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第八話

 俺は夜道を自転車で走っていた。平岡は電車通学なので、とっくに別れて先輩達と合流している。俺は単身で帰宅中だ──、いや、後部に沙実がいるか。横向きで荷物置きに座り、俺の背中に肩から凭れている。やけに無言だが、幽霊にも疲労というものがあるのだろうか。

 そんな彼女に、俺は話しかけた。

「上を見てみろ」

 いつも通っているこの田んぼ道では、見上げると星が他の場所よりもくっきりと見える。もっと綺麗な空気の場所とは比べ物にならないだろうが、それでも写真での星空より遥かに神秘性がある。まぁ、見惚れて田んぼに突っ込んで以来、あんまり見ないようにしてきたが、この道を一人で通らないのは久しぶりなので、つい教えてしまった。

 沙実は見上げるようにゆったりと動いて、おとなしく言った。

「大分綺麗かもしれないね」

「なんだそりゃ」

 全く要領を得てない回答だな。やっぱり眠いのか。健全な肉体の俺より遅く起きてきたくせに、眠くなるのは早いってどういうことだ。

 それからは、一言も言葉を交わさなくなり、タイヤがライトを擦る音だけが響き渡る。

 ぼうっとしてると、どこに向かってるんだか分からなくなりそうだ。夜の暗さがそのまま意識を包み込んでいるというか。

「ストップ!」

 本当に突然、沙実が叫んだ。地雷が爆発したかのように突然だったので、俺は自転車を放り捨てて走りだしそうになったが、なんとか思いとどまってブレーキだけを必死こいてかける。甲高い嫌な音が響いて、カゴに入っている鞄が、慣性の法則で派手に吹っ飛んだ。──結構スピード出てたんだな。

 沙実は自転車から下りると、

「自転車端っこに置いて」

 と言うので、俺は言われた通りに道の脇にある砂利に持って行って、スタンドをした。鞄もついでに拾ってカゴに放り込む。

 立ち止まってみると、この閑静な闇というのは心細いもんだ。街灯は一応あるが、却って恐怖心を煽っているというか。しかし、改めてこの付近を見渡すと、なんもない。遠くにちらほら人が住んでるのか分からないような家があって、電柱がいくらか立っている程度。仮に、ここで何かの儀式を始めたところで、一向に問題が無さそうだな──。

 いや、沙実に限ってそんな訳がない。勝手に膨らむ想像を俺はかき消し、沙実に近寄った。

「何をするんだよ、こんなところで」

「うーん、ここら辺に何か落ちてない?」

「何か、ってなんだよ、凄い困る話の振り方ベストテンくらいに入るぞそれ」

「野球でバットの代わりになるような感じの、棒? みたいな?」

 頑張って身振り手振りで説明してくれたので、俺はなんとなく理解して、了解した。

 俺は携帯を取り出して、付属のライトをつけてあたりを見渡す。──石ころしかねえな。棒、ってことは、太さと長さがなきゃいけないのにな。

「無いぞ」

「えぇ、無いの?」

「というか、どんなもんが欲しいのか分からん。──そうだ、俺の視覚をいじくって、お前のことを見えるようにしてるっていうんなら、その棒とやらのイメージも俺に見せられないのか?」

「うーん……、見せてるのは私のあの世での姿を人間化してるものだから、視覚をいじくってるってるわけじゃないんだよねぇ……、だから、そういうのはできないよ」

 原理はよく分からんが、とりあえずムリ、なのか。

 俺は頭を掻きながら、また周りの地面を俯瞰する。暗さの張り付いたアスファルトに、視線を滑らせていくと、──お、何やら白い棒状のものを発見。

 拾いあげてみた。

「これじゃダメか?」

「……」

 沙実は、それを凝視して少し沈黙したあと、

「割り箸……」

 と、興ざめしたような様子で言った。いや、俺だって見つけたくて、こんなの見つけたわけじゃないし、ましてやこれで認可されるなんてこれっぽっちも思っちゃいない。

「……まぁ、割り箸だけど」

 俺は割ってみせる。小さく乾いた音を立てて、名前の通り割り箸は二つに分断された。こんなどうでもいい時に、綺麗に割れた。案外、良い物なのか、これ。

 それにしても、何で落ちてるの、なんていう質問がないのは立派だと思う。この世の中、その辺にはこれを簡単に凌駕する、訳の分からんもんが落ちているもんだ。そのあたりの知識から類推したのかね。

