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duplices  作者: rakia
32/71

お泊り会―朝の部―

 遅く…なり…ましたぁ…。

 体力が赤です。

 父の実家でトランペットを貰いました…吹けって事ですかね…?。

 聳え立つ山門を潜り抜け、眼前に伸びる長く、広い階段を眺めた。

 これから此処を登るのか。考えるだけで気が滅入りそうになる。

 階段の横には青々としている木々が生えている。揺れる葉が、白く骨の様な色をした段差に無軌道に動く影を形作っている。息を吸うと、蒼い感覚が肺の奥まで入って来た。

 階段を登った先にはまた門がある。あそこまで登っていくのだ。寺の門は俗世と境内を遮断する役割があるらしい。それならば神社の鳥居などもそうなのだろうか。

 門や鳥居で外界と内側を区別する。だから寺や神社の中に入ると変な感覚がするのか。昔からこういう場所に足を踏み入れる度に眩暈に近い奇妙な感じがした。それは門や鳥居を境にして、違う世界に足を踏み入れているからなのかも知れない。異界とは別の世界を指しているのではなく、自らの内面が変化し、世界を見つめる視点が変化した時に現れる――――。

 …思い込みか。そう言ってしまえばそうなのだろう。受け入れてしまうか、完全に拒絶してしまえば不思議な事なんて無いに等しい。どっちか分からないから気味が悪くなる。手品と一緒で、子供の様に「魔法みたいだ」と関心するか、大人の様に「上手な手品だ」と言うかの違いだと思う。視点と見方で真実など簡単に揺らぐ。かくいう俺も、この場の雰囲気に呑まれているのだ。

 天狗でも出そうな山奥――――。人の気配も希薄だ。先程通った門、あれも自分が考えが及ばない程の昔からあったものなのだ。新しいものが古いものよりも少ないからこそ、時代を間違えたかの様な、異界の地を踏みしめた様な錯覚に陥る。石段の一段目を踏みながら、不明瞭にそう思った。


「葎ー! 早くしろよー!」


 上から風早が呼んできた。見てるこちらが疲れる程元気だ。

 風早がよろめいた。階段の上で飛び跳ねる彼の背中を、柳葉さんがパシンと叩いたのだ。


「うおッ! うおーッ! 危ないだろ! 藍子!」

「そんなに元気なら、あんただけはこの階段、逆立ちで登りなさい。そうですよね? 栖小埜さん」

「素晴らしい。感動した」


 彼女の勇ましい言葉は俺の胸を打った。

 その言葉は柳葉さんの風早に対する愛情で満ち溢れている。満ち溢れて溺れそうだが、そんなのは些細な事だ。正直俺には関係無い。

 頑張れ風早。負けるな風早。皆の明日はお前には多分掛かっていないから、安心してしっかりと受け止めろ。その上で死ぬ事があってもお前は本望だろう。花は手向けてやる。


「栖小埜さん、何やってるんですか?」

「風早に最期のお別れを…ね…。南屋さんもしといた方が良いよ? 後で恨まれ無いように」

「あー風早君死ぬんでっすかー…それはお気の毒に…。なむなむ…。お供え物はバリバリ君で良いですかね?」

「軽いな!? お供え物も安いだろ! せめて、もうちょい良いのくれよ! …その前に俺死なないからね!?」


 灯は黙祷しながら手を擦り合わせる葎に倣い、手を合わせ、目を閉じた。


「…? 皆何をやってるの? ねぇ、栖小埜さん、これなんですか?」

「風早追悼式。手を合わせると良いよ。ご利益があるかも知れないし」

「へ~…。あ…お賽銭いりますか? 五円が丁度切れていて…」


 寧は財布を取り出し、中を探った。だが、やはり五円は無かった様だ。


「そうじゃない! 『へ~』じゃない!」

「燐太…私…毎日、卵焼きを作ってお墓に置いとくね…それと…死ぬなら貸した物、全部返してからにしてね」

「卵焼きは止めて下さい。死んでからも僕は苦しめられたくありません。って…だからーッっ! ちがーうッ! 俺はまだ生きるわッ!」

「えっ残念」


 意外だとも言わんばかりに、藍子は取って付けた驚愕の顔をする。


「残念そうに言うな!」

「皆…」

「真さん! あいつ等に――――」

「ここは寺だから、合掌で合ってるね」

「真さん、違うっす。合ってないです根底から違います」


 むぅ…こんなに大所帯になるとは…。いつもの顔馴染みばかりだから、気楽でいいけど…。あーあ、風早が泣きながら飛び出していった。誰だよ、あんな酷い事したの。

 ……? 寧さんがこちらをじっと見ているぞ?。何か言いたい事でもあんのかな?。


「…チョット良いですか?」


 躊躇いがちな表情だ。何だろう…?


