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duplices  作者: rakia
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記憶の鍵

 暑くて死にそうです…でもまぁ…アイスが美味しい季節ですよね!

 俺はアイス饅頭が好きです! どうでもいい? 聞いていない? 良いじゃない! たまには!


 首まで湯に浸かりながら、葎は昨日のあの言葉を思い出した。


 ――――痛い目に遭うぞ?


 どういった意図で言ったんだろうか。あれは警告という事なのか。もしかして、二重存在と宿主の意思が通じてないのか? 考えても、どうしても彼女が俺を騙そうとかしてる感じはしない。これは俺の主観だから何とも言えないけど、風早の言った通り、姥季淡慈の様な嫌な感覚も無い。アリカの後に出くわした二重存在――――元の人格を乗っ取ろうとした奴。アイツみたいという訳でも無い。

 ………そういえば、アイツ含めたら全部で俺が会った二重存在って六人じゃ…まぁ、印象薄いから、別に良いか。それより…あの女性ひとの二重存在は彼女をどうこうしようとしてる様には見えなかった。乗っ取ろうとしてる奴だったら、寝て直ぐ俺に襲い掛かっても良い筈だし、何より元の人格を静かに寝かせようなんて思わないだろう。だからあの言葉が余計に気懸かりだ。


「ぬが~~~…」

 

 葎はうなり声を発しながら、湯に頭を沈めた。瞼は開けず、顔を沈めていると、世界が遮断された気分になる。水の音というのだろうか、そういう耳に響く様な音がする。換気扇の音も混じり、そこだけ別の空間になった感覚に陥った。


「――――ぶっはっ…!」


 ものの二十秒程で、葎は湯から頭を急浮上させた。


 ――のぼせるぞ?――


「あっちい…」


 ――何をやっているんだい…――


「なぁ…何で古雫さんは俺に手伝いを頼んで来たんだろ…?」


 ――さてね…目的があるからだろうね、おそらく。そうでなくては彼女にメリットが無い――


「………信用していいのかな…」


 ――何を今更。君は最初に私と出会った時なんて、ほぼ勢いで私を信用したじゃないか――


「ある種、詐欺だよな、いや? 押し売り?」


 ――心外だ! 欺く気はあっても騙す気なんて私には無いよ――


「殆ど、変わんねぇよ…ははっ! 何でお前みたいな訳分かんない奴、信用したんだろうな?」


 ――………どうしてなんだい?――

 

「実は俺も分からなかったりする」


 そう言って、葎は照れ臭そうに笑いながら、湯に肩を沈めた。


 ――ふふふふっ、所詮、そういうものだ。他人を信用する時に、打算的考えを持って色々考えると失敗する。「何となく」が以外と当たっているものだよ――


「それ、風早も似たような事言ってた。でもやっぱ考えちゃうよな…」


 ――君は普段通りいけばいい――


「つまり?」


 ――葎の豆より小さい脳味噌で考えても無駄だから、とりあえず信用しとけば?、って事だね――


「おうこら、表出ろ」


 ――出たら君と入れ替わりになるけどいいかな?――


「だったら、俺がお前の所に乗り込んでやるっーーーーー!!」


 ――ふん、来た所で、いつも私に軽くあしらわれて終わりじゃないか?――


「うるせぇっ! リベンジだっ! 今日こそ吠え面かかせてやるよ!!」


 ――生まれ変わっても無理だね――


「やってみなきゃ分からないだろ!」


 ――人生諦めも肝心だぞ、じ・ん・せ・い・ね――


「人生を強調すんじゃねーーーッ! 死ぬまでに一回ぐらいはぎゃふんと言わせてやるからな!」


 ――という事は死ぬまで、君は私の相棒か、いや~良かった、良かった――


「あーーーーーーもーーーーーーー!」


 たとえ、口にチャックを付けた所でこいつは何らかの手段で俺を冷やかすに違いない。


 


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 ええっと…まぁ夏で、お風呂から上がったばかりだろうから、顔が真っ赤なのは良いとして…どうしてこの人は、フルマラソンでもしてきたみたいに、疲れた表情をしているんでしょう…?

