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duplices  作者: rakia
31/71

蛇女と三重男


 タイトル詐欺と言える程、ガラと葎の出番が大半を占めていたりします(笑)

 




 私の世界が紅く染まる。

 茜色の空は夕焼けには程遠い。

 彼の怒りの様に。

 彼女の狂気の様にも。

 猛る炎は白き花々を燃やし尽くす。

 

 あははははははははははは!!。


 彼女の高笑いが響く。

 炎が吹き荒び、彼の姿が一瞬垣間見えた。彼女に抱き抱えられている。

 壊れ物でも扱う様に大事そうに彼女は彼を抱き運ぶ。

 向かう先には紅き扉。

 白い世界を怒りで燃やした紅き扉。

 腹を突き破られ動けない。

 扉が開く。彼と彼女がその中へと入っていく。

 頭に絶叫が響いた。

 彼女の笑い声――――狂気を孕んだ声。

 全てを傷つけ、全てを壊す。悪でさえ、自分でさえも。

 彼女は慟哭を調べに乗せる。

 声に秘められている感情とは裏腹に、美しい音色は耳に心地良い。

 扉まで何とか辿り着き、それを開ける。

 黒い空間に彼と彼女は居た。

 彼女は唄を謡う。

 紅い唄が彼の肉体に染み渡っていく。

 空気が震える。それは崩壊の黎明。

 このままでは壊れてしまう。

 彼女の足元に倒れている彼の所まで私は歩いた。

 彼を抱き抱える。彼女は止めようとしない。

 唄は続く。

 腕の中の彼がもぞりと動いた。まだ少し意識がある様だ。

 扉まで戻る。ゆっくりと彼を降ろし、別れの言葉を伝える。

 最期だから、少しサービスしてやった。

 ずっと私が言いたかった言葉と、欠片を。

 扉が閉まる。

 彼女と二人になった。

 唄は終わらない。

 私の体も長くない。消えかかっている。

 終わりだ――――彼女にそう告げた。

 彼女は瞳を涙で満たしながらゆっくりと頷いた。

 唄の雨が止んだ。

 



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 


 何個目だろうか。数えるのもめんどくさくなってしまった。

 焼きたては勿論美味いけど、時間が経ってもバターの風味が際立っていける。

 ああ…手が止まらない。誰か止めてくれ。


「うん美味い。もっとくれ」

「………君、噛んでる? それと今だけは女の子なんだから丁寧な言葉遣いを心掛けたまえよ」


 ガラは半目で葎を蔑視した。


「だって美味しいですもの。…これで満足したか? 何ならお前がお手本示せよな。お前だっていつもの口調じゃないか」


 精一杯、当て擦りの様に言ってやった。第一に俺は男なのだ。


「あら、葎さん。そんな乱暴な物言いですと、殿方に嫌われてしまいますわよ。あまりに酷い様ですと教育しなければなりませんわ。うふふふふ」


 とても上品な絹の様な声でガラが返事をしてきた。


「……お前は何処のお嬢様だ…」


 違和感が無いのは凄いと思う。いつもは変人紳士のくせに、今日に限っては変人淑女で通すつもりなのだろうか。違和感が無いと言っても、ハイエナが狼の皮を借りてきた様なもので、大差は皆無と言って良い。それよりもどうしてこんなおかしな奴が俺の二重存在なのかが疑問だ。知らず知らずの内に河川敷の下から拾ってきてしまったのか。あれか、夢遊病か。


「ガラってさ…何処の生まれよ? 絶対俺じゃないだろ」

「はははは何を言っているのだね。私は今も昔も葎県、葎産だぞ。ほら、ちゃんとタグに明記されている」

「嘘くせー…。おい、お嬢様口調はどうした…淑女野郎」

「ほほほほ。何を言っていらっしゃるの? わたくしは今も昔も葎県、葎産ですのよ。ほら、ちゃんとタグに明記されていますでしょう」

 

