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duplices  作者: rakia
33/71

お泊り会―昼の部―

  主な使用方法


 ・失笑したい時


 ・重度の変態的主人公が見たい時


 ・くだらない話が読みたい時


 ・無理矢理自分を励ましたい時


 ・暇潰し


 ・メロンパンが足りないと思った時



  などの場合にお読み下さい。勿論、それ以外でも結構です。



  注意! 副作用として、頭痛、吐き気、胸焼け、全く笑えない、逆に欝になる、メロンパンへの禁断症状、などが起こる場合があります。ご注意下さい。

  

  それでは昼の部、開幕開幕。

  

 

「さあ、解脱解脱!!」

「無理ですってぇぇぇ!! それ違うものから抜け出してますって!!」


 必死で逃げているにも関わらず、清浄では無く、正常でも無い坊主頭の集団は俺達をひたすら追いかけて来る。幾らこの寺が広いとはいえ、敷地には限りが当然ある。いつかは行き止まりになるだろう。それに此処は彼らにとっては自らの庭なのだ。そして、足を止めるという事は死を意味する。

 とにかく分が悪すぎる。真さんや空鉦さんはともかく、俺や風早は早々に彼らを捲かなければ追いつかれるのも時間の問題だ。どうにかして、彼らの魔手から逃れなければ。でなければ、俺達は――――…どうなるのだろう…?。頭でも丸める事になるのだろうか。それだけで済めば良いのだが、見る限りではそれは在り得ない。

 しかして、さっきからの疑問だが、何故追いかけられている…?。何か悪い事をしたという訳ではない。別に疚しい所が無いのだから、逃げる必要が無いなんて論理は彼等? に通じるのだろうか?。

 彼等も逃げたから追ったという感じなのだろう。肉食獣の前で怯えながら逃げたら、当たり前だが追う。多分、それと一緒だ。とりあえず追おうぜ! みたいなノリでこんな恐ろしい経験をさせられているなら迷惑以外の何ものでもない。


「お、俺達…何っさされんだろ…」

「風早ぁぁぁ!! そういう悪い想像はするな! 生きて戻る事だけを考えろぉぉぉ!。まま真さん…何とかして足止めしないと…このままだと、追いつかれますよ!?」

「足止めか…よし分かった!」


 真さんは、確りと頷いた。ああ…やっぱりこういう時に頼りになる人なのだ――――。

 と思っていたら、彼は急に止まり空鉦さんの足元目掛け自分の足を突き出した。

 当たり前だが、全力で走っている人間は急な障害物が現れるとそれに対処出来ない場合が多い。

 つっかえ棒の様な真さんの足に空鉦さんが反応出来る訳もなく。彼は浜辺のビーチフラッグ宜しく、空中を飛び、年季の入った床に飛び込む事となった。


「うぼっべッっ」


 うつ伏せになりながら床に伏す空鉦さんにかの軍勢は襲い掛かり、彼の断末魔が聞こえた。


「やばっ…!! ちょちょちょ…! アッー!」 

「これでいいかな!?」

「意味が違ぁあーう!!! 足止めだけど、味方の足を止めてどうすんですかぁー!!」

「そうか…すまない…」

「悲しそうな表情しても駄目ですからね!?」



 空鉦さん…死ぬなよ…。もう遅いと思うけど。

 さて…いよいよ不味い事になってきたぞ…。…風早が居ない…? 何処に…?。

 それに何かおかしいぞ…? 俺達、廊下を走っていた筈…なのにどうして…。森の中を駆け抜けてんだ?。え…何コレ…。俺がおかしいの? 精神崩壊?。

 視界には鬱葱とした森の風景が映っていた。日の射さない樹林。彩度の違う緑だけが辺り一帯を彩っている。種類の分からない草木が無造作な列を作っている。これは現実か。

 何となく薄暗い。これは木の葉によって光が遮られているのか、それとも光自体が差し込まないのか――――。どちらにしろ暗い事に変わりは無い。

 樹海というのが最も近いだろう。空に向かって伸びる木も、蔦が絡み、曲がっている。倒木には虫が食った跡があり、廃頽的な要素をこの人の気配が感じられない世界に付与している。

 何も音が聞こえない。自分以外が消えてしまった感覚を覚えた。こうなると、前方を走っている真さん

も本当に居るのか疑わしくなってきてしまう。

 俺は何処を走っているのだろう。見れど見れど、風景は似た様な感じのものばかりで、代わり映えが無い。背景だけが隙間無くみっしりと緑で埋め尽くされている。唯一、自分達が走っている道だけが拓けている。獣道という奴だろうか。奇妙と言えば奇妙だ。俺達が進んでいる先だけがこうも都合良く何も障害物が少ないというのはどう考えてもおかしい。狐にでも化かされているのか。


「お、おい…ガラ…俺は正気だよな?」


 ――日頃の生活を見る限りでは正気では無いね。特にメロンパンに対する執着は半端じゃない。変態かと思う程…いいや君はきっと変態なんだろう。この前、メロンパンと結婚したいと言った時は、ついに精神にまで支障をきたすようになったかと思ったね。君は一流の変態という事だ、誇って良いぞ―


「う、うるさいよ! そうじゃなくて…俺が聞いてんのは今のこれの事だ! 俺達さっきまで縁側を走っていたよな…? それが何で森を走ってんだよ!?」


 ――さぁ…? 道を間違えたんじゃない? 良くある良くある。カーナビに従って進んだら逆に遠回りなんてざらさ。ちょっとした間違いだ。――


「おかしくね!? ちょっと間違えただけで森ダッシュなんて聞いた事も無いよ!?」


 ――私がそんな事知るか!! 少しは自分で考えたまえ! 毎度、毎度、何でもかんでも私に聞けば良いと思って! この馬鹿! ドジ! マヌケ! メロンパンだか何だか知らないが埋もれて死んでしまえ!――


