者は、舌鼓を打ち。二度食べた者は、顔を顰め。三度食べた者は、ああ、やっぱり勘違いだったかと安堵し。四度目で死に至る。

 一度上に上げてから落とされる方が、衝撃ショック損傷(ダメージ)は大きい。彼女の料理はそれを教えてくれる。

しかしながら、真にそれは通じない。彼にとって極楽も地獄も同義語であるからして、その様な差異を感じない人間に、衝撃も損傷も関係無いのだ。


「……美味い……?」

「美味しいですよ」

「ああ……そう……」

 

 空鉦は黙々と、食事を進める真と、かれの持っている包み紙を見比べて考えた。

 美味いのか……?。

 この場合は、今川焼きバーガーが本当に美味しい物なのかどうなのかというのはかなり判別し難い。

 真の「美味い」は何でも美味いの「美味い」なので、自分の味覚に当て嵌まるとは限らない。

 俺のチキン南蛮……大丈夫だろーな……。

 空鉦は、恐る恐る自分のトレーのチキン南蛮バーガーと包み紙に印刷されている手の拳程の包みを見下ろし、頬を軽く掻いた。

 今川焼きバーガーなんて物を出すぐらいの店だ。どんな味が来ても不思議では無い。食べるのも覚悟が要る。そもそも、普通に食事をする上で覚悟が必要なのかはさておき、今回は絶対に要る。

 何だか、最近はこういう心拍数を跳ね上げる食事が増えているのは気のせいなのだろうか。

 つい最近も、真の友人――――というには一寸若過ぎるが。彼の友人の一人である、柳葉藍子という少女の卵焼きを食べる機会が空鉦にはあった。その時彼は黄泉と現世の狭間に迷い込み掛けたのである。

 もっとも、それ以前からそういう経験は天音のお陰で経験済みであったので、彼は何とか苦心して帰ってくる事が出来た。

 無論、これは限りなく高レベルの殺人飯での話。通常では有り得ない。

 そんな事、絶対に無いと思っている。だからこそ空鉦は、躊躇いながらも眼を瞑り、包み紙を開け、喰らい付いたのだった。

 