「…? 良いけど…」

「葎さん…この頃…凄く、すごぉ~く、ガラさんに似てきてますよね?」


 ――うむ、寧は良く分かっている――


 葎は人類滅亡のカウント三十秒前だったけど、カウント間違えてて、結局、後五秒程しか残されていないかの様な表情をした後で、石段に頭を打ちつけるのを開始し、うわ言に様に『聞こえない』という言葉を繰り返した。

 余談だが、灯はその頃、饅頭の様な、像の皮にそっくりな白い肉の塊が葎達を見ていたので、興味津々な様子でそれに対抗し、睨めっこに興じていた。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない」

「うわぁあああああああ!! な、何やってんですかぁ!! 危ないですって!!」


 真は彼等の様子を見て、微笑まし気に隣の空鉦に話を振る。


「元気ですね」

「…元気ってか…あれを元気と言うのか…。いや…? 俺達もまだ若いんだ! ああ何かやる気湧いてきた! 先に行ってるぜ! 真ぉ!」


 勝手に勢い良く、二段飛ばしで階段を駆け上がった空鉦は途中の段差で躓き、勝手に倒れた。


「NOOOOOOOOOOOォォォォ!!」 

「先に行ってますね」


 葎を自前の荷物の詰まった手提げ鞄で殴り、何とか正気に戻す事に成功した寧は、ほっと一息着いた。


「…血? 血!? 俺は何を…!?」

「ずっと、階段でヘッドドラムをやっていたんですよ。心配ありません。峠は越しましたから」

「道理で、額と頭の後ろに痛みが…。…? …後頭部? …まあ良いか…しかし俺は何故そんな奇行を…?」


 ――所謂、狐に憑かれたって奴だね。ここは神社じゃないが、狐の一匹や二匹居てもおかしく無いのだよ。それが君に取り憑いたのさ――


「そうなのか…! いやあ…危ない所だった…!」

「栖小埜さん! 怪我してますけど、どうしたんでっすか!」

「何かねえ…俺、狐に取り憑かれたんだって…!」

「不思議な事もあるんですねー」

「ねー。私も変な人と友達になりましたよー。やっぱり外国人の人は肌が白いですね!」

「外国人? そんなの何処に居るの?」


 葎は周りを確認したが、その様な人物は見当たらない。燐太と藍子は先に上へと進んでいる。空鉦は真に泣きながら肩を貸して貰っている。そして此処には自分達しか居ない。かと言って、灯が嘘を付いてる様にも見えない。


「あれー? さっきまで居たんですけど…。睨めっこやってたんですよ。その人、表情が全然変わらないんで笑わせるのに苦労しました!」

「に、睨めっこ? それ…どんな人だったの? 灯ちゃん」

「全裸でした」


 灯は躊躇いも無く、無邪気そのものといった感じでそう言った。

 あまりの屈託が無い様子に寧と葎は顔を見合わせる。


「…寧さん、どう思う?」

「…不審者ですかねぇ…? 誰に似てた?」

「大福ですね」


 『人じゃ無いじゃん…!』と葎と寧は同時に思った。


「おっかしーなー? また会えるかなぁ?」

「ははは…どうだろうね…」

「あ…そうだ…それもそうなんですけど…私、付いて来て良かったんですか?」

「うん? ああ…それか…問題無いよ。むしろ歓迎じゃないかな? 南屋さんもそういうの好きだしさ」

「んーそうですけど…何だか悪い気がしますね」

「気にしない気にしない」


 南屋さんにはJRPCは、ジャパン、リアリティー、パーソナル、コンピューター、という企業内のオカルト研究会による親睦会だと伝えてある。何故、会社の中にオカルト研究会があるか、そもそも、何故こんな山奥で親睦会を開かなければならないか等、我ながら無理矢理な感じが拭えないが、柳葉さんの巧みな話術によって、何とかかんとか丸め込んだ。一人でお留守番も寂しかろうし、彼女も無関係という訳じゃない。彼女の中にあいつが居る限りは。

