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duplices  作者: rakia
26/71

蜃気楼

 長かったっ…! 凄く長かった…!

 切りの良い所までやろうとしたらいつもの二倍になってしまったっ…!

 でもこれまだ終わんないんだぜ…



 意外に遅いな…。まだ、古雫さんを手伝ってるのかな? 晩御飯出来ちゃってるよ……。

 葎の帰りを寧はぼんやりとソファーに座りながら待っていた。意外にこの部屋は広い。だから一人で居ると余計に広く感じる。ここ最近は何時も葎や彼の友人達と一緒に居たからそう感じるのだろうか? 彼女はくったりと座りながらそんな事を思った。

 何というか――――自分も思い切った行動に出たものだ。他人、しかも男の人の家に居候させて貰ってるなんて、ついこの前までの自分ならこんなの考えもしなかっただろう。

 あの人は畜無害というか、手出し―――されるとは思わないけど――されなさそう…っていうか、あの人は頭の中がメロンパンしか無いから大丈夫だと判断した訳で…。

 それでも変だな…。

 迷惑――――なのかな……多分…そうなんだろうな…。

 …はぁ…あたし何やってんだろ…。どうかしちゃたのかなぁ…。

 酷く憂鬱な気分だ。自分の行動が理解出来ない。あーもー馬鹿だなーッ! とでも叫んだら気は晴れるかも。


「う~~~~~…」

 

 体をゆらゆら左右に揺らしてみる。

 意味は無い。

 やってみたくなっただけ。

 そうだよ。あの人が悪いんだ。格好つけた事言うから彼等の続きを見たくなちゃったんだ。あそこまであたしに言ったんだから、責任を取るべきだ。

 こじ付けかも知れない。でも、今はこれで良い。曖昧な気持ちで良いと思う。

 その内、自分の中で答えは出る…のかなぁ…。自信はあんまりない。

 変だよね。自分が自分の事を一番知ってる筈なのに。でも―――今はとりあえずそれでも良い。

 ところで、彼が言うには、「既にガラという心的不法侵入者が居るので、一人や二人増えた所で変わらない!」そうだが、その論理はどうなのだろう? 

 それよりも、あたしって「心的不法侵入者」と同列なんだっていうのに軽く傷ついた。まぁその日の夕食の素麺そうめんの付けタレには色が濁るまでチューブのワサビを入れてやったから少しは気が晴れた。これが結構楽しくて。あまりに反応が面白かったので、今度またやってみるつもりだ。


「まだかなぁ…」


 …何となくつまんない…。寂しい…?

 今年は蝉が鳴かない。雑音が無いだけに、静寂による耳鳴りが逆にうるさい。

 耳を凝らしていると、足音が聞こえた。

 あ、帰ってきたかな?


「…ただいま」


 おかえり? ううん…それだと…。


「お、お疲れ様です」


 …? 顔色悪いですね…。


「あ…あのっ大丈夫ですか…? どうかしました…?」


 あまりにも蒼白な顔の葎に寧は心配そうに問いかけた。


「あ~……何でもないよ…大丈夫…」


 とても大丈夫そうに見えない…。


「そ、そうですか…? ご飯ありますけど…食べられますか…?」

「うん…いただくよ」

「えっと…涼しいのが良いかなと…で、冷汁です!」

「おーーー…」


 か、空回り感が…凄い…。いつもならノリが良いんだけど………?

 冷蔵庫で冷たく冷やしてある冷汁の入った手鍋を取り出して、椀に中身を注いだ。

 すり鉢を使ったり、色々と面倒だったが、会心の出来だと寧は確信している。

 上手く出来たんですけど…洗い物が大変ですねぇ…。

 ご飯と一緒に冷汁を並べる。夏は食欲が減るのでこれじゃあ少ないかと思いきや、以外にこれだけで事足りるのだ。見た所、葎もあまり食欲がある様には見えないので、彼女は丁度良かったと安心した。


「はい、どーぞ。自信作ですよ」

「…いただきます」


 そう言って、葎は冷汁をご飯にガバッとぶっ掛けて、それを箸で混ぜ、普通の汁物でも啜るかの様に一気に飲み干した。

 ………………えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ?


「ちょっと…えーーーーーー!?」

「…? どうしたの? 食べ方…これじゃ無かったっけ?」

「あ、合ってますけど……」


 幾ら何でも、丸呑みってぇ事ぁ無いんじゃないすかね…。

 

「ごめん…先に少し休ませて貰うわ…」

「え? ええ…」


 ふらふらとした足取りで葎はダイニングから自室へと歩いて行った。


「…これは…重症ですね…」


 やはり気になる…。そう思った彼女は三十分程経ってから、葎の部屋の前まで行き扉を叩いた。


「葎さーん…いいですかー…」


 寝ている…? 

 一応、と寧は音に気を付けながらドアノブを捻り、ゆっくりと扉を開いた。

 部屋の中は暗い。やっぱり寝ているのか…。その時、突然白い顔がニュっと彼女の前に現れた。


「ッっ―――――!!」


 寧は声にならない叫びを発した。


「おや、どうしたんだね?」


 葎であるが、何となく彼よりも冷たさのある眼。特徴的な口調。

 …! ガラさんか。


「――――はぁーー…! どうした? じゃないでしょう! あーッっ! あー! 吃驚したなぁ~~! も~~!! 心臓止まりかけましたよ!!」


 やっと声を絞り出せた寧は猛烈な勢いでガラに抗議した。


「そうか、それは良かった」

「何がです!?」

「はぁーーーー! ふぅーーー! …………栖小埜さんは?」

「葎は寝ているよ。何やら魘されていたな。寝言を書きとめておこうか」


 ガラh意地の悪い笑みを浮かべた。通りすがりの人に「これは悪魔です」、と言っても普通に信じてくれそうなぐらいの悪い笑みだ。


「や、止めてあげてくださいよッ」

「くく…どうしようかね…。ああ、それより私は今から少し出掛けてくる、遅くはならないがね」

「今からですか…? 何処に?」

「古雫楼花の所にだよ」

「忘れ物とかなら、明日でも…」


 ガラの顔から笑みが消え失せた。


「……いいや、ちょっとした野暮用なんでね、手早く済ませたい」


 彼の語気にはこれ以上追及するなという拒絶が含まれている様に、寧には思える。


「あ―――えっと…」

 

 何も言わない方が良いのだろうか? 聞きたいという興味はあるが、確実に拒絶されている。多分聞いても話を逸らされるかもしれない。

 突然ガラが何かに気付いた様に声をあげた。


「んむ? それは何だい?」

「これですか? 今日の夕飯の残りの冷汁ですけど…」

「頂こう」

「えッっ!? さっき食べたばかりじゃないですか!?」

「それは~葎が~食べたのであって~私は食べてないの~」


 何ーーー!? この人!?