 急に怒ったよ…。まあ…俺もこいつに頼りきりな所はあるけどさぁ…。いきなり過ぎない…?。

 あ、謝った方が良いのか…?。謝っとくか…?。俺が悪いし…なあ…。


「ご、ごめんなさい…」


 ――という感じでどうかな? 脈絡も無く怒ってみたら、個性が強くなると思うんだ――


「知らないよ!!? お前はこれ以上個性を付け足してどうすんの!? っていきなり罵り始めたのってそれが原因!?」


 ――如何にもその通り――


「イカもタコも無ぇよ!?」


 ――ふむ…しかし、もう後ろからは追っ手が来てないな…この場所は一体…――


 真さんが急に止まる。俺も不安感を抱き始めていた所だ。何か言ってくれた方が有難い。

 それに止まったおかげで少しだけ、息をつく事が出来た。走りっぱなしもキツイものだ。

 真さんは俺の方を振り向いて口を開いた。不審そうな表情というよりは、落ち着いた表情だった。


「どうやら、俺達は助けて貰ったらしい」


 助けて貰った? 矢張りこれは誰かが…。


「誰にですか…?」

「それは――――」

「私だよ、私。感謝しろよ?」


 いきなり現れた――――。気が付いた時にはそこに居たのだ。

 居たのは一人の女性だった。

 認知することもままならなかった。人間が居る以上、ある程度気配を感じるものだが、彼女からはそういったものが一切感じ取れなかったのだ。

 妙な格好だった。何せ、水を流れ舞う花の紋様が美しい桜色の着物を半纏の様に着て、その下はただの、青紫を白で薄めた色のTシャツ。下はチェック柄の駱駝色と茶色が交互に配色されたスカート。そして膝まで長いスパッツというのだろうか――――それが伸びている。格好としてもおかしな風体だが、色合い的にも変な感じがする。

 太い眉、理性的な明るい緑黄の瞳。その眼の下には隈なのか何なのか、黒い痣がある。色の薄い殆ど茶髪に近い黒髪が頭の形に沿っていて、顔の線は細いのに全体的に丸い印象を受ける。口には煙管の様なものを咥え、僅かに覗く犬歯は刃物の如く尖っている。

 そして、またしても年齢が分かり難い。流行っているのだろうか。見た目だけだと、高校生か中学生にしか見えないが、最近の経験を踏まえると、一概にそうとは言えない。

 …さて、現実から眼を逸らすのはいい加減止めようか…。

 彼女には耳と尻尾が生えている。渋紙色のふさふさの耳と尻尾が。耳は丁度、人間の耳がある位置に。尻尾は腰の辺りから。どちらも丸く、犬や猫のと同じで耳はぴこぴことしきりに動いていた。尻尾も柔らかな軌道を描いている。顔には何とか出してないが、凄く気になり、触ってみ……何でもない。


「…耳? 尻尾…? コスプレっすか…?」

「コスプレじゃない! これは自前のものだ!」


 少し怒ってしまった…。本物だったのか…。

 彼女が語気を強めると、耳と尻尾の動きが激しさを増した。尻尾なんか、チアリーダーの持っているボンボンみたいに振るわれている。胸がキュンとした。

 

「この方は、団三郎だんざぶろうさん」

「その名前で呼ぶなよっ。今は笛納瑠妃ふえなるひってれっきとした名があるんだからな」


 ん…? どっちなんだ…? 団三郎って男の名前だよな…?。


「ああ…えーと…だん…ふえな…あー…」

「瑠妃と呼んでよ。団三郎って名前は嫌いなんだ」

「えー…瑠妃さん。助かりました…ぶっちゃけ死ぬかと…」

「気にするな。困った時はお互い様だと、覆面のバイク乗りが言っていた」

「は、はい? バイク乗り?」

「うん、バイク乗り。凄いよね、最近のバイク乗りはバイクに乗らないでとび蹴りやら、何やらで変なやつ等を倒したりするんだからな」

「それは違うバイク乗りじゃ…」

「とりあえず助かったから良いじゃんか。な?」

「そう…ですね…!」


 俺は途中犠牲になった空鉦さんの事は綺麗サッパリ忘れ去る事にした。

 今は生の喜びを噛み締めよう。都合の悪い事は忘れよう。


「お前、名は?」

「あ…俺、栖小埜葎です。本当にありがとうございましたっ!」

「何、大した事じゃない」

「ところで…これは何ですか…? 森みたいですけど…。俺と真さんは確か、廊下を走っていたと思うんですが…」


 何処までも続く、緑の道程。背後も、先も全て樹木しか無い。そのど真ん中――――もしかしたら真ん中なのかも分からない場所に俺達三人は立っている。改めて奇妙な状況だと実感する。

 瑠妃さんは俺と真さんを交互に見て、凄いだろ? と、尖った前歯を見せながら笑った。助けてくれたという事はこの人がこの現象を起こしているに違いない。とてもそういう風には見えない。


「これな、これは幻灯って言うの。ここの物は、全部私が作った幻」

「でも…これ…触れますよ?」


 一番近くにある苔が張り付いている老木を触る。木はざらついたがさがさとしている感触と、苔の湿った感触がした。口から吸う空気も濃い深緑の味がする。紛れも無く現実だと、そう思った。


「幻だけど、幻じゃないからな。実体がある様で無いんだ」

「は…? …え?」


 それは、ガラの世界のイメージで作り出した物と似た様なものなのだろうか?。

 だが、あれはあいつの魂の世界であって、此処とは違う。此処は現実だ。


「曖昧だろ? そんなもんだよ。つまりは狸は化かすのが仕事なのさ。だからさ――――ほら」

「元に戻った…!?」

 

