お泊り会―夜の部―
調子が戻ってきたとか、調子に乗った事を言ってしまい申し訳無いです…。
土下座の意⇒ orz
今回の語り手というか、一人称は真です。この人とっても暗いです。
彼の内面を書くのが今回、六話目のテーマだった筈なんだけど…前置きが長すぎたり…。
まあでも、葎、真と来たら次はねぇ…あの少年ですよ。
ついでなんですが、真の持っている「手甲」についての解説を…。おそらく本編では解説しないと思うので…。
作中で真は五行を使います。有名な陰陽五行説を下地にしています。
五行は上から、木、火、土、金、水を時計回りの順番でしか出せません。
つまり木の後に土を出す事は出来なく、木の次は絶対的に火しか出せないのです。そして逆に、半時計周りに出すというのも出来ません。
時計回りで上記の順番でしか出せないという事になります。
しかし、五行の開始点はどこからでも問題はありません。真が居る場に五行の要素、木(以下ryのいずれかが存在していれば、そこから五行を次々に繰り出すというのは可能です。無論、その場に無い物質からは始める事が出来ないです。
それと、五行を変化させる場合、手が触れていなければいけないという制約もあります。
五行は同時にも使えません。一つの要素を使っている時には他の要素は使用できないのです。
意外と縛りが多いでしょう?。
問題は件の手甲です。
彼が受け取った手甲は「五行手甲」という物で、五行の過程を完全に無視出来るというチート…いえ、強力な一品です。
どういう事かと言うと、その場に五行の要素が全く無い状態でも五行が操れます。簡単に説明すれば、いきなり水や火や、金行でゲートオブバビロンの真似事が可能な訳です。それと通常では一つしか出せない五行の要素を同時に使えたりもします。それらを組み合わせて使うなんてのも…。火行と、金行を同時に使うと、焼けた鉄が…って事です。
手甲は強力な事には協力なのですが、五行が使える人間には当然使えないし、使うにしろ、自分の魂の力を使うので、そうそう滅多に操れる物では無いです。
それは真も例外では無く、補助無しでは長時間使えないのです。補助というのは、この話の真が言っている「ズル」というので、その正体は真の周りをフライアウェイしている五色の光であります。あれが真に力を貸しているので真はすんなりと使える訳ですね。彼は通常時もあの光達に手伝って貰ってますが…。
で、あれが何なのか、というのは…。
…おや…こんな時間に誰が…。うわなにするやめ…(以下省略されました。
また、光が落ちた。
当然、本当に落ちているのでは無く自分の眼にそう映っているだけだ。
暗闇からは数多の星達の零れそうな輝きが地上に落ち、知る事の無い物語を紡いでいる。
幾ら見ても星の示す未来は読み取れない。それは式盤を見ても一緒だ。
昔から星読みは不得手なので、今更読めなくても不思議では無い。どうにも星読みだけは上手くないのだ。他の、五行や式神の扱いはそれなりに出来るが、星を読み、占う事が出来ない。星を読み、吉兆、凶兆を読み取る陰陽師としては、致命的だ。本来の陰陽師としての形を失っている。
そういう血筋なのである。昔から色々なものを犠牲にして、戦う事のみに力を注いできた。
鬼を殺す為に。魔を伏す為に。そして、この世の理を保つ為に自らの血族の人間まで犠牲にしてまで力を手に入れた。それ故壊れ易く脆い。当然長続きもしない。結果、捨ててはいけないものまで捨ててしまった。だからこそ、自分の家は途絶えかけている。おそらく自分の代で終わりだろう。
虫の音と、風に吹かれ葉が擦れる音がした。耳に心地良い静寂だ。続けて、湿った緑の匂いと共に犬の遠吠えの様な声が耳に入って来る。この山に犬など居かったと記憶しているのだが、どこからか迷い込んできたのだろうか。その声は暫くすると止み、夜から再び音が抜き取られた。
――――静寂は、怨嗟の声を齎す。音が消え掛けているのに声だけが聞こえる。頭の中で誰かが囁く。それは自分が殺し、自分が消した者達の恨みの声だ。黒く負の感情を押し固めた声である。
――――殺したな。
――――死にたくなかったのに。
――――何で死ななければいけないんだ。
――――苦しめ。お前のせいだ。
――――死んでしまえ。死んで詫びろ。
――――呪ってやる。一生後悔しろ。
――――止めて、消さないで。まだ生きたい。
――――化物。来るな――――。
――――すまない。後は頼む。
――――またな。
――――やっと来てくれた。
…妄想。いいや、自分はそれだけの事をしてきた。人外や霊だからと言って、それを殺し、消した事実に変わりは無い。だが、その悪辣な言葉ですら、自分は受け止めてしまっている。とうの昔に自分は麻痺しているのだ。恨まれる事にはもう慣れた。それが異常であるのは自分でも気付いている。
いつかは許されるのだろうか。それは――――在り得ない…か…。恨まれる様な事をして置いて、それは虫が良いというものだ。因果の果てで地獄を見るならばそれも致し方あるまい。それで償えるなら、その方が良い。咎めてくれた方が痛くない。恨まれない方が自分にとっては苦しみになる。
下の方に火が見えた。この寺は高い位置に建っているので、下の景観が良く見える。
火は寺から、少し歩いた先にある湖に浮かんでいた。青白い灯が夜の湖畔を怪しく照らしている。二十も三十もある火の玉は蛍の様に湖面の上に漂い、それらはまるで先程まで見ていた星の様にも見えた。
そういえばあれを近くで見た事は一度も無い。一説には人の魂とも言うが、実際の正体は誰も知らないらしい。そういうものだとも、狐や化生の者が出す火とも言う。様々な憶測が飛び交い、鬼火というものを定義しようとする。だが、自分とっては蒼く穏やかな炎にしか見えない。物悲しい光りだ。蒼い炎は踊るかの如く舞い遊ぶ。怨念なのか。それとも違う感情なのか。幻想夜の光景は意味すらない問いを自らに投げかける。
一つの火に人の顔が浮かんだ様な気がした。
…見間違えか。いや――――本当に見間違えなのだろうか。尾を引きながら、火は付いたり離れたりを繰り返す。数が曖昧だ。どれが本当の数なのだろうか。蒼き炎の夜宴は終わる気配を見せない。
あの中に――――…。
そう思った瞬間、鬼火は吹き消したかの様に一斉に消えた。
戻ろう。そう思い、楓人と棗で作られている式盤を持ち直した。
少しだけ身震いをする。夏と言えど、夜の山の上の空気は自分には聊か冷た過ぎる。今でさえこの呈だ、冬は当然屋内に篭もり切りになる。正にそれこそ地獄だ。不健康極まりないが、寒いからのだから仕方が無い。前に猫みたいだと言われた事があるが、そんな事は無いと思う。単に寒いだけだ。