 寧は風呂上りの葎の様子を見て、首を捻った。


「栖小埜さん? お風呂で暴れてた様でしたけど…」

「口から生まれた紳士と一戦…―――――! あっ、てめぇ…! ――――美しき友情について語り合っていたのだよ」

「そ…そうですか…」


 言ってる事が、百八十度ぐらい違うんですが…


「――――引っ込め! アホ紳士!」


 ――あっはっはっはっはっはっはっはっは――


「…っくっそぅ……そうだ、寧さん。明日、橋間さんも行く? 古雫さんの所」

「えっ……う~ん…邪魔にならないですか?」

「ならないと思うよ?」

「まあ…それなら…」

「よっしゃ! じゃあ明日は真さんの所寄ってから行くから、一緒に行こうぜ」

「芸術家さんでしたっけ?」

「うん、画家さん。人妻」

「人妻!? なっななんな何、どどどういうご関係で!?」


 ――動揺の仕方まで似てる…腹違いの兄妹とかじゃないかね? 君達?――


「寧さん、急にどうしたの!?」

「べ、別に何でもないですぜよ…」

「口調がおかしくなってるよ!?」


 なるほど…栖小埜さんは…なるほど…なるほど…これは―――

 寧は真剣な表情でゴクリと喉を鳴らした。葎よりも先に湯から上がって、体は冷ました筈の彼女だが、顔は湯当たりでもしたかの様に上気している。暫くの間、彼女は視線を上や下、横にぐるぐると落ち着かない挙動不審とも取れる様子で動かしてから、覚悟を決めた様に葎に言った。


「す…栖小埜さんは一歩早く、お…大人の階段をっ!」

「ちょっと頭冷やそうか」

「ち、違うんですか?」

「登ったどころか、降下してるけど」

「良かったぁ~」


 やったね! 一安心だったよ! 舞!


「ん? それは俺への宣戦布告かな?」

「いえいえ! とんでもない!」


 にへら笑いのまま寧が答えた。


「だって、ねぇ? 何となくむかつくじゃないですか」

「理由が定まってないじゃん!?」

「栖小埜さんですし」

「俺だから駄目なの!? …いいだろう! 一昨日の決着をつけてやるわ!! かかって来いやー!」


 ――はぁ…どんぐりの背比べだな…――


 葎が据え置きゲーム機の電源を入れたのと同時にガラは深いため息を吐いた。志気を高めている葎と寧の会話を呆れた様に聞いてる彼はさながら小学生の親の心境だった。


「いいでしょう! 『寧ちゃんとはもうゲームやんない』って言われた、あたしの実力……思い知らせてあげますよ!!」

「………それ言ってて悲しくなんない?」


 飽きないな…この人達と居ると。栖小埜さんとガラさんって、昔からの友達って感じがする…。

 ………………ちょっと妬けるかも。 




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「…えっと…ごめん?」


 真は疑問形で葎に謝った。これは流石に昨日の自分の決定は本人の意向を半ば無視したものだから、申し訳なく思ったものであるが、店に来た葎が意外にも怒ってなかったから拍子抜けした事から来るものである。何故いつもは独断をしない彼が昨日は珍しくしたのは彼自身も分かっていない。あえて言えば、あの古雫楼花という女性には妙な安心感というか、自分と近い部類の人間だという感想を抱いたのが起因している。それはどういった意味でそうなのかという事も彼には理解が出来ていない。言わば直感だ。この人物は信用しても良いという直感が働いたのかも知れない。