 見ていた筈の風景は、彼女が最初に現れた時の様に気が付いた時には変わっていた。

 此処は――――何処だ? 見た目には客間の様な印象を受ける。和室は和室なのだが、自分達が飛び出してきた和室よりは狭い。 

 映画のシーンを飛ばした様だ。登場人物だけはそのままに、背景だけが切り替わっている。そんな感じだ。徐々に変わるのではなく、いきなり変わったのだ。


「な? 無くなっただろ」


 夢を見ていた――――違うか…正に狐に抓まれたといった感覚か…。

 だけど…今さっき、狸とか言ってたな…。耳や尻尾を見る限りじゃあ狸だな…。

 俺が尻尾や耳ばかりにきを取られているのに気が付いたのか、瑠妃さんは恥ずかしそうな表情でそんないじろじろ見んなよと言った。見るなと言われても困る。気になってしょうがない。

 いかん…! 失礼だろ…! あぁ…でも気になる…。


「…まぁその何だ…見ての通り狸だが…れっきとした妖怪でもある。…おい…そんなにこの尾と耳が気になるか?」

「いえ、そんな事は!」


 撫でたい…くない! 精神を統一するんだ…雑念を払い…心を湖面の様に静かに…。鏡の様に曇り無く…。尻尾をこう…じゃなくて…あれだ、そうあれ! 色即何たらだ…。落ち着け、落ち着くんだ…。

 他の事を考えるんだ…メロンパンが一つ、メロンパンが二つ…メロンパンが三つ…。狸のメロンパンが四つ…。狸の尻尾が五つ。メロンパンと狸が六つづつ…。……メロンパン…狸…メロン狸…。


「視線が上下に泳ぎながらそれを言っても説得力が無いぞ…。………触るか? 良いぞ? 別に」


 頭をこちらへと差し出してくる光景に、俺は心奪われた。耳が動いている。これは触ってみろという天のお告げか…。いや、待つんだ…。とある軍師の罠かも知れないぞ…。

 ああでもこれ良いな…。いや駄目だろ…。何か…これ見てると友達の飼っていた猫を思い出すわ…。

おい、俺…何を考えているんだ…。失礼じゃないか…ああでも…。


「ええ…でも、何か悪いっす…。それに女の人に気安く触れるのはどうかと…」


 クソ! 静まれ俺の右腕!。ほら! 左腕もっと頑張れよ! お前の本気はそんなもんか!?。


 ――欲望と理性が、殺し合いをしているみたいだね――


「うずうずしながら言うなよ。それと自分の腕を自分で抑えてお前は何をしたいんだ? …ほらよ、好きにしろ…人間に撫でられるのは慣れてんだ。おい真、お前は?」

「俺は遠慮しておきます」


 真さんは心底申し訳無さそうに言った。


「そうか、いつもだな…いや、皆に撫でて欲しいとか…じゃあ無いんだが…」


 …?。

 瑠妃さんは残念そうに口を窄める。真さんが断ったら、急に彼女の尻尾に元気が無くなり、耳が萎びた様に感じた。

 撫でて貰いたいのか?。見れば眉毛まで下に下がってきてる。


「…今度撫でさせて頂きますよ」

「……うむぅ」


 …!! きゅ、急に元気になったぞ…!?。まるで、塩をぶっ掛けたナメクジの様だ!。


 ――葎、逆だ―-


「ああ、わり…。………ぬ?」 

「撫でないのか?」


 嗚呼…また尻尾と耳に元気が無くなってしまった…。

 へなりと、自立しなくなった耳を見ると心苦しくなってくる。

 …でも…これ…撫でたら駄目な気が…。具体的に言うと、変態の領域に一歩踏み出してしまう様な…。

 ふわふわの毛並みを見ていると、心が揺れ動いてしょうがない。結局、やましい事が無いんだから問題無しと判断した俺は、そうっと瑠妃さんの頭に手を伸ばした。

 

「…えっとじゃあ…本当に良いんすか? ホントですね? マジですね? 触りますよ?」

「しつこいな! 良いったら良いって!」

「…じゃあ…」

「痛くすんなよ」

「勿論ですよ!」


 おおっ…これだ! このぷにぷにの感触…間違い無く、幸介ん家の猫の耳の触り心地と一緒だ…!。

 何て言ったけな…。バ、バ、何だっけか…。えらく仰々しい名前だった。

 バホメット…違うな…バーバパ…それはスライムだ…。

 バステト…惜しい…。んと…セクメト…。そうだ! セクメトだ!。セクメトの耳にそっくりだ。

 うん、これは柔らかい、凄く良いものだ。


「……………………」

「大丈夫ですか…? 痒い所はありませんか?」

「お前、変な奴だな…」

「…! ありがとうございます?」

「褒めて無いんだけどな?」


 しかして変な構図だな。耳の生えた人の頭を撫で回しているなんてな…。

 後で皆に教えてあげよう。幸せは分かち合うべきだ。

 悦に入り浸っていた俺は、少々気がかりというか、気になる事について、瑠妃さんに言及した。それは頭を撫でるという行為について、十分に関わりのある事である。


「…あの…」

「ん…何だ?」

「撫で難いから狸形態になって貰えませんか」

「舐めてんのか。馬糞食わせるぞ」

「じょ、冗談ですー…」


 先程の状況を振り返ると、正直笑えない。何をしたのかいまいち分かってないが、彼女の手に掛かれば俺に馬糞を食わせるのも造作も無いだろう。幻燈…幻…か…。狐や狸は人間を騙すと言うが、本当だったか…。冷静に考えれば、かなり怖い。知らず知らず、幻覚の世界に入り込んでしまったらどうなるのだろうか。現実と虚構の区別がつかない程、恐ろしい事は無い。昔話の多くでは悪戯で済んでいる場合が多いが、そうでない場合、人間の精神は耐えられるのか。