屋根伝いに歩いていく。曲面の上だから、足場は不安定である。一思いに飛び降りても良いのだが、少し歩きたい気分だ、そのまま歩みを進めた。仏寺の屋根の上に登るというのは不謹慎なのだろうか。瓦を踏みしめながらふと思った。
こうして高い所に登り、下の景色を見下ろすのは趣味みたいなものなのだ。田舎でも都会でもどちらでも良い。見ているだけで満足出来る。
頭上の月を見上げる。薄い黄色が掛かった月は、満月に成りかけていた。五日もすれば、月は完全に満ち、綺麗な満月を望める。
……今日は丁度六日目か。うっかり外で寝てしまわない様に気をつけないとな…。
屋根の端まで歩き、とん、と音を立て、降り立った。じゃりじゃりとした石の上を歩き、本堂近くまで差し掛かった所で、堂の一角に腰を下ろしている人物が視界に入った。あれは…自分の良く知る人物だ。
その人物は法衣を着ているとはいえ、おおよそ僧の振る舞いらしきものは無く、世から離れた空気というものをその身から手放していない。何より髪が長く、つんつんと毛先が尖っている。生臭者も多いという昨今の現状を考えれば無理も無いのだろうが、それにしても長い。けれど、自分も額まで髪が伸び切っている時点で、その様な事は言える資格は消え失せている。それに、言ってみようが、彼が素直に自分の忠告を聞き入れるとも思えない。その髪型はその髪型で似合っているし、特に問題も無いので、それについては言及しない事にしている。
彼はこちらを見ると途端に顔を綻ばせた。あまりにも子供っぽい笑顔だったので、こちらも思わず笑ってしまった。変わらない人だ。初めて会った時から変わらない。良い意味で年相応では無いというか…。
この人と接している時、俺は自分の素の感情が出ている様な気分になる。ただの勘違いなのかも知れないが。
「慶吾さん、こんな所で何をしているんですか」
「何ってよお、そりゃあ、お前を呼びに来たんだろうが。風呂行こうぜ、風呂」
風呂か、すっかり忘れていた。夕食を食べた後、何も持たずに直ぐに外に出たからな。気付かなくても当然か…。先に入っていれば良いのに、呼びに来てくれたのか。
おせっかいという言い方は悪いが、この人の場合それが長所なのだ。
「もう、そんな時間ですか。気付かなかったな。わざわざ来てくれたんですね」
「ふらっと外に出たっきり、戻って来ないんだもんよ、探しにも行くぜ。葎と燐太は先に行ってるつーから、俺達も行こうや」
「そうですね…。………? そのにやにやだか、にたにたなのか判らない笑みは何です」
慶吾さんは、こちらを見て、何故なのかいやらしい笑みを浮かべていた。大抵、この笑みを見る時は、何か隠しているか、ろくでもない事をしている場合が多い。この前この笑みを見た時は、大事に取って置いたどら焼きを全て食べられた。勿論、倍で返した貰ったが…。今度は水羊羹だろうか。
「さあて、何だろうな? まあ良いじゃねぇか、そんなの」
煮え切らぬ物言いだ。あえて俺に気付かれる様にしているから、やましいとか、そういうのでは無いのか。まあ…いずれ後で分かる事か。
彼の言う通り、先に風呂へと向かうのを優先しよう。時間も時間だ。遅くなったら――――。
「…じゃ、行きましょうか」
とんでもない事態になる。
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ごつごつとした岩場から湯が流れ出ている。此処の風呂は、天然温泉の掛け流しなのだそうだ。
と聞いてはみたが、今一ピンと来ない。以前はそんな事、気にも留めずにいたというのもあるだろう。
足先から、ゆっくり湯に入ると、じんわりとした暖かさが伝わってきた。温度はそんなに高くない。人肌よりも少し高いという所か。肩まで入ると、湯の気持ちよさが肌に染み入る。
傷が多いから、余計に染みる。これなら、長めに入っても大丈夫だろう。露天だから逆上せる可能性も少ない。たまには長風呂も良い。あの時間までは浸かっていよう。
視線を落とすと、曇った白色の湯が広がっている。濁り湯なので、湯船には何も映らない。あまりこういう湯に入る機会は無かったと思う。滑らかな肌触りだ、とろみがあると言うのだろうか、その様に感じる。気持ちが良い。
湯煙のせいか、先に入っている者達はまだこちらに気が付いていない。後で話しかけようか。リラックスしながらだと会話も弾むだろう。語らいには最適な場である。
鈴虫の音が定期的に聞こえる。星明りは湯気に遮られているが、先程まで居た外とあまり変わらな――――。
「おっしゃー! せやー!」
掛け声と同時に、顔に盛大な水飛沫が飛んできた。ぐにゃりとした大きな水の波紋が肌に当たり音を立て、その余波で体が揺れ動く。鼻から湯が入って、咽た。先客達も何事かと、一斉にこちらを見る。
波紋の中心には到底大人がやるとは思えない常識に欠けた行動を行った、郷堂慶吾という男が居る。死にそうな笑顔のままで、動かない。自分のしでかした事と、自分の置かれている状況を自覚しているらしい。無論、自覚させる様な空気を俺が発しているのだが。
やる事は一つだ。そんなに難しい事では無い。公共の場でこういう行動を取るという事がどういう意味を持つか思い知らせるだけである。
主に体の方に。
水面に手を乗せる。段階をすっ飛ばして、得意の金行を見舞いたいが、生憎手甲は持って来ていない。こんな事ならば持って来るべきだった。
「水生木――――あれを捉えろ」
湯船から水棲植物の根が伸び、ロープの様な根はいとも簡単にそれを締め上げる。
「ぐへっ」
先客達が若干怯えているが、それよりもこれだ。これをどうにかせねば気が済まない。
さて…どう始末するか。外に出して、根を絡ませたまま焼くか。
「とりあえず、締めて、絞めて、締め上げてしまえ」
「まこ…たんまーッ! 真、たんまだって! すいませんしたーッ! もうやりません!」
「たんまだか、とんまだか知りませんけどね、慶吾さん。もうやりませんって、去年も一昨年もその前も同じ事言ってましたよね? 俺の聞き間違いですか?」
「それは――――ほら~俺ってさ、忘れっぽいからさー…。あ! あれじゃね? どっかで頭を強く打ちつけたからそれで忘れたとか…」
そんな事あるか。それに忘れっぽいのは元からだろう。
睨み付けると、慶吾さんはひい! と飛び上がった。そこまで怯えるならば、最初からしなければ良い。するから悪い。毎年、毎年飛び込むのが義務かの様に飛び込んで。何をしたいんだ。
学習能力がこの人物には備わっていないのだろうか。一度頭を開いてみる必要があるかも知れない。