「甘」


 外は香ばしく、中はしっとりと。

 たっぷりと詰まった粒餡は甘さは控えめで。

 それを補う様に黒蜜が甘さを強調アクセント

 中心には和洋折衷とも言えなくも無いキャラメル入りチョコと砂糖で煮た黒豆が。

 ある者は胸焼けし、ある者は海外諸国と比べたらまだまだと言う、甘さの濃縮塊。

 それは空鉦の血糖値を急激に上昇させた。

 わぁ、何だか頭痛がするぞ?。

 想像を絶する糖分に空鉦は眉間を親指で押さえた。


「これ、今川焼きバーガーじゃね!?  店員め……! 注文間違えやがったな……!」


 空鉦は笑顔で客に対応しているアルバイトの男性に、若干の殺意のこもった視線を送った。


「食べましょう」

「正気か」

「甘くても食べれます。死んでも食べれます。中身を確認してから食べない慶吾さんが不注意でしたね」

「死んでも食えって意味!?」


 泣きながらも、空鉦は今川焼きバーガーを少しづつ齧った。

 甘い……嗚呼……塩は何処だ……。塩……塩が欲しい……。……真は何で順調に食えてんの……?。

 真は黙々と食を進めている。躊躇いも無く、甘さの権化を消化していく。


「あばぁ゛い゛……」

「甘いですね」

「しぬ゛」

「死にますか。お花だけは添えて置きます。何が良いですか? 希望だけは聞きますよ」

「やっぱ、しな゛な゛い゛……」

「どっちなんですか。ハッキリして下さい」

「……お前さー…健康診断引っ掛かんないのかよ?」

「特に問題は無いですね。健康そのものです。お陰様で」

「お前……診断書の偽造は良くねーぞ……?」

「…………はい?」

「偽造したんだろう! 怒らないから言ってみろ!」

「近恵さんに電話してきますね」

「止めてよおぉぉぉぉ!!」

「嫌ですよ」

「酷いわっ! 真っ。そんな子に育てた覚え――――」

「……………………」


 真は何も言わず自分の携帯電話を取り出し、カ行の欄を開いた。


「あ、近恵さん? そちらの郷堂慶吾という男がですね――――」

「待て待て待てよ。まだ早い。な? 待て。とりあえず、それ置こう。そうしよう」


 空鉦は深刻な顔でそう言った。

 先程までかましていた余裕など微塵も残っていない。


「――――すいません。どうやら何か言いたい事があるそうなので一度切ります。折り返しお電話すれば宜しいでしょうか? ええ、はい。では――――。……止めるぐらいなら最初から言わないで下さい」

「容赦も情もお前には無いのかよぅ……」

「容赦……? 何がです?」

「あー……ちきしょう……お前は最高だよ……この野郎……」

「……? ありがとうございます?」


 あれぇ? おっかしーぞ?。


「……………………」

「…………?」


 駄目だこいつ。皮肉が皮肉として通じない……。一番性質(、、)が悪いタイプだ……。

 軽い絶望を、空鉦は不思議そうな顔をしている真に覚えた。

 彼は今川焼きバーガーを無理矢理口に仕舞いこんでから喋ろうとしたが、口一杯に詰まった甘さの狂気は彼に会話をする事すら許さず、その口内を糖分で圧巻した。


「あべぇ……」

「食べたら行きましょうか。……それとさっきの電話は冗談です」

「……心配して損した……」

「近恵さんは今日だって学校でしょうに。慶吾さんじゃないんだから、そんな事しませんよ」

「何をー! 俺だってそんな事しな――――いやァ……してるかも……」

「はぁ……してるんですか……?」


 真は日本海溝より深い溜息を吐いた。


「ま、まーそれは良いじゃねえか……えっと……それよりよ。沖さんだっけか? 忌み物だろ?」

「そうですね」


 真は首を横に傾け、横目でガラスの外の薄梅鼠色の曇り空を見た。

 忌み物。

 その名の通り、忌み嫌われている物を指す。

 一概にそうも言えない場合もあるが、大抵は名前の通りだ。

 一般的な物品から、それ以外の何でも無い様な物でさえも忌み物になる可能性はある。

 要はそれに穢れがあるか否かが問題なのだ。霊的なものが関与しているからといってそれが必ずしも忌み物だとは限らない。

 人を脅かす。害を為す。神々が嫌う不浄が忌みであり、それがある物――――。

 想いに穢され、人に毒され、呪いを撒き散らす物の事だと真は理解している。

 忌み物の処理は気乗りしない。形はどうあれ、人の想いを壊すのだ。邪な想いばかりでなく、時には純粋さが行き過ぎた末、そういう想いが籠められた品物もある。気持ちは理解出来る。出来るが、それでも自分は壊さねばならない。