「怒ってるかな?」

「…怒ってはないですけど…良いんですか? 本当に?」

「仕事の一環だと思ってくれないか? JRPCの方には彼女の観察という事にして置けば問題無いから。それで――――どんな人だった?」


 葎は思いっきりのしかめっ面を作って言った。


「良い意味でも、悪い意味でも、真さんに似ています」

「――――という事は陰陽師?」

「真さん…違います…」


 価値観が一般とずれてるなんて口が裂けても言えないな…。

 真面目に考え込んでる真の姿を葎はおかしく思う。何事にも真は真面目なのだ。真面目過ぎるぐらいだ。そう云うと、融通が利かなさそうだが、それは違う。頑固とも違う。彼の場合、言った事を鵜呑みにするのが多いのだ。勿論、頭が悪いという訳じゃない。頭はかなり回るし、下手をしたら二、三世代上の人達とも大差が無い程である。何と云うか、常識人から日常を取り外した感じとでもいうのか、日常が欠けてるから、その部分を他人に聞いて、補填して、補っている感じだ。彼は多分通俗的な事象に無頓着なのだろう。だからこそ彼の古くからの友人である空鉦に唆されるのだろう。しかし、そこには確かな信頼関係があるからのものだとも思う。空鉦と一緒に居る時の真は、いつもより少し砕けている。それは、空鉦に信頼を置いている証なのだ。それ故、騙されたり、干されたりを彼等は繰り返してるのだが。

 当然、干されてるのは空鉦の方だ。


「じゃあ行こうか」

「え゛?」

「どうしたんだ? 変な顔して?」

「だ、だって…真さんも行くんですか…?」

「ああ、彼女の能力も興味深いし、一度会っておかなければね…と」

「まじっすか…」

「うん」


 葎は昨日以上に混沌カオスな予感がした。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 似てる…。何がどう似てるかと言われたら返答に困ってしまうが…似てる…。

 葎、真、寧の三人は楼花の家の中に居た。楼花と真は無言で向き合っている。どちらも未だに口を開かないので、物凄く気まずい空気が流れてる気がする。というか自分ではコレは耐えられないだろうと思う。それは寧も同じ様で、奇妙な笑い顔のまま硬直している。向かい合っている本人達より、外野の葎と寧の方が沈黙というプレッシャー溢れる状況に、耐えかねているというのだから、困りものだ。

 当人達は特にどうとも思ってない様で、お互いを観察でもしているみたいに全く動かない。どうやら彼等は自分達とは違う時間軸を生きてるのかも知れないという疑念を葎は抱いた。

 時の流れが普通の人間と違うから若いのか? それか、波紋とか使えたり? ………俺は何を考えているんだ……つうか早くしてくれないかな…足が…


「君が不儀真君?」

「そうです。貴女が古雫楼花さんですか」

「そうだよ」

「…………………」

「…………………」


 ガシッ!


「栖小埜さん!」

「ああ! 握手したね!」

「…………何でしょうね…この疲労感…」

「………帰ったらゆっくり休もう」


 見れば、楼花は真に何かを耳打ちしている。遠くはないとはいえ、内容の程は窺い知れない。楼花が真の耳から手を離すと、葎の方をチラッっと見て、納得した様な表情で頷いた。


「なるほどね…そっちですか…」


 何がどっちなんだ…!? 意味深げな発現怖いから止めてくれないかな…。


「そう…だからね――――」


 真は考える様に腕組みをすると、楼花に向かって口を開いた。

 

「………分かりました…じゃあ少しの間よろしくお願いします」


 だから何が…?

 話は話題の中心に居るであろう葎を置いてけぼりにして、どんどん先に進んでいるらしい。

 あ゛~~~!! もうどうにでもなっちまえっ!!


「古雫さんー居ますかー」


 うわ…風早の声だ…。

 良く通る声で風早燐太と、その一行が来たと分かった。燐太はインターホンがあるのに使おうともせず、玄関口で大声を出したのだ。周りは林なので迷惑にはならないと思うが、葎は彼等の尋ね方に呆れた。

 友達の家に遊びに来たのでもあるまいし…いや、年齢を考慮しなければ、友人という枠組みに入るのか…それにしても呼び方ってもんがあるだろうよ…なんつーか…昭和じゃん…日曜日の「い×の野球しようぜ!」とあんま変わんないじゃん…。