 さっきまでとは一変したガラの様子に寧はおろおろと戸惑う。


「それじゃあ…どうぞ…」


 仕方なく、寧はガラに残った冷汁が入った椀を差し出した。


「ほう…これは食べた事が無いな…では!」


 グイっ。

 景気の良い声と共に、ガラは椀の中身を一気に飲み込んだ。

 ………うわ…。


「美味しいじゃないか。じゃあもう行くよ」

「……そうっすか…」


 ガラが去った後で寧は思った。

 こういうのってペットは飼い主に似るって奴なのだろうか、と。ペットじゃないけど。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




「さ、仕上げてしまおうかね」


 肩をぽきぽきと鳴らしながら、描きかけの絵に色を重ねていく。完成は近い。

 絵とは素晴らしいものだ。色を重ねる度にその外見、本質すらも変容させる。まるで人生みたいだと思う。嬉しい事は明るい黄色やオレンジ。腹が立つ事は真っ赤な赤。悲しいのは青。緑とかは――――何だろうな。

 それぞれの色で自分を彩っていく。混色になったりして自分だけの色になっていく。

 そして最終的には――――

 黒になるのか。

 それは―――――生まれた時の白色と殆ど変わらない。

 人は生まれてから死に向かっている様で、実はもう一度生まれた時まで遡っているのか。

 生まれたのが生の始まり。じゃあ死ぬのも二回目の生の始まりじゃないか。

 生まれて、育って、死んで、灰になって、そして魂だけになって――――また繰り返すのかな。

 死なんて、初めから無いのかもしれない。

 だったら、あの子も帰ってくるのか。

 …いや、あの子は死んだ。他人の色に塗りつぶされて。

 黒く塗られて。

 ぐちゃぐちゃに塗りつぶされて。

 殺された――――


「何を考えているんだね? 怖い顔で?」


 彼は…ガラ君か。

 何時から居たのだろうか、ガラが楼花のアトリエに入ってきていた。


「さぁ? 何だろうね? それより駄目じゃないか、女の一人住まいに無断で入っちゃ。……何をしに来たのか当てて見せようか? ね、ガラ君?」


 ガラは眼を細めると、無造作に置いてある椅子に座った。


「…どうぞ?」


 それを見て、楼花は口元に微笑を湛え、言った。


「釘を刺しに来たんでしょ?」


 一気に部屋の中が静まり返った。


「…ご明察通り。慧眼恐れ入るとでも言った方が良いかね?」

「やだなぁ~私と君の仲でしょ~」


 楼花はあくまで、おどけた様子で言うが、口の端は上がっているが、眼が笑っていない。一方、ガラは眼を鋭く光らせ、あからさまに警戒している。


「どういう意味だ?」

「君も失くして、過去しか見れてないって事」

「見たのか。私の記憶を…」

「うん。全部は無理だったけどね。そんな事したら、頭がパンクしちゃうよ。君――――いいや、『君』なんて本当は言っちゃいけないんだろうけど。貴方はあの子に全部伝えたのかな? あの様子だと何も教えてないでしょう?」

「ああ…」

「それで良いの?」


 暑苦しい夏の空気が空間に満ちている。


「思い出して欲しいさ…。しかし…彼はそれを知っても尚私を――――」

「ふうん。信じてくれるか確信が無くて怖いんだ? 私は杞憂だと思うけどなぁ」

「…………………」

「…言わなかったら言わなかったで、面倒な事になるよ?」

「承知している…だが…」

「それだったら、別に思い出させなくても良いんじゃないかな」

「私は…」


 言葉が継げない。自分の業を考えれば、そんな事言える筈が無い。


「貴方も我侭だね。あの子は思い出しても、思い出さなくても変わらないよ? 多分ね」

「……聞いておきたかった事がもう一つ…何故、葎をここに呼んだ?」

「見て置けなかったんだよ」


 彼女にしては珍しく、照れているかの如く視線をガラから逸らす。


「葎がか?」

「貴方が。んー似たもの同士心配でね」


 吸い込まれそうになる瞳で楼花はガラを真っ直ぐ見つめた。悲しそうであり、どこか自分に向けたものもある様にも感じ取れる。


「要らない心配だ」


 ガラは跳ね除ける様にそう言い、席を立とうと腰を浮かせた。


「一応言っておくけどさ、あの子は私達よりずっと先を見ているよ。あの子は私達の様に過去に固執する事も無い。君はもう少し彼を信じてあげなきゃいけない」


 ガラはジロリと楼花を見ると、低い声で言った。


「……………………小娘が…貴様に――――何が分かる…!」

「何も分からないよ。分からないから好きに言えるんだ、それと――――もう三十台半ばなんだけど」

「え、うっそォ」

「嘘を吐いてどうするの」

「…とてもそうとは見えないが」

「嬉しい事言ってくれるなぁ」


 ガラは剣呑な雰囲気を鎮め、静かに眼を閉じる。先程まで彼から感じられた威圧感は消えている。


「…………くくくく…君自身は嫌いじゃないよ」

「私もだよ」

「くくく」

「ふふふふ」

 

 楼花は席を立つと、少し待っててと言い、奥の扉に消え、少ししてから盆にグラスを二つ載せて持ってきた。グラスには透明な菜の花色の液体が並々と注がれている。


「サイダーだけど飲む? サイダーと言っても大人の方のサイダーだけどね」

「貰おう」


 ガラはその液体を口に含んだ。

 彼の鼻に爽やかな林檎の香りが広がる。果実酒の様だ。刺激のある口当たりだが、アルコール度数はそんなには無く、飲み易い。喉を通過させると、アルコール特有のむせ返り、焼ける様な感じがした。微量の炭酸も感じる。


