流れ星
ヤバイ…まだ続くだと…!
四話、五話は短めの話にしましょうかねぇ…
---ほらー!寧!星が良く見えるよっ!
ああ…この声だ。ひどく懐かしい声----…
…夢を見ているのか、私は。
夢の中の私は‘彼女‘と一緒に夜空を見ている。
まだ幼い頃の記憶…。
暗夜の天幕に映る星達は宝石の如く輝きを放っていた。
白色や黄色の光彩が黒い布を染め上げている。
「ホントだね~!『 』!」
虫食い穴のように、彼女の名前だけがポッカリと抜け落ちている。
それ以外ならば、鮮明に思い出せるのに…。
…本当にそうだろうか?たとえば…彼女の姿---
---あそこの高台まで行ってみようよ!ねっ?
「うん!」
私は少し先の高台まで駆け出した。
あそこなら星が良く見える。でも、いきなり走ると---
「痛っ…!」
やっぱり…。
この辺りは夜はかなり暗いのでちゃんと足元を確認しながら進まないと、転んでしまうのだ。
頻繁に膝を擦り剥いたのでよく覚えている。
幼い私はもう目に涙を浮かべていて、今にも泣き出しそうだ。
「痛い…痛いよぉ…」
--あぁ…もう、いきなり走るから…
心配そうに『 』は私に声をかける。
…彼女はいつも私に優しくて…。それなのに…私は…。
「だって…だってぇ…」
--も~…大丈夫?…………あっ…流れ星だ…
「…え…どこ?」
--あそこ!
「…どこ~…?」
痛みなど、もう忘れているように私は流れ星を探す。
キョロキョロと頭の上を見つめるが、結局見つからなかった。
「無いよー?」
--もう行っちゃったよ
「えー…見たかったなぁ…」
--だって、寧探すの遅いんだもん
「………ぐすっ…」
--あ…泣かないで?流れ星はまた見に来ればいいじゃない?ここならいつでも見れるんだし…
ポロポロと泣き始めている私を彼女は慰めた。
そう---ここなら何時でも見れる…何時でも…彼女と…。
「………本当にぃ…?」
--本当だよ!あたしとまた一緒に見に行こう!
「約束だよ…?『 』」
--うん、約束。あたしとまたここに来ようねっ!
…あの時…約束を…なのに…なのに…!
「忘れちゃ嫌だよ?」
--うん、忘れない…。だから寧も忘れないでね?
「うん…!」
私は大きく頷く。
嘘つき…忘れたくせに…。
ごめんね…忘れて…ごめんね…約束守れなくて…。
子供の私からは、もう涙は止まっていた。
それを見ている今の私とは違って…。
…ああ…やっと思い出せた…あの子の名前は---
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「答えろ…!あんたは何者だ…何が目的だ…!」
舞は漸く、葎の方に視線を移した。
泣いている。
その頬には涙が流れ、夜の黒の中で煌くように見える。
「あたしは…寧の…」
友達…。
先程まで閉じていた彼女の唇はハッキリとそう動いた。
やっぱり…そうか。
「橋間…舞…いや、本当は違う名前かもしれないけど…。
寧さんが言っていた『友達』ってあんたの事だよな…そんで、あんたの言う友達は寧さん---…」
「そう…でも寧は…」
葎は静かに眼を閉じる。
再び瞼を開いた時、彼は栖小埜葎ではなくなっていた。
「……!