「おっ…昨日の子達か。入ってきて良いよ」

「おっじゃましまーす」

「すいません…本当に来ちゃいました…」

「いいよいいよ。全然問題無い」

「あれっ!? 栖小埜さんと寧さんはともかく、真さんもでっすかー?」

「やあ、君達も面識があったんだね」

「昨日、お昼を一緒にね」

「なるほどそうでしたか…」

「おい…風早…また昼ご馳走になるつもりかよ…」

「だって来て良いって、なっ? 古雫さん!」

「そりゃあ、社交辞令ってもんでなぁ…」

「えっ? 別に社交辞令じゃないよ?」


 俺がおかしいのか、この人達がおかしいのか分からなくなってきた…。


「それじゃあ、お昼の準備でもしようか」

「おーやったー!」

「あんたも手伝うんでしょうが!」

「そうでっすよ!」

「あの…あたしも手伝います…」

「あぁ、君も始めましてだね。ん? その人は―――――お姉さん? 妹さん?」

「ま…舞の事、何で分かったんですか!?」

「ふふ…秘密」

「ええ!?」


 楼花は寧に意味ありげに微笑んだ。寧はかなり驚いたのか、今までに見た事無いぐらい瞳が見開かれている。

 今のって…寧さんの過去を見たって事か…? やっべぇ…凄く気になる…。


「さ、不儀君も座っててくれ」

「…俺も御一緒して宜しいんですか?」

「どうしてだい? 当然じゃないか」

「いや…あまりこういうのは慣れてなくて…」

「ま、君も中々に大変そうな人生を送ってきたみたいだし、しょうがないのかもね」


 真は一度眼を伏せてから、ゆっくりと口を開いた。


「俺は―――――」

「言わなくてもいいよ。別にそれは私に言う事じゃない。まぁでも、大切な人の気持ちぐらいは気付いてあげなよ?」


 葎は真が呆気に取られるのを始めて見た。彼がポカンと口を開けるなんて、ゴジラが日本上陸して来ない限り無いと思っていたので、葎まで釣られて唖然としてしまった。

 真は気の抜けた表情を徐々に微笑へ変えると、最後には完全に笑った。


「そうですね――――ついこの前も言われました」

「そうか。じゃあ余計だったかな?」

「いや…そうでも無いですよ。概ね当たっていますから」


 葎は真と楼花の二人の間に共通して流れる空気を感じた。何も言わなくても彼等はお互いを分かっている。共通項がある人間同士ならば、微量なり、その人物の事を理解出来るものなのか。

 でも、それだったら、俺と風早は必ずしも似てると言えないし、南屋さんなんてほぼ、真反対に近い。柳葉さんも自分には持ち合わせていない芯の強さがある。寧さんは――――どうだろうな…。あの人はあの人で理解し難い所がある。昨日の夜なんて、特に。………分からんのう…。


「さ…しんみりとした話は今度、今度! 君達! 一先ず風早君は、お皿を運んでくれないか。それと、藍子ちゃんと、ええと…狐の子は冷蔵庫から――――」


 てきぱきと指示をする楼花の様子を葎と真は眺め、顔を見合わせた。


「俺達も手伝おうか」

「そうですね」


 何故か二人共笑ってしまった。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 まだ、賑やかさの余韻が残っている。夏祭りの後みたいだ。騒がしかった分だけ、余計に静かに感じる。寂しい気すらする。終わりがある事というのは、いつもこんな風に寂しい。でも終わりが無ければ、惰性だけでつまらなくなってしまうのだろう。でも―――こういう、終わった後の空気も嫌いじゃない。

 終わった後だから良いのかも分からない。そう…やっぱりこの余韻というか、終わったんだなぁっていう実感が良いんだ。賑やかな最中も好きだけれど、俺はこっちの方が良い。

 それにしても…ガラがめっきり喋らない。寝てしまったのかも……

 ガラは時折、こうして黙っている事がある。どうやら寝ているらしい。らしいというのは葎がその現場を見た事が無いからである。葎と同じ時間に寝ているらしいので矛盾はしてないが、それでも一回もガラの白い精神世界の庭で寝ているのを見た事が無いのは不自然だと葎は思っている。

 しかし、彼は寝ている状態で人を精神世界に招く事の方がよっぽど不自然である事に気付いていない。

 そういえば…彼女はさっきから何を描いてるんだろう?