 うっぜー!! 何か凄い、やだ。こいつのこの口調すっごい鼻につく。ああちくしょう! 壁だ! 壁は何処だ! あ、近くにあった。

 葎は直ぐ横の壁を全力で殴った。

 

「うおおおおおおおおおおおお!!」

「あらあら、駄目ですよ、はしたない。それにそんな可愛らしい声で叫ぼうが、ひ弱な拳で壁を叩こうがビクともしませんのよ。だってその壁、私の特注ですもの」


 くそー! 俺の拳よもっと熱くなれよ!。

 彼の無駄な努力は暫くの間続き、葎の唸り声とガラの嘲笑と壁が揺れる音が三重奏トリオを奏でた。


「ふぅーーーはぁ…ふぅーーーはぁ!! ……疲れた」

「お気はお済になられましたかしら。あははははは」

「う…うるせぇ…クソ淑女…」


 ガラは笑うだけ笑うと笑みを少し緩めて、花畑に目を向けた。

 風に舞う花は雪の様に降りしきる。それをガラは含みのある微笑で眺めている。息を切らしていた俺もその彼岸の向こうにある様な光景に眼を奪われた。


「――――じゃあ――――お腹も膨れた所で、反省会でも始めましょうか。ねえ、葎さん?」

「…その喋り方は止めろよな…」


 まだ続ける気か…。


「私のこれ生まれついてのものですので、今更矯正なんて出来ませんのよ?」

「少し前まで完璧に男口調だったよな?」

「何の事か存じ上げませんわ」


 彼――――彼女は紅茶の入っているティーカップを指で掴むと、持ち上げただけで飲まないまま俺に語り掛け始めた。


「さて…じゃあ今日はあの不思議な殿方についての考察から始めましょうか。もう一人の可愛らしいお嬢様に関しては情報が足りないので――――ね」


 不思議な殿方…あぁ…伊井都さんか。もう一人というとあの凶暴百合ちびっ子だな。あれは危険だ。

 それはそうと…伊井都さんのアレは…どういうものなのだろう。二重存在であるのは間違いない。風早みたいに特殊な例なんだろうか?。

 

「貴女が今思っていらっしゃる事は概ね当たっていますわよ。伊井都という殿方も燐太と同じ、変則的に二重存在が生まれたタイプでしょうね。推測で言うと、分離タイプ――――ですわね。二重存在が体から離れる――――というのでしょう。だからあのもやしっ子みたいな二重存在は彼の二重存在という事ですね。問題は――――どうしましたの? またそんな渋い顔をして。皺が増えてしまいますよ」


 こいつ…また人の心を覗き見しやがった…。俺の心の中に盗撮用カメラとか、盗聴器とか仕掛けてんじゃねえかな…。

 葎は苦虫を三十匹ぐらい纏めて噛み潰した様な表情でガラを見た。

 

「…分離タイプって…お前等、俺達から離れられるのか? それじゃあ幽霊みたいじゃないか」

「幽霊みたいじゃなくて幽霊なのですよ。宿主と共有する肉体が無ければ二重存在は幽霊と何ら変わりないものになってしまうのです。真が以前説明していたのを覚えていません? 二重存在にも独立して動くタイプがあると…ただ――――」

「ただ?」

「いえ…何でもありません。とにかく二重存在は宿主から離れてしまえば体の無いただの幽霊ですのよ」

「それじゃあ、ガラも俺から離れられるって訳だよな? しないのか?」


 魂だけってしつこいぐらい聞いたからそうなのだろう。俺はちゃんと体があるから分からないけど、体が無い気分というのはどんな感じなんだろう。飛べたりする…んだよな?。


「離れる理由が無いからですよ。葎、二重存在という者達は、どういった形であれ持ち主に対して強い感情を持っているのです。それは、乗っ取りたいという歪んだ愛情から、アリカの様に宿主を守りたいというもの――――十人十色。それぞれが宿主に心的複合体コンプレックスを持っている――――だから憎んでいようが、逆に愛していようが、離れようと思わない、とまあそんな感じで。二重存在の中には分離するそのやり方も知らないのも居るでしょうし、やる事は少ないでしょうね」