……あなた…栖小埜君の中でわたしを観察してた人だね?」
ガラは全くといっていいほど普段通りに彼女に応じた。
「ほう…まぁ、分かって当然か。ガラと申します、お嬢さん」
「あはは…変な人だね…」
力無く舞は笑う。だが、やはりその眼は悲しみの色を浮かべている。
「時にお嬢さん?我々の楽しいお喋りに、もう一人ばかり招いてもよろしいかな?」
「もう一人?」
「そう、もう一人…ねぇ?黙ってないで加わったらどうかね---」
橋間寧---
葎ではあるが、葎とは根本から違うガラの声が響いた。
それは彼女達にとっては冷酷な声にも聞こえたかもしれない。そんな声だった。
--はあ…?何言ってんだお前…?寧さんは、ここにいないって…
…!?ガラ、お前何を!?--
葎が制止する間も無く、ガラは舞の額に向かって手を伸ばした。
彼女の額には夜という事もあり、気付かなかったが、木の紐が巻きついていた。そしてそれには舞の顔の丁度真後ろに来るように「花境」で見た狐の面が括り付けられている。舞の年を考えると、それは年齢と不釣合いな物である。
「ふむ…外した方がやはり早いかな…」
舞はそれに抵抗しようとしない。
おかしい。普通は手を除けたりするものだ。なのに彼女は眉一つ動かさない。
「何をしてるの?」
「おっと…失礼…。先に言っておくべきだった。……………彼女は起きている」
ガラの言葉に舞の表情が驚愕のものへと変わった。
「まさか…!嘘…!」
「いいや、本当だ。舞と言ったね?少し代わって貰おうか」
有無を言わさず、ガラは舞の付けている仮面の引きちぎった。
その瞬間、貧血の時のように舞が倒れた。すかさずガラは彼女を抱き止める。
--おい!教えろよっ!どういう事だ!?--
ほうら、とガラは言いながら、彼女の眼元を拭った。
ガラの指に付いた彼女の涙は透明ではなく、肌色のものである。
通常涙に色が付いている筈はない。これは---
--…あの時の仮面に付いてた奴?--
「ファンデーションだよ。これは」
そして、涙の下にあったのは、見覚えのある黒子だった。
--えっ?えっ?--
「…つまりね、このお嬢さんは橋間寧だって事さ。お分かり頂けたかな?」
葎の現在の頭の中は、さながら一人暮らしの男部屋並に、整理されていない情報で溢れかえっていた。
つ…つまりどういう?え~と…さっきまで、舞さんで今は寧さんで?ん…!これは…。
--……二重存在?--
「はい、不正解ー」
ガラは葎の顔で彼を馬鹿にした笑みを作った。
フンッ、とでも言いたげな様相だ。
--じゃあ、初めから答え言えや!!クソボケ紳士がぁぁあああ!!--
「はいはい、短気は損気だと聞いた事がないのかね?君は。
仕方ない…説明してあげよう。
…橋間舞という人間はそもそも存在しないのだよ。今まで私達が目にした橋間舞は全て、この橋間寧だ。
彼女は自分でも知らず知らずの内に別の人間になっていた…それはどういう事かというと…
これが重要な意味を持つ」
ガラは、舞の付けていた狐の面を掴んだ。
--それがどうかしたかよ?--
「ここに最初に来た時の事覚えているかい?私は『花境』にあるこれらの仮面を見て何と言った?」
最初に来た時…?
---あれは…凄まじいな
---何が凄まじいんだ?
---何と言うか----未練…というか、怨嗟だなあれらにあるのは
---うわぁ…それって悪霊か…?だったらやだなぁ…
---いいや、無数の面に取り憑いているのは実体のない思いだろう。私が見る限りだがね。
種の無い果実みたいなものでね、霊体の核たるものが無い----つまり外側だけの虚像なのだよ
実体の無い虚像…幻想…上辺だけの存在……。
あの時手に取った狐の面---
--…まさか…舞さんは…あの仮面の…!?--
「その通り。なぁ?橋間舞よ?」
ガラは手の中にある狐面に語りかけた。
「よく分かったね…そう…あたしには体が無い…
なんて言うのかな…長い時間の中で多くの仮面の中であたしだけが意思を持ってたの…
意思って言ったって、一人じゃ何も出来ない…他の仮面と一緒…
退屈な毎日だったよ…来る日も来る日も…色んな人に気付いてもらいたかった…
だけどッ…誰も気付いてくれない…でも寧だけは…!あの子だけは、あたしに気が付いてくれた…!」
聞こえる訳の無い声が聞こえる。これは、舞の声だ。
「だけど…時と共に、あの子は、あたしという存在を忘れなくちゃいけなくなった…」
悲痛な声が響き渡る。
それは聞いてる方が痛々しいような、そんな声だった。
「それで?君は何で、彼女の体を使っていたのかね」
「…今日、襲ってきた人達---見たでしょう…?