 なんて呑気に構えていたら突如、俺の耳がひどく現実味のしない音を捉えた。頭蓋骨の後ろ側で鳴っているような、画面の裏側から聞こえてくるような、いまいち形容できない音だ。

 風が吹いた。その音が謎の音をかき消す。

 俺は、沙実がこの場から居なくなっているのに気づいた。輪郭すらも消えて、夜闇に溶けていってしまったんじゃないかと思うほどの、静寂に満ちた空気が流れている。

 くたり、くたりという感じの音がまた聞こえてきた。今度はもっと明瞭な音になって耳に入ってくる。

 何の音だよ、これは。

「あの世に入れる魂と入れない魂があるって言ったよね」

 突然、沙実が語りかけてきた。姿が見えなくなったと思ったら、もう俺に収納されてたのか。

「言ったと思う、少なくとも初耳じゃない」

「入れる魂は普通に入れるんだけど、入れない魂はそのまま形の無いまま、この世とあの世の間で漂い続けるの。それで、入れるか入れないかの判断は、あの世の『王』がしてるんだけど、今の代の『王』って結構優柔不断でね、正否を決断できないで魂を、この世とあの世の狭間に逗留させちゃう。そのグレーな魂を、否と言われたブラックな魂が襲って奪う。するとどうなると思う?」

「分かるもんか」

「黒い魂はその身が消滅するのを食い止められるの。異形の姿に身を変えてね。それで、罪を重ねた魂は自分たちを裁いた『王』に恨みを連ねてる。でも、所詮、一介の生き物の魂が、『王』を倒すなんてできっこない。だから、そういう者達は──」

 ふいに闇の暖簾をくぐるように、黒い謎の生き物が俺達の前に姿を現した。

 俺は見なかったふりをして、

「……そういう者達は?」

「未熟な『半壊の者』を狩って、『王』を困らせちゃおう、っていう考えるのね」

「それで、……そこの彼らは?」

 目の前の黒いものは、黒く縁どられた身体に細い紫の線を幾重にも走らせ、不気味な様相を呈している。しかも、一匹じゃない、後ろから二、三匹、全く同じ姿で現れる。形は、──よく解らん。動物で喩えるなら犬と猿の間といったところか。

 沙実は困ったように、声を上ずらせて言った。

「彼ら、っていうのがまさにそれなんだけど」

「──やっぱり」

「あの世では『滓』っていう俗名があるんだけどね──、カスっていう漢字を当てるけど、カスじゃなくて『おり』って読むんだよ」

 いや、悠長に解説なんかしてる場合じゃないぞ。

 『半壊の者』を宿してるのは、俺の身体だぞ。そんでもって、『半壊の者』を殺しにかかるということは、つまり俺もろともってことだよな。

 俺が早くなんとかしよう、と催促する前に一匹が食いかかってきた。さながら、狼が羊の喉仏に喰らいつくような殺気を撒き散らし、バネでも入っているかのように空を邁進して突っ込んでくる。

「おぅっ!」

 反射的に上体を反らすと、俺の首があったところを、悠然とそいつは通りすぎていく。真横を通ったのに生気が全く感じられない。空を裂いて跳んできただろうに、風圧の一つない。

 さりげない絶体絶命を乗り越えたばかりの俺に、沙実はけろりとした声で、

「というわけで、身体をちょっと貸してくれない?」

「やっぱりそういう流れか!」

 いや、今日の体育前の話から薄々感づいてはいたけど、こんな早く来るとはね!

「あ、でも嫌なら大丈夫だよ?」

「いや待てっ、嫌なんて言ってない! でも絶対返してくれよ!」

「いいの? よし来たっ!」

 その瞬間、俺の身体が急に自由になった。なんだこれ、凄い楽だ。体中にぶら下げていたおもりを、一気に取り除いたように軽い。

 どうやら身体の支配義務が沙実に移ったから、身体を操作する必要がなくなって、こんなに楽に感じるらしい。沙実もいつもこんな風な、戦闘ロボットに乗っている感覚で過ごしているのか。