「あぁなるほど、サイダーだね」

「気分転換に良いかなと思ってさ。美味しいでしょ?」


 ニヤリと笑いながら楼花は言った。随分と悪戯っぽい笑みだ。


「まだ飲むよね?」

「…付き合おうか」


 既に彼女は盆とは別に他の酒だと思われる瓶を持っている。


「ふふふ!! 画家舐めちゃいけないよ!」

「ハハハハ!! 君こそ私に勝てるとでも?」

「んん?」

「むむ?」


 同時に肩眉を上げ、二人はグラスの中身を無言で飲み干した。

 こうして、妙なプライドを持つ同士の静かなぶつかり合いが始まった。


 


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 

 頭がガンガンする。割れそうだ。何か気分も悪いし。やはり昨日のあれのせいか。

 ここ最近は訳分かんない事が多すぎて、困ってしまう。考えてみたら、今年に入ってからまともな事なんて起きてない気がする。

 二重存在。これが引き金なのか。謎って言えば、真さんは最初、ガラに気付いていたのか。「天儀屋」に勤め始めたのは、ガラが生まれるきっかけになった交通事故以前――――

 とするならば、当然真さんが気が付いていない筈が無い。しかし、真さんが俺が二重存在であるのに気付いたのはアリカと一戦交わしたあの時だと聞いた事がある。

 そもそもそれが俺を採用した理由では無いらしいから、嘘という線無いだろう。俺に嘘を付いても何もならないし。でもガラは事故の後に生まれたと言った。どういう事だ?

 ガラが嘘を付いている? 何でだ? 明確な理由が見当たらない。真さんと同様に俺を騙す必要が無い。


「……………………」


 葎の部屋の扉が音を立てず開き、寧が無言で入って来て、彼の寝ているベッドの横にちょこんと正座した。

 はぁ、むしろ何でこんな事俺は考えているんだろう。アレか、賢者タイムって奴か。あんまりにも気分が悪いんで妙に頭が冴えてんのか。ん? 逆にチャンスじゃないか? 今なら新しいメロンパンの定義に関して斬新な発想が生まれるのでは? おお、何か気分が少し良くなった様な感じがするぞ。


「……!?」

 

 急に元気になってニヤニヤと笑い出した葎を寧は怯えた表情で見ている。

 ううむ、だけどこういう感じで一人で考えるのもなぁ。誰か俺とメロンパン論議を熱く交わせる猛者は居ないだろうか。風早に貸してもらった小説の、髪の赤い日本刀を持ったメロンパン好きな女の子とはかなり語れそうな気がしたが、惜しむらくは彼女が現実に居ないという事だ。メロンパン好きには悪い奴は居ないのに残念だ。いや、もしかしたら現実に居るかもしれないぞ。現実なんて結構蜃気楼みたいに不確かだと思うし、無いって確証も無いんだから。ひょっとしたら七つ集めると願いを叶えてくれるメロンパンだって在るかもしれないんだ。そうさ、メロンパンが見守ってくれるなら不安なんて…! おお…! この熱くたぎる気持ちは愛か…!! 

 寧はとても悲しそうな顔で葎を傍観している。彼女の表情はさながら、両親が宿敵みたいなのに殺されたり、呪われた何とかを装備したり、何やかんやで闇に堕ちてしまった親友を止めるために泣く泣くその手にかけた歴戦の戦士の様であった。自分では彼の心の闇を取り除けない事に対する悲壮感が顕著に滲み出ている。


「ごめんなさい…そこまで追い詰められてるなんて…ついに本格的におかしくなったんですね…!」


 勿論この呟きも葎には届いていない。

 万物の根っこは全て一つに繋がっているという。だったら自分もどこかでメロンパンに通じているのか…! そうか…! 漸く悟った…。俺がメロンパンだ!! 違うかメロンパンが俺? いや全ての人間がメロンパンだ! そうに違いない! 全ての道はメロンパンに通じているのだ。今、やっと真理に至ったぞ…!

 寧は葎の部屋の本棚から漫画の単行本を取り出し、寝転がりながらそれを読み始めた。

 

「……いい加減気が付いてくれません?」


 足をバタバタと動かしながら漫画を開いている寧が拗ねた様子で葎に言った。


「ん…うわっ! 寧さん何で居んの!?」

「さっきから居ましたけど。昨日の様子が気になって来て見たら、あなたが一人でむっつり考えていて、その次はニヤニヤしてるし…あたしには気付かないし…はぁ…」

「ごめん。俺、メロンパンになったんだ」

「あたしが悪かったですッっ…もっと早く栖小埜さんのSOSに気が付いていればっ…! もう遅いんでしょうか…いいえ! たとえ遅くてもあたしや、他の皆があなたを支えます! 頑張りましょうッ…! 頑張って心の病を治しましょう…! 不肖、橋間寧。友達を見捨てるなんて出来ませんからねっ…!」

「え…あの…」

「良いんです…何も言わなくても…大変でしたね…グス…」


 寧は涙目で葎の両手を握った。

 えーーーーーー…何で泣きかけてんの…この人? 俺…何かした? 


「ね、寧さん…?」

「大丈夫ですよ…大丈夫です…無理しなくても…」


 何が大丈夫なのだろうか…? ちょっと俺には理解出来ないぞ…?