 …南屋さんも良くこんなあやしい嘘に騙されたな…。それもこれも柳葉さんの技術のせいか…。あまりにもリアリティーが凄まじい嘘だったので、嘘を付いている側の俺も騙されそうになったぐらいだ。南屋さんの将来も心配であるが、柳葉さんも違う意味で心配だ…。


 ――さー張り切っていこ~ふぁいとーふぁいと~――


「棒読みも大概にしろよ…?」


 炎天下など関係無いですと言わんばかりの声でガラは気楽に言う。こういう時こそ代わって貰いたいものだが、言った所で代わる筈も無い。

 はて…気のせいか…さっきから後ろでシャッター音と、フラッシュの様な光が…。太陽が反射してそうみえているだけか…?。

 葎が振り返ると、階下で興奮しながら一眼レフカメラを構えている広尾が見えた。丸眼鏡の様なカメラのレンズは、寧、灯、真だけにしか向いていない。ちょこちょこと階段を動き回りながら、広尾はお気に入りのアングルを探している。そして画面を確認しつつ、悦に浸っていた。

 葎の脳の許容量を軽く超えるその光景に、彼は貧血に極めて近い状態となり、卒倒しそうになった。

 

「うわっ、いきなり倒れないで下さいよ!」

「立ち眩みですかー?」

「寧さん…南屋さん…絶対に後ろは振り返るな…」

「それって――――」


 人は駄目だ、してはいけないと言われる程気になり、それが本当に駄目だと分かっていても、破ってみたくなるものである。禁忌とされているものにこそ魅力を感じる。しばしばその過ちを犯してしまう。それは彼女も例外では無かった。

 寧はゆっくりと後ろを振り返った。そして彼女は白目を剥いて気絶し、一緒に振り返ってしまった灯も虚ろな眼の笑顔のままで固まった。


「寧さぁぁぁん!! 傷は浅いぞぉ! 起きるんだーッ!」

「いい…葎君ここは俺に任せてくれ…住職、一度肩から手、離してください」

「やり過ぎんなよー」


 何時の間にか追い付いていた真が、冷ややかな眼で寧が気を失った原因を一瞥した。

 彼は石段に手を当てる。


「――――土生金」


 石段を突き破り細長い金属の棒が飛び出す。彼はそれを掴み取ると、その原因に向かって何の躊躇も無く投擲した。葎が前に見た時と違い、精密さすら漂う銀色の槍は、広尾の持っていたカメラに風穴を開け、彼女の手から吹き飛ばした。それを気の無い感じで見ていた空鉦さんが感心した様な声を出す。

 

「ぎゃーーー!! お宝がーーー!!」

「お~ナイッシュー」 


 酷いじゃないかー! とか、真のいけずー! とか、泣き声しないでもないが、きっと、何か動物の鳴き声がそう聞こえただけに違いない。初めから何も起きていない。何も起きていない。


「くはッっ! あ、あれ? あたし何してました…?」

「悪い夢を見てたんだよ」

「でも…すっごいもの見た気が…」

「悪い夢なんだ」

「いや、あの…」

「夢です」

「えー……」


 何はともあれ、俺と南屋さんはまだ頭痛がするという寧さんに手を貸し、真さんは空鉦さんを手伝いながら長かった階段を登り切ると、大きな木の門が視界に飛び込んできた。最初に潜った門よりは小さい。京都や奈良辺りにある寺の門みたいだ。風早と柳葉さんは門の内側と外側の境目にある木材に腰掛けていた。そしてどうしたものか、風早は泣きそうになっていた。