 コンプレックス…。じゃあ…こいつも…だよな。

 ガラは淡々と自分達について述べていく。その裏にある感情は、俺には読み取れない。何を考え、何を思っているのか。こいつが俺に対して抱いている思いとはどういったものなのだろうか。

 たまに俺はこいつが疑わしい…というか怖くなってしまう。

 何故このガラという二重存在は俺の代わりに他の二重存在と戦ってくれるのか。断る事も出来たし、見捨てる事も出来た筈だ。俺がこの二重存在という者達に勝手に首を突っ込んでいるだけで、こいつまでそれに付き合う義理は無い。それに、二重存在だけじゃない他の事に関しても。事あるごとに、おちょくりつつもガラは俺に助言や手助けをする。俺は彼が何故そこまでしてくれるのかが分からない。


「それに、緊急事態の時に宿主を助けられないのも大きいですね。乗っ取るにしろ、体が無ければ乗っ取りようがありませんから」

「でもさ、伊井都さんは、ガリガリのと離れた後もお前の蹴りを受け続けていたじゃんか。って事は生身でお前の蹴りを受け止めていたって話にならないか?」

「いや…彼の体にはもう一人居た。多分、私よりは弱いだろうが、かなり強い奴がな。骨っぽいのなんか目じゃない程強力な奴だよ」

「…淑女口調は?」

「細かい事を指摘されるのね。うふふふふ、つべこべ言っていると頭の毛を引っこ抜きますわよ?」

「抜くのかよ」

「ともあれ、あの殿方に関してはそんな所ですね。幾つか辻褄が合わない箇所がありますが、そんなのは些細な事ですわ」


 引っかかる様な言い方だけど、納得は出来たか…。三人目…もう一人居たのか?。そんな事はありえるのか?。何にしろ今はまだ推測の域を出ないからなぁ…。


「あっちに戻ったら説明されるだろうしな。……さっき言ってたさ、二重存在のその…コンプレックスって奴か…。お前はどうなんだよ」

「…どうなんだよとは? どういう意味だい?」


 音が一瞬消えた。


「お前は…! お前は俺に対してどんな感情を持っているかって事…だよ…!」


 俺はどうしてこんなにムキになって問いただしているのだろう。

 今までの疑問や、不信感が針程の穴から流れ出し、それが段々と広がっていく様な感覚がした。


「…聞きたいか…?」


 均整の取れた顔が俺の真正面に迫る。

 高揚感とも緊張とも言えるものが内側で脈打つのが分かった。


「…! ああ…!」


 瞼を閉じながらガラは体をくねっと曲げ、いじらしさを体で表すかの如く、桃色に染まった横顔を右手で隠す様に抑えた。


「……気持ちを知りたいなんて~やだぁ~そんな恥ずかしい事言えませんわ~。私の口からなんてとてもとても…葎ったら~だ・い・た・ん」


 違う状況だったら心動かされたであろう一連の動作は、俺の心臓ハートを打ち抜くどころか打ち砕いた。勿論、俺の中の不信感やら疑問も明確な殺意に変貌した。

 そういえば真面目に聞こうとして、こいつが真面目に答えた事が一度でもあっただろうか。多分無い。


「あーそうだな。大胆だから、間違ってお前の顔まで拳がつるっと滑るかもな。そん時は勘弁してくれな?」

「暴力なんていけませんよ。女の子なんですから。殴り掛かった所で掠りもしませんがね。オーホッホッホッホッ!!」

「避けんな! 当たれ! 笑い方も古臭いんだよ!」

「あら、殴ってくださっても結構ですのよ? 殴れれば…の話ですが」


 くそ…。殴れないのが分かっていて言ってやがるな…。倫理的に駄目だ。母さんが言ってた…。

 これはもう男に生まれた事を呪うしかない…。あーちくしょう! あれ? でも…今、俺女じゃん。………問題無い…? いやいや…自分が女だと認めてどうする…。…仕方ない…泣き寝入りか…。