 新たな不幸を呼ぶぐらいなら、早めに終わりにした方が良い。それが周囲の為でもあり、その物に対しての手向けでもある。半端な同情なんて無い方がマシというものだ

 今回は鏡だったな……。

 鏡に纏わる逸話は全国に流布している。

 本邦でも鏡は神聖な物として扱われ、神事にも用いられる。

 もっとも、実在の物として現在も在る物はかなり少なく、絞られる。

 現存していない。それも証拠が無いとなると、これは記録、口伝のみが頼りになってしまう。 

 ある人間はあると肯定し、ある人間は無いと否定する。霞の様な物である。

 実体の無い物を人が掴める筈が無い。指の間をすり抜けていくだけで終わりという事もある。

 しかし無い物があれば、反対に残っている物もある。銅鏡等はその良い例だと言える。

 無論、実用するには現在の鏡の方が品質的に上である。

 それでも当時は貴重な品であり、神の代わり身として丁重に扱われた様だ。

 鏡面に魅かれたのは何も本邦の人間ばかりでは無い。

 国外でもそれは共通であり、様々な地域で鏡に纏わる言い伝えは存在する。

 日本、中国、印度(インド)では、最初の死者でもあり、地獄の裁定者として有名な閻魔大王。彼の持つ浄破璃鏡じょうはりのかがみは人の罪を照らし、人生の道程すら映す。

 罪人は己が業を見せられ、罪状を照らし合わされる。彼に嘘を吐いたとしても、浄破璃鏡がある限り嘘は全て暴かれる。罪を照らす鏡の前で嘘は通用しないのである。

 この事から鏡には姿を映すだけでなく、悪を照らすという属性も持っているという事が窺えるだろう。

 それ故、ひびが入る事や割れる事は不吉の予兆として扱われる。

 だが、自分達が今回当たる件。それは鏡自体(、、、)が不吉なのだと、そう聞いた。

 その鏡を買ってから、自分の子供が眠ったまま、起きないと――――。

 夢を見たままの少年に医者も匙を投げ、今は病室で寝たままの生活が続いているそうだ。

 妙なのは、それと同じ状態の子供が何人も居る事。そして、鏡を買った直後に起きた訳では無い事。

 これらが無関係という事は考えられない。何かしらの共通項が存在する。

 

「辛気臭い顔してんなぁ、オイ」


 空鉦が真の顔を覗き込んで言う。


「……気になる事でもあんのか?」

「少しだけ……。だけど、とりあえずは行ってみない事には始まりません――――でしょう?」

「……やだぁ! 真ちゃんが成長してくれて、お母さん嬉しいわっ!」

「………………円和――――」

「おい、それは止めろ。止めろ。俺のケツが危うい」

「考えておきます」

「考えんなよ!? 即決しろ!」

「円和律師を呼べば良いんですね。分かりました」

「即決する方向が違う!! わざとか!? わざとだよね!? 日頃の恨みか! 晴らしちゃうのか!」

「え?」

「素かよッっ!!?」

「さて――――」


 真は椅子から立ち上がり自分のトレーを持った。

 空を見る。外の景観は鬱屈している様に感じられる。

 雲は流れなくなり、停滞している。

 蒼さは消え去り、続く限りの曇天が広がり続ける。

 まるで空の色が最初からその色だったかの如き中途半端な発色である。

 風が停まっているのだろう。

 吹く風が無ければ雲は動かぬ。そうなれば空模様は変わり映えしない。

 嫌な雲だ――――雨雲では無いだろうが、長引きそうだ――――。

 真に釣られて空鉦も外の景観を見ている。彼も天気の悪さが気になる様だ。

 

「なあ~に、失恋でもした様な顔で空見てんだよ! 詩人じゃあるまいし」

「……確かにそんな柄じゃないですね……」


 軽く笑いながら真は、視界から虚ろな空を外した。





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 何だ……? 特に以上は無い。矢張りこれが原因では無いのか?。

 真は自分の前に置かれている大きな姿見の淵を軽く触った。

 彼の背後には、不安気な表情の三十代後半だと思われる女性が空鉦に宥められている。

 真はもう一度鏡の全体像を見た。

 鏡面は薄く埃を被っていて、暫く使っていなかった事を窺わせる。

 金属に金色のメッキ加工が施されているだけで、特別な装飾は見られない。

 そして何より、忌み物特有の重い想念が感じられないのだ。

 これは普通の鏡。何処をどう見ても、何の異常も無い普通の鏡だ。

 顎に手を当て、彼は考える。

 装飾だけじゃなくて、鏡面も一応は金属製……。音埜おとの師に聞いてみる……か……。

 

「金行――――音埜師、申し訳ありませんが、これを調べて頂けますか?」


 白色の眩い球体が空中より出現する。

 その光景に空鉦の隣に立つ女性は息を呑んだ。

 白き光球から真にしか聞こえない声が彼の耳に届く。静かで温度の低い声である。

 