「そうですか、じゃあもう一回ぐらい頭を強く打っても、何の問題も有りませんね」
「あるあるあるあるある!!」
いや、無い。
「ま、真さんー…?。あのう…そのー…空鉦さん…」
湯船に浸かっていた先客の中の一人。自分の店の従業員でもある青年、栖小埜葎がおどおどとした様子で後ろからこちらに声を掛けてきた。可愛い部下に見苦しい所を見せるのも悪い気がしたが、先に始末したい。
葎君は先程まで湯に入っていたにも関わらず、白い顔をしている。湯冷めだろうか。彼は何かを言いたそうに口をもごつかせている。俺は何となくだが、彼が言いたい事を察した。
「律君…。…ああ、そういう事か。もっとやれ…と?」
「何でだよぉぉぉぉぉ!! あ! そこは駄目ぇー!」
駄目なのは貴方の頭です。
根の数を増やし、もっときつく絞めた。…根っこの始末が後で大変そうだ。火行で全て燃やすか。
「真さん! 違いますよ!? 空鉦さんが死んじゃいますよ!? 何か変な声出してるし! 気持ち悪いから止めましょう? ねっ、ねっ?」
む、違ったのか。もっと苦しめろという意味だと思ったのだが。
「…………仕方ないな…。慶吾さん、次は無いですからね」
「ハイゴメンナサイ…モウシマセン…」
これぐらい言って置けば暫くは大人しくしているだろう。まだ少し、不安感はあるが――――。
「木生火」
湯から伸びる木の根が燃えていく。煙は少し出るが、灰の方は何とかなる。水行の浄化能力を使えば雑作も無い。後片付けはきちんとしなければなるまい。
「水行――――灰を浄化せよ」
これぐらいなら自力で出来る。水行に自分の力を流し込み、操る。
湯に浮いている灰が瞬く間に取り除かれていく。正確には取り除いた様に見えるだけで、湯の中に溶け切らせたのだ。害も少ないのでわざわざ完全に完全に浄化する必要も無い。
凡用性に優れているのが五行の利点である。色々な事後処理も殆どしなくて良い。
やれ…やっとゆっくり出来る…。
――――きゃああああああ! うわわわわわあわっわっわ!!。
――――さー寧ちゃんッ! その素肌を晒しておくれぇぇぇ!。
――――広尾!! まーた、お前か!。
――――ありゃ、瑠妃さん? じゃあ瑠妃さんも纏めて…。
――――そうはいくか。お前如きに私がやられるかよ。
――――それなら倒すだけよっ! うおりゃああァァァァァ!。
――――調子に乗るな!。眼に物見せてやる! せやぁぁぁぁぁぁ!!。
…物騒な会話が聞こえたんだが…。本当にゆっくりしてて良いのか…?。
「おー、それ凄いっすね。どうやってやってんですか!?」
聞いてきたのは二重存在を保有している者の中でも特に珍しい、足に二重存在を宿している少年、風早燐太であった。威勢が良い子だ。どことなく慶吾さんに通じるものがある。彼の様に道を踏み外さない事を切に願うばかりだ。酔っ払うと裸踊りを始める僧の様には絶対になってはいけない。そもそも、僧は酒を禁じられているのでは無かったか。
…陰陽師が僧の事を気にするなど、変な話だ。
「どうって言われてもな…。説明が上手く出来ないな、何と言うか――――自然に働きかけるんだ」
「…??」
「ええっと…そうだな…。君や葎君は二重存在と自分自身、二人分の魂の力を使うだろう。俺の場合は、自分の魂と自然の力を使うんだ。使うと言うよりか、借りるって言った方が正しいだろうね。少しズルもしているが基本的にはそういう事だ。自分の魂で自然に呼びかけ、自然の摂理法則に則り、その力を行使する。陰陽師とそういう者なんだよ」
「うーん…」
「やっぱり説明が下手だったか…。例えるなら、君達が普通のギターより、二倍大きい音がするギターだとして、俺は普通のギターだが、アンプが付いているという感じか…」
「なるほど…それなら分かるっす」
「おーい、燐太ー。ちょっとこっち来ねぇか? 素敵な話があんだよ」
「素敵な話? お…あ、真さん、俺行きます! 空鉦さん呼んでんで! 聞きっぱなしでスンマセン!」
「いやいや」
「――――君は二倍と言ったが、私だと三倍だ!」
「………ガラ君?」
「そう私。今日は全く出ていなかったからね。…散々だったよ、君が私達を置いて行った後、謎のたこ焼き突っ込み職人に葎が深く感銘を受けて弟子入りしたし――――しかもそれが上手なのだよ…。葎のせいで食べられ無かったが、あれは美味しかっただろうなぁ~……ん? 何故笑っているのだね?」
「――――ははっ…ちょっと知り合いの事を思い出してね、その人もたこ焼きを焼くのが上手かった…」
「…君がそういう風に笑うなんて意外だな」
「そうかな。…ああでも、そうかもね…」
「ふむ、その人物は君にとっての大切な人かな?」
「………そうだね。大切だ…。かけがえの無い――――…大切な…家族…か…」
「違うな。私の勘が違うと言っている。正直に言ってみるんだ。さすれば紳士が華麗に解決してくれよう。ちなみに私は青臭い色恋沙汰から、夫婦間の最近ご無沙汰なのよね…という悩みまで何でもござれのお悩み相談紳士でもある。相談料は応相談と言いたい所だが、友人のよしみで特別に無…――――ぬわばぁぁぁーー!! だーかーらー! 勝手に人の体をジャックすんじゃ無ぇよ!! お前に悩みを打ち明けるんだったら、その辺の蟻にでも話し掛けた方がずっと良い!。お前に相談したら絶対悪化する!」
これが喧嘩するほど仲が良いというのだろうか。
彼等のやり取りは見ていて飽きない。微笑ましくなってしまう。何だかんだ言って、気心が知れているのだろう。そう――――。そう感じるのだが――――。
彼等の関係には違和感を感じる。どこがどう間違っているかなんて、俺には説明出来ない。
しいて言うならば、葎君が、ガラ君を見る眼と、ガラ君が葎君を見る眼に多少の差異がある。これだけは確信を持って言える。
現実に彼等二人が並ぶというのは有り得ないが、彼らの会話からそれは感じられた。
それはガラ君が葎君と代わり、彼の体を使って話す時。彼の瞳は遠い眼をするのだ。古い写真を見ながら感慨に耽る、そんな感じの眼なのである。それも葎君と話している時だけ。俺や、他の人達と話している時にそれは感じ取れない。何故なのか。何故葎君の時だけ。
根拠は無いのだが、彼等二人の間には見えない溝でも存在するかの様に思える。
他にもガラ君には気になる点が多い。彼は二重存在や、霊的なものに詳し過ぎる。彼以外の二重存在は自分がどういうものかも分かっていない場合が多い。だからこそ、その力を使いこなせないし、無闇な暴走を始める。だが彼は最初から自分の存在というものを認識し、使いこなしている。霊的なものに関しても、二重存在がいかにそれらに近いものだとしても、微細、詳細までは知らない筈だ。