 ここは一先ず何か言っておいた方が良いと思った葎は、ごくありきたりの事を言った。


「とりあえず…手、離してくれる?」




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「ねぇ、燐太…今日も行くの?」 

「何だよ、行きたくないのかよ? お? じゃ~な! 士!」

「おーう」


 燐太の声に士がぞんざいに応じ、そのまま帰宅する生徒達の波に飲み込まれていった。

 チャイムの音が鳴り響き、教師が学生を早く帰れと急かす中、学生服の三人組の会話は未だ終わる気配を見せない。


「そういう訳じゃあ…毎日お邪魔するのはどうかなぁって思うだけよ」

「またおいでって言ってたんだから良いんじゃねぇの?」

「藍子ちゃん、風早君っていつもこんなん何ですか?」

「基本的にはそうよ。だってこいつ、友達の家で出されたお菓子一人で食べて、その家に出入り禁止になったぐらいだもん。あぁ、ちなみにそれは齋藤君の家よ。とんでもないでしょう?」

「ええ…それはー…ちょっと…」

「ねっ? 多分私が思うに、頭のネジが数本抜けていると思うのよ」


 藍子はわざと困っている様な表情を作り、灯に大げさに言う。灯もそれに深い同情を含んだ表情で応えた。


「……おい…」

「あ~そうかもしれないでっすね~でも最初から無かったのかもしれないですよ?」

「なるほど…職人技ね…ネジを使わないなんて凄いね…!」

「…おーい…」

「寄木細工ってやつじゃないですかね?」

「それなら、どこか押したり引いたりしたら、脳味噌が出てくるのかな」

「いやー出てきたとしても小さいと思いますよー」

「………あ…ちょうちょだ…」

「無かったりして」

「そうですねぇ」

「わーきれいだなぁ…」

「それにしてもムシムシするよね」

「シャツが張り付いて気持ち悪いです~」


 追い払う様に藍子は手で風を扇ぐ。彼女等が居る教室は日当たりが良すぎるぐらいに良いので、夏場はかなり暑い。窓際にでもなった日には体中の水分を持っていかれる。灯も汗で体に少し張り付きかけているシャツを指で摘んだ。 


「………ふ…どうせ俺は要らない子…」


 何を言おうが誰も燐太の言葉は聞いていない。


「スプレー貸そうか?」

「あ、どうも」

「使うだけで少しは違うからね」

「うわぁああぁぁん!! 無視かよ! 人でなしぃぃ! もういいよ! お前等なんて嫌いだーーッ!」


 燐太は涙を振りまきながら、腕をくねくねさせた独特の走り方で去って行った。しかし、彼女等は会話に夢中でそれを全く見ていない。


「サラサラになりますよね! これ!」

「うん。これが一番良いと思うんだ。陸上部の時はこれ良く使ってた」

「辞めちゃったんですよね…」

「まぁ、別にこだわる必要が無いからね。私はその…あ」

「あらぁ~もしかして? もしかすると?」

「や、止めてよっ」


 ほんのりと藍子の頬が桜色に染まった。


「そういえば、風早君の声がさっきからしませんが」

「…そうだね? 何か走ってった気がしなくもないけど…」

「ま、良いですよね!」

「そうだね。その内戻ってくるでしょ」

「ですね~。そうだ! 古雫さん所に行くなら何か持って行きましょうか!」

「そうねぇ、何が良いかな?」

「う~ん」

「うーん」

「それだったら―――――――」

「なるほど――――――」


 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「ひどいぃぃぃぃぃ!!」

「おーい! 風早ー! お前がかなり残念なのは分かってるが、女走りで廊下走るなー気持ち悪いぞー」

「ひどいや! 後藤先生までー! 先生なら慰めろよー! もうこうなったら――――」


 ドンッ

 服でも脱いで…あ、やべ…ぶつかっちゃった…。


「痛…」


 燐太の目の前には眼鏡を掛けた少年が尻餅を付いている。近くには彼の鞄が落ちている。中身は特に出たりはしていない様である。燐太は謝罪の意味も含めて尻餅を付いている彼に手を差し出した。


「ほんっとごめん!! 怪我ねぇか!?」

「あ…うん」


 燐太の手に引っ張られながら眼鏡の少年は体を起こした。こういう時の燐太は本当に申し訳無さそうな表情になるので、大抵の人は許してくれる。見た所、眼鏡の少年も怒る気は無い様だ。

 

「うん? コレ…」


 燐太の視界に透明な赤のプラスチックで出来たキーホルダーが見えた。何となく見覚えがあるので拾い上げて手に取った。昔見た子供番組のアイテムを模した物だ。燐太もその番組は見ていたので、良く覚えている。

 へぇ…懐かしいなーこりゃ。昔持ってたな~俺も。


「それ…僕のなんだけど…」


 勝手に回想を始めていた燐太に眼鏡の少年が神経質そうな声で言った。慌てて燐太は持っていた赤いキーホルダーを返した。


「おっと! すまん! つい懐かしくてさ…これ、俺も昔持ってたぜ」

「ホントに!?」


 目に見えて声の調子が上がった眼鏡の少年のその反応に、燐太は若干たじろいだ。


「あ、ああ…何、お前これ、好きなのかよ?」

「う…うん…集めてる…」

「ほー…。あ、俺か―――」

「知ってるよ。風早君でしょ。君、有名だもん」


 燐太が言い切る前に眼鏡の少年が言葉を繋いだ。背格好は燐太と殆ど変わらないが、彼よりも少し顔立ちは幼さが残っている。

 こいつ…同級生か…?


「あぁ…そっか。……ちなみに…どんなので有名なの…? 俺…」

「それは勿論、授業中うるさい事や、先生によく叱られていたり、お騒がせの常習犯でいたる所で騒ぎを起こし教師陣からも「だって風早じゃん」って言われる始末の――――」

「わ…分かったッ…もう俺の精神体力のゲージは赤だ…止めてくれ…消失すんぞ…」


 あれ? いつ雨なんて降ったの? 目の前が見えないよ? おまけにこの雨しょっぱいよ?

 滝の様な涙を流す燐太を珍獣でも見るような眼で眼鏡の少年は見ている。

 

「いや、でもさ。皆良い奴って言ってるよ。君の事」

「ほんどにぃぃぃぃ? 嘘じゃないよねぇぇ…?」

「う、うん…本当だからそれ以上近づかないないでくれるかな……」


 ジリジリとにじり寄る外に出たら一発で通報される様な顔の燐太から身を引きつつ、眼鏡の少年は応えた。


「ありがとよォ…今度から心の友よって呼んで良いか~?」

「それじゃあ、君が某ガキ大将になっちゃうんだけど…」

「うう…そうか…それよりも…お前同級生…だよな?」

「そうだよ。まあ…影薄いし目立たないから知らなくて当たり前か…」

「んな事ねぇよ~良い奴だ~お前は! 少なくとも異物を食わせる女や、不思議ちゃんよりずっとマシだぜ~結婚して欲しいぐらいだ! 結婚してくれ!」

「あの、ホントマジで勘弁して…」


 眼鏡の少年の顔は漂白したての雑巾並に白い。原因は言わずもがな、水道管が破裂したかの如く、泣き止む気配を見せない風早燐太という少年である。


「それは冗談として! お前何て言うんだよ?」

「…名前? 僕は、秋庭正一あきばせいいち。一組だよ」

「おおそっか、宜しくな~。ところで……」

「…じゃあもう行くね」

「あ、ああ。またな!」


 見間違い…だよな?