 

「…………………………」


 葎は席を立ち、その足で最寄の壁に近づくと、激しく頭を打ちつけ始めた。


「うがぁぁああぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「うふふふ、幾ら頭を打っても頭は良くなりませんよ。馬鹿にはなるかもしれませんが。それより今度はカキ氷なんてどうです? 頭も冷えますわよ」

「も・ら・う・よォォォォォォォォ!!!」


 痛みが無いとはいえ、精神的体力が削られた気がする。

 息が切れ掛けている俺はフラリと椅子に倒れこみ、ガラはまた、この目の前壁の奥へと入っていった。

 この世界に氷や氷削機があるかどうかは甚だ疑問が出るが、あいつの事だからそんなの難なく出してしまう気がする。シロップはあるのだろうか。出来ればブルーハワイが良い。

 ……こんな事を考えている時点であいつのペースに乗せられている。駄目だ。気を確り保たなければ。

 

「出来ましたわよー」

「早いな!」


 ガラが白いプラスチックの盆に乗せて来たのは、カレーを食べる時に使う様な大きな皿にごってりと盛られた黄色い氷の山だった。角切りの果物の実が豪勢な雰囲気を演出している。鮮やかな黄色からは見るからに頭痛の予感がした。

 ほのかに香る果物の香りからは実に夏らしい匂いがする。ガラはにっこりと二つの巨大な皿を置いた。

 用意も周到に練乳まで用意してある。味に飽きる事は無いだろう


「……マンゴーだな」

「マンゴーですわ。たっぷり果肉入り。たんと召し上がれ」

「胸焼けするわっ!!」

「………そう言いながら、どうして君の匙は早速口に運ばれているのかな? 前から思っていたんだが、君かなりの甘党だろう…。自分で作って置いてなんだが、胸焼けする…」

「あひゃりまへらがらららららら!」


口に冷たい氷を含みながら俺は何とか話そうとしたが、流石に無理だった。でも美味い。


「食べるか、喋るかのどちらかにしたらどうだい…。口の中がシャバシャバじゃないか…」


 溶けない雪景色がサワリと一斉に揺れた。風が吹いている。

 ガラの世界では季節は関係無い。一年中過ごし易い環境なのだ。まあ…それもガラの気分によって変動する。彼がわざとやっているのか知らないが、ガラは外の季節に此処の季節もある程度合わせる。どうせ、思うままに出来るならわざわざそんな事しなくても良いのに。どうしてなのか、いつもあいつはそうする。

 だから、この世界のこういう風や空気を感じるたびに不思議な気分になる。

 何となく。何となく…俺は昔こうしてガラと夏を過ごした――――ありえないのだが、そんな気分になる。既視感覚なのだろうか。俺はあいつと、茹だる様な風を感じ、新緑の緑を見て、ふざけ合った。

 悪くないか。寧ろ、こいつとこういう風に過ごすのは面白いのかも知れない。

 実家のベランダで西瓜でも食べながら、他愛の無い話をする。そんなありえない情景が頭を過ぎる。

 …馬鹿みたいだな。そんな事、ある訳無いのに。

 

「…ガラ、お前…何でいつも俺の事助けてくれるんだよ…? いつも…いつも…俺がアリカに襲われた時から…ずっと今まで」


 季節に不似合いな雪が降る。その中で俺はガラの眼を見る。彼の紫色の瞳を俺の視線が交わされる。

 ガラは眼を逸らそうとはしない。俺の視線を真正面から受け止めている。

 二人共無言で見つめ合う。長い、永い時間だった。俺の眼には最早、躑躅つつじ色の海しか映っていない。

 少し眼を逸らした。下の方を見ると、ガラの口元は笑っていた。いいや、笑っているというか微笑んでいるのか。その方が表現するには相応しい。薄く化粧のように微笑を顔に浮かべている。