では、彼は何故知っている。彼だけが知っているなんて事はあり得るのだろうか?。
二重存在に対する見識はまだ未発達なので、彼だけが特別なのか、どうなのかも判別し難いので、彼が異常だとは断言は出来ない。全て憶測でしか無いが、彼は二重存在とは別のモノなのではないか――――。
「――――の真さん? ちょっと、聞いてますか。あれ止めなくて良いんですか!?」
「えっ? あ…すまない。何の話だったけ?」
「だから、あれですよ。空鉦さんと燐太が女湯を覗こうとしてるって話ですよ!」
「あぁ、そうなのか。…そろそろだな…。…出ようか。時間だ」
「…時間?」
「出れば分かるよ。ほらほら、出よう」
葎君の腕を引き、湯船から出る。そしてそのまま、脱衣所へと続く引き戸へと歩いていく。
じっくりは入れなかったが、また入れば良い。
曇りガラスの向こうには逞しい肌色が既に大挙している。
…時間だ。
「えっ、えっ? ちょ…ちょっと真さん?」
慶吾さんは風早君を肩に担ぎながら、女湯と男を区切っている、背の高い、竹を編んで作られた仕切りを覗こうと腐心している。俺が止める必要も無い。彼等が来れば嫌でも中断せざるおえない。と言うよりも彼等は、まず自分達の身の安全を確保しなければならないだろう。これを機に心を入れ替えてくれれば幸いである。風早君にとっては少々荒療治となるが、それも致し方無いだろう。今の内に性格を矯正しなければいけない。慶吾さんの様になってしまったら大変だ。
…忘れる所だった。皆にも言って置かねばなるまい。
「皆さんも出ましょう。巻き込まれますよ」
湯船に向かって声を掛けると、『はーい』と綺麗に揃った声が返って来る。
皆、事情は理解している様で、素直に従ってくれる。
引き戸を開け、涼しい空気をその身に感じ、一気に体が冷える。涼しい事には涼しいのだが、エアコンが自分にとっては効きすぎだ。早くも鳥肌が立ってきた。こちらを見る視線を無視しながら自分の脱衣籠を探した。出て直ぐ右。中段の一番右側、其処が自分の場所である。
「やだあ、真ちゃん! もう出ちゃうの? それに皆も」
「ええ、十分浸かりましたから」
「残念ねぇ…私はもっと男臭い方が良いんだけれど…」
「そうそう、円和律師。空鉦住職が煩悩を断ち切れない様なので、綺麗すっぱり断ち切れる様に手伝ってあげて下さい。きつくお灸を据えてあげて下さいね。その方が彼の悟りが進むでしょう」
「あらあら、そうなのぉ~良いわよ。良いわよ。真ちゃんの頼みなら幾らでも聞いちゃう!」
「宜しくお願いします」
「そういえばね、さっき和菜ちゃんが来たのよ~。貴方、会って来たら?」
「そうなんですか、近恵さんが…」
「やあねえ、今はもう近恵じゃ無いわよ。慶吾も馬鹿よねぇ…せっかく和菜ちゃんが来てるのに。…あら。でもあの子が来てるなら、あの子に慶吾の再教育を頼んだ方が良いんじゃないかしら? 自分の娘に怒られた方が堪えるでしょうに」
「それもそうですが、やっぱり慶吾さんには律師が必要だと思います」
「嬉しい事言ってくれるじゃない~! ようし…野郎共! …じゃなくてあんた達! 慶吾を、ほ……じゃなくて慶吾を再教育よッッ!! 気合いれなさいッ!」
『うおぉぉぉぉぉぉ!!』という雄たけびが脱衣所に響き渡る。
頼もしい。そして勇ましい。
うん…? 葎君やその他大勢の顔が蒼いが、どうしたのだろう?。
矢張り冷房の効き過ぎは良くないという事か。後で温度を変更しなければ。
「…空鉦さん…生きて帰って来られますかね…」
「大丈夫だよ。一寸注意してくださいって頼んだだけだから」
「…それなら――――」
――――な、何だお前等!?。
――――あーそびましょ…。
――――待て、話せば分かる! 落ち着いて話をしよう! それからでも遅くない! うわああああああああ。
――――空鉦さああああん! …えっ俺も?。 うわあああああああああ。
――――若い子は良いわねぇ…じゅる…。
あっちは順調だな。
「本当ですか!? 嘘ですよね!? 今のって何ですか!?」
「どうしたんだ、何か聞こえたか?」
「ばっちり聞こえましたよ!? 同じ悲鳴が二回もですよ!?」
「そんな事は無い、ガラ君に聞いてみてくれ。きっと勘違いだ」
「――――その通り-―――嘘だぁぁぁ! それ嘘ですよ!」
「はははは、さてはのぼせたな。着替えたら、何か飲もう」
「そうですねー。………騙されませんよ!?」
かなり自然に誤魔化せたと思ったんだが。駄目か。
ぬ…寒い…。
やっぱり冷房が効き過ぎている。人工的な風はどうも体に悪く感じる。他の人達には悪いが、近くの窓を開けさせて貰う事にした。夜風は優しく吹いている。眺めも良い。大きな窓なので、枠に風景が邪魔されない。黒いパノラマの一箇所だけが黄色く光っている。鬼火とも違う眩い光だ。
其処には一人ぽつんと少女が立っていた。それを様々な異形の姿が取り囲んでいる。
魑魅魍魎。それに悪霊の数々。妖怪は団三郎さんが居るお陰で居ないが、それでも多い。盆も近いので仕方が無い。全てが全て人の言う天国や極楽に行ける訳ではないのだ。当然救われない魂や宙ぶらりんになる魂も出てくる。彼等は人を襲う。天使やそれに類する者はそれらを狩る。それは俺も同じである。
ああ、あれは天使の…ラグエルか。彼女には散々愚痴られた。どうも最近は地獄に堕ちる魂が多く、管理する側も大変なのだそうだ。管轄外の土地へも行かねばならないらしい。彼女は円和律師の古くからの友人で、今日は休暇を自らの神に出して尋ねてきたと――――。天使社会も縦型の様である。
で、彼女は一体あんな場所で何をするつもりなのだろうか。見た所、望んで飛び込んだ状況では無さそうだ。救援に向かうか…。しかし、彼女の性格を考えると、止めて置いた方が得策か…。
星の様な閃光を放ちながら、彼女の銀髪が風に靡く。その体の周りには黄金色の粒子が漂い、闇を照らしている。亡蛾の燐粉には似ても似つかない神聖なものである。あれは魂の光、到底人間や、ましてや虫などには真似出来ない輝きだ。輝きは徐々に力強くなっていく。これだけ光ればさぞかや目立つだろう。
…まさかとは思うが、こんな所で力を振るうつもりか。被害が出なければ良いのだが…。
「さっきから何を見ているんですか?」
俺がずっと窓の外を見ていたので気になっていたのだろう、葎君がそう尋ねてきた。
「天使が、少し…ね」
「天使って昼間の時に言っていたやつですね? へえ、窓の外に居るんですか?」
「多分昼間に会ったと思うよ?」