 ――いや~燐太さん災難でしたね~あっしも涙を呑んで見守っていやした!――


 脈絡も無く、燐太の二重存在のアシが口を開いた。彼は一度喋らせると弁士の様に延々と話を続けるので、学校の中では極力喋らない様にしている


「嘘付けよ! ずっと喋んなかったじゃん!?」


 ――燐太さん…獅子は自分の子供を谷の底に落とすんですぜ…――


「落とすすらして無くね!? 見て見ぬフリじゃなかった!? 育児放棄も良い所だよ!!」


 ――育児放棄はいけませんねぇ、やれやれ三丁目の加藤さんは…――


「加藤さんどっから来た!?」


 ――それより…燐太さん…――


 何時に無く真剣な様子でアシは話を変えてきた。何となく緊迫感の様なものが漂っている。


「ああ…!」


 ――…あっしの出番少なくありませんかね…!――


「ああ…! 我慢しろ…!」


 ――もっと、こう。他の二重存在さん達と交流しても良い気がするんですが…!」


「ああ…! 我慢だ…! そもそも俺の足、補助してる状態じゃ喋れないんじゃね…?」


 ――そうですか…!――


「そうですよ…!」


 ――…………………――


「…………………」


 そんだけ…!?

 はたして彼が出てくる必要があったのか、燐太が疑問視せざるおえなかった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 買出し…ねぇ…。

 ぶらぶら歩きながらメモ書きに記された物を買い揃えていく。

 彼女と昨日の「視線」について少し話したかったが、さっさと追い出されてしまった。ガラにはまだ言っていない。どうせまたあれが来るならば、説明の必要はないと思ったからである。あの時はガラが起きてなかったので、輪郭程しか分からなかったが、乏しい経験で判断するならばやはりあれは二重存在だ。実際、楼花さんもそう言っていた。なので、まず間違い無い。

 ガラを通してみれば、確実にその実態は掴める筈だ。

 ところで、こういう風に買出しやら、何やらやっていると自分が楼花さんの使用人になった様な気分になる。奇縁って奴なのだろうか…。一応有名人にお近づきになっているので、そうなんだろうな…。

 彼女は今日は朝から、いや、きっと昨日からだと思う。ずっと絵を描いている。仕上げと言っていた。どういう絵を描いたのか自分としても興味がある。そういえば、スケッチブックに描いていたあの絵は完成したのだろうか。ちょっと楽しみだ。


 ――やあ、葎、今朝は頭が痛く無かったかね?――


「えっ、お前何で分かったの!?」


 ――あれだけ、痛い、痛いと呻いていたら嫌でも分かるさ――


「そりゃそうか………何かした?」


 ――とんでもない! 相棒を疑うなんて酷いじゃないかっ!――


 ガラのリアクションが演技染みている感じがするのは、きっと俺の心がやさぐれているからなんだよな? ああ、どうしてだろう? 凄くイラッとするんだけど? 

 …駄目だな、全部ガラのせいなんて事は無いんだから少しは信じてやらないと可哀想だよな?

 でもさ。この、猜疑心はどっから沸いてくんのかな?


 ――葎、あそこで何かやっているみたいだぞ――


 本当だ。人だかりが出来ている。通行人の集団が興味深々で見つめている中心に居たのは三十前半ぐらいか? おそらくそのぐらいだと思われる男性だ。黒いスーツに赤いネクタイ。夏なのによくあんな格好が出来るものだ。自分なんてこの格好でさえ汗をかいているというのに。

 

「さぁ、どうぞご覧あれ」


 男は極めて愛想良く道行く人々に声を出す。

 しかし―――その喪服の様な格好は――――

 不吉だった。



「マジック?」


 ――そうみたいだね。ふむ…見ていくかね?――


 少し見るぐらいなら…。

 そう思い、葎は足を止めた。

 どうやらまだ始まってもいないらしい。男は手に一組のトランプを持っている。


「ああ! そこのお兄さん! カードを引いてみませんか?」


 男は目敏く、葎の姿を見つけ、こちらに来る様にと笑いながら言った。


「俺?」


 あまりこういう目立つのは好きじゃない。人前に立つ事が嫌なのだ。目立ちたがり屋を除いて、殆どの人がそうだろう。自ら進んで人前に立つのは、羞恥心もさる事ながら、精神的体力も消費する。だが、こう呼び止められてはどうにも断れない。人が居るからではない。居なかったとしても断る自信はあまり無い。


「そうですよ。さあ――――どうぞ」


 そこそこの厚みがあるトランプの束を男は綺麗にそれぞれ重ならない様に広げ、葎に差し出した。

 どうやら、選べ、という事らしい。

 葎は右側の中心に近い場所からカードを引いた。クラブのエースだ。

 男は取り出したトランプの束を懐に仕舞った。そして両手を広げ、何も持っていない事をアピールする。


「さぁ…そのカードをよ~くご覧になってください…」


 パチン…!