 獣に化かされる話では時間は曖昧で、何日も遊び惚けていたとしても、一晩しか経っていなかったというのは、ままある。大抵、化かされる者は美味しい思いをする。酒池肉林を体験するのだ。そして、思うまま遊んで、最後にそれが全て嘘だと知る。予定調和の結末だ。物語はそれで終わる。

 そうじゃなくて。終わりが無く。幻想の世界を好き勝手に操れたら。終わりが無かったら。

 どうなのだろう。抜け道の無い幻想が何時までも続く――――それが、何年も、何十年も続く。出口の無い、幻の檻に閉じ込められてしまったら。脆弱な精神など、容易く壊れてしまうのではないか。どれだけ足掻いても、抜け出せない世界など、たとえ自分の思い通りに出来る世界だとしても、そんなのは苦痛以外の何ものでも無い。

 話の最後にこれは嘘です。あなたが見ていたものは全部まやかしですと言われるのは、自らの愚かさを露呈するのと同時に救いにもなっているのではないか。現実に戻され、本来の自分が居るべき世界に戻される為のある種の禊に。

 ………温もりを感じるのに、何だか空寒くなってしまった。


 ――私にも撫でさせてくれたまえ――


「待って、後五分…いや、十分。………って撫でてる場合じゃ無ぇ!! 風早! あいつ忘れてた! 真さん! あいつ捕まったんじゃ…!」


 耳に夢中ですっかり忘れていた…。あいつ大丈夫だろうな…?。


「風早君か…。彼はつかま――――」

「お前等と一緒に居た馬鹿っぽそうなのか? あれは無事だぞ。さっき、芽亞里めありが面白がって捕まえていた」


 真さんより早く、瑠妃さんが俺の問いに答えた。

 めありとは誰なのやら…。瑠妃さんの意味有り気な笑みを見る限り、助かったは助かったのだろうが、どういう目に遭っているのか分からない。面白がって、という所が非常に気になる。深く考え過ぎなのだろうか…?。ともかく、無事ならば、それで良い。もう一人の方はおそらく手遅れだろうから…うん…あれだ、あれ。


「まあ…とにかく無事なら良いです…」

「そうそう、真、お前に言伝を預かってきたんだ。手甲のメンテナンスが終わったから取りに来いと、真浦まうらが言っていた。私もアイツに用事があるからこれから一緒に行かないか」

「終わったんですか…。ううむ…じゃあ、葎君、行こうか」

「手甲? 何ですか? それ」

「はは、行けば分かるよ。俺の…何だろうな、武器…獲物……そんな感じだな」


 これ以上この人は強くなってどうするんだろう。伝説の何たらかんたらとかと戦うつもりなのだろうか?ただでさえ恐ろし…頼りになり過ぎるのに、武器など装備した日には、何が起きるか想像も出来ない。


「…もう少し撫でていても良いけどな! そんな、急いで行く必要も無いんだけどな!」

「あーでも…」


 んー…実際、この毛の生えた、暖かいこんにゃくの様な感触を手放すのは惜しい気もする。


「無いんだけどな!」


 放し辛いなあ…。


「ですけど…もう、良いかなー…」

「良いんだぞ!? 遠慮する事は無いんだからな!」


 まだ粘るか…!。いかんいかん、これじゃあ、お母さんにゲーム早く終わりなさいって言われても、後ちょっと!、もうちょっと! せめて次のセーブポイントまで!、と粘り続けるやつじゃないか…。


「じゃ、じゃあ…後でって事で…」

「そうかぁ…」


 …妖怪っていうから、結構な年だよね…?。

 見上げてくる瑠妃さんを見て、俺は矢張り友達の飼っている猫の事を思い出した。その猫、セクメトも友達の家に遊びに行き、帰る頃になると、名残惜しそうな、みゃーという声を出して、心を全力で引止めにくるのだ。泣く泣く振り切り様に帰るのだが、帰った後は罪悪感を感じずには居られない。ある意味卑怯だ。


「あっ、でも…他に俺の友達とかも連れて来ますから…」

「本当か!?」

「う゛…本当ですよ」


 こんなに眼を輝かせるなんて…。気を取り直してくれたから良いとするか。

 寧さんは当然喜ぶだろう。ぬいぐるみが部屋を占拠しているぐらいだ。柳葉さんも結構、こういうのが好きそうだ、前にファンシーなストラップを大量に見せてくれた。南屋さんは…彼女は…ん~…少女か、少年かって言ったら、少年なんだよな…。前に虫籠にクワガタを詰め込んできたし…どうなんだ…?。

 風早も面白がり………あ…また忘れてた…。





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




瑛侍えいじー、何か捕まえたー」


 やる気の無さそうな、アンニュイな声で俺は目を覚ました。目覚めが悪い。

 微妙な違和感を足首に感じた。ほぼ、感覚が無いとはいえこれぐらいは感じる。

 …アシは寝ているのか。痛いな…。

 どうやら紐の様なものが足首に捲きついていて、それが食い込んでいるのだ。どうやら、引き摺られているらしい。だから、余計に紐が肉を締め付ける。視界が鮮明になるにつれ、自分が仰向けの体勢でそりの如く、長い金髪の人物に引かれているのが分かった。