「…ああ、葎さんじゃないですか…すいません…年上の人を差し置いて座ってるなんて…どうぞ俺が椅子になりますんで、煮るなり焼くなり踏んづけるなり好きに…」

「何があった!?」

「何も無いよね。ね? 燐太?」

「ええ…ちょっと、自分がいかにちっぽけで矮小な存在かを再確認させられていただけだぜ…?」


 あぁ…追い討ちをかけたんですね…。柳葉さん…とんでもなく嬉しそうだな…。こんなに眩しいのに、それを上回る輝きを放ってる…。彼女みたいな、天然もののドSって居るんだ…。はたしてこれは…貴重…なのか…?。

 

「それじゃあ、皆揃ったね、付いて来てくれ」

「あれの中に入るんですか?」


 葎は中央にある建物を指差す、だが、真は首を振りながら違うよと言った。


「これは本堂。俺達が行くのはあっちの講堂の方だ。ほら、奥にあるあれだよ」

 

 確かに真さんの言う通り、奥の方に本堂と呼ばれた建物よりも、一回り大きな建物が建っているのが確認出来る。あれが講堂なのだろう。

 葎達が真に付いて行くと、真が法堂と言っていた建物の前に僧衣を纏った、四十歳ぐらいの厳つい男性が仁王立ちしてるのが見えた。筋骨隆々としている男で、顎には針金の様な強い髭を蓄え、虎でも殺しそうな鋭い眼光を放っている。法衣を着てなければ、間違いなく違う職業の人かと思ってしまう様な風貌だろう。頭はつるりと剃り上げており、それがより一層、逞しい印象を与えている。


「あの人は、円和律師えんわりっしJRPCの副代表だ」


 徐々に近づきながら真が説明する。


「って事は、お坊さんがパソコンを作っているんですか?」

「そうよ。革新的な新進気鋭の企業だから、有名じゃないのは仕方が無いの」


 堂々と嘘を吐く藍子に燐太がこそこそとした動作で耳打ちした。


「なあなあなあ…お前、良くそんな真顔で嘘を…。流石に無理があるって…!」

「灯ちゃん納得してるよ?」

「えぇぇぇええぇぇ…」


 見れば、灯は得心のいった様子でフンフンと頷いていた。

 一同は円和へと歩み寄っていく。

 凄いな…お坊さんってよりも、プロレスラーみたいだ。

 葎は、円和に近づいていく度にその威圧感が増していく様な気がしてならない。円和は真に気付くと、その風貌からはとても想像がつかない柔らかな笑顔と、新宿二丁目辺りでしばしば聞こえる様な声を発した。


「あらやだッ!! いらっしゃい真ちゃんっ!! 会いたかったわよッ!」 

「お久しぶりです」

「本当にねえ。寂しかったわよお。…!! …はあん…その子達が二重存在の…中々に可愛い子達じゃない…ジュルリ……ウフフフフ…私は円和、見れば分かると思うけど、坊主よ」


 円和と呼ばれたその人は、赤ん坊が見たら、なき止みそうな笑顔を浮かべ、名を名乗った。彼の視線は心なしか、風早と俺に集約している様に感じた。


「オ…オカマ?」


 止めろ…! 風早…! それは禁句だ…!。分かっていても言っちゃ駄目なんだ!。


「失礼ねッっ!! オカマじゃないわよ!! 新衆道ネオしゅどうよッっ!!」


 異世界は異世界でもそっちの異世界か。誤算だった。

 どうやら、俺が最初の門を抜けた時に感じた事はある意味的中していた訳だ。異世界…うん、異世界だ…。


「さァー、こんな所で突っ立ってないで、中にお入りッ! …あら? 広尾は?」

「カメラの部品パーツを途中で落としたらしいですよ。まだ探してるんじゃないですか?」

「そうなのー。…でも、あの一眼レフ…落とす様な部品あったかしら?」

「レンズとかでしょうね」


 落とした…落とされた…。残骸ジャンクにされたってのが適切でしょ…。


「馬鹿な子ねえ…。一先ず、先に入ってましょう」

「ええ」


 円和さんに付き従って建物の中に足を踏み入れると中は涼しかった。木造建築特有の涼というものがあるのだろう。これなら窓を開けるだけで涼しいと思う。内部は学校の体育館に似ていた。正面に壇上がある所まで似ている足元の床は年季が入っており、朽木色と言うのだろうか、床だけは古く、他の場所と色が違う。艶の無い気の床は磨り減っていて、何人もの人々がこの上を行き交いした事が分かった。