 指を鳴らす音が聞こえた。

 それを合図に葎の持っているトランプが木が朽ち果てる様に一瞬で崩れ去った。


「うおっ…何これ…! どうなってんの…!」


 不思議…というよりは不気味だ。

 特に変哲の無かったトランプがあの短い間に消えた。

 ただ消えるのではなく。何となく嫌な感じの残る消え方で。


「夢みたいでしょう? 夢って不思議ですよね。良かれ、悪かれ、現実には無いものを見せてくれる…だから…ほら、あなたのカードが崩れたのも夢ですよ」


 どこから取り出したのだ…? トランプは胸の内ポケットに仕舞っている筈なのに。 

 あのトランプ。

 葎が引いた。そして崩れ去った。あのトランプが―――クラブのエースが。

 男の指に挟まれていた。それも朽ちる前のそのままの姿で。


「も…元通り…? それ…俺の引いたカード…!」

「ね? 夢は大切にしなくちゃ。それがどんなものでも…ね。さ、それはあげましょう! では皆さん! お次は――――」


 男は新しい手品を始め、観客はすぐさまそれに釘付けになる。

 不吉だ。

 不安感を煽られた気分がする。

 後ろのポケットから振動を感じる。携帯が鳴っている様だ。

 多分、この嫌な感じは自分の思い込みのせいなのだろう。

 どうしてだ。自分は何を不安に感じている? 分からない。

 早く――――出なくては。何故躊躇っている。怖いのか。何が。


「は、はい…」

「あ~栖小埜さんですか? あたしです。寧です。今、古雫さんの所に居るんですけど、もう直ぐ戻りますよね? 灯ちゃん達も、もう来ていますよ」

「何だ…寧さんか…」


 ほら、やっぱり思い込みじゃないか。


「何だとは…む…まぁそれは後で良いですけどっ。とりあえず、楼花さんの仕事が一段落したみたいです」

「あぁ…そう…あ! それよりごめんね! ちょっと気分が悪かっただけで……そっか…絵、完成したんだ…」


 完成したのか。

 完成。

 その次だ。

 何か忘れている。

 完成の次。

 次? 

 何だったか。




 ――――痛い目に遭うぞ?




 …!!

 そうだ…! あの二重存在は言っていた…! 仕事が終わった後の彼女は危険だと…!


「ね、寧さん!」

「お!? おぉ? どうしたんですか? 大声なんか出して…」

「古雫さんは今、何してるっつーか…どんな感じ!? 変な様子とかじゃない!?」

「どうしちゃったんですか…? 葎さんちょっと変ですよ…?」

「いいから答えて! おかしな所は無いか!?」

「…寝てますけど…それがどうか――――…あ、起きたかな? …? 古雫さん? ブッ…ツーーーツーーーツーーーツーーー…』 


 電話が突然切れた。耳に残ったのは電子音のみ。分断された様に。消える様に。会話は途切れた。

 ブーーッ…ブーーッブーーッ…

 再び電子音と振動を感じる。


「――――…はい」

「あ…葎君か? 不儀だが…」


 真の声に葎は少しほっとした。


「古雫さんの事で追加の情報があってね」

「…追加の情報…?」

「彼女――――古雫楼花は去年の初めに娘を亡くしている。殺されたらしい」


 え…………。


「かなりの荒れ様だったらしい…それがきっかけでこちらの方に越してきた―――――」


 娘が…居たのか…。

 葎の耳に真の声が途切れ途切れにしか聞こえなくなる。


「嫌な縁でね…彼女の娘を殺したのは姥季淡慈だ」


 姥季淡慈だと…? それではあの女性ひと―――古雫さんの娘も…体の一部を…!


「―――――だけどね…ブッ…ツーーツーー…」


 気付いたら電話を切っていた。そんな―――そんな筈は無い。嫌な幻想が徐々に形を現してくる。

 考えれば考える程、嫌な考えが思考を侵食する。自然と足運びも早くなっていく。

 狂っているのか。

 でなければあの態度は――――おかしい。

 娘を亡くして一年程…立ち直るには早過ぎる。

 あちらには寧さん達が居る…彼女等が古雫さんに襲われたら…風早は足以外は生身だ…! 姥季淡慈の様にいたぶる趣味を持つ奴で無い限り…危険だ…! アリカもあてには出来ない…! 他の二人に関しては論外もいいとこだ…!

 しかし…どうして彼女の二重存在は俺に警告を…? 逆らえない関係なのか…? 

 いやっ…! それよりも一刻も早くあの人の家に…!

 焦る葎とは対照的に、ガラは自慢の庭でゆったりと紅茶を嗜みながらにやにやと笑っていた。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「う…もう…止めて…ください…」


 目の前にある物を見て、寧は苦しげに言った。瞳には涙が満ち、苦しさと一緒に溢れ出そうとしている。紙一重の所で彼女はそれを食い止めているがそれも限界が来ている。

 寧の視線は既に倒れている燐太や灯、藍子に向けられ。自分も同じ運命を辿るのか、という絶望が彼女を取り囲む。

 苦しい…。もう…駄目だ…そんな考えばかりが頭を埋め尽くす。

 助けて…苦しい。苦しい…。絶望が渦を巻く。

 …? 騒がしい音が聞こえた。

 栖小埜さんが戻ってきた…? 駄目だ…来ては駄目…

 口に出そうとするとそれは嗚咽へと変化してしまう。


「お願い…逃げて…」


 声は白い悪魔にかき消された。



「静か…だな…」


 案の定様子が変だ。

 ガラも警戒しているのか黙ってばかりいる。らちがあかないので、話しかけた。


「ガラ…力貸してくれ…!」


 ――………ぶふっっ……ああ…! 当然だ…! 私達で皆助けよう………んふっ…――


「……? 大丈夫か?」


 ――あ、いや…これはだな…しゃっくりが…むぼっ………とにかく問題無い…」


ガラの様子までもがおかしい。たまにはガラだって調子が悪い時があるだろうと無理矢理納得した。皆はまだ無事だろうか。それだけが気になる。

 扉を少し開き――――勢い良く一気に開け、飛び込んだ。

 嗚呼…

 想像を絶する光景が繰り広げられている。

 見覚えのある小さい肩――――

 金髪から染め直した黒髪――――

 それに寄り添う様にこうべを垂れている頭――――

 そして今朝、自分の手を握ってきた手――――

 その全ての目の前には三つの悪魔が鎮座している。

 白い悪魔。本来、清浄の象徴であるべき白い色はおぞましさと禍々しさを巻き込んでとぐろを巻いている。不健康そうなその色は凶事を連想させる。血と見紛う程の赤い装飾が、その頭上を飾り付けている。