あの人達の付けていた能面…あれは、あたしにも詳しくは分からないけど…とにかく人に取り憑こうとしている…それで何をしようとしてるかは分からないけど…あいつら、寧も狙ってたの…」
「彼女を守っていたのか」
「あたしがいる間はあいつらは寧の中に入って来れないからね…。
一日中は守れないけど、それでもあたしはあの子を守った…。
それも…そろそろ限界だけどね…」
「限界?」
「あたしはあいつらから寧を守り切った---でも…ちょっと無茶しすぎたみたい。
あいつらは毒みたいにじわじわとあたしの中に入って来てる…多分、もうすぐあたしは消える…」
葎の脳裏にあの時の言葉が蘇る。
---あの仮面に飲み込まれたら、あたしは消えてしまう
何の事も無い。
あの言葉は何かの暗喩ではなく、彼女の身に実際起きてた事だったのだ。
--それってどうにかならないのかっ!?--
「……私の相棒がどうにかならないのか、と聞いているのだが---」
「ならないよ…、どうにも…もう、相当深くあたしの中に食い込んでる…今は何とか自分を保ってるけど…殆どあいつらと変わりがないんだ…」
やはりな…、とガラは、小さく呟いた。
「あたしだって消えたくなんかない…だけど、あいつらの一部なるぐらいだったら…
あの中に消えて、寧を襲うぐらいだったら…!消えた方がいい…!」
だから、お願い…。
か細い舞の声が耳に届く。
その前にあたしを消して…
「いやッっ!そんなのッ!」
突然、気を失っていた筈である、寧が叫んだ。
彼女は目を真っ赤にして泣きはらしている。
「どうして消えるなんて言うの…?せっかく…!せっかくまた会えたのにっ…」
--寧さん…!?気絶してたんじゃ…?--
「寧…!……起きてたんだ…ずっと寝てたと思ったんだけどなぁ…」
「何で、今まで言ってくれなかったのよ…わた…しっ…舞の事…ずっと…!」
「言えないよ…言える訳無いじゃない…
あたしは生きてない…あなたは生きてる…あたしは物…あなたは人…
物が心を持っても人にはなれない…それにね…あたしなんかと遊んでたら、いじめられちゃうよ…」
「そんな事ないっ…!私はいつだってあなたと…!一緒にいたかった…!
やっと思い出せたの…あなたの名前を…!あなたとの約束を…!」
「…約束…」
「そう…!約束したじゃない…一緒に流れ星を一緒に見ようって…っ!」
「覚えていてくれたんだ……」
「だから…お願い…っ消えないで…」
「寧…………!ご…め………ん…もう……無理…みた…い…
あ…あ…あぁぁぁああああああぁぁぁ!!!」
舞の絶叫が空気を揺らした。
彼女の体といってもいい狐の面が空中に浮遊している。
それの纏う空気は最早、舞のものではなく、別質の暗く、禍々しいものへと変貌を遂げていた。
--舞さん!--
「葎…彼女の最後の頼みだ…それに彼女の気持ちは痛いほど良く分かる…あれは、私が壊そう」
「止めて!あの子を殺さないで…!」
仮面の前には寧が立ちふさがっている。
彼女は舞を失いたくないのだろう。必死の形相だ。
その彼女にガラはいつも以上に冷たい声で退け、と言い放つ。
「…よく聞け小娘…!貴様があの娘を苦しめてどうする…?貴様は自らの友人に手を汚させる気か…!