 ――……真……これ……調べるの……?――


「お願いします」


 ――…………うん…………――


 光球は鏡の周りを観察するかの様に飛び、最後にその鏡面を通り抜け停止した。


 ――……何も変じゃないよ……ただの鏡……―― 


「そうですか……。お手数をお掛けしました」


 ――……ううん……じゃあ、また……。……あ……伝言……。慶吾禿げろ――


 白い光球は現れた時と同様に空中へと消えた。

 短い会話が終わった真に、空鉦が小さい声で話し掛けた。


「どうだった?」

「異常は見られないそうです。それと、空鉦さんに伝言が」

「伝言? 俺に?」

「はい。『慶吾禿げろ』と言っていました」

「禿げねぇよ!! 去り際に、俺への捨て台詞吐くな!」

「気に障る事でもしたんじゃないですか?」

「した……いや……やっぱしてねぇ!」


 空鉦は唸ったが、彼に思い当たる節など一つも無い。


「そうですね。さ、仕事仕事」

「どうでも良さそうに言うな! これでもナイーブなんだぞ!」

「どの辺りが?」

「おっおい……深く追求するなよ……」


 空鉦の事を無視して、真は彼の隣の女性に声を掛けた。


「山上さん。とりあえず今日はこの辺で――――ご主人が帰って来られると色々と面倒でしょう。依頼についても反対していたそうですし、失礼します。何かあれば、お伝えした電話番号に――――」

「あ……はい……宜しく……お願いします……」


 山上奈緒子やまがみなおこは先程から変わらぬ不安そうな表情で真の言葉に応えた。

 ……警戒されているな……。

 どうしても自分達は警戒されてしまう。それはしょうがない事だ。

 霊魂自体を信じてない人間や、科学で証明出来ないからと言ってあからさまな拒絶を示す人間はかなり多い。根拠の無いものに対して人間は酷く臆病だ。

 それでも、視えないからと言って居ないとは限らない。

 その証拠に自分には霊が視えている(、、、、、)

 これが自分の空想だという考え方も出来なくは無いが、自分はそうは思わない。

 霊など視えていない人には視えていないのだろうし、人によって世界の映り方は違うので、それはそれで良いと思う。ただ自分にはそう映っているだけである。

 否定もしないが、肯定もしない。

 ただ、自分とってこの世界は霊が存在する世界(、、、、、、、、)なのだ。

 霊が居ないと思い視えていない人間にとっては、この世界に霊など存在しないのだろう。

 この人は自分側(、、、)では無くて、そっち側(、、、、)の人間だ。

 真は勤めて笑顔のまま言った。

 