 金髪の奴は、俺を繋いである紐を持ったまま、障子の前に立ち止まり、それをだるそうに開くと、中に入って行った。金髪は紐を握りっぱなしなので、当然、俺も中へと引き摺られていく。部屋と廊下の境目なので、段差が背中にごつごつ当たって痛い。金髪の奴は俺をずるずる引くと、障子の所まで戻り、これまただるそうに閉めた。


「お土産。こいつ、改造しよーぜ」


 ……え? 何で、俺…え? え? 改造人間にされる感じ? 正義の味方になる系?。

 そうか! ある日悪の組織に捕らえられた俺は、改造手術を受けて、悪の組織の怪人的な奴になったが、正義の心を捨てきれず、悪の組織を抜け出し、一人孤独な戦いへと身を投じ――――…。


「…芽亜里めあり…それは人間じゃないの?」


 最初の声とは違う声がしたから急いで眼を閉じた。一人なら、何とかなりそうなものだが、二人となると分が悪い。死んだ振りをして置けば、見逃してくれるかも知れない。そう思った末の行動だ。

 落ち着いた声だ。男のものだという事だけは分かる。年齢までは分からない。しかし、何となくだが、最近、出来た友達の声に雰囲気が似ていた。もしかしたら、自分と同じ高校生だという可能性もある。

 俺を捕まえた、と言った奴は女だと思う。何つーか、覇気の無い声だった。平坦と言うべきか。ゆるいと言うべきか。そんな声だ。


「面白いだろ。そこで拾ったんだわー」


 悪の組織にしては軽いノリだな。

 つーか、俺は何で気絶してたんだ??。オカマの軍勢に追われて…そんで…。


「捕まえたのか、拾ったのかどっちなんだ…。あの…生きてますか…?」


 瞼を開けてしまった。

 其処にいたのは、幼い顔立ちの少年だった。顔は幼いが体格は自分と同じぐらいだろう。だが、どうしてなのか、眉に皺が寄っている。癖なのだろうか。普通こういう感じで眉をしかめていると、不機嫌そうに見えるものだが、そいつの場合、自然とそれが似合っている。


「うおおおおおおお!! 誰だお前! おおおおオカマか!? …こ、此処…は…?」

「オカマじゃないよ…此処は…僕達の部屋だ」

「あれ…?」

「落ち着くんだ。心配しなくて良いから」

「おー起きた起きた。感謝しろよ。此処まで運んでやったんだぞ」


 無気力な声の主は金髪の女だった。顔立ちは日本人そのものだが、頭から生える金髪は地毛の様に俺には見える。そいつの髪は染めた感じの色ではなく、透き通る様な色のクリーム色で、正直綺麗だった。

 何か――――…気だるそうだ。何がそんなにだるいんだ? それともそういう顔なのか?。

 活力が悉く削げ落ちているそいつの顔を見ていたら、不意に俺が気絶する直前の事が脳内を通過した。

 俺は走っていて…そんで…。……あ…全部、思い出した。


「うあああああ! さっきの女ーーーー!!」

「……芽亜里…また君か…。何をしてたんだ? え?」

「別にー? 障子開けたらこいつと眼が合って、そんで勝手にひっくり返ったんだよ」


 俺は葎の後ろに付いて走っていたのだ。それから、走っている最中にいきなり左横の障子が開いたかと思ったら、血だらけの女と視線がぶつかったのだ。俺は異常な様子のその女から眼が離せなくなったまま、柱か何かに衝突し、気を失った――――のだと思う…。あんまり明確には覚えていない…。


「あれ程、無闇に血塗れになるなって言っただろー!!」

「えーだってさぁーアタシから血を取ったら何が残るってんだよー。何も残んないぜー? あれか、赤いから駄目なのか? だったら今度は青とかにしてみるか?」


 反論しているみたいだが、全く反論している風に聞こえない。それも、この「めあり」と呼ばれる女から漂う無気力臭のせいだろう。聞いているこっちまで気が抜けていきそうだ。何と倦怠感たっぷりなのだろう。


「そういう事を言ってるんじゃないんだけど…」

「ほれ。やっぱ、血は赤に限るよなあ。なあ、お前もそう思うだろ?」


 その女は俺に同意を求めると、どこをどうしたらそうなるのか理解出来ないが血塗れになった。

 それこそ突拍子も無く脳天からあふれ出してきたのだ。その生々しさ溢れる血みどろの情景を見て、起きたばかりにも関わらず、再び気が遠くなる。スプラッターにも程がある。

 …血だ…。赤くて、黒っぽいあれだ。水みたいにサラサラしていない所が、更にその生々しさを増長させる。少々粘り気がある液体が金髪の髪を染めていく。

 赤黒い濁流がそいつの顎の先まで差し掛かった時には、もう殆ど俺の意識は暗転しかけていた。


「ぎィゃあああぁぁああぁぁ!!」

「あー…どーすんの…また気絶しちゃったじゃないか…」




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




「おらよ、持ってけ」


 縁側に腰を掛けているその人は、真さんに向かって灰色の布で包まれているものを放り投げた。

 ぽすんと重そうな音と共にその布に包まれているものは真さんの手に収まる。中から出てきたのは、指だけが出る形になっている白い手袋――――手甲と言っていた――――が出てきた。手甲という名の通り、手の甲には鎧の一部分を切り取ったかの様な漆塗りの板が付いている。板には金属の玉が五つ。上から時計回りに配置されている。それを線が結び、五角形の形を成していた。かの有名な清明桔梗では無いらしい。金属の玉は、右と、右下と左下だけは分かった。右が銅、くすみもせずに綺麗なままの光沢を見せている。次に右下これは簡単だった、金だ。神々しい色が玉の形で其処に収まっていたのだ。そして左下。最初はただの鉄にも見えたが、鉄よりも白いというか、眩い光り方だった。多分あれは銀だろう。他の二つは分からない。鉄なんだろうか、ほぼ同色に見える。どちらも銀よりも劣る輝きだ。二つとも一緒くたに見えるので、どうにも区別が付かない。