彼女の自我が消えたら、間違いなく、彼女だったものは貴様を襲おうとするだろう…
貴様は、自らの友にそんな残酷な事をさせるのか…!その自分本意の願望がどれほど彼女を苦しめるか…それが分かっているのか…!!」
--ッ…!お前…--
ガラがここまで、声を荒げるのを葎は初めて聞いた。
いつも飄々としていて掴み所が無い彼が何故ここまで激昂するのか分からない。
それでも彼がいつも以上に怒っているのは、ひしひしと感じた。
「それでも…私はッっ…!」
「あぁぁぁぁあああああぁぁぁぁっ!!」
「舞!!」
痛々しい声が叫びとなり空気を裂く。
聞いてるこちらの方が苦しくなる。
「…声を荒げてすまなかった…最後に選ぶのは君だ。彼女を橋間舞として死なせてやるか…
それとも、意思すら無い、恨みの塊として死なせるか…それは君が決める事だ」
人によれば、その彼の言葉は冷酷に無情に聞こえるかもしれない。
だが、葎にはどうしても、それがそういうふうには聞こえなかった。
「……私は…どうしたら……」
「お…ねが……ねい…あた…し…を…!」
「舞…!あなた…!」
ろれつさえ、まともに回っていないたどたどしい言葉を舞は紡いでいく。
「もういいから…!言わないで…!」
「あ…!………う…あぁぁぁぁぁああああぁぁぁああ!!!」
影だ。
幾多の黒い影が、舞である狐の面へと何処からともなく集まっている。
狐面を中心に面の色とは対照的な黒い獣の体を形作っていく。
白い顔に黒い体---何と歪な姿だろう。
「舞!舞っっ!!」
「…………………」
もしかしたら舞あの中で抵抗してるのかもしれない。何故なら、そのアンバランスな獣は一向に動く気配が無いからである。尾を苦しげにばたつかせ、苦しむように運動と静止を繰り返している。
「…どうする…?おそらく、あの中の彼女はまだ少し残っているようだが」
「……私は………」
寧は泣き腫らした目を伏せた。
私は…自分勝手だ…
勝手に忘れて…勝手に思い出した…
そして、今は彼女を…舞を苦しめている…何て…何て身勝手な…
それでもあの子は待っていてくれた…私が忘れても…ずっと何も言わずに…
それなのに…!
視線を落とした寧をガラは無言で見ている。
もう、殆ど時間が無い事が彼には分かっていた。
そろそろ…潮時か…彼女達には申し訳ないが…やるしかない…か。
白黒の狐の挙動から静止までの間隔が徐々に遅くなっている。
ブレーキのゴムが磨り減るように、段々と歯止めが利かなくなっているのだ。
--ガラ…!代われ…!--
「いや…でも今代わると…
…おい、何をする。おい、葎…!ええ…?」
葎はガラの意識を押しのけ、自らの体の表層へと這い出た。
ガラと代わっていた時は感じなかったが、直ぐ傍の、のた打ち回る獣---その威圧感は相当なものである。ヘタレの自覚がある自分としては素面ではこの状況は発狂物だな、とも感じる。
しかし、今はそれより先にやるべき…いいや、言うべき事がある。
葎は、寧の肩を乱暴とは言えないまでも、強く掴んだ。
「栖小埜さん…?」
その行動には俯いていた寧もさすがに反応した。だが、葎の思った通り、彼女の眼には光が無い。
力無く涙を流したままだ。
「おい…!あんた、いい加減にしろ…!何時まで、うだうだ言ってんだ…!
あんたは自分の友達一人とも向き合えないのかよ!それにあんたはあの子以上に自分から逃げている!目を逸らすな!逃げんな!あんたはここにいるんだ!あんたが選べ!」
「………………」
私が選ぶ…。
私はあの子を苦しませたい…?
そんな事ない…!
