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「あらー、二人とも、ステキな頭になっちゃって!」
閉店間際、久しぶりに「こむぎや」にやってきた康太くんと隼人くんを見て、祥子さんは遠慮もなしに笑った。
最近祥子さんはお店に出ている。「妊娠」に体が慣れてきたからかも、なんて言っていたけど、私にはよくわからない。
「ちょっと隼人くん、触らせて触らせて」
二人の頭は綺麗な丸刈りだ。大会前に気合いを入れるため、監督にバリカンで剃られたらしい。
「俺の頭をおもちゃにしてませんか? 祥子さん」
祥子さんに頭をなでなでされながら隼人くんが言う。
「あー気持ちいい。この感触がたまらないのよねぇ……」
「ちょっ……頭をおもちゃにするの、やめてくださいって!」
隼人くんと祥子さんが言い合う隣で、康太くんは元気がなかった。
なんとなく不機嫌そうな顔つきで、二人の会話を聞いている。
「で、最初の試合はいつだっけ? 隼人くんも出るんでしょ?」
「え、俺、一年ですよ?」
「あら、一年生だって、投げれる子は投げるべきよ。それぞれの子が、自分のできることをやればいい。でしょ? 康太」
「そうですね」
ふてくされた態度で答える康太くん。
祥子さんには祥子さんの考えがあるんだろうけど、私はこの場にいるのがつらかった。
康太くんが投げられないって、知ってしまったから。
私は康太くんのためにとっておいたあんぱんを手に持つと、そっと康太くんの前に差し出した。
「これ……」
「ああ、今、お金……」
「お金、いりません」
康太くんが不思議そうな顔をして私を見る。
「私のおごり」
こんなことしかできないけど、たまには私にもこんなことさせて欲しい。
「あ、ずるいなぁ。志乃ちゃん、俺にも」
隼人くんが私たちに気づいてそう言った。
だけど康太くんはポケットから出したお金を、無理やり私の手に握らせようとした。
「ダメだよ。ちゃんと払う」
私はそれを拒否して、首を横に振る。
「なんで?」
康太くんが言った。
「もしかして志乃ちゃん、俺のこと、かわいそうとか思ってる?」
ハッと気づいて顔を上げた。私を見つめる康太くんは、いつものように笑っていなかった。
「そういうの、はっきり言ってウザい」
康太くんは持っていたお金をカウンターの上にばんっと置いて、バッグを肩にかけてシャッターをくぐった。
「ちょっと、康太! 待ちなさい!」
祥子さんが呼んだけど、康太くんは振り返ろうとしない。
「もう! なんなのよ、あの子。志乃ちゃんに八つ当たりすることないじゃない!」
祥子さんの怒った声が耳に聞こえる。私はうつむいたまま動けない。
両手が震えた。息苦しくなった。
私――康太くんを傷つけた。
「ごめん、志乃ちゃん」
隼人くんの声がする。
「康太先輩が怒ってるの、俺のせいなんだ」
私は黙って、その声を聞く。
「志乃ちゃんにはさ、先輩の、その……弱いところっていうか、そういうの知られたくなかったみたいで……俺が志乃ちゃんに話したって言ったら、すっげーキレちゃってさ」
「なんなのそれ? 結局カッコつけたいだけじゃない」
祥子さんがあきれたような口調で言った。
「ちっちゃいちっちゃい! あんなちっちゃい男のことなんか、もう忘れていいから! ね、志乃ちゃん!」
私はカウンターの上に散らばった、百円玉と十円玉に手を伸ばす。集めようとしたけど指が震えて、涙をこらえるのがやっとだった。