「あったかなぁ…? 覚えが無いんですが…」
無理も無いか。通常は普通の人間と見分けが付かない。その力を解放する時だけ、その全貌を現す。それでなくともあの髪や美貌では目立つ。彼女等は昔はどうなのか知らないが、今は人間では無いのだ。元々は人間だったとも、最初から天使だったとも聞く。どちらにしろ、その力は凄まじい。本気で戦えば自分も無事では済まない。
なのでかなり心配だ。彼女ではなく、彼女の相手をする奴等が。
「あの子が…天…使? すっごい光ってますけど、爆発とかしませんよね…?」
「どちらかと言うと、爆発するのはあの周りの方だね」
「そ、そうですか…。でも意外でした。天使があんな女の子だなんて。見た目、風早とか南屋さんとかと変わらないんじゃないですか――――」
葎君が言い切る直前に、囲まれているラグエルの口が動いた。
「頭カチ割んぞゴルアァァァァァァ!!! 魂とってみんかい!! その前に私がお前等の魂を貰うけどなァァァァァ!!!」
怒声と同時に眩い彗星の様な光が飛び交い、彼女の辺り一辺が灰燼と化した。
凄い声量だ。遠く離れたこちらまで届くなんて流石としか言い様が無い。
白く眼の眩む光線はラグエルの居る草ばかりが生い茂る広場を根こそぎなぎ払い、その先にある草木も次々に倒れていく。彼女の光は土地ごと敵を削り取っていく。これだけ盛大にやれば火の手の一つでも出ておかしくないのだが、全くその気配が無いのは、天使の持つ神秘性に起因しているのだろう。
「……………天使…。………天使…?」
「うん、天使」
「………ふ……ぶるるああああ――――む、葎の脳味噌の許容量を超えたみたいだ。キャパシティが少ないというのも考えものだね。服を着たら私は引っ込むから、葎の体を頼んでも良いかな?」
「ああ、任せてくれ」
…何で彼は気を失ってしまったのだろう…? 特に変な事は言ってないと思うんだけど。
湯当たりじゃなければ良いのだが。
…ああ、そういえば――――近恵さんが来たと言っていたな…。挨拶してくるか…。
出てきたばかりの引き戸を見た。喧騒はまだ止んでいない。
どうしようか、慶吾さんを待つか…。でも、時間が掛かりそうだな。…慶吾さんは…広義的意味で、まあ頑張っているんだろう。 二人で行った方が彼女も喜ぶ筈だ。外で待とう。とりあえず、葎君を運ばないと…。
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脱衣所の外に出て右側を行くと、其処は大広間になっている。湯で火照った体を冷ませる様にと冷房は勿論、扇風機も当然ある。男湯の左隣には女湯、そして正面には冷たい飲み物が自販機で冷やされている。俺は女湯入り口の左隣。大広間に連なる通路にある、木で組まれている長椅子に腰掛けている。何故寺なのにこんなに設備が整っているのかと言うと、それは笛名さんやその他の人達の恩恵なのだ。笛名さんは金融業、その他の人達も詳しい事は不明だが、コネクションが凄いらしい。自分にはとても想像の付かない世界だ。…? あれは…卓球台…? 右を向くと折りたたみ式の卓球台が大広間の壁に立て掛けてあるのが見えた。あんな物は前は無かった。見るからに新しいので最近購入した物だろう。
「あ、不儀さん」
「えらく早いね」
葎君を長椅子に寝かせていると、濡れ髪を手拭で拭きながら橋間さんが女湯の暖簾から出てきた。
彼女は一人か。あっちには瑞樹神さんが居るので酷く心配だった。あまりに心配だったので、笛名さんに見張ってくれる様、頼んだのだ。彼女の様子からして、女湯の平和は保たれたらしい。
「そうでも無いですよ。…? 風早君や、空鉦さんは…?」
「円和律師と大事な話をしている最中」
「そっちは、そっちで大変そうですね……。あたし達の方も壮絶な事になってましたけど……。…葎さん…どうしたんです? のぼせたんですか?」
彼女は座っている俺の隣に寝る、葎君を気遣う様に見た。本当に彼等は仲が良い。双子の兄妹に見える時すらある。というより、行動がそっくりなのだ。
「そうみたいだね。そろそろ起きるんじゃないかな? 起こしてみたら?」
「葎さ~ん。…起きませんね…こうなったら奥の手…! メロンパン」
「はっ! メ、メロン…メロンパン…!?」
葎君はくわっと目を見開いてから起き上がり、何かを探す様に血走った眼で周囲を凝視した。
「…起きましたね…。あたし、本当に起きるとは思いませんでした…」
めろんぱん…? 何かの呪文…?。
「お、俺は一体…何を…」
「…長く浸かり過ぎてたんです…けど…。ま、まあそれはそれとして…そこの自販機に牛乳がありますよ! やっぱり風呂上りは牛乳ですよね! 三人分買ってきます!」
「其処のは全部無料だから、お金は入れなくても出てくるよ」
「へぇ~。あ、コーヒー牛乳もある…こっちにしようかな…。何かリクエストありますか? 牛乳だけならフルーツ牛乳もコーヒー牛乳も苺もありますよー?」
「普通の牛乳で良いよ。悪いね」
「俺はメロンパンで」
「死ぬ気ですか」
「何を言ってるんだ…! 風呂上りと言ったらメロンパン…ッ!」
「それは貴方だけです。どんだけメロンパンに恋してるんですか。死ねば良いのに」
「――――寧に一票。――――くっ、お前まで言うか…。ガラも寧さんもメロンパンの素晴らしさが全く分かっていないッ! ですよね! 真さん!」
「…めろんぱんって何? 復活の呪文というものかな」
「………えっ」
その場の全員が一斉に眼が点になった所で、男湯から風早君だったと思われる、半溶解し掛けた人間の形をしたモノが出てきた。言葉と思わしき、繁殖期のチュパカブラの様な鳴き声を発しているが、理解する事は不可能に近い。
「かうおhshづえうしゃs」
「……風早!? 何があった! 融けてるぞ!?」
「jふsだうい@いうぢすっさj」
続けて、女湯から柳葉さんと南屋さんが出てきた。彼女は風早君だと思われる者を見た途端、それに駆け寄った。
「融けてますねー。これ、何ですか? 未知の生物?」
「り、燐太…? これ…燐太…? い、生きてる? 何て事…私が眼を離した隙にこんなおもしろ…大変な状態に陥っているなんて…! これ…私が責任を持って引き取ります…」
「そ、それだけは…こ、殺されるッ」
「戻った」
「風早君だったんですか~。そういえば…前にも似たような事ありましたよね?」
「良く融けるのよ。今年は暑いから特に」
「んな事無いよ!?」
「葎さん…これが愛の力ってやつですか…?」
「そうなのかな…ちょっぴりあれだけど………そうなのかなぁ…?」