 ガラの表情の全体像が徐々に眼に入る。今まで見えていなかっただけなのだ。俺はこいつの心の中を覗き見しようと、こいつでは無く、こいつの心情を見ようとしていた。今なら分かる。眼も笑っている。こいつの微笑みに偽りは無かった。何故、そう思ったのかは自分でも分からない。しかし、それは本物だった。


「君だから」

「………え? …それが理由?」

「それ以上の理由が何処にある。…理由なんてあって無いものさ。君はその人に精一杯全力を注ぐじゃないか。私のもそれと同じ。君が助けるから、私も助ける。君が泣くなら、私も泣く。誰かに手を伸ばすなら――――私も一緒に伸ばす。……最初に約束しただろう。全部救うと。それはずっと変わらない」

 

 白の花びらがガラの髪の毛にかかった。水に戻る事の無い雪は風に再び吹かれて飛んでいく。風の流れに顔を寄せるガラの表情を見ていると、チクリと胸の内が痛んだ。自分はどうしてこいつを疑っているのか。俺は寄せられている信頼を裏切っている。それが情けなかった。こいつは俺に不審を抱かれているというのに、それでも最初に会った時から俺を信じてくれている。微笑みは鋭いナイフになって刺さってくる。こいつの気持ちが痛い。それは全部俺のせいだと分かっている。

 もう――――止めよう。まだ信じる事は出来ないけど。疑う事だけはもうしない。


「あ…ありがとう…その…いつも…」

「何を言っているんだ。相棒」

「………相棒じゃねぇ…」


 ちゃんとガラの顔は見えている。今俺が顔を逸らしたのはさっきとは違う理由だ。

 こいつは小っ恥ずかしい言葉を平気で言いやがる。


「フォースと共にあれ」

「一気に宇宙的になったな」


 …宇宙から来たとかじゃないよな? 右手に宿ったりしちゃうのか?。


「さて、そろそろ時間だ。君も、もう直ぐ目覚めるだろう」

「淑女設定は止めたのかよ。少し前からだけどさ」

「面倒になってしまってな。幾ら性別が無いとはいえ、慣れ親しんだ口調の方が性に合うのだよ」

「…………………」


 自分の拳が入る程に葎の口は開いた。目の玉に至っては、ほぼ飛び出している。


「…? 何で唖然とした顔をする?」

「お前…急にヤバイ事カミングアウトすんなよ…。え…ガラって雌雄同体? カタツムリ? 前からナメクジ野郎とは思っていたけど…殻がある方だとは…他の二重存在もそうなのか?」

「そんな訳無いだろう。どちらにもなれるという意味だよ。私以外の二重存在はなれないがね」


 小さくも無いが、大きくも無い胸を張りながら、ガラは自慢げに言う。


「益々何者だ…。お前…。あー! もうっ!どっちでも良いや!」

「ふっふっふっふ…恋したか? 君がお望みなら、ずっとこの姿で居てあげようか?」

「んな訳無いだろうが。さっさと元に戻れや。このすっとこどっこいが」

「はいはい。言うと思ったよ。言われなくても紳士に戻るさ。…それではあちらで」

「…おう」

「次は焼き芋でもするかい?」

「結構季節を楽しんでいるなー…。…栗も良いな…」

「用意しておこう」


 意識が融け始め、視界が遠くなる。また花が飛び交っている。やっぱり、それは俺には季節外れの雪に見える。此処も冬になったら雪が降るのだろうか。そうしたら、きっと寒いだろうな。あの家もどきには天井が無いから。また――――来るんだろう。多分、いや絶対か。