 右側に吹き抜けの廊下があり、そこを進んでいく。長くは無いが短くも無い廊下だった。

 天井は何本もの梁が組まれている。梁が渡されている所の影だけが強調され、濃い陰影と景観が相まって何となく風情らしきものを感じる。

 見た目には古く感じるが、その割にどこを見ても埃一つ無い。手入れが行き届いている証拠だ。

 廊下を渡りきると畳の敷いてある部屋に通された。所謂和室である。

 部屋の中には二人のお坊さんが控えていた。お坊さんらしいお坊さんだ。何がお坊さんらしいかは説明出来ないが、とにかくそう思った。


「女の子達はちょっぴり席を外していてもらおうかしら。これから男同士の熱く艶めかしくかつ美しい語らいがあるのよ。角空かくくう栄海えいかい案内してあげて」


 語らいというのは、十中八九、二重存在の事だろう。本当に男同士の語らいなら、謹んで逃亡させて頂こう。円和さんの言った意味に南屋さんを除く二人は事情を察した様で、大人しく角空と栄海と呼ばれたお坊さんに付いて行った。

 彼女等が退室した直後に、天井から大きな何かが飛び降りてきた。

 突然の事に、円和さんと真さんは臨戦態勢に入り、風早はおののき、空鉦さんは頭から障子に突っ込み、俺は当然、風早の後ろに非難した。


「…!?」


 始めは虫かとも考えたが、人程の大きさの虫が居る筈も無い。飛び降りてきたそれは人だった。


「…雅峰君?」

「頭の上から失礼。到着ごくろーさまです! …先輩は…居ませんよね?」


 雅峰は華麗に着地を決めると、キョロキョロと周囲を気にする素振りを見せた。


「貴方…普通に出てこられないの? それじゃあゴキブリじゃない。広尾は今は居ないわ」

「良かった~。先輩から逃げてたんですよー…」


 一気に張り詰めていた空気が緩んだ。燐太は胸を撫で下ろしている葎の方を向いて文句を言う。


「葎ゥ…てめー…俺を壁代わりに使うんじゃねーよ…ビビリ過ぎだって…」

「ビ、ビビっビっビッ!」

「まず、ちゃんと言葉にしような?」


 逃げようとしたのだろう、上半身を障子から突き出している空鉦は真に引っ張られながら、もがいていた。半身が廊下に出ている彼に雅峰の姿は見えない。


「敵襲か! 敵襲なのか!」

「良く見て下さいよ、雅峰君です」

「……見えないんだけど…」

「どうしようもないですね。手伝ってあげますから抜け出してください」


 それぞれが落ち着きを取り戻した頃合を見計らって、丁度良いわと円和はその場の全員を座らせた。


「…え~此処に来て貰ったのは、分かっていると思うけど、二重存在についてね。えーっと、栖小埜ちゃんと風早ちゃんだったわね? ああ、そんなに畏まらなくても大丈夫よお! 硬くならないで? 来て貰ったのも形式上だけのものだしね? 顔見せみたいなもんよォ~! 一寸した注意をしとくだけだからね。終わったら、思う存分、ゆっくりしていくと良いわ! 此処は意外と見るものも多いわよおー! で、本題なんだけどね? 問題は貴方達の二重存在の使い方なのよ」


 極めて明るく軽い口調だ、そんなに固い話という訳では無いらしい。


「二重存在の使い方…ですか? …んー? 特に悪用とかはしてないよな? なあ風早」

「当ったり前だろー! 悪用するったって、目立ってしょうがないぜ。それにこいつ等だってちゃんと意思があんだし、悪い事する前に反対されんぜ、するつもりも無いけどな!」

「そうね、確かにそうよ。何か邪な事をしようにも、殆どの場合片方が反対するから問題無いのよね。だけど中には、二人が二人共、意見が合致しちゃう場合がある様にね。それは貴方達も良く知っているでしょう?」