「……ご安心ください。必ず、原因は突き止めますから。だから、あまり身構えなくても良いですよ」

「は……はい」

「それでは。慶吾さん後は頼みます」

「了解~」


 真は件の少年が使っていたであろう部屋を出た。

 通るべき人間が足りないからなのか、廊下に人が使っていた様な雰囲気はあまり感じられない。

 そろそろ電気を点けても良い時間だが、この家には灯の一つも無い。先程まで話し込んでいたので当然と言えば当然である。

 彼が右横を向くと、締め切られた扉の曇りガラスから生白い光が僅かに差し込んでいるのが見えた。

 徐々にその光景にも影が落ちていく。劇場の場面転換の様に昼が夜へと切り替わる。

 丁度この時間帯は時刻の変わり目。とても不安定な時間である。

 朝でも昼でも夜でも無い。隙間の時間。徐々に光彩は減り、廊下からも僅かな光は消え去った。

 後には薄暗い廊下と真のみが残される。


「よう、待たせたな」


 遅れて出てきた空鉦が真の背中を軽く叩いた。

 空鉦の後ろに奈緒子の姿は見えない。出てきたのは彼一人の様だ。


「遅い」

「……真ちゃんはせっかちですねー……」

「……円和さ――――」

「お前、それ嵌ったの!? 事あるごとに言うなよ!」

「密かなマイブームってやつです」


 ニコリと精巧に作った笑顔で真は言った。


「マコトクンハイイシュミシテルネー……」

「愉しいですね」

「くそう……。ぜってー、お前が隠してる金唾食ってやるからなー! 憶えとけーこんちきしょー!」

「吊るします」

「何処に!?」

「とにかく、馬鹿言ってないで外に出ますよ? 玄関口でごちゃごちゃ言わないで下さい」


 玄関口へと向かい、真は靴を履いてから玄関扉を開けた。

 外には蒼い闇が満ち始めている。この様子では一時間もしない内に夜へと変わるだろう。


「へいへい……」

「………………」


 先に外へと出ている真の髪が風に靡いた。彼はじっと外の景色を見ている。

 自らも外に出た空鉦が独り言の様に呟いた。


「……全く……あんなに俺達が信用ならないってんだったら、最初から依頼なんてしなきゃ良いのによォ……。あんまりお前も気にすんなよ?」


 真は思った。これはこの人なりに気を遣っているのか? と。

 声に出さずに彼は笑った。


「……慣れていますから。あの人も、藁をも縋る思いで探した――――……。子供が大切だとそう思っているだけで十分です。無償でこんな事をやっている俺達の方が不審の眼に晒されてもそれは仕方の無い事です。あくまでこれを含めた(、、、、、、)集団昏睡の解決ですからね、履き違えない様に」

「そーですね。分かってますよっと……。……つっても、本当は無償じゃないもんな? お偉い方(、、、、)からたんまりと寄付金も貰えるしよ。世の中上手く出来てるよなぁ……」


 しみじみと空鉦は言う。それに真は首を横に振る事も縦に否定する事もしなかった。


「あの人達も面倒事が減って、清々してると思いますよ。公にはしたくないでしょうし。……ところで慶吾さんだってお金の為だけだったら、じっとしていれば良いじゃないですか。檀家も多いんでしょう?」

「解って言ってるだろ……。俺だってなぁ……人並みに正義感はあんだぞ」

「フフッ……知ってますよ」

「うわー性格悪!」

「慶吾さんに言われるのは心外ですね……」


 ふと空を見上げた空鉦が言った。


「んーやっぱ曇ってるなあ」

「夕飯は暖かい物が良いですね」

「そんで、夜は大人の社交場へ……」

「行きませんから。慶吾さんは坊主なんですから、少しは煩悩を絶ってみたらどうですか」

「何でだよ! お前それでも男か! それとも賢者か、この野郎!」

「……? 俺は陰陽師ですよ……?」


 真は空鉦の言葉の意味が汲み取れず、訝しげに眉を寄せた。


「……今のは俺が悪かった……すまん! 綺麗なままの君でいてくれ!」

「……?」

「……間違っても、天音ちゃんとかには聞くなよ?」

「はあ……?」

「い、良いから忘れろ……なっ?」


 冷たい風が二人の間を流れる。真はそれに身震いした。


「ちょっくら飲み物でも買ってくるわ。俺は暖かいのにするけど、お前は?」


 空鉦は真の様子を見ながら苦笑いする。


「……暖かいのだな?」

「……そうですね……お願いします……」


 真はただでさえ白い顔を、更に白くさせている。彼は極度の寒がりなのだ。


「……へ……へっくしっ!」

「じゃあ、暫く辛抱しろよー?」

「は……ふぁ……い…ふぇっくしょいっ」


 歩く空鉦の後ろから、大きなくしゃみが聞こえた。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




「自販機自販機~っと」


 下り掛けた夜の帳を空鉦は見回した。

 当然ながら住宅街に自販機は少ない。

 表の方に出なきゃ無いか。

 そう思いながら彼は自動車の音が絶えないに方向へと歩き始めた。

 少し先に自販機特有のカラフルな輝きがちらついている。

 何だあるじゃん。あまり歩かずに済んで良かった。意外とこういう場所にも在るもんだな。

 それにしてもこんな場所に在ったのでは買う客も少ないのではないか。人が居なくても商売が成り立つというのが自販機という機械の利点か。

 空鉦は小さく赤や紫、緑の光が走る方向へと歩み寄って行った。

 自販機まで後数メートルという所で、彼は腰の辺りに小さい衝撃を感じた。

 ん……? 何だ……?。

 うぼっという、まだ声変わりのしていないくぐもった声が聞こえる。

 振り返ると、そこには陰険な眼付きの少年が空鉦を睨んでいた。

 お……これちっちゃい真だ……!。

 その少年目付きは、ついさっきまで一緒に居た陰陽師の青年が、空鉦に初めて会った時に寄こした険のある視線に少しだけ似ていた。

 