「制服は破かないでくれよ」

「あ、そうだね。まぁ、そんなことはないと思うけど」

 大層な自信だ。心強いな。

 現状をみると、一匹躱したから、なんだかんだで前二匹の後ろ一匹という形になって、挟み撃ちになっている。どうするんだこれは。

 俺の視線が手元に移った。さっき拾った割り箸が申し訳なさそうにそこにあった。

「まぁいいか」

 俺の声が勝手に喋った。って、俺の声ってこんなんなのか! 想像以上に違う──。

 さりげない俺の初経験を塗りつぶすように、沙実は行動に出た。

 割り箸をこめかみの近くに持ってきて、先端は不気味な程静かにいる『滓』に向け、ダーツのように投擲した。

 動作自体はゆったりとしていたが、振りかぶってからがとんでもない、大リーガーも真っ青になりかねない速度で腕がしなり、その慣性のエネルギーを極限まで集めるように持って行くと、割り箸はごく自然に虚空へと放たれた。弓から発せられたように真っ直ぐと飛んでいくと、その勢いのまま、正面の二匹の『滓』の片方に刺さった。何処に刺さったんだあれ、猿でいうと肩のあたり、犬でいうと脚の付け根に刺さり、大砲でもぶち込まれたような勢いで吹き飛ぶ。

 俺はぽかんとそれを見送っていたが、身体はそいつの行く末を尻目に捉えることもしなかった。

 当たり前だ、一応挟み撃ちにされてんのに、それを殆ど挽回しない行動をとったんだ。すぐさま、ほぼ同時に前後の二匹が襲いかかってきた。

 しかし、相変わらず後ろの一匹を無視し、まず眼前の跳んできた『滓』の頭部にもう片方の割り箸を振り下ろす。柔らかい音がして、殴られた奴は黒い液体をまき散らして地面に叩きつけられた。何故だ、割り箸は折れていない。

 直後、視界がふっと沈んだ。屈み込んだのだ。地面でノビている奴に顔が接近する──、勘弁してくれ、目玉が飛び出てるじゃねえか。

 その頭上を『滓』が通過していく。またこいつは、渾身の一撃を外してるのか。

 しかし、今回の俺は鬼畜にも立ち上がり、無防備なそいつの腹に割り箸を突き立て、思い切り薙いだ。また、何かよく分からん液体かガスのような物が噴出し、降り注ぐのを横転して避ける。

 全滅させて、一段落ついたようだ。沙実は横転した時、制服についた汚れを払い落とす。

「割り箸って、そんな丈夫だったっけ……」

 俺には聖剣エクスカリバーに思える程、むちゃくちゃ強かったが。

「別にこれが強いんじゃなくて……、うーんと、『滓』の体は、あの世にある素材で作られた肉体なの。それがこの世と適応できてないから、凄い脆くなっちゃってるわけ。だからこの世の素材で叩いたりすれば、簡単に倒せるよ」

 剣道の試合をサッカーのルールで勝とうとしているようなもんか。微妙な感覚だから伝わりにくいな。単純にこの世の物質はあの世の物質よりも強い、って考えて良いのか。

 ──収束したのかと思って安心しきっていたが、また何匹か暗がりから姿を現した。

「何でこんなにいるんだよ……」

「だって、今、この世に具現した『半壊の者』は私一人だけだもん」

 割り箸を握り直しながら沙実が言った。

「だから……?」

「魂として依り代を探すため放浪してる『半壊の者』は殆ど捕まえられないけど、人に憑いた『半壊の者』なら宿主を殺せば私は消滅するからね。殺すのには絶好の機会じゃない」

「でも、この世と適応できてないとかいう法則があるなら、俺を殺せないんじゃないんか?」

「それがそういうわけにも行かなくてね、実はこの身体って、あの世とこの世のハーフみたいなものなんだ」

「……え?」

「だから、普通に殺されることはあるよ。──でも、大丈夫、負けることはないから」

 沙実が行動に出た。割り箸の短いリーチだというのに、的確に間合いを図ってまず一匹の首を落とした。振り向きざまに一匹斬り払って、その勢いで屈みこみ一匹の攻撃を避けると、また最寄りの一匹を撃破──、なんだか冷静に実況するのも疲れるな。

 かくて、この華麗な割り箸無双は数分間続いた後、『滓』の方から逃げ去ったことで決着がついた。大いに働いた割り箸は、逃げていく一匹の尻に打ち込まれ、無事にその役目を終える。俺が割り箸だったら、真っ当に食器として使われたいがな。

 戦場となった道路に、散々倒したはずの『滓』の死体はどこにも見当たらなかった。都合良くできてる。

「死んだ『滓』は、あの世に返されるんだよ」

 沙実は俺に身体を引き渡したあとにそう言った。なるほど。

 それにしても死んだあと、もう一回死ぬっていうのはどういうもんなんだろうな。それが本当に俺達の怖がる、死っていうものなのかも知れない。



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