 確かに…二重存在と宿主の両方が、暴走してしまったら、歯止めが利かなくなる…。

 俺と風早は初夏にそれを嫌という程思い知った。しかもあいつはまだ、何処かに息を潜めている。

 …古雫さんが消えた日に、あいつの姿を見たのは言うべきなのだろうか…。幻覚だったのか、未だに判らない。ガラも見たと言ったが、それにしても様子が変だった。

 …止めておこう。もしかしたらで話を進めたりしたら、とんでもない方向に話が導かれてしまう可能性がある。


「気を悪くしないでね。貴方達は真面目な良い子ちゃん達だからそういう事をするとは思っていないわよ。過去に二重存在が何かをしたという例も少ないしね…。JRPCの中に二重存在を持っているのは雅峰ちゃんだけだから何とも言えないけど、二重存在というのは私達をほぼ一緒らしいじゃない? 体が無いというだけで。でもね、生憎私達は二重存在についての見識は余り広くも深くも無いの。だから、警戒…という感じじゃないけど、ある程度気を付けないといけないのよ。ううん、でもね…栖小埜ちゃんや風早ちゃんは良い子だし、そんな事する訳無いって私信じてるわッっ! もう食べちゃいたいくらいッっ!」


 信じてくれるのは良いのだが…食べるのだけは止めてくれ…! 想像するだけで悪寒がヤバイ…。

 この人、眼が本気だ…! やばいよ…これ凄いやばいよ…。お坊さんってもっと優しそうな感じの眼じゃ無いの…? 


 「ハハハハ…ソレハドウモー…。ウレシイネ…ネ? リツクン…」


 …! 風早…顔がムンクの「叫び」みたいになってる…!止めろ…! こっちを見るなよ…!。俺だって怖いよ…。


「あらァー緊張しちゃってェー可愛いのねェ…。ああそうだ、それともう一つあるのよ。今年に入ってからの話なんだけどね、真ちゃんの居る石動市。あそこで妙な失踪事件が増えているのよね。こちらで把握している二重存在の人間も何人か消えているのよ。何も無いのが一番だけど、気をつけて。二重存在自体が石動市で増えているっていうのもあるし、心配なのよ。だから十分に注意してね」


 話が終わり一息つく。失踪――――二重存在と関連性があるのか。

 古雫さんの事を思い出し、不安な気持ちになる。そして聞こえる小さくもけたたましい足音――――。

 足音? 誰か廊下でも走っているのか? お坊さんが廊下を走る事はまず無い。と言うと、寧さん達か?

 葎が近づいてくる不審な足音に眉を潜めていると、乾いた様な音と共に破れている障子が一気に開いた。開いた障子の向こう側に居たのは般若の様な表情の瑞樹神広尾であった。


「雅峰ェェェェェェ!! こんな所に居たかぁぁぁ! ワタシの大事な写真撮影を手伝わず何をしていたぁぁぁ!!?」


 理不尽な怒りにより、いつもの三割増し広尾の癖毛は首を擡げたコブラの様に広がり、それを見た雅峰は冷や汗をダラダラと流しながらうろたえた。彼は腰を抜かし、にじり寄る広尾から逃げようと後ろ手で後退したが、無駄な努力である。彼女は良い具合の高さになった雅峰の頬を両手で押しつぶしながら前後に揺する。

 真と円和を除き、他の三人も蛇に睨まれたかの如く動きを止めた。それだけ広尾の不条理な怒気は凄みを帯びていたのだ。


「げえ! せ、先輩…。い、いや…あのだって…あれ…盗撮じゃないですか!? オレにはそんな真似出来ないですよ!」

「うるさーい!! 言い訳するなー! 朝ご飯の目玉焼きの黄身が潰れたのも、星座占いで下から四番目だったのも、最近太った? って言われたのも、今日凄く暑いのもお前のせいだーッっ! カメラだってお前が命を掛けて守れば問題無かったんだー!!」


 ――途中どころか、最初から全く関係が無い事を人のせいにする。実に素晴らし…――


「――――く無いから」


 葎はガラが言い切る前にそれを阻止した。


「そんなぁ! 酷くないっすか!?」


 うわー…滅茶苦茶な事言ってるよ…この人…。伊井都さんも苦労の人だなぁー…これ…。

 葎は不幸な災害に眼を付けられた青年を哀れんだ。

 しかし、出来るなら代わってあげたい等、自己犠牲の精神は微塵もいだかなかった。

 見るだけならば、兄妹がじゃれ合っている様にしか見えないのだが、実際は広尾の方が年上であるので、姉弟の方が正しい。しかもじゃれ合っているのでは無く、一方的に雅峰が掴み掛かられているのだ。