「ありがとうございます、天津さん」

「おうよ。だがな、礼を言うのは試してみてからにしろ。調子が悪けりゃ話にならん」


 真さんにそう言うと、こちらへと視線を寄こして来た。頭だけで礼をする。すると、その人は笑っている様な笑っていないのか区別が付かない表情で、おうと言った。愛想は少ないが、偏屈な人という訳でもなさそうだ。無骨さが顔に出ているというか、年を重ねた豹みたいな雰囲気を纏っている人だ。

 視線を真さんに戻すと、彼は先程の白い手甲を手に嵌めて、庭の俺達と少し離れた場所に立っていた。指を覆う部分が無いそれは、下手に付けたら痛い人に見えるのだが、真さんにそれは良く、というのは変だろうが、似合っている。くそっ、これが格差って奴か。


「そうですね。じゃあ早速、火行――――比和――――焔印」


 真さんは何度か聞いた事のある語句よりも少しばかり長い言葉を呟いた。何時の間にか五色の光りが彼の周囲を飛び交っていて、それらはその手甲の中に吸い込まれる様に入っていった。

 手甲が輝き、五つの金属の玉色もそれぞれ、緑、赤、黄、白、黒に変化した。五角形の線とは別の線が玉と玉を繋ぎ、線が交差していく。何時しかそれは星の形と成る。

 右の緋色に輝く玉が輝きを増した。真さんが掌を横に翳すと、掌から一メートル程離れた空間の中心に火の玉が現れ、ぐるぐると回転していく、それは回転する度に大きさを増し、ついには人一人、易々と隠れてしまうぐらいの大きさになる。最終的に現れた火球は、俺の眼には小さな太陽の様に映った。


「え…これ…マジっすか」


 ――マジっすか――


「火、火は、ちょちょちょちょやっやややめなないかかかっか。あ、危ないっててっ! 火は無理火は無理!」


 巨大な火の玉を目の当たりにした瑠妃さんは、かなり狼狽していた。尻尾も逆立ち、耳はせわしなく痙攣している。動物だから火は駄目なのだろうか。その取り乱しっぷりや、眼を見張るものがある。落ち着いた外見からはとても想像が付かない様な表情。どうして良いのか分からないらしく、首を右往左往させ、俺の袖をぐいぐいと引っ張ってくる。引っ張られても困る。俺ではどうしようも無い。

 縁側の人は冷静なもので、真さんの方を見てにかっと笑うと、先程から手に持っている金色の毛の塊みたいなのを、手で弄くり始めた。


「お、落ち着いてくださいよよよっよよー。水、水掛けましょ!? それとも被りますか!? 飲みますか!?」


 ――君も落ち着きたまえよ…――


「比和も火行も問題無し…。流石ですね」

「そりゃ、何より。また、何かあったら言えや。何時いつでも来てやるからよ」

「何から、何までお世話になります。…ああ、それ――――亡蛾の繭ですか」

「そうだが、お前さんはどうせこんなの使わんだろう。此処で使ってるのも、広尾と雅峰の派手にやる二人だからなぁ」


 縁側の人は中指と一指し指で、さっきの金色の毛玉を持ち上げた。何となく見覚えがあると思ったら、蚕の繭に似ているのか。


「あの二人は目立ちますからね」


 真さんが苦笑しながら言ったのを聞いていた俺は一人で相槌を打った。


「だろうな…。さっきも凄かったもんな…」

「やだなあ、目立つのは先輩だけなのに…。ところで、栖小埜君。あれ、何だと思う?」

「毛糸の束? っすか? ……おうわっ!」


 聞かれたから返したら、知らない間に人が増えていた。何を言ってるか――――まあそれは置いといて…。

 その問いを俺に投げかけてきた人物、伊井都雅峰はどうも、と言い、真さんの方を、何故か羨ましそうに見た。前にこの人の事を、寧さんがしきりに、忍者ですよ! 忍者! と言っていたが、あながち間違いでも無いかも知れない。

 真さんは確かめる様に手甲を触っている。それから、少し席を外しますと言うと、俺達から見えない場所まで移動して行った。


「真さんの力…凄い力だよね。欲しいよ私も、ああいう力」

「あれはあれで、困るんじゃ無いですかね…色々壊しそうだし…取り扱い注意って感じで…」

「そうかな?」

「雅峰か…」

「笛名さん、ご無沙汰です。お元気ですか?」

「元気…。…ああ、そうだな」


 やけに淡白な反応だな。


「――――で、栖小埜君、あれなんだけど。あれは亡蛾という蛾の繭なんだ。君とオレが最初に出会った時の事、覚えている? あの時、変な粉が宙を舞っていたじゃないか? あれが亡蛾の振り撒いた燐粉なんだ。目立ちたく無い時に重宝するんだよ」


 説明になっている様でなっていない…。

 ううーん…あの時…俺達の事は周囲の一般の人達に見えていなかった…そして目立ちたく無い時に使う…。何かしらの隠蔽道具って事かな…?。突っ込んで聞かないと理解出来ないな…。


「雅峰さ――――って消えてるッ!」

「だから、あいつ苦手なんだ…。狸は化かす側なのにこっちが化かされた気分だよ…。昔はあんなじゃ無かったんだけどな…。どれ…私が代わりに教えてやる。つまりだな…あーして、こーして、そーなった」