「……ご、ごめんなー」

「おじさん、何処見てんの? 前をしっかり見なよ」


 お前だよ! 前を確り見るべきなのはーっ! 可愛くねぇガキだな! そういう所までアイツにそっくりなのかよ。

 空鉦は笑顔で取り繕いつつも、内心ギリギリと歯噛みした。


「わ、わりーわりー……。お前、そろそろ家に帰らないと駄目なんじゃねぇのか? 暗くなるぞ?」

「普通にこの時間でも遊ぶ子供なんていっぱい居るよ。流石おじさん。時代が古い」


 こいつ殴って良いかな? 良いよね?。

 人を馬鹿にした様に鼻を鳴らす少年に、「礼儀」という言葉を物理的に教え込みたい衝動に空鉦は駆られたが、良心の瀬戸際で辛うじて残った冷静さを頼りに何とか思い留まった。


「頭頂部もそろそろやばそうだし、年じゃない? 禿げるよ」


 本日二度目である自分の頭髪についての言われなき誹謗に、空鉦の元々開けっぱなしに近い堪忍袋の、ティッシュペーパーで出来ている「こより」の様な緒が切れた。

 彼は肩を震わせ、渾身の想いで叫ぶ。


「そんなに俺の毛根を殺してぇか!!? 毛根だって生きてんだ! この人でなしッ! お前、寺に連れ帰って一晩中写経漬けにすんぞ!!? ついでにその真横で念仏唱えてやるからなッ!!」


 それは不憫な自らの毛に対する義憤である。


「うわー陰湿……引くわー。っていうか、おじさん……お坊さん?」

「そうだけど、俺はまだおっさんって年じゃねえからな! まだ二十台だっつーの、このクソガキ!」

「ふーん……お坊さんには見えないけどなぁ……」


 少年はジロリと空鉦の風貌を観察した。尖った黒い短髪に、上向きの眉。いかにもお調子者ですと自己アピールするかの様な顔立ちは、キャバクラの用心棒には見えても、仏門に下った人間にはとても見えないだろう。

 服装だけでもそれらしく見せれば違うのだろうが、湊鼠色のタンクトップに岩井茶色のウエスタンシャツを羽織っている彼を坊主だと認識するのは至難の業だと言える。

 雰囲気からして俗っぽいのだから切り離れていないのだから、少年が空鉦を色眼鏡で見た訳ではない事が良く分かる。


「ねぇ……お坊さんならさ――――僕の友達を助けられるかな……?」

「あぁ!? 何だって?」


 精一杯怖い顔を取り繕って、空鉦は少年を凝視した。


「……知らない人にこんな事言っても信じてくれないかも知れないけど……。……ああ、そうだ……おじさん……この街で最近流行ってる都市伝説知ってる?」


 少年は先程とは変わり、調子を崩した様子で空鉦に尋ねた。

 都市伝説を知っているかと言われても、今日この街に着いたばかりの空鉦が、こんな小さな街の都市伝説なぞ知る筈も無い。少年は空鉦が知らないと言う前にそれを察したらしく、知らないよね、と静かに言った。