私は---…
徐々にだが、寧の眼は生気を取り戻したように思える。さっきとも、最初に会った時とも違う、決意を秘めた眼だ。
「栖小埜さん---舞を…助けてください」
「……ああ助けるよ、二人とも…!」
--葎~私の面目…--
「そんな場合かよ!」
--仕方ない…それじゃ……--
再び、ガラと入れ替わる。
「行くか相棒」
--相棒じゃねぇ…--
「ぁぁあぁぁぁああああぁあぁ…」
仮面の獣は暴れるように尾を振り回し始めた。
あれが二重存在と同じようなものだとすれば、人など当たった瞬間に骨が砕けるだろう。
「やれ…全く…狐退治とは私も泊が付きそうだ…寧…とりあえずここから離れろ…」
「は…はい」
「ぐあがぁぁぁああああああ」
狐は飛び掛るようにその前足をガラめがけ振り下ろした。
地が強い勢いで抉られる。体のないその存在の一撃は想像以上である。理性がない分、思い切りが良いのかもしれない。四つん這いのその姿は正真正銘、獰猛な獣そのものだ。
「…楽にしてやろう」
初撃を避けた後、すぐさまガラは反撃に転じ、狐の顔に拳を叩き込んだ。
狐の動きは考えの無い動きなので、ガラにとって非常に読みやすかったようだ。
彼の拳はいとも簡単に入る。
ピシッ…
狐面にひびが入った。しかし、その無表情な獣の顔が割れる事は無い。
「何…!?」
ひびは確かに入っている、だが、ひびから洩れてる黒いもやがそれを繋ぎ止めているのだ。
拳を受け止められたガラに向かって、不安定な形の尾が、鞭の如く振るわれる。
ガラは咄嗟に腕で防いだが、防御などお構いなしに、強靭な黒い線は彼の体を弾き飛ばした。
「ぐっ……重いな…」
「がぁぁぁああぁぁああ!!」
ちぐはぐな黒と白の獣は威嚇するように表情の無い顔で咆哮した。
獣はその大きな体を跳躍させ、ガラに追撃の手を伸ばす。獣というより、猛禽類に近い鋭い爪が、葎の体を引き裂こうと空中を掴んだ。
「っつう……!」
その追撃を、ガラは身をよじったが、その実体の無い爪は、彼の脇腹を掠めた。
着地と同時に睨み合うように相対する。
深くはないものの、直撃を喰らえば、彼の魂を切り裂くだけではなく、葎の体まで到達する可能性がある。葎の安全を考慮すれば、一撃でも当たる訳にはいかない。
さて…どうやって倒す…形振り構わなければ、そんなに難しい相手ではない。
私のお株を取った報いだ…葎には少し我慢してもらうとするか…。
せっかく…決まったと思ったのにっ…!私の決め台詞…!
「あがぁあああああぁぁあぁああああ!!!」
「フン、予想通りか」
真っ直ぐ、自分に突進する狐面の爪を避けようともしない。
何を考えているのか…葎にはガラが何をしようとしてるか検討も付かない。
ただ、一つだけ言える事は、この性悪紳士の事だ、考え無しにこんな行動に出る筈がないと、それだけだ。確証はない、だが、確信はある。
黒い爪が葎、もといガラの胸の辺りを狙い、突き出される。
「あぐぁぁあああああぁ!!」
「す…栖小埜さ…ん」
爪はガラを貫いたように見えた---。
離れた場所からそれを見る寧にもそれは、そう見えていた。
だが、黒い刃はガラの心臓どころか彼に到達さえしていない。
直前で手首と二の腕にあたる部分を掴まれていたのである。そして関節部には膝---…
ガラは両手を下に、膝を上に蹴り上げた。
ベキッ…
音は無い。
あえて音を付けるならば、これが一番ふさわしい、葎はそう考える。
「うがぁあああぁあがぁ…あああああ!!!」
あの黒い体に骨などはおそらく無い。しかし、狐面は叫んだ。
「まだだよ」
続けてガラは暴れる狐面の体に飛び乗り、右足の第一関節で首をロックする。
葎には彼が次にする事が何となく理解できる。
ガラはきっちりと足で首を固定したまま、前方へ回転した。
通常の人間ならば、狐面の体は動きもしないのだろうが、その巨体とまではいかない大柄な体躯はガラに攣られるように回った。