 瑠妃さんの説明は何時いつ始まるんだ?。


「………………もう一度お願い出来ます? 聞き逃したみたいなんで」

「あーして、こーなって、どーなった?」


 最後の語尾が尻上がりになっている。これは、疑問形ッっ…! 自分で答えを見出せという事か…?。

それとも答えは自分の中にあるパターンかッ…!。


「具体的に言うと、私らにも分かんない」

「それ、説明じゃないですよね!?」

「分からないというのが説明だ。代わりといっては何だが、私がお前に見せた幻覚の正体を教えてあげる。これだよ、これ」


 瑠妃さんが見せてきたのは、所謂呼び鈴という奴だった。執事が持っていそうなあれだ。特に変わった所は無い様に見える。錆びているという以外に感想の言い様が無い。特徴と言えば本当にそれぐらいしかないのだ。色は青銅色に近い。風鈴と同じ形で、上に持ち手が付いていて、そこを持ちながら揺らすと中の小さな部品が内側から反響して音が鳴る――――そういったものである。


「これが…? あれを? それ本当ですか」

「嘘を言ってどうする。茂林寺もりんじの釜…分福茶釜ぶんぶくちゃがまとも言う」

「釜…どっちかって言うと、鈴とか、風鈴じゃないですか?」

「釜ったら、釜! 鈴に見えても釜!」

「…そ、そうですか。ん? 分福茶釜って狸が化けたってのですよね? だったらそれ狸ですか?。…そんな訳無いかー」

「えっ、そうだよ」

「!?」

「冗談だって、ンフフフッ!。これは、何千年も生きた狸が持っていた釜を溶かして作ったやつ。釜だと福を呼んだりするけど、これは作った時に変な力が紛れ込んで強い幻を起こせる様になったのさ。殆ど現実に近い幻をね。危ないから、今は淡路島の芝衛門と香川の屋島の禿かむろで管理してんだよ。そうしないと危ないし、私達はこれが無くても人なんて簡単に化かせるしな。必要無いって言えば無いけど、放って置くと危険なんだわ。そして今は見ての通り私の番」

「スケールが大きいですね…。そんな物が本当にあるとは…。てっきりお茶が沸かせるだけかと思ってました」

「まぁ、事実がねじま――――…。…! こ、この匂い…! 葎! へいパス! これ渡しといて!」

「はい? ……こるうふぉおs!!! こ、ここれっ! 釜じゃないですか!」

「じゃ、後で。てやっ!」


 投げつけられた茂林寺の釜をどうにか受け止めた時には、既に瑠妃さんは何処いずこへと駆け出して行ってしまった。彼女は何故にこの様な危険な品物を、軽く扱えるのだろうか。そんなに大事な用があったのか。何にせよ、誰に渡せば良いのだろう?。

 縁側の人と眼が合った。貸してみろと手を差し出してきた。扱いに困る俺にとってはありがたい申し出だ。当然先程の茂林寺の釜…という名の呼び鈴をその人の手の上に乗せた。


「さてと…磨くか…」


 そう言ったっきり、その人はこちらの事など眼に入っていないかの如く、手の上の茂林寺の釜を見つめ始めた。真剣な眼だ。声を掛けようかとも思ったが、邪魔するのは気が咎める。そっと退散しておくのが、無難というものだ。行きますね、と言うと、その人は低い声でおうと言った。

 考えてみれば、お互い名も名乗っていない。此処にいるのだからいずれまた会う事にはなるだろうと、俺は整備された学校のグラウンドにそっくりな地面を歩き出した。

 端まで行き、曲がり角を左に進む。雑草などは全く無い。灯篭の様なものがあるだけで、目新しいものも見つからない。簡素と言うべきなのか、簡潔というべきか。眼の端に入ってくる樹木の数々を見た所で俺には何の種類かも皆目検討が付かない。


「真さん探さないとなぁ…何処行ったんだ? あの人」


 ――葎!――


「どうかしたか?」


 ――そこに屋台がある。前だ、前。あるだろう?――


「お前、何言ってんだよ。此処寺だぞ。幾ら変人ばかりがたむろしているからって屋台までは無いだろ」

 

 前を見た。ガラの言っている事が本当だったと思うのと同時に、どうして此処に屋台があるのかという疑念が俺の頭を鐘の如く打ち鳴らした。

 屋台である。見紛う事無き屋台なのだ。お祭りの時期になると、見かけるあの鉄パイプの骨組みと、それを皮膚の様に覆う白いシート。そして香る、安っぽい油の匂い。

 何を買っても、たいして美味しく無いのに、その日だけは何でも美味しく感じる縁日の特別な空気を感じた。香ばしい香りが鼻を擽る。時間的にも昼飯時なので、その匂いは一層腹に堪えた。

 不審そうに見えていても、俺は食欲とほんの少しの好奇心に負け、その怪しい屋台へと自然と足が向かってしまう。


「すいません…何を…」

「おーいらっしゃい。食べるー? 食べるよねー?」


 高い声だった。

 謎の人物は女性の様だ。帽子を深く、眼の辺りまで被っていて顔を窺う事は出来ない。髪も纏めて帽子に収まっている。

 その人は、くぼみのある鉄板では無く、電気を使う、たこ焼き機でたこ焼きを焼いている。くるくるとたこ焼きをひっくり返す手さばきは完全に熟練のものだ。これは相当に修行を積んだに違いない。