原型を取り戻した風早君の頭を柳葉さんがぺちぺちと叩いていた。まるで彼が居るのを再確認している様である。そんな彼等二人を見ながら、葎君と橋間さんが抑え気味の会話を交わしている。
また、女湯の方から人が来た。今度は笛名さんと――――瑞樹神さん…だな…。瑞樹神さんは笛名さんにぞんざいに足首を持たれ、引き摺られていた。何かろくでもない事を行おうとして、それを笛名さんに阻止された結果があれなのだろう。同情の余地は無い。
俺は彼女の暴挙を事前にくい止めてくれた笛名さんに、心からの感謝の意を込めてグッと親指を立てた。彼女もそれには無言で応じる。お互い苦労している者同士、助け合おうという気持ちがひしひし伝わる。名残惜しくも、後を頼みますと眼で言うと、彼女は快く了承してくれた。これで瑞樹神さんの事を心配する必要は無くなった。女湯で何があったのかは知りもしないが、これで後は大人しく寝ていてくれるのを願うばかりだ。
「んな訳ねぇーだろッっ! 身に迫る危険を回避しようと防衛本能が働いたんだよ! ふーふーッ! …死ぬかと思った…もう駄目かとも…あああ…ケツが…ケツが…ッ!」
「そう…良かった無事で。じゃあ、もう一回行って来て」
「…キコエナイ、キコエナイ、キコエナイ、オニ、アクマ、ジャシン、アイコ…」
「燐太ならいけるって私信じてる」
「藍子ちゃんの信頼に応えないと! 頑張って、風早君!」
「嫌な信頼だなっ!?」
慶吾さんも出てきた。
…どういう事だ。風早君は融けていたのに、慶吾さんは何もなっていない。むしろ悟りを開いたかの様な穏やかで、一切の澱みが無い表情だ。何が起きたのだ?。一体、誰がこんな事を…?。
「やあ、真君…今日も仏の教えに従って生きてますか…」
……君…。違和感を感じる…。それに俺は仏教徒じゃない。
この実直そうな青年は本当に郷堂慶吾なのだろうか…。何処かで入れ替わったりした――――という線は…薄いか…。世の中には、映画になると途端に友情に篤くなるという事例も確認されている。もしかしてそれではないか?。他にも、ある泉の中に本物を投げ込むと、「女神」という人物が綺麗な偽者と換えてくれるという話もある…。何にせよ、彼が本物の郷堂慶吾であるという可能性は悉くゼロに近い。
「………住職?」
「………う゛おおおおおお…」
いきなり泣き出してしまった…。やっぱり、きつかったのか…。
全く、こんな酷い事を誰がしたのだろうか。とても人間の行う所業だとは思えない。
「真…俺…何とか守りきった…俺頑張った…ッ」
「ええ…貴方は頑張りました。もう頑張らなくても良いですからね。近恵さんが来てるらしいので会いに行きましょう」
「和菜が? んだよ…来るなら連絡の一つでも入れれば迎えに行ったのによお」
「住職を驚かせたかったんじゃないですか?」
「……ほー、お前がそれを言っちゃうか」
「別に俺が言っても良いでしょう。それとも何か不都合でも」
「んなもんねえよ。あれだよ、今夜はお楽しみですねってやつ」
「ちょっと意味が分かりませんから、もう一度男湯に放り込みましょうか?」
「止めてぇぇえぇぇ! あれは地獄よりもヤバイって! 人間の居る空間じゃ無いって!」
「はははは、冗談冗談」
「今、本気だったよな!?。…でよ、あいつは何処にいんの?」
「住職の部屋だそうです。…何か?」
「その、住職っての慣れないなァって…な…」
「じゃあ、呼び方を変えましょうか。近恵さんのお父さん。…でどうです」
「うえっ、それはもっとやだ。第一俺、あいつのお父さんじゃ無いし」
「煩いですよ、近恵さんのお父さん。向かいましょう。彼女も待っていますし」
「あいつ…俺の部屋を漁っていないだろーな…」
「見られたらいけない物でも?」
「嫌だなァ、そんなのある訳無いだろ~」
「あるんですね」
「う゛、持病の頭痛が」
「はいはい、そーですね。じゃあ皆、後でね――――」
葎君達に一言言ってから行こうとしたのだが、彼等は卓球に夢中になっていた。後から出てきた円和律師一行もそれに混ざっている。
それに自分と時を同じくして風呂から出てきた、佐伯黎という少年と子馬有羽という少女も居る。少女の方は何故か油性マジックとスケッチブックを持っている。どうやら、何らかの事情により喋れないらしい。佐伯という少年はその彼女の友達だと――――。
俺には彼女と彼がどういう関係かなんて詮索しようと思わないが、彼等が強い信頼関係にあるというのは傍から見ても分かる。佐伯少年は、自分も人の事を言えないが、無口な少年だという印象を持った。無口は無口なのだが、勝手なイメージで判断すると、単に口下手なだけだとも思う。
彼とは二言三言ぐらいしか言葉を交わしていないので何とも言い難い。その中でそう思っただけだ。
そして、子馬少女はかと言うと、どちらかと言えば、社交的な口数の多い子だと感じた。
…口数が多いというのは変か。彼女は口を利く事が出来ないのだから。だが、スケッチブックに書いてある彼女の文字がその明るい性格を表している。
そしてもう一組、怪人と名乗る二人組みが居る。彼等が最も謎だ。彼等を含め、新しい顔触れが今回は多かった。
一人は中嶋瑛侍。彼は見た目は一般人だ。
そんな彼だが、彼も怪人なのだと。
どの辺りに怪人の要素があるのだろう?。変わった所は無い様に思える。
その彼の背中の上に現在もたれ掛かっている女性が朱雨芽亞里。変わった名前だが、どうやら彼女は外国の有名な怪談の元になった怪人なのだそうだ。
それと――――確か人狼の一種である、ウェアウルフのウール・リコスという人も、今回初めて逢った人の一人だが、今は居ないらしいな…。
…さてと…。
「住職、置いて行きますよ」
「へいへい」
喧騒を背中に感じながら歩き始めた。
背後の声は色とりどりで、騒がしいながらも楽しそうに聞こえる。
――――購買でメロンパンばっかり買っていたら、何時の間にか、皆、俺の事避けるようになったあの日々…。いつも俺を呼ぶ時は「君」付けだったし…。体育で二人組みを作れと言われた時の不安感など言わずもがな…。机で寝た振りなど数え切れない…。真性…いや…! 神聖ぼっち舐めんなよ! うっし! 寧さん! ぼっちの花形…卓球で俺達に勝てると思い上がっている奴らの鼻、明かしてやろうぜ!。うぉぉぉぉおおおおぉぉおお!!!。
――――フフフフ、当然! ひたすら壁打ちを繰り返したあの日々…忘れもしませんよ。第一、…皆、彼氏彼氏って…。そんな事よりゲームだッ!!。と言ったら、ドン引きされましたよ!。ただでさえ、人数の少ないクラスでかなり浮きましたもん…!。その苦しみがあなた達に理解出来るか!?。東京だってねぇ…端の方まで行けば過疎化してんですよ!!。葎さん! いきなり本気でいきますよ!。はぁぁアアアアぁぁぁアア!!!。