 雨が降ったばかりの墓地の色の様なのは、黒い悪魔である。白と違い、角張った鋭角なフォルムが目に付く。艶めかしい光沢を放つ外装は堅牢な鎧を思い起こさせる。

 最後のは何も身に纏っていない。ただ、膨大な質量がその一身に圧縮されているのが分かる。他の二つの比ではない。圧倒的存在感。密度が凄まじい。

寧のものだと思われる細い声が聞こえた。


「もう…生クリームは…む…り…」

「何でやねんッっ!!!?」


 エセ関西弁を叫んだまま、葎は向かい側の壁に華麗に突っ込んだ。

 切り分けられたケーキ達は華やかで壮観であった。


 


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




「く…んふふふふッっ…あっははははははは!! ひひひひひひひひひひ!! げっほげほっ…」


 ――くくくくく…ぷぷぷぷっふははははははははあははっはははははは!!…ごほん…っくく…――


「内と外で笑いの同調シンクロするのやめてくださりやがります!?」


 ガラと古雫さんは、さっきからこんな調子でずっと笑っている。

 うん。すっげぇ恥ずかしい。

 良い感じの穴があったらルパンダイブで飛び込みたいぐらい。

 窓から飛び出るのも良いかもなー……。

 顔が二時間程サウナに入っていたかの様に真っ赤な葎は笑い転げる楼花と向かい合っていた。

 他の全員は全て玄関から入って直ぐの作業スペースで休んでいる。葎と楼花は奥の扉から入って、ダイニングに居る。近くのキッチンにはお菓子作りに使った道具が水に漬けてあった。


「いやあ…そういう風に思われていたかぁ~…ちょっと悲しいなぁ」


 そう言っている楼花は笑い過ぎていて、酒を飲んだ時と変わらない程赤い。


「だって…真さんからあんな電話来たから…」


 さっき、真さんに電話したら、話はちゃんと聞かないと駄目だよ…と怒られた。

 しかし彼も声が少し笑っていた。

 

「いや…済まなかった。俺の説明が足りなかった」


 声の調子が楼花のとは違う。今口を開いたのは楼花さんの二重存在だ。

 そう、「彼」だ。これは「彼」というのが彼の名前である事であり、彼の……ややこしくなってきたので省略。とにかく名前は「彼」である。名前を適当に付けたっていう所が楼花さんらしい。

 さて、どういう事かというと、古雫楼花という女性は職業柄なのか、そもそも元々そういう人種なのか知らないが、作業が始まると手が止められない性質たちなのだそうだ。つまりずっと今日の昼頃まで彼女は一心不乱に絵を描いていた。その間口にしたのは、ガラというはた迷惑な二重存在が、人の体を勝手に使って彼女の家に夜中の訪問をした際、飲んだ酒のみだそうで、昨日の夜から何も食べていないという。

 それでは空腹なのは当然だ。そして空腹の彼女は作業を終え――――まぁ絵が完成したという事だ。

 そして、そのまま何故かケーキを作り始め、一度寝てから、事前に買ってきた他のケーキと共に並べてセルフケーキバイキングをやっていたという事らしい。寧さん達はそれに巻き込まれていた訳だ。

 で、俺はそれを何を勘違いしたか――――決して言い訳というのでは無いのだが、状況が状況だったのもあって、彼女の家に突撃したのである。…眼から滲み出ているのは決して涙なんかじゃない。汗だ。 

 そもそも彼女だっておかしい。何で家出ケーキバイキングをやっているんだ? 生活リズムだって狂っているし…止めよう…自分が惨めになってきた…。


「そんな笑わなくても良いじゃないっすか! …げ…ガラ…――――そんな事言ったって無理だろう? だって脅威の勘違いだからね。ああ! 楼花、君にも葎がここに来るまでの面白発言を聞かせてあげたかったな! くくくく」

「それは…んふふふ…聞きたかったね」


 ――死にたい…――


 この二人は、一体何時からこんなに仲良くなったんだ? 


「戻れやぁぁぁガラ!! っていうか、お前昨日何しに此処に来てたんだよっ!」


 ――聞きたいかい? 私は君の今後について楼花と二者面談を…――


 言う気が無い事は、すごぉ~く良ぉーく分かった。


「ガラ君は君を心配して来たんだよ。君が友達が皆無とか性格が絶望的に暗いとかで――――」


 ………息ぴったりだな! そして余計なお世話だよ!

 本当にガラが自分の二重存在なのか、本格的に怪しくなってきたぞ?

 彼女は突然、髪を止めていたヘアピンを外した。


「…? どうしたんですか? いきなり?」

「これね…私が娘から貰ったものなんだよ…」


 懐かしむ様に――――慈しむ様に――――手の上のそれを彼女は見ている。

 何を言ったら良いのだろうか。いや、言わない方が良いのか。

 それでも彼女は続きを話す。


「あの子が殺されて、少し経ってから彼が私の中に現れた…その時ね…見えたんだよ…所謂、霊って奴がね…それで、あの子も居るだろうと思って、必死で家の中を探した――――けれど、あの子は居なかった。とっくに旅立っていたんだ。恨みなんて残さないで…さっぱりとね。あの子は多分、私よりも大人だったんだろうなぁ……。…で、これが私の過去が視える様になった話のプロローグって所…続き…聞く?」


 顔が直視出来ない。彼女がどんな表情か確かめる勇気がない。

 だからずっと下を向いている。

 それでも好奇心というものは残酷に湧いて出る。続きが聞きたくなってしまった。


「………はい」


 始まった。


「あの子が居ないと分かってから、何て言うか…無気力になっちゃってね…それは短い間だったけど、随分と彼には迷惑を掛けてしまったよ。そんなのその当時は気付きもしなかったけど…。私はずっとあの子の思い出に入り浸っていた。過去に逃げ込んでいたんだ。でも…それには続きが無かった。私は視たいと思った。彼女との思い出の先を。その夢の続きを…。視えたと思うかい?」


 これは質問している様でしていない。答えは既に用意されている。

 沈黙が正解だ。


「視える訳無いんだよ、だってあの子は死んでるんだから。その先なんてある訳無いじゃないか。代わりに視えたのは他人の過去。最初に視たのは私を心配してきて来てくれた、高校の時からの友達だった。皮肉が効いてるよね。私は未来を視たいと思っていたのに、結局心は後ろを見たままで、死んだ娘っていう過去の残骸を視ていたんだ。死んだ者の未来なんて無いってそこで気が付いた…。そうしたら落ち着いたんだよ。馬鹿らしくなったしね…どうせ過去しか視えないなら死ぬまで視てやろうって」