 俺は真っ白な世界を形作っている、沢山の花達と、その中心に居る人物に眼で別れを言った。





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 寝惚け眼に部屋の景色が入ってくる。夢から戻ってきたのだ。

 寝かされていたのか。ソファーの骨組みが体に食い込んで痛い。誰が寝かせてくれたのだろう。真さんか寧さんの二択だろうな。あの小さい子は人を気絶させて置いて、わざわざ寝かせる程優しい人間には見えなかった。それに伊井都さんはどっかに行っちゃったし。

 上半身を起き上がらせ、首を振る様に周りを見回した。あまり見覚えが無い。ソファーがあると言うと、二階の応接室か。俺が目覚めたのと同時に、扉のドアノブが回った。扉を開けて入って来たのは自分以外の全員だった。普通に入って来たのだが、寧さんが真さんを壁にする様にしたり、真さんが恐ろしい眼で、間に挟まれて、びくつきながら立っている伊井都さんの向こうの俺を昏倒させた小さい子を牽制しているのは見間違いであって欲しい。

 早くも俺の中で危険認定している癖っ毛が目立つ少女は、瞬きもせずに寧さんの方を見続けている。俺が気付いていないだけで実はしているのかは判らないが、俺が見る限りでは全くしていない様にしか見えない。

 ………今舌なめずりしなかったか…? あの子怖い…。 

 真さんが俺の方を見た。起きた事に気付いたらしい。死神が卒倒する様な目付きで見られなくて良かった。

 

「葎君…! 起きたのか…よか――――くないな。瑞樹神さん。ちゃんと謝って下さいね」

「しょうがないなー…」

「…しょうがない? そうですか。じゃあ今から焼きましょうか?」


 真は樹の床に手を当てた。


「すいません! すいませんでした! 本当に心から反省しています! だから、ね!? ね!? 死ぬから五行は死ぬから! 本当に止めて!? 死ぬから!」


 何を焼くんだ…!?。

 広尾は真の言葉を聞くやいなや、土下座でもしそうな勢いで葎に謝り始めた。

 あまりにも急過ぎる豹変に葎は、首を振る様な挙動不審な動きで対応せざる得なかった。


「ま…真さん。も、もう良いですから…可哀想ですよ…」

「そうかな。済まない、葎君。瑞樹神さんはこういう人なんだ…。さっきも橋間さんにセクハラ紛いの事をしていたし………やっぱり止めを刺して置くか…」


 真は再度床に手を当てた。葎は彼の眼が本気だったのを見た。何をする気なのか分からないが、此処で止めないととてつもなく危ない事態になる事だけは分かったので、半ば義務として真を止めようと説得を試みた。


「駄目です! 駄目ですよ、真さん!! 皆が危ないです!」


 葎は死ぬ気で真の説得に挑んだ。正に背水の陣である。

 その甲斐があったのかはさておき、真は床に手を当てるのを止め、立ち上がった。


「…そうだね。ただし…瑞樹神さん、次は無いですからね?」


 気が抜けて、泣き笑いになっていた広尾の表情は真のこの一言により、そのままの形で蒼ざめた。


「ははっ………はぁ…とにかく助かった…栖小埜だっけ? あんたは命の恩人だ…。ただし! 寧ちゃんは渡さないぞ! あの子はワタシのもので持ち帰って……はぁはぁはぁはぁ…想像するだけでご飯三杯は固いっ…! どんな格好をさせようか…! 定番のメイド服、スクール水着…セーラー服、バニーガール…! 男装も良いな…! あえての着ぐるみ、アウトロー系ガンマン、スーツに修道服、婦警服も外せない…! ………甲冑とか宇宙服も素晴らしい! 表情が覗けない状態からの…ああ…! 堪らない!」