――――あんたら息ぴったりだな!! つーか、堂々と黒い歴史を晒すなよ! 聞いてる方が居た堪れなくなるぞ!?。………あれ…朱雨と瑛侍じゃん。お前等もやるよな?。
――――めんどくさいからどうしよーかな~。それより、一発芸やるから見ろよ。一発芸。赤いペンキを頭から被った人。
――――うぼあああああ!! それ、ペンキじゃなくて血!!。
――――また、血塗れになってー!。燐太君、気絶しちゃっただろ!。もうっ!。
――――面白いとおもったんだけどなー。
――――三人で回そうと思ったのに全くあいつは…。灯ちゃん。私とやろ?。燐太は駄目みたいだし。
――――そうでっすねー。あ! 有羽ちゃんも一緒にどうですか?。佐伯も一緒に!。
――――………………。
――――ええっ…オレもやるのか…?。
――――…! …………!。
――――…分かったよ…。
――――私達も負けられないわねえ…。若い子達よりも動ける所を見せてあげましょッっ!!。
その場の雰囲気に自分も取り込まれたのだろう。くすっと笑ってしまう。
最近は昔より笑う機会が増えた気がする。
「うるせェなあ、あっちはよ」
「そうですか? 俺は好きですよ。こういうの」
「……ま、真がおかしくな…」
「なってません」
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「遅いです。私を待たせた慶吾は反省するべきです。いいえ? 不儀さんは良いんです。慶吾が駄目なんです。とんだ駄目親父ですね」
気の強そうな両眼がこちら――――実際には横に居る慶吾さんをねめつけた。険のある瞳の上には釣り上がった眉が細い形を歪めている。それらが一体になり、彼女のとっつき難い空気に直結しているのだろう。今は下唇まで突き出しているので、更に機嫌が悪そうに見える。
「親父って言うんじゃねェ。お父さんと呼べ」
「気持ちが悪いです。東京湾に沈んでください。け・い・ご」
「和菜、反抗期かなぁ…真ぉ…」
「知りませんよ」
「不儀さんもそのアホ坊主なんか相手にしないでくださいよ。第一、本当の親じゃないんですから、慶吾で十分です。ねっ、慶吾!」
反抗期…あながち間違いでも無いかもしれない。確か彼女も今年で高校生では無かったか。
「…不儀さん」
「何だい」
「慶吾の部屋から見つかった、いかがわしい物品の数々を今からこの人の目の前で叩き割るので、少し外に出ていて貰えませんか?。穢れた物の数々でお眼汚しをするのはどうも…。不儀さんの部屋のお部屋はで待ってて頂けませんか?」
「良いけど、歩いて直ぐだし」
「うごっ…!? しまった…! 俺のマイオアシスが!」
「煩い。あんたのオアシスなんぞ、埋めたたてやる。今夜はあんたの性癖について、家族会議だ――――。…です」
「それじゃ、ごゆっくり」
「早速、いちまーい」
「止めるんだーッ! 早まるなーッ!」
慶吾さんを閉じ込め、襖を閉めながら後ろを向くと、何かが破ける音や、乾いた、物が割れる音が襖越しに聞こえた。…うん、家族愛だ。さて…部屋に戻るか。
手甲も置きっ放しだ。師匠達に何を言われるか分かったもんじゃない。
木の廊下を音を立てながら歩いていく。俺の部屋は慶吾さんの部屋から、二つ先の部屋だ。内装的には当たり前なのだろうが、和室である。洋室もある事にはあるらしいが、和室の方が自分は落ち着く。葎君、風早君の部屋は俺の部屋を挟む形で両隣となっている。
さっきのあれ…何か不自然だった気がする。慶吾さんがあんな事されるのはいつもの事だし、近恵さんは俺の目の前だろうが躊躇無くやる筈…。考えても仕方が無い…な。
自分の部屋の前まで来た所で、部屋の中から漂う、油の匂いを感じた。
…? 油?。そんなの持ち込んだ覚えが無い。それが部屋から匂う…?。
思い切って襖を開けた。目の前にはキャップ帽を目線ぎりぎりまで被っている怪人物が、ちゃぶ台の上にある、手ごろな大きさの電気たこ焼き機でたこ焼きをひっくり返そうとしている手を一端止め、ぽかんとした様子で自分の方を見つめていた。その瞬間、俺は反射的に台の上の、手甲を包んでいる風呂敷を掴み、外に出してからそっと襖を閉めた。
「…………………天音?」
「おっ…おお…おおお……?」
被っていた帽子が取り払われ、長い髪が肩に掛かった。
好奇心の塊の様な、忘れもしない瞳がこちらを見て笑う。
まさか――――…。
閉めた筈の襖から小さい眼が二組覗いている。
やっぱりか…。
俺が見ると素早く消えたが、確実に慶吾さんと近恵さんだ。絶対にそうだ。あの似非親子だ。
彼等は…はぁ…。
………謀られた。彼女が来ている事を俺に隠していたのだ。それで様子がおかしかったんだな…。
「げ、元気ー…? 真…?」
「来ているなら言ってくれれば良いのに…はぁ…」
心の中でのみならず、現実の方でも溜息が出てしまう。
「もー、またそんな毎日がお葬式みたいな顔してるー! 言ってるでしょ! 楽しい顔してないと、幸せが逃げるって! 笑わないと駄目だよっ」
飛び掛るかの如く立ち上がった天音は、俺の頬を摘み、引き上げた。
痛い…。
「わひゃった…わひゃったから、むるひゃりわらわひょうとふふるのはやめてけれ」
「…本当に…久々…。…ほらほら、座って座って!立ちっぱなしじゃ話せないよ! 今日はいっぱい話せるね。私の新作メニューについても聞かせてあげよう! それとね、それと…ずっと…」
最後まで言わなくても彼女が言おうとしている事は分かった。進められるままに座り、改めて彼女の顔を見直す。彼女は出会った時と同じ――――いいや…同じ笑顔じゃないな…。今の笑顔は今のものだ。
彼女と初めて逢った時、その時とは違う。あの時は俺はどんな顔をしていたんだろう。あまり良い表情じゃ無かった事だけは覚えている。そして彼女の笑顔も強張ったものであった。目の前の彼女の笑顔は昔のそれとは似ているが決定的に違う。
そして自分も少しだけ笑えるようになった。だから――――少し変に見えても精一杯笑おう。
あの夜とは違うのだから。
「俺も――――俺もさ、君に話したい事が沢山あるんだ――――」
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「おい、和菜…これって出歯亀ってやつじゃねぇのか…? 結構経つけどよ…二時間も経ってりゃ、その…あれになってんだろ…あいつ等も大人なんだしさぁ…」
和菜に連れられて来たものの、覗きを擦るハメになるとは。
それにしてもノリノリだな、こいつ。そういう趣味か?。