 壮絶なスキンシップの渦中にある雅峰の中で何かが閃いた。おそらく広尾はこれに引っかかる。彼は死活問題の中で見出した希望の活路に全てを掛ける事にした。

 自分の二重存在達の協力はまず仰げない。インは無言であるし、ヨウは爆笑している。事は自分だけで事を為すしかあるまい。

 横を向き驚いた様な表情を自分の顔に貼り付ける。表情については造作も無い。ただ、今の悲壮な表情を少しばかり変換するだけで良いのだ。

 仕上げは声だ。出来るだけ、今の状況を忘れた様な意外そうな声を出さなければならない。

 外見上は翻弄されている感じを醸し出す。だが、彼の思考は冷静だった。心を沈め、残された力を全て演技に籠める。自然に、本当にそこに居るのを見たかの様に。自分を騙すぐらいの意気込みで。

 彼は決意を固め、全力で声を振り絞った。


「あ! あんな所に可愛い女の子同士が百合っぽい展開になってる!!」

「何処!?」


 眼を疑う程の速さで広尾は雅峰の視線を追った。

 空鉦と燐太は広尾に釣られそちらを見た、一方、葎と真と円和は広尾の動き自体に視線を奪われていた。彼女の動きは人間の反応速度を優に超えていたのだ。

 過剰なまでの反応をしている広尾の僅かな隙を突き、雅峰は逃げ出した。


「よっしゃ! 今だ!」

「あっ! お前!! 女の子何処だ!?」


 縁側から外に飛び出した彼の姿は直ぐに見えなくなり、それを追いかけて行った広尾の姿も視界から消える。残された彼等は一瞬で来た災害が一瞬で過ぎ去った後の様に呆然とする他無かった。


「んもう! あの子もお転婆ねッ!」


 小指を立てながらくねりと体を捻りながら、円和は言った。

 葎は今さっきの異常な空間をどう鑑みても、とてもそんな軽いものと思えない。


「お転婆ってレベル…超えてません?」

「なあに言ってんのよォ~此処じゃあ、こんなの日常茶飯事よ! 栖小埜ちゃん!」

「だな。ってーか、いつもだともっと酷い」

「葎君、瑞樹神さんが騒がしいのは今に始まった事じゃないんだよ」


 これが当然で日常茶飯事ならば、俺の精神はとうの昔に臨界点を超えているだろうと。

 葎は何が常識なのか今一、分からなくなってしまった。


 ――っっんふっ…! …っぶはっ…――


 ガラが笑いをかみ殺した様な声を出した。


「どうしたよ? ガラ」


 ――いや…あの瑞樹神広尾というのは、先程の言葉に釣られて騙される所だけを見ると、何だか葎と知能レベルが一緒なのかなーって――


「うるせぇよ!! そうだとしても、一緒にすんなっ!」

「広尾ちゃんも居なくなった所で、終わりにしましょうか。ね?」

「はあ…。…そういえば――――JRPCってどんな人達が居るんですか? 気になっていたんですよ」

「俺も! 俺も! 坊さん以外にも居るんだろ?」

「そうねぇ?。例えば――――壊す呪いの子とか、天使とか、霊具職人とか…後は――――怪人とかねェ? 妖怪も住んでるわ。今日着てないのも居るし…あっ、ウェアウルフの子も居るわね。後で会って見ると良いわよ」


 気になる単語がいっぱいだが、ここまで統一性が無いと、全てが気になってコメントのしようが無い。


「凄いジャンルが色々混じってませんか? 天使とかって…此処お寺ですよね…? 怪人や妖怪なんて退治される側じゃあ…」


 湧いてくる疑問を押さえつけ、無難な質問をする。

 寺ならば、魑魅魍魎の類は退治するのでは無いのかと、怪人についても特撮の影響からか、良いイメージが全く想像できない。

 だが、円和さんはとんでもないと首を振った。


「んも~そんなの関係ないのッっ!! 妖怪だろーが、怪人だろーが、静かに暮らしたいのは一緒よ。ある意味自警組織みたいなのだから、宗教とか何とか関係無いの。かくいう私とそこの空鉦だって宗派は違うし、そんなの気にしていたらキリが無いわよー!! そう…性別の壁もねッ…!」