 …?? この子は何? どういう子? おかしい子? おかしいのは前提だよな…その次だ…どのくらい変態なんだ…? 知りたくも無いが、どうしてこんなおかしな性癖になってしまったんだ…。親が悪いのか…。それとも学校の教育か…。もっと大規模に国家とか世の中なのか…。

 嗚呼…誰がこの子をこんなにしてしまったんだ…。それともこの子が自らこういう道に足を踏み入れてしまったのか…。一応確認しときたいんだけど…この子、女の子だよな?。

 葎はげっそりとした顔で、目の前で未だに饒舌な弁を繰り広げる少女を哀れんだ。


「――――捲り上げる事からの羞恥心に満ちた表情…良い! 最高だ! 矢張り恥ずかしがるその表情でこそ、そそられるものがある! さあ寧ちゃんワタシと一緒においで!! そして――――」

「瑞樹神さん」

「はい。すいません。もう言いません。ですから、そんな怖い顔しないでください」


 真はこほんと咳を吐く真似をしながら、こう言った。


「とりあえず、葎君に自己紹介してくださいね。困ってるじゃないですか」


 しょぼりとしていた広尾の表情が若干明るくなり、葎の寝ていたソファーの反対側にふんぞり返りながら座った。葎も完全に体を起こし、向き合う様に座る。雅峰はその後を追い、真に頭を下げ、寧と葎に頭を下げてから広尾の隣に腰を下ろした。寧は葎の隣に、真は葎達と同じ方の一番端に座った。

 全員が座った所で、真が自己紹介を広尾と雅峰に促した。


「瑞樹神さんから、どうぞ」

「真さん…俺達は良いんですか? 自己紹介しなくても」

「ああ。葎君と橋間さんの事は、彼女等は承知済みだから大丈夫だ」


 広尾は寧を見て舌をちらつかせたが、真にギロリと睨まれると大人しくなった。


「…それじゃアタシからだな。アタシは瑞樹神広尾みきがみひろお。若干、術の畑は違うが、真と同じ陰陽師だ。式を使うんだ。因達羅いんだら…! 出て来い」


 一枚の紙を指先で挟んだ広尾はそれを床へと落とした。

 床に落ちた紙が急にピクリと動く。次の瞬間、紙だった筈のそれは一匹の小さな白銀の子蛇へと変化していた。広尾がもう良いぞと言うと、それは音も立てずに元の白い紙へと戻った。


「こんな感じでな。ああ! 忘れていた! 真との関係なんだけど、お察しの通りただならぬ関係で…昔は…その…色々ありましたッ…!」

「誤解を招く言い方しないでくれませんか」


 ただならぬって…。違う意味で「ただならぬ」じゃ無いのか…。

 葎はてれてれと両手を顎に当てながら、照れ隠しらしきリアクションをしている広尾を見た。

 赤蝦夷松の様に髪が飛び跳ねている…。ん…? 真さんと知り合いって事は…。


「ちなみにワタシは真と年齢が一緒だ。敬うように。よろしく」


 嘘……。どう見ても…中学校入りたての小柄な女の子なんすけど……。年上だったのか…。

 幼い顔立ちからはとてもそんな年齢は感じられない。小動物の様な愛らしい顔には、それを追う側である筈の蛇に似ている眼が埋め込まれている。鋭い目付きのせいでもあるのだろう。纏う雰囲気は爬虫類そのものだ。  