 って問題はそこじゃない。


「え、あの…」

「駄目だよ。突っ込み禁止。あなた…最近悩んでない? 突っ込みにキレが無くなったとか。自分もボケに転向してきたかなーとか?」

「何でそれを…!! 貴女は一体…!?」


 ――悩んでいたのか…。葎、君…お笑い芸人でも目指しているのかい…?――


「図星なんだ? おおっと、わたしについても突っ込んじゃ駄目。とりあえずは食べなよ」


 出来上がったたこ焼きを発泡スチロールのトレーに乗せ、その上にソースとマヨネーズ、鰹節、青海苔

を塗しかける。美味そうな匂いだ。最後に爪楊枝をたこ焼きの一つに刺すと、その人はそれを俺に渡してきた。食べて良いのだろうか…。怪しいものは入っていないだろうか…。


 ――葎、半分食べたら、私に交代交代!――


「黙れ、このいやしんぼが」


「食べながら聞いてね。そうだなー、あなたの突込みには何が足りないか…それはね…」

「はふ…それはふぉが?」

「待つ事だよ! 君は節操無く突っ込みすぎるんだ! ボケへの思いやりが欠けている…!」

「むがっ…!!」


 ――食べながら反応してる…――


「突っ込みは…ボケが気持ちよくボケれる様に誘導しなきゃいけないんだッ。それが分からない奴は突っ込む資格など無いッ!」


 何か自分の中で引っかかっていたものが取っ払われた気がした。そうだ…。自分は突っ込みに固執するあまり、大切な事を見失っていた…。人への思いやり…ボケへの思いやり…。それこそが突っ込みの本質だったのだ…ッ!。


 ――ねえ、もう私、君達の話に付いていけないんだけど――


「………し、師匠…! 師匠と呼ばせてください!!」

「うん! 呼ぶと良いよ…そして精進するんだ…」


 ――何この空気――


 俺は人生初の師弟関係に感涙していた。師匠はたこ焼き機、その他諸々を片付け始めている。

 別れの時なのだ…。何となくだが、そう感じ取れた。短い…それこそ刹那の邂逅であったが、得たものは大きかった。俺は今日得た教訓を心に留め、人生の指針とすると決めた。

 あぁ…師匠は大きく手を広げている…。迷わずその小さい腕の中に飛び込む。

 感動した。これが師弟愛というものか…。師匠は俺の肩をパンと叩き、頑張れと言い、体を離した。


 ――これが世に言う、「すぽこん」というものなのか…?――


「じゃあわたしは行くけど、頑張って突っ込みを磨くんだよ? …ついで、なんだけどさ…真と仲良くしてあげて。あの人、意外と寂しがりだから。師匠からのお願い。ね?。それじゃーまた会おうっ」

「分かりました、師匠…ッっ! お達者でっ…!」


 行ってしまった…。虚無感が一気に押し寄せてくる。胸に穴が穿たれた様だ…。

 俺は敬礼したまま師匠を見送った。師匠は屋台の骨組みやら大きいものは置いていっている。戻るつもりがあるのだろうか? だが、俺は師匠とはまた別の場所で逢う――――そんな予感があった。


「あっ! 葎さん! こんな所に居た! 探しましたよ? …!? な、何で泣いてるんです? 何かありました!? わっ訳が分からない!」


 ――私も分からない――


 寧さんか…。驚いている様だが、事情を知らないのならば、仕方が無いか…。この胸が打ち震える感覚はそれこそ師弟の間のみで有効なのだ。無理も無い。

 事情を知らぬ彼女は、泣きそうな顔で俺の肩を掴んでいる。そしてしっかりー! しっかりー! と叫んでいる。ははははは、何を言っているんだ。俺は気は確かだ。何の異常も無い。


「寧さん…俺、人生の師匠に巡り会ったんだわ…」

「やっぱり、あの時、角で殴ったからいけなかったのかな…? 葎さん、しっかり! 責任取りますからしっかりしてくださいよお…。……? それたこ焼き…?」


 そうだ…師匠から渡されたたこ焼きを持ちっぱなしだった。ガラにやるのも癪だな…。


「うん。師匠からの贈り物だ。食べる? 美味いよ」


 爪楊枝を手渡すと、寧さんは戸惑いながらもそれを受け取った。最初はじっと見つめて口に入れようとしなかったのだが、一呼吸置いて、意を決する様にまだ暖かいたこ焼きを口に運んだ。


「あ…っと…ど、どうも…。……はふ……お、美味しい…ですけど…何でたこ焼き…?。………師匠…何者…?」


 彼女は咀嚼しながらも、首を傾げ、たこ焼き職人? と呟いた。

 違う。師匠は突っ込み職人だ。


「ところで、寧さん、探しに来てくれたって言ってたけど」

「そう、それでふよ…。……っくん…。お昼出来たんで呼びに来たんです! 豆腐カレーですって。皆集まってますから早く行きましょうよ」

「豆腐かー、本格的にお腹減ってきたからなー…。そうだね、行こうか」


 師匠には悪いが、たこ焼きだけでは腹は完全に膨れない。動き回ったせいもあり、お腹はまだ空いている。豆腐カレー…どんな味がするのだろうか。


「はいっ!」


 ――たこ焼き…――


 師匠…俺…次逢う時まで…突っ込みに磨きをかけておきます…!。

 それで…胸張って師匠に肩を並べられるぐらいの立派な突っ込みになります…!。

 だから、見守っていてください…!。師匠!。

 新たな決意と共に俺はカレーへの一歩を踏み出した。








 、、

 この、物語では一発屋なキャラクターとかも居ますが、その辺は眼を瞑って下さいね(笑)


 徐々にペースも戻ってきてるし…問題は多分無いです…多分。

 問題って言えば、あれですね、語彙の少なさと、文章の稚拙さですね…。

 それと、葎の一人称だと変な感じで進むんですね。燐太とかは意外とまともに進むのに。彼がかなりの変態っていう証明なんでしょうか?。

 また、この話にも追加で話を入れるかも知れません。例えば、寺に来るまでの車内での出来事とか?。

 何はともあれ、次回もお楽しみに! 次はまた一人称が変わったりします?。

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