「古雫さん、何描いてるんですか?」

「んー? これ? さっきの君達だよ」


 ラフスケッチと言うのだろうか。簡単な絵がキャンパスノートに描いてある。

 これは…俺と―――

 葎がもっと良く見ようとすると、楼花は急にノートを閉じてしまった。

 

「駄目、駄目、出来てからのお楽しみ」


 楼花はもったいぶる様に葎にそう言った。


「そんなぁ…良いじゃないですかぁ…」

「明日には出来るから、それまで待ちなよ。色も特別に付けてあげよう」

「ははっ! 楽しみにしてます!」

「料金は応相談だよ」

「お金取るんですか!?」

「場合による」

「マジっすか!?」

「嘘です」

「本気かと思いましたよ…」

「ふふふっ、楽しかった事は絵にして残しておきたいからね、お金なんか取らないよ。私は楽しかった瞬間を描ければ、それでけで良いんだ」

「楽しかった瞬間ですか?」

「うん――――じゃないとさ…いつ消えるか分からないだろう? またこういう機会があるかも分からないし。眼に焼き付けるよりも、私は形にして置きたいんだよ。記憶だっていつかは薄れる」

「………記憶…視えるんですよね…」

「視て欲しいかい?」

「…無い事も無いんですけど…」

「知りたくは無いのかな? 君は君自身が忘れている事を」







 ――――大切なものほど…一度忘れると思い出せない…






 ――――私と君はね、昔会った事がある






 俺は…何を忘れている? 俺は……あいつは何を知っている…? そもそも…ガラは本当に俺の二重存在なのか…? 前から気にはなっていた…ガラが本当に俺から生まれた二重存在なのかって…

 聞きたい。

 答えを。それは今、眼前にある。






 ――――それは…君が思い出さなければならない事だ…私の口からは……言えない…






 ……………俺は……


「……止めときます」

「どうして?」

「思い出しても変わらないから…ですかね」

「でも、もしかしたら、凄く大切な事かも知れないよ?」


 この人…どうして楽しそうなんだ…? 俺が聞きたがる様に仕向けてたりしないよな…?


「そうかも知れないですけど…俺は…昔の事をうだうだ引きずったりすると、余計に暗い性格に拍車が掛かるというか…意地でも…無理でも…とりあえずは前を見て生きたいんです」

「過去はおざなりにして良いと?」

「う゛…痛い所突かないでくださいよ…そうじゃ無くて…う~ん…特別、拘らなくても良いと思うんです

…ね。その忘れてるものが人だったら、昔のその人を見てあげるんじゃなくて今のその人を見てあげるべきだし、思い出とかだったとしても、また新しく作れないかなぁ…って」

「忘れられた方は堪ったもんじゃないね。思い出というのは同じのは二度と作れないんだよ?」


 煽ってる!? この人、俺が怒る様に煽ってる!? くそぅ…負けるかよっ!


「………記憶って忘れるだけで無くならないらしいですよ? それだったら、きっと忘れても…どっかに残っていると…俺は信じてます」

「忘れた方の体の良い、言い訳かな?」


 ガラだ! ガラが居る! ガラが何かしたに決まっている! まさか乗り移ったのか!?


「ちょ…ちょっと待ってくださいよ! 何で俺が大切なものを忘れた前提で進んでるんですか!?」

「くっくっく…ごめん、意地悪してみたくなってね…それで? あの橋間って子に説教したと?」


 葎の脳裏には、二通りの言葉が浮かんでいる。どっちも自分で言ったのにも関わらず、偉そうに言った気がする。仮に偉そうじゃないとしても、どちらも恥ずかしいので、彼にとっては殆ど変わりが無かった。


「おえっ!? ななな何で分かったんすか!? あっあれは説教とかじゃないですよ!」

「何で知ってるか? それはね………ひ・み・つ」

「馬鹿にしてるんですね!? そうですね!? だってそれ寧さんにも言ってたでしょ!」

「君が言い訳臭いんだもん」


 ぬお~~~!! ぬお~~~!! こなくそーーーーーー!!