ガラは正座の如く地へと着地する。
足で首を固めたままこのような体勢で着地すればどうなるか。
簡単だ。断頭台のように首を挟んだ足は、その境界の見当たらない首のような部位をへし折る。
それだけである。
「あぐぁああぁああああぁあああ!!!」
断末魔のような悲鳴をあげて狐の面の体を保っていた黒い影は、一瞬の内に霧散する。
「いやはや、実体が無いというのは手加減の必要が無くて良いものだ」
--よかぁねぇよ!危なく死ぬ所だったじゃねぇかっ!!--
「なあに、人生の一つや二つ、問題無い」
--あるわっ!!人生は二つも三つも無いからね!?--
後にはカラン、という音と共に白い狐の面だけが残された。
「君…意識はあるか?」
ガラはひび割れている狐面に静かな声で呼びかける。
かすかだが、声が聞こえる。舞の声だ。
「う…ん…」
「そうか---ならば…」
彼は遠方の寧にちょいちょいと手招きをする。
どうやらここまで来いという事らしい。寧は急いでそこまで駆け寄る。
「舞…!」
寧の瞳に涙が溢れてくる。止まらない。止めたいとも思わない。
感情と一緒に溢れ出るそれを、言葉にしようとしたが、口に出せない。
口に出した瞬間、彼女が消えてしまいそうな気がして。
言葉にした途端彼女は跡形も無く散ってしまうような気がした。
冬の雪のように、呆気なく。
残るものはただの水。
「なかない…で…せっかく…かわいい…かお……なの…にだいなしじゃ…ない…」
「何…言ってるのよ…」
寧は必死で彼女の言葉に答える。一秒でも彼女を引き止めたかったのだ。
「行かないで…!」
「むり…だよ…ごめ…んね」
「舞ッ…」
「………………あたっし……たの…し…か…たよ…ねいと…あそん…だ…こ…と」
「私も…あなたが居たから…!」
物が泣くという事はありえない。
しかし、葎にはひび割れた狐の顔が泣いてるように見えた。
物が泣いている。
いや、それはもう涙を流してる時点で物では無いのかもしれない。
寧はむせび泣きながら狐の顔を抱きしめる。
次第にそれは物と人から、人から人に変わっていた。
その光景は彼の見た妄想か、幻想か、白昼夢かも知れぬ。
だが、彼の眼には鏡写しのような二人が見える。
片方は泣いている。もう片方は笑っている。
ああ、紛れも無く双子だ。
そこに居たのは表情の無い仮面などではなく、橋間舞という一個人。
そして正反対の表情をした一組の双子であった。
「あ…あそうだ…」
「何…?どうしたの…?」
耳打ちするように舞は寧に囁いた。
「 」
舞が何を言ったのか、それは知らない。ただ、舞が何かを言った途端、寧は笑った。
「…もう…何言ってるの…」
寧は舞の両手を掴む。
「あ……ながれ…ぼし」
「……どこ…?」
「あそこ…」
「…あった…」
「綺麗だね…」
「そうだね…」
「やっと…みれたね」
「うん…」
「また…みようね…やくそく…だよ」
「うん…見に行こう…」
「…わすれ…ない…でね…」
舞の体が薄れる。
彼女の体は星の光のような光を放ちながら、段々と解けていく。
「うん…!もう、絶対忘れないよ…!だって…やっと…やっと思い出せたんだもの…!」
「う…れし……いなぁ…」
最期に微笑みながら、彼女は砕け散った。
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あの子は居なくなった。
残されたのは彼女との思い出---
それを私はもう、忘れない。
悲しいけれど、後悔は残っていない。
最期に会えたから。
最期に触れたから。
最期に一緒に見れたから。
そして---…最期に約束したから。
「…また…会えるよね…舞…」
そろそろ、息抜きに小説でも読み漁りたい…
おすすめとかあったら教えてくださいね~
…コメント無くてもめげないぜ…