「そんな事ばっかり考えているから慶吾は何時まで経っても慶吾なのよ。この慶吾!!」
「俺の名前は悪口の一種なのかよ!?」
俺の娘(仮)は日に日に口が悪くなります。どうしましょう。
小さい頃はおにいちゃんおにいちゃんって懐いていたんだけどなぁ…。…あれ…本当にそうだったっけ…。最初から慶吾! 慶吾! って呼び捨てだった気も…。
…ふはは…いやいや、記憶違いだな…。…だな…?。
「シーっ…気付かれちゃう…。良い…? 開けるよ?」
襖を開け放つと、寄り添う様に寝ている真と天音ちゃんが居た。
…普通、会話するにしろ、向かい合ってるよな? 何で隣に?。
てっきりあんな事や、爛れた事態になってるもんかと思ってたんだけどなぁ。
まぁ、こいつ等に限ってそりゃ無いか。ガキだもんな。
「……寝てるな…」
「そうね…一寸期待してた自分が恥ずかしい…」
おいおい、我が娘、軽く何を口走っちゃってんの。
顔を抑えながら、ベタな反応を見せる和菜を見て、将来が心配になった。
「…全くよぉ…子供だなぁ…こいつ等…。…和菜、天音ちゃん頼むわ。俺は、真寝かせるからさ」
「……このまま寝かせとこうよ。そっちの方が良いでしょ…?」
「あー…うーん…そうだな…そうしとくか…夏だから風邪も引かないだろ。上に掛ける物だけ取ってくるかな」
「私も行く。邪魔しちゃ悪いし。それに私達の部屋にも運ばないと」
んん? こいつは部屋、俺と別だろうが。
私達ってのはおかしい。
「おぉ? 何だよ、一緒の部屋で寝るつもりか? 良いぞ? お父さんが一緒に寝てやんぞ?」
「くたばれ、ロリコンっ!」
強烈な右フックが俺の顔を抉った。これなら世界を目指せる。
和菜は立派に育ってくれた様だ。痴漢だろうが、何だろうが、襲われてもこいつなら、再起不能まで追い詰めたあげく、社会的にも物理的にも抹殺するだろうし、もう俺の手を借りずに生きていけそうだ。
……んーと…これも…最初からだった気が…。hahaha、そんな訳ねぇか。
んーこの鈍器みたいな拳…これはとっても…。
「ぐへぇッっ!!!」
痛てぇ!!。
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乗っていたマイクロバスが自分の店の前に止まった。たった二日しか経っていないのに、数日間もはんれていた様な感覚だ。勢い良くドアが開け放たれる。ずっと座りっぱなしの車内が余程窮屈だったのだろう。スライドドアから入り込む風は、鬱屈とした空気を洗い流してくれた。
一番最初に出たのは葎君と橋間さんだった。その次に風早君、南屋さん、柳葉さん、そして瑞樹神さんと、雅峰君が出て行く。俺は一番最後で、開いたままのドアに寄り掛かり、外の方を眺めた。
天音と俺は会話の最中に寝てしまったらしい。彼女は俺が起きた時には居なかった。
それでも…起こしてくれれば何とかして起きたのに…。
それと、明確には覚えていないが、明け方に彼女の声がした気がする。彼女は何と言っていたのだろう…?。
「いやー帰ってきたー! 一泊だけだったけど、密度が半端じゃなかったね」
「ですね~。夜の卓球では強敵とも巡り会えましたし…。………我らぼっちの相手では無かったがな…。なぁ、葎よ…」
「そうともさ…寧。彼等ともまた再び巡り会おう…。それが宿命というものだ…」
「ああ…その日まで我等も技を磨かねばな…」
「あんたら、顔が九十年代の劇画調漫画の主人公みたいになってんぞ!?」
「そんな…」
「事は…」
『無いッっ!!』
「燐太もやれば出来るんじゃない?」
「そうですよ。気合だっ」
「出来ないよ!? っていうか、気合の問題、コレ!? とんだ無茶振りだな!!」
外を見ていた俺に慶吾さんが話し掛けてきた。彼はもう一度このバスで戻り、その後、自分の車で近恵さんと自分の寺に帰ると言っていた。一応これでも住職という肩書きを持っているので、寺を長く空ける訳にはいかないのだろう。
「さあて…俺はこの辺で帰るわ」
「はい。…そうそう、住職、天音が来てた事は良いとして――――。…覗きは良くないですね。三途の川を渡る覚悟は出来ていますか?」
すっかり忘れていたが、まだ覗きの代償は支払ってもらっていない。どうしてくれようか。
…というのは、本意では無い。
「悪かった! 悪かったから――――」
「…でも、感謝してます」
「…水臭ェなぁ…」
慶吾さんが珍しく顔を背けた所で、葎君がこちらに小走りで来た。顔色が悪い。何かあったのだろうか?。とりあえず、俺も外に出た。すると、葎君の後から瑞樹神さんと、雅峰君も寄って来た。よくよく見れば、葎君の背後には縮こまっている橋間さんも居る。
どう考えても瑞樹神さんが原因である。
橋間さんを狙う、瑞樹神さんの動きは蛇のそっくりだ。蛇の式神を使うと、行動までそれに似てくるのだろうか? それとも蛇の様な行動をとるから、蛇の式神が使えるのか?。どちらなのだろう?。
「真さん!! あの人達は何で車降りてるんです!? 帰らないんですか!?」
「何だ、ワタシに文句があんのか、栖小埜。この近くの担当になったんだから別に良いだろーが」
「そういう事で、隣の県からで此処からは少し離れてますが、暫くは頻繁に立ち寄る事になると思います。先輩共々よろしく」
「はい、じゃー女の子は集合。身体検査しますからね~。ワタシの前で服脱いで――――」
女の子と言っているが、蛇の様な瞳は確実に橋間さんを捉えていた。
橋間さんは余程、彼女を気に入られたのだろう。可哀想に。
「ひィィィィィ!! り、葎さん! どうにかしてください!」
「…真さん。どうぞ」
うちの従業員を蛇の毒牙に掛けさせる訳にはいかない。
それに、手甲がある今なら地形に関わらず金行が使える。とりあえず槍でも作って投げよう。
「うん。――――土生金」
「雅峰、盾になれ!」
「先輩、無理っす」
「こら、逃げんな!」
…今度天音と逢った時も会話に困る事は無いな…。また、騒がしくなりそうだ。
<了>
天音というのは昼の部に出てきた、たこ焼きの人です(笑)
彼女と真の話はまたいつか…。
この話の主人公はあくまで葎とガラとメロンパンです。
あともう一つ、真が聞いた犬の声、あれ、人狼の人のです。
今回はおそらく今後登場するのかも不明なキャラクターが乱立しましたね。他作品のからフライングで出ているのも居ますが…。まあそれは置いといて。いずれでるかも知れませんし。
にしても…調子に乗ったら、こんな長さになってしまったでござる。 しかもこれでも大分削ったんだぜ…。その上加筆する箇所も当たり前の様にあるんです…。…では次回!