 そう言って、円和は葎の両肩に優しく手を乗せた。


「そういう訳で…皆、カモォォォォンン!!!」


 円和さんが指を鳴らすと、障子が次々に開かれていった。最初は何が起きたのか分からなかったが、次第に起きてしまった事態を把握した。

 悪夢の様な光景だった。いや…悪夢だった。アメリカンフットボールでもやっていそうなお坊さん達が俺達を取り巻いている。あっちの子が好みだわ~、とか、真ちゃんよォー! とかの声がする。ハッキリ言って、今現実逃避しなければ何時するのだ? といった状況である。

 そうだった、円和さん、一人だけがこういう感じだと、勝手に俺は決め付けていた。一人だけじゃない可能性なんてすっかり忘却の彼方にブン投げてしまっていた。迂闊だ、俺は馬鹿だ。

 俺は思考が八割近く停止し、風早の唇は青くなり、空鉦さんは再び障子にダイブしようとしている。混沌渦巻くとはこの事なのだろう。

 真さんだけは、通常通りの変わらぬ表情を保ちながら。何やら早口でぶつぶつと呟いている。手元に視線を移すと、彼の手は畳に添えられていた。


「…――――木生火――――火生土――――土生金――――金生水…」


 畳から一つの小さい芽が生えだす、やがてそれは両手でやっと抱えられる程の大きさの木となり、そこから火が這い出してきた。何故かその火は熱くなく、数秒も経たない内に木を燃やし尽くす。残ったのは木の燃えカスだけだ。その中が少し光った様に見え、金属の枝がめきめきと伸びていく、金属の枝からは水滴が滴り、気付いた時には噴霧の様に噴出し、空間を白く覆う。

 手品でも見ているかの如く、瞬く間に起きたそれを呆けて見ている俺の手を誰かが掴み、引っ張った。


「やっぱり手甲が無いと不便だな…。行くよ葎君、早く逃げるんだ」

「へ…? これって…?」

「慶吾さんも、風早君をお願いします」

「お、おうよ! おら! 逃げんぞ!」

「あ、ああ?」


 霧に包まれ、視界の悪い中を駆け抜ける。最初に俺と真さん。次に風早と空鉦さんが霧から抜け出した。抜け出した途端に真さんは廊下を走りだし、俺もそれに倣う。

 本能が危険だと判断したのだろう。未だ凍結しかけている脳味噌と違い、足は正常に動いてくれた。

 動きながらも俺は別の事を考えていた。一種の逃避だったのだろう。

 慶吾さんって誰? 空鉦さんの事? それよりコレ何?。


「何よ! これ、真ちゃんね!? きィィィィ! あんた達! 追いなさい!」


 外に面している廊下へと逃げた俺は、追い立てられるままに走る。この世のものとは思えない叫び声が耳に入り、漸く現実味を取り戻せた。追われている。何故追われている?。意味が分からない。

 爽やかな空気の中を、むさ苦しい集団に追いかけられている。何だコレ。


「待ってぇぇ! 一緒に解脱しましょうよぉ~!!」 

「ま、真さんっ! な…何であの人達追ってきてんですか! そして俺達は何で逃げてんですか!?」


 真さんは若干首を傾げ、角まで差し掛かった所でやっと口を開いてくれた。


「…何でだろうね? 俺にも分からない。はははははは」

「あっはっはっはっはっは!!?」


 もう笑うしか無かった。

 角を曲がった時、真さんの顔が少し見えた。

 軒下に遮られながら、僅かに差し込む日の光に照らされる彼の眼は、僅かだが笑っていた。








 次回こそは…! 元の更新のペースに戻すぞ…!。

 あ、「夏休み前日の事」の後書きにおまけを追加しときました。

 良かったらどーぞ…。後書きですからね? 本文じゃないっすよ?。

 前話の修正はまだ待って…ね?。

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