 この人は過去の続きを望んでいたのか。

 ある筈の無い続き。過去の続き。

 過去を、娘の思い出を望んでいた。

 だから視えたのか。不本意に望んだ願望が。

 心の底で視たいと思ったもの――――

 過去が。


「そう――――でしたか…」

「いや…気にするなっていうのは無理だと思うけど…君がそんな顔をする事じゃないよ。魂はあるって分かってるんだから十分だ。生まれ変わりとかってあるのかな? どう思う?」


 けろっとしてんなぁ……。


「あるんじゃないですかね。ガラも核が残っている限りどうのこうの言ってましたから」

「さて…死んだ後に会えるかねぇ…あ、私死んだら、探すの手伝いに来てよ」


 おい、こい――――この人何言ってんだ。


「ちょっとそれは…」

「残念だなぁ」

「あ―――彼に代わるね」

「ええ?」


 脈絡が無いにも程がある。


「君も大変だな…」


 彼の声には苦労が染み付いている。同情してしまう。


「分かりますか…」

「お互い…頑張ろうな」

「はいっ!」


 この人良い人だ。具体的に言うと俺と同じ苦労人の匂いがする。

 彼女の様子が元に戻り、彼女自身の人格に戻ったのが分かった。俺は気になっていた事を聞いてみた。


「あの…古雫さん…その過去を視るとかって俺にも出来たりするんですかね?」

「さぁね? 心から欲しているなら出来るんじゃないかな? 私の場合は深層心理だったみたいだけど」


 ガラと同じ回答か。まあそうだよな。


「でも――――君はもう望んだ形が手に入っていると思う」

「は…ええと…?」


 …小うるさい紳士服が自分の中に居座っているってのが俺が望んでいる事?

 ――――そこから導き出される答えはッっ!!


「俺ってドMなんですか!?」

「知らないけど。そうなの?」


 …俺…何言ってんのさ…。


「あ、そうそう。これも完成したんだよ。はい、あげる」


 楼花は一枚の絵を葎に渡した。

 元はスケッチブックにあったそのページを楼花が丁寧に切り取ったものだ。


「本当に貰って良いんですか! これ!」


 前に古雫さんが描いていた絵だった。合間に描いてくれたのだろう。それでも色も付いている。

 それは昨日の彼女のアトリエの光景。

 その絵は本来描かれない者達まで描かれている。現実であるが現実でない。

 この右の一番手前で押し退けあっているのは、自分とガラだ。俺は必死なのにガラは微笑を浮かべている所が何とも特徴を上手に捉えている。

 後ろの方で奇妙なポーズをしているのは風早。それを見て、拍手しているのは多分彼の二重存在のアシだ。顔がそっくりなので直ぐ分かった。柳葉さんはその彼等を呆れた様に見ている。

 顔を寄せ合っているのは、寧さんとそれに瓜二つの双子の姉――-―舞さん。二人共凄く嬉しそうで、仲が良いのだと一目で理解出来る。手でお互いを押し退けている自分とガラとは大違いだ。正直交換して欲しい。

 三つ繋げた椅子の上で、すやすやと眠っているのは南屋さん。その横で拗ねた表情で南屋さんを見ているのはアリカだな。照れ臭そうだ。「中学生か!」と突っ込みを入れたいが、実際言ったら俺の命が危うい。にしても彼等も顔がそっくりだ。だが、目付きの悪さで判別出来る。

 左奥のは真さんと前に見た五色の光と――――…誰だ? この人達には見覚えが無いぞ? 高校生らしき男女と…犬? 真さんを含めて彼等は談笑している。こんな風に笑っている所は見た事がない。守護霊とかってのかな。


「大切にしてね?」

「勿論! 家宝にします!」

「それは言い過ぎだよ。ふふ」


 その絵には描き手である彼女の姿が無い事に、俺は気付けなかった。

 



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




「ふふふっ…やっぱり面白いなぁ、あの子」


 娘が居た時ですら、こんなに騒がしかった事は無かったと思う。

 狂ってると思われていたのか。確かに彼が支えてくれなかったら、そうなっていたのかもしれない。

 息子とか居たらあんな感じだったりするのかな。

 

「ね、ありがとう」


 ――突然どうしたんだ?――


「言ってみただけー」


 ――うむ…?――


 真面目だねぇ…この人は。っていうか鈍感だ。

 濃い藍色になった空を見た。もう――――夜か。


「……!?」


 また。

 まただ。

 あの視線だ。

 見ている。

 この独特な感じ。

 値踏みしている。

 とても嫌だ。

 今日は来ないと思ったんだけどね…来たんだ…。

 昨日聞いたらガラ君と葎君の所にはこの視線は来ていない。私達が目的か。

 だとしたら何だ? 何をしようというのだ? 気味が悪い。

 私達はともかくあの子達に危険が及ぶのは避けたい。

 

 ――またか――


「うん…今日は追ってみる?」


 ――しかし…大丈夫なのか?――


「大丈夫だよ。あの子にも追う事伝えとくからさ。だって嫌でしょ? ジロジロ見られるの」


 ――…深追いはしないぞ? それは貴女の為だ――


「分かってるよ。追うだけじゃ死なないから大丈夫だって。それに貴方がついているから」


 ――…ああ――


「栖小埜君に電話しないとね」


 プルルルルル……プルルルルル……プルルルル…こちらは――――――


「…留守電だ。いいか、別に見に行くだけだし。…うーん…やっぱ一応伝言入れとくか」


 彼を信頼してない訳じゃない。あれが異様過ぎるだけだ。

 プルルルルル……プルルルルル……プルルルル…


「栖小埜君? 私だけど…夜分遅くにごめんね。昨日のあれの事なんだけど―――――」


 

 



 

 まぁ最後のこれが、邂逅キャンバスの最初に繋がる訳で…

 複線が隠れてない? 下手?

 そこら辺は我慢してもらえないカナー…?

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