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 年が明けて二か月が過ぎた日曜日。「こむぎや」に顔を出した康太くんは、晴れ晴れとした顔つきだった。

「やだ、久しぶりじゃない。その顔、忘れちゃったわよ」

「どうも……」

 苦笑いしながら康太くんが答えて、それから店の隅のベビーカーで眠っているこむぎちゃんに気がついた。

「うわっ、生まれてる!」

「そうよー、あんた全然来ないんだもの。『こむぎ』っていうの。女の子よ」

「へえー」

 康太くんはこむぎちゃんに近づいて、嬉しそうにのぞきこんでいる。

「祥子さん、抱っこしてもいいすか?」

「もちろんよ。抱っこしてあげて」

 康太くんはそっとベビーカーに手を差し入れ、こむぎちゃんを抱き上げた。

「うはっ、ふにゃふにゃ。首、すわってねーし」

「でもあんた、手つきいいわね」

「弟や妹で慣れてますから」

「ふーん」

「それから俺、保育士になろうかと思ってるんです」

「まあ!」

 祥子さんが少し驚いた顔で康太くんを見た。康太くんはこむぎちゃんを抱いたまま、祥子さんに言う。

「親に言われるまま普通に大学行って、普通に就職しようかとも思ったんだけど。やっぱ、やりたいことやってみたいよなーって思って……専門行って資格取ることにしました」

「そうだったの」

 祥子さんは感心したように、うんうんとうなずく。康太くんはこむぎちゃんに「大きくなったら遊んでやるからなー」なんて言ってから、私のことを見た。

 久しぶりに見る、康太くんの顔。もっとよく見たいのに、恥ずかしくて見れない。

「あ、そうだ。今日は志乃ちゃん、もうあがっていいわよ」

「え?」

「ずっとお休みとってないでしょ? いいわよ、今日は私がいるから」

「でも……」

「大丈夫。たまには遊んできなさい。康太と一緒に」

 祥子さんが言って、康太くんの手からこむぎちゃんを受け取る。康太くんは一瞬戸惑った表情をしたけど、すぐに笑って私に言った。

「じゃあ、どっか行こうか? 志乃ちゃん」

 恥ずかしくて、でも嬉しくて、私は素直にうなずいていた。


 少しだけ春めいてきた町を、康太くんと歩く。

 駅前の繁華街に来たのは、初めて康太くんと出かけた日以来。あの日私はあまりの人ごみに、具合が悪くなってしまったっけ。

 だけど今日、「どこに行く?」という康太くんの問いかけに、私はこう答えた。

「買い物に行きたい」

 買い物なんて、もうずっと行ってない。何度もお母さんに誘われたし、祥子さんにも誘われたけど、どうしても気が進まなかった。

 だけど私には買いたいものができた。それを買いに行きたいと思った。

 駅へと続く商店街を歩く。人があふれかえる日曜日。ちょっとふらふらと頼りない私の足取りを見て、康太くんが気遣ってくれる。

「大丈夫?」

「うん。平気」

 康太くんがさりげなく私の手を握る。私はその手に引かれながらゆっくりと歩く。

 康太くんと一緒だったら、今よりもう少し遠くまで行ける……そんな気がした。


「わぁ……かわいい……」

 駅前のデパートの中で、私は淡いピンク色のベビー服を見つけた。

 これ絶対、こむぎちゃんに着てもらいたい。

「自分のもの、買いに来たんじゃないの?」

 さっきから子供服売り場ばかり見ている私に、康太くんが不思議そうに言う。

「こむぎちゃんに、買ってあげたいの。まだ、お祝いもあげてないし」

「ふーん」

 康太くんは私から目をそらすと、小さなシューズを指さした。

「ちっちぇー靴! けどこれ、どう?」

「すごくかわいい! でもまだ早くないかな?」

「伝助さんだったら、もう買ってるかもな」

「お腹にいるときから、三輪車買おうとしてたもの」

「げ、それ、早すぎ!」

 康太くんが笑った。私も少し笑った。そして私は、いつの間にか自然に会話をしている自分に気がついた。

「でもやっぱ、これがいいかも」

 康太くんは、私が最初に見つけた、ベビー服を手に取った。

「いいじゃん、なんか、春らしくて」

「うん。それにする」

 ピンク色のベビー服は桜の色。去年の桜の季節に、康太くんにもらった花びらを思い出す。

 綺麗な包装紙でつつんで、リボンをかわいく結んでもらう。

 こむぎちゃんがこの服を着た姿を思い浮かべて、自然と口元がゆるんだ。

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