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 久しぶりに歩く駅前の繁華街は、耳障りな音があふれていて、くらくらする。以前はそんなこと、感じたことなかったのに。

「大丈夫? 志乃ちゃん」

 人ごみの中で立ち止まって、康太くんが言う。

「なんか顔色悪い」

「ごめんなさい……」

 私は申し訳ない気持ちでいっぱいだった。せっかく康太くんが誘ってくれたのに、私は普通の道を歩くこともできない。

「こういうとこ、ずっと来てなかったから……」

 一体どんな生活してるんだよって、突っ込まれそうな私のセリフは、きっと普通の女の子とは違う。康太くん、私のこと、絶対ヘンに思っているよね?

「あー、そうだよね。どこかで飯でも食おうかと思ったけど、やっぱやめよ」

 康太くんはあっさりそう言うと、ちょっとあたりを見回してから私に言った。

「志乃ちゃん、ここで待ってて。すぐ戻るから」

 私の前から走り去って、コンビニの中に入っていく康太くんの背中を見つめる。

 情けなくて、申し訳なくて、なんだか涙が出そうだった。


「ごめん。お待たせ」

 そう言って戻ってきた康太くんは、コンビニのビニール袋をぶら下げていた。

「違うとこ、行こう。ちょっと歩くけど、いい?」

 うなずくのが精いっぱいな私。そんな私の手にあたたかいものが触れる。

「俺にはなんでも言っていいから。志乃ちゃんがいやなことは、俺もしたくないから」

 康太くんは私の手を握ってそう言った。そして少し照れたような笑顔を見せる。

「これは、大丈夫?」

 康太くんの右手が、私の左手をそっと持ち上げた。

「……うん」

 私の声に康太くんが笑う。そして手をつないだまま、ゆっくりと歩き出す。

 空はどんよりとした曇り空。だけど神様お願い。もう少しだけ、雨を降らせないで。

 傘をさしたら康太くんの手が、私から離れていってしまうから。


 緑の生い茂る公園のベンチに、康太くんと並んで座った。

 広々とした芝生と遊歩道。はしゃぎながら走り回る子どもたちや、のんびりと犬の散歩をしている人たちが見える。

「ここ来たことある?」

「うん」

 町の真ん中にあるこの公園は、小さい頃、家族でよく遊びにきていた場所だった。お父さんに肩車されて散歩したり、お母さんの作ったお弁当を食べたりした記憶がある。

「俺もよく来た。弟や妹、四人連れて」

「四人?」

「うん。俺、五人兄弟の長男だからさ。チビたちの面倒みるのは俺の仕事、みたいな?」

 ちょっと驚いた。私はひとりっ子だったから。

 ふと気がつくと、私たちの足もとにピンク色のゴムボールが転がっていた。康太くんはそれを拾うと、遠くでグローブを振っている男の子に大声で叫ぶ。

「投げるぞー!」

 康太くんの右手が高く上がる。ゆっくりと腕を動かして手を離すと、ピンク色のボールは曇り空に向かって飛んで行った。

「ありがとー」

 ボールがストンと男の子のグローブに収まり、嬉しそうな声が返ってくる。

「ナイスキャッチ。てか、俺のコントロール良すぎだろ」

 康太くんは満足そうに笑って、また私の隣に腰かけた。


「子どもっていいよなぁ……」

 走り去る男の子を見送りながら、康太くんがコンビニの袋からおにぎりを取り出す。

「あいつらバカみたいに遊んでるだけでさ……でも一緒にいると、いつのまにか自分も夢中になってて……どっちが遊んでもらってるんだよって話」

 康太くんはそう言って笑って、私のことを見る。

「そういうのない? あ、俺だけ?」

 私はただ、苦笑いを返す。きょうだいのいない私には、よくわからないけど、そんなふうに夢中になれる康太くんは羨ましい。

「好きなんだね……子ども」

「うん。保育士か、幼稚園の先生にでもなろうかと思ってるくらい」

「すごい……」

「べつにすごくないよ。他になりたいものがないだけ。子どもの頃は、プロ野球選手に憧れたりしたけど、現実的にはありえないって知っちゃったし」

 康太くんは「今日は俺のおごり」って言って、コンビニのおにぎりを差し出す。

 私はそれを受け取りながら、エプロン姿で子どもたちと遊ぶ康太くんを想像して、それも悪くはないなと思った。

「志乃ちゃんは? 将来何になりたいの?」

 康太くんが私に聞いた。

 将来? 将来の夢なんて……考えたこともなかった。

 私って、なんだか、全然だめだ。

 そんなことを思ったとき、遠くから女の子の声がした。


「あれぇ、康太?」

 私の目に映るのは、あのマネージャーの女の子。ふわふわした小さい犬を連れて、こちらに向かって走ってくる。

「やっぱり康太だ!」

「げっ、弓香。なんでお前こんなところにいるんだよ」

「あんたこそ。ていうか、もしかしてデート?」

「うるさい。いいからさっさと消えろ!」

 康太くんが右手を払って「しっしっ」なんて言う。だけど弓香っていう子はにこにこしながら、私に話しかけてきた。

「こんにちは」

「こ、こんにちは」

 ぱっちりした大きな目で、弓香さんが私のことを見る。私は視線をそらすこともできないで、ただぼうっと座ったままだ。

「同じ学年……じゃないよねぇ? 二年生?」

 胸がちくりと痛んだ。

 いまさらどうにもならないってわかっているけど……学校を辞めてしまったこと、こういう瞬間に思い出して、後ろめたい気分になる。


「もういいから。帰れよ」

 康太くんが立ち上がって、弓香さんの腕をつかむ。私はぼんやりと、彼女に触れる康太くんの手を見つめていた。

「わかった、わかった。邪魔者は消えまぁす」

 弓香さんがくすっと笑って、康太くんのことを見る。

「でも彼女、かわいいね? 康太にはもったいないくらい」

「言っとくけど彼女じゃないから。パン屋でバイトしてる子だよ」

「あー、康太がいつも寄り道してるっていう、あのパン屋さんね!」

 弓香さんはそう言うと、私を見て言った。

「今度私も買いに行こうかな? すっごくおいしいって康太から聞いてるの」

「……はい」

「弓香! 帰れって!」

 康太くんがもう一度言って、弓香さんが「はいはい」なんて答える。そして犬を抱きかかえると、私にちょっと笑いかけてから、背中を向けて行ってしまった。


「まったく、なんでこんな日に、あいつに会わなきゃなんないんだか」

 康太くんが文句を言いながら、またベンチに座る。

「あの人……野球部のマネージャーさん、でしょ?」

「ああ、うん。いちいちうるさい女なんだよ。中学んときから、なにかと俺に口出ししてきて」

 康太くんは、はぁーってため息をついたあと、ちょっと遠くを見つめてつぶやく。

「いろいろと……世話にもなってるんだけどさ」

 そしてコンビニのおにぎりを開けながら私に言う。

「食べよ、志乃ちゃん。腹減ったでしょ?」

「……うん」

 康太くんが「いただきまぁす」と言って、おにぎりにかぶりつく。

 私はその隣で、康太くんにもらったおにぎりを見つめている。

 胸が、ちょっぴり痛かった。

 弓香さんが康太くんを見る時の目を、私は知っている。

 ずっと前、初音が大好きな柴田くんを見る時、あんな目をしてたから。

 空から雨粒がひとつ落ちてきた。降り始めた雨に、周りの人たちが急ぎ足で通り過ぎる。

 梅雨明けは、まだ遠いみたいだった。

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