「信じて貰えるかどうか分からないけど、僕の友達もその都市伝説に関わりがあるんだよ」

「……待てよ。何で俺にそれを話すんだ? お前の言う通り俺は垢の他人だろーが」


 意図が全く読めない。たまたまぶつかっただけの人間に怪談なんて話すのか、こいつ。


「お坊さんなら人生相談や、悩みの一つぐらい聞いてくれても良いでしょ? それともやっぱお坊さんじゃないの? 嘘吐き?」

「あー! てめぇ、言いやがったな! ……う~ん……良いよ。聞いてやる。聞くだけだからな!」


 まぁ……作り話だとしても少しだけ付き合ってやるか……。

 大方この少年も、その友達とやらに騙されたか、それとも自分で話を作ったか――――。

 どっちにしろ、聞いて貰いたいのだろう。子供なんてそんなものだ。

 少年は空鉦の返事を聞くと、意を決した様に口を語り始めた。少年だけが知っている怪談を。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 カレー……。……シチュー……。ボルシチ……。おでん……。

 暖かい汁物が無性に食べたい衝動に真は駆られた。

 彼は大きな息を吐いた。

 ここまでどっと気温が下がるとは思いもしなかったな。数日前まではそんな事無かったのに。

 濃紺に佇みながら真は、上に何か着てくれば良かったと肌寒さを感じながら後悔した。

 寒い……。こんな事に使うのはどうかと思うが、火行を……。

 ……そうか……手甲は車内に置いたままだ……。

 念の為に持って来ている五行手甲はパーキングの駐車場に置いたままである。

 寒いが、落ち葉から火を熾したら火事になる可能性がある。我慢する道しか彼には残っていない。

 他人からすればそんなに寒くは無いのだが、真夏の温度が丁度良いと断言する彼にとっては十二分に寒いのだ。秋になるとコートを。冬になったらそれにホットカイロを大量に仕込む。そして用事が無い時は家から一歩も外出しないで空鉦や天音に無理矢理引っ張り出されるというのが彼の一年の過ごし方なのである。

 凍る……。

 それは言い過ぎか、と彼は消え入る声で言った。

 …………? あの子――――。

 真の眼に入って来たのは一人の少女であった。

 彼の立っている場所は急激な坂になっていて、その下の街並みがはっきりと見える様になっている。少女はその下。人気の無い公園へと向かっていた。

 様子が――――。……! あれは……!。

 少女は胡乱な瞳で歩いている。どう見ても少女の様子は尋常で無い。

 その少女の瞳に真は見覚えがあった。あれは何者かに魅入られている眼だ。

 取り憑かれ、自分の意思が消えている人間の眼である。

 危険だ。そう判断した真は坂の下にある公園へと走り出した。

 真は坂を下り、車もまばらな車道を横切る。

 雲が動き出し、月が顔を覗かせた。月光がまばらに降り注ぐ。

 距離は……遠いか……。

 意思が操られているとすると、迂闊に手を出す事は出来ない。半端に手を出したならば、一番危険から遠ざけるべきである少女が、最も危険から近くなってしまう。それに少女自身に何かが憑いているという訳でも無さそうだ。

 ここは動向を見守るしか――――無いか……。

 真が公園の入り口へと辿り着いた時、虚ろな少女はすべり台の正面にふらりと立ち竦んでいた。

 少女はアルミで作られている下降部の板をひたすらに眺めている。

 逆光を帯びるアルミから突然手が伸びた。

 爪の尖った手が少女の手を掴み、月光を反射するアルミの中へ少女を引き摺り込む。


「!!」


 無垢な横顔が鈍く光る板へと飲み込まれていく。

 雲が再び動き月が隠される。月明かりは途絶え、濁った闇が膿み出す。

 どろりとした黒雲が空を塗りつぶし、闇が渦巻き灯を吹き消した。

 少女が消えた場所へと真は駆けた。

 消えている。少女の姿は何処にも見えない。

 少女が消えた先であるアルミの坂も特に変わった箇所は無い。

 輝きを失った銀色を真は叩いた。手応えの無い薄い感触と、耳元に響く音がする。


「くそっ……!!」


 その日、真達が滞在している街で一人の少女が失踪した。


 






 読み返してみて、俺……文章超下手じゃん……と痛感しました……。

 が、頑張りますよ!? ええ頑張りますとも!。

 次回は淑女が……。

 脇道である今回と次回のは二編か三編ぐらいで終わらせたいです。

 では次回!

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