 最早、心の中ですら葎は唸っていた。


「言い訳………あ゛~~~~~~! そうですよ! 言い訳ですよ! 言い訳の何が悪い!!」

「どうどう、落ち着け」


 ヤケクソ気味の葎を楼花は冷静になだめた。


「馬じゃないんですよ!?」

「そうなの?」

「そうですよ! 大体、後ろばっか見てると一歩も前に踏み出せないんですよ!! 今ここに居るんだから、後ろなんて振り返る必要、めんどくさいから俺には必要無いです!!」


 限りなくこれは本音に近かった。別に過去は過去で振り返ろうが、引き摺ろうが好きにすれば良い。

 それはそうだ、百パーセント過去を捨てきれる人間なんていないのだから。当然自分もだ。

 仮に過去を全て捨ててしまった人間が居るとしたら、その人は捨ててしまった時点で自分すらも捨ててしまっている。過去の自分の積み重ねが、多分、今ここに居る自分を構成している要素なのだ。痛みは痛みで、喜びは喜びで、良かったにしろ、悪かったにしろ、それらが蓄積されて自分が出来てるのだから、それは放棄すべきではない。それをしてしまったら――――例えば、誰か他人になりたいと思って、実際になってしまったとしたら――――元の人間の存在はそっくり過去ごと消えてしまう。そんなのはもう誰でもない。成り代わっても、存在が消えてしまっている。生きても死んでもいない。世界から自分がいない。考えたくもない。

 だからこそ、過去は尊重したい。それは自分の生きてきた証でもある。たまに突然思い出す思い出なんて感慨深いじゃないか。

 だけど、それは現実じゃない――――いや、過去も確かに現実であるのだけど、それはもう既に過ぎ去ったものであり、「現在」ではない。だから、それが「現在」の自分に影響はともかく、干渉してはいけないと思う。昔の自分の考えに操られるなんて真っ平ごめんだ。現在の自分の事ぐらい、自分で決められる。


「………君は以外に達観してるんだね…」

「達観じゃないですよ。前向きな根暗なだけです」

「そんなの根暗じゃないと思うけど?」

「腐るほど人は居るんですから、一人ぐらい居ても良いでしょう?」

「ククク…そうだね…本当にすまない、妙に突っ掛かってしまった………私は…ううん…私が過去ばっかり見てるからかな…羨ましいのかもね、君の考えが」

「……すいません…」

「ふふ…何で謝るんだよ。聞きたくなったらまたおいで。でも…その頃にはもう居ないかもね」

「ここから居なくなるんですか!?」

「居なくなるっていうか、各地を転々としてるからね、私は。ここもそんなに長くはないと思うよ」

「…そうですか…」

「また来るけどね、多分。送別会は盛大にやってくれ」

「…それって、自分で頼むものじゃないんじゃ…」

「あら、そうかな」

「そうですよ…」

「まだ先だけど、楽しみにしてるよ」


 窓から吹き込む暖かい風が顔を撫で、太陽の匂いが鼻を擽る。ふと葎が楼花の顔を見ると、彼女は遠い場所を見ていた。それは現実のこの場所を見ている眼では無く、何か違う情景を見ている様な眼だった。

 口元は笑っていたが、寂しげで、諦めている様な眼が視えないものを見ていた。


サァァァアアアア…………


 さわさわと揺れる木の葉の擦れる音が耳に入り、思わず聞き入って黙ってしまう。

 また――――視ているのか。だとしたら何を視ている。窓の外の風景か。俺では無いだろう、それは分かる。それでは何だ。彼女は自分自身でも見ているとでもいうのか。


「ねぇ、葎君…失くしたものって視えないんだ」


 サァァァアアアア………… 


 あぁ―――――また葉の揺れる音がした。


「………!?」


 楼花の表情が一瞬の内に硬くなった。


「どうしまし――――…!?」


 何だ…!? ガラは起きてないから、詳しくは分からないが…二重存在…? 風早や南屋さんは帰った筈だ…新しい奴か? あのヒーローとかいうのか…? いいや…! 違う! もっと嫌な感じがする…!

 曖昧に状況を把握した葎を尻目に、楼花は、キッ、と口をきつく結んでいる。


「……私達を見ているのか…?」

「どうしますか…追いますか? これってどう考えても普通じゃないですよ…」


 普通じゃない。形容し難い気持ちの悪さが姥季淡慈と対峙した時に似ている。


「…居なくなった…」

「え…?」


 それは唐突に現れ、唐突に消えた。濃紺の淀みを残して。









 この話の終盤で楼花と葎が会話してますが、この時の楼花は顔に出てないだけで、結構ムキになっています。その辺は会話を見てみれば少し分かるかな? 上手く表現出来てればいいのですが…。

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