「………葎さん…人類って不思議ですね」

「俺も現実でこういう人を見る時が来るとは思わなかった…」


 放心状態の葎と寧を置いてけぼりにして、広尾は雅峰の脇腹を突っついた。


「おら、雅峰ぇ! 次はあんただよ!」

「先輩痛いですよ!」


 雅峰が葎の方をチラリと見た。視線が合う。何だか少し彼が笑った様に葎には見えた。


「じゃ…じゃあ…改めて…伊井都雅峰いいとまさみねです。年は栖小埜君より一個上かな。三重存在と皆からは言われていて――――痛ッ! 先輩、痛い痛い…」

「遅い、もっと簡潔に」


 広尾が雅峰の手に噛み付いた。


「理不尽ですよォ…。と、とにかくそういう事で…俺は呼ばれている通り、二重存在とはちょっと違うんですよ――――ねぇ先輩…。いでいでいで!! 噛み付かないで!」

「いいはらつるきをいいなしゃひ」


 どうやら「いいから続きを言いなさい」と言っている様だ。


「私は二重存在が二人中に居るんです…。インとヨウって名前で、本当なら会わせるべきなんでしょうが、性格に癖のある奴達で合わせない方が無難かなーって思って…」

「あんはのきょろいふがわふいんでほう」


 「あんたの教育が悪いんでしょう」と言っているらしい。


「――――なるほどね。あの時、君から分かれたのがヨウ。私の決め技を受け止めたのがヨウという奴だね」

 

 葎の口を借りたガラはそう言った。


「正解。いやーあなたがガラっていう二重存在ですよね。噂はかねがね…」

「それはどうも。じゃあ、相棒が煩いのでこれにて失礼させて貰おう。後、その一人称がコロコロ変わる癖は直した方が良い――――っぷはぁ…も…戻った…」

「…そっちもそっちで大変そうですねー…あ、先輩! 何でも無いです。気のせいじゃないですか。僕は先輩に尽くすのが何よりの喜びなんです。いえ、本当ですよ。神に誓って…あああうわあああああ」


 体中を無数の蛇で覆われた雅峰を見ながら、葎と寧は少なくとも危険ではあるが、まともな人が上司であって良かったと実感した。

 自分がこうして溜息を吐くのは今日何回目なのだろうか。真は眉間に皺を寄せながら、眼を瞑ると深い溜息を吐く。それにしても、彼等がこうして来たというとJRPC絡みか。…おかしいな…慶吾さんは今日は来ていないのか。珍しい事もあるもんだ。


「今日は住職は来ていないんですか?」

「あ゛? …ああ慶吾? あいつは――――」


 どたどたという足音が複数聞こえた。それは葎達の居る部屋へと向かっている。バタンという激しい音と共に、空鉦と、何故か燐太、藍子、灯の四人が入って来た。

 

「お前等! 良くも置いていきやがったな!」


 空鉦は素知らぬ振りをしている雅峰と広尾に向かって叫んだ。彼以外の三人は不思議そうにこの人が密集している部屋を見渡していた。

 燐太が葎と広尾を交互に見て言った。


「おっ、葎じゃん。誰? この小学生?」

「死ぬか。ガキ」

「止めとけ! 風早! それは凶暴だ!」

「お前も逝くか? あん?」


 藍子が自分達を引き連れていた空鉦を指差して言う。それには真が応える。


「お騒がせしてすいません…ところで、この人誰ですか?」

「いらっしゃい。ごめんね騒がしくて…。それは空鉦という坊主だよ」

「それって言うなよ…それよりさあー! 聞いてくれよ、真! こいつ等、俺の事を置いていったんだぜ? 酷くない!? 酷いよね!?」

「煩いですよ」


 肩眉を寄せて困った様に笑っている灯に、寧が声を掛ける。灯も助け舟を出されて、やっと人心地の着いた様な顔になった。


「灯ちゃん!」

「どうも…これ何ですかね?」

「こ、これは…オ、オカルト研究会? みたいな?」

 

 寧は苦し紛れに嘘を付いた。


「それで――――住職達は何をしに来たんですか?」

「おう、それだけどよ。本部の方から来いって、お前にな」


 空鉦は屈託の無い笑顔で真に笑いかけた。





 これから出掛けてきます! 山梨です! 盆です!

 ですので、修正は次回次回…。 

 修正と一緒におまけも付けるから許してね! 今回はちゃんとやりますよ!?

 …タブンネー…

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