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 デパートを出て、ファーストフード店でハンバーガーを食べた。そんな当たり前のことが当たり前にできなくて、でも今日の私は普通にできてる。なんだか不思議な気分だった。

「なんかこれって、デートみたいだな」

 ハンバーガーを食べながら康太くんが笑う。そんなことを言われたら妙に照れて、康太くんの前でハンバーガーをかぶりつけなくなってしまう。

 そしてちょっと弓香さんのことを思う。弓香さんに、申し訳ないなって思う。

「そろそろ出ようか?」

 トレーを持って、康太くんが立ち上がる。

「うん……」

 答えようと思って、体が止まった。心臓がどくんと鳴って、心が震える。

 康太くんの向こうに――初音がいた。


 初音は私が着ていた制服を着て、私の知らない友達と一緒にいた。

 三人でテーブルを囲んで、携帯電話をいじりながら、楽しそうに笑っている。

 私が、いた場所。そしてもう、戻れない場所。

 あそこに座って、初音と笑っていたのは、私だったのに……。

「志乃ちゃん?」

 呆然と突っ立ったまま動けない私に、康太くんがつぶやく。

 その声に気づいたのか、初音が顔を上げて私を見た。

「志乃……」

 初音の唇がかすかに動く。初音もものすごく驚いているみたいだ。

 胸の鼓動が激しくなる。目をそらしたくなる気持ちをぐっと押し込め、私はただ初音を見つめる。

 やがて初音が立ち上がり、ゆっくりと私の前に来た。

「元気……なの?」

 初音が私を見ていた。初音の視界の中に、私がいる。

「うん」

 小さいけれどはっきりと答えた。

「なら、いい」

 初音はなんの感情もないような顔つきでそう言って、私にすっと背中を向ける。

「じゃ、また」

 初音の声がかすかに聞こえた。


「もうそろそろ出ようよ」

「えー、もう?」

「カラオケ行くんでしょ?」

 初音が私の知らない友達のもとへ戻って、テーブルの上を片づけている。

「ちょっと待ってよー、初音―」

「ほら、早くー、置いてくよー」

 ばたばたと店を出て行く三人を、私は何も言わずに見送っていた。

「志乃ちゃん」

 三人の姿が見えなくなったころ、康太くんの声がした。

「あの子ね……」

 私は前を見つめたままつぶやく。

「すごく……大切な、友達なの」

「……うん」

 小さく深呼吸をしてから、私は次の言葉を紡ぎ出す。

「今はまだ……うまく話せないけど……」

 でもいつかまた……初音と話ができたらいい。

「大丈夫だよ」

 康太くんの声に、私はゆっくりと顔を向ける。

「だってあの子言ったじゃん。『じゃ、また』ってさ」

 私の目に、康太くんの笑顔が映る。

 うん、そうだね。そうだよね。

 次に初音と会ったとき、私はもっと変わっていたい。


 康太くんと一緒に店を出た。

 やさしい風が吹いて、私の肩にかかる髪がふわりと揺れる。

「今度は桜が咲いたころに、会おうよ」

「うん」

「『こむぎや』に迎えに行く」

 人ごみの中で康太くんが笑う。それを見て私も笑った。

 ビルの上に広がる空は青く、かすかに春の匂いがした。

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