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「え? 今日の午後、何か用事があるの?」

「はい……」

「別にかまわないけど。めずらしいね? 志乃ちゃんがそんなこと言うなんて」

 日曜日。バイトを早退したいと祥子さんに言うのは、ものすごく勇気がいった。

「どこか出かけるの?」

 祥子さんはにこにこしながら私に聞く。私のお母さんと同じように、祥子さんもすごく心配してくれていたから。私が家にひきこもりがちだったこと。

「はい……まぁ、ちょっと」

「もしかしてデート?」

 祥子さんがにやりと笑って私を見る。康太くんの言うとおり、祥子さんには何でも見透かされてしまうみたいだ。

「そ、そんなんじゃないけど」

「もうー、志乃ちゃんたら、いつの間に王子様見つけちゃったの? 叔母さんにちゃんと紹介してねって言ったじゃない」

「だから……そんなんじゃなくて」

 必死に言い訳しようとすればするほど、なんだか頬がほてってきて、そんな私を見て祥子さんが笑う。

「志乃ちゃんって、ほんと可愛いわ」

 うつむいて、首を横に振る私の前で、祥子さんが微笑みながら言う。

「そのままでいいと思うよ? 志乃ちゃんのこと、わかってくれる人、ちゃんといるから」

 ふっと一瞬、心が軽くなった。ゆっくりと顔を上げて祥子さんを見たとき、お店の自動ドアが静かに開いた。


「どーも。おつかれーっす」

「あら、暇そうな人が来た。高校球児の夏はこれからだっていうのに」

「そういう言い方ないでしょ? 少しは傷つくんですけど、これでも」

 康太くんは私服姿だった。日曜日なんだから当たり前だけど、制服かユニフォーム姿しか見たことがなかったから、それはなんだか不思議な感じだった。

「で、何しに来たの?」

 祥子さんは康太くんのことをじろじろ眺めながら言う。

「志乃ちゃんを、迎えに来ました」

「は?」

「だから、志乃ちゃんを迎えに」

 祥子さんがくるりと振り向いて、レジの前で固まっている私を見る。

「あら、やだ! そういうことだったのねー!」

 祥子さんは素早く私の後ろに回ると、エプロンのひもをほどき、私の背中をとんっと押した。

「行ってらっしゃい、志乃ちゃん。あとは私一人で大丈夫だから」

「あの、えっと……すみません」

「いいの、いいの。それより康太。あんまり遅くならないうちに、ちゃんと志乃ちゃんを送ってあげるのよ?」

「わかってます」

「それから志乃ちゃんにヘンなコトしたら……」

「それもわかってますって。俺、まだ死にたくないし」

 にかっと笑って、康太くんが私を見た。それだけでドキドキしてしまう私はヘンだ。

 目を合わせないように、そっと視線をそらしたら、厨房の中でにこにこ微笑んでいる伝助さんと目が合って、また困った。

「じゃあ、ちょっとだけ、志乃ちゃんをお借りします」

 康太くんがそう言って、私に手招きする。

「行ってらっしゃい」

 私の背中をそっと押してくれる祥子さんの手は、なんだかお母さんみたいにあたたかい。

 そしてこんなにも周りの人たちに見守られている私は、きっとものすごく幸せなんだと、いま気がついた。

 一歩一歩を踏みしめながら、私は店の外へ出る。どんよりと曇った梅雨空の下、私は康太くんと並んで、いつもと違う道を歩き始めた。

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