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第二十一話

 だがもう弱点は目の前にある。──いずれにせよ、チェックメイトだ。

 勢いをつける、速度をつける、力をこめる。

 白い刀身が、その光の中に吸い込まれる。確かな手応えがあった。今まで駆除してきた『滓』に比べると、格段に硬い。力いっぱいやって、これだからな。今までの奴にやったら、粉々になってしまうだろう。

 半ば呆然と手を柄にかけたまま、刀が半身を『滓』の身体に入り込んでいくのを見つめていたが、沙実が突然叫んで、

「届いてない!」

 俺は反射的に刀を引っこ抜いた。肉片も一緒に飛び散り、水道管を割ったように体液が噴き出す。

 それと同時に、高速で回転する丸太に殴られたような衝撃が俺の全身を襲って、俺の身体は宙に浮いた。後ろ足で蹴られたのか、天地が分からなくなるくらい派手に吹っ飛び、どこに居るのか分からなくなるほど地面を転がった。

 運良く手に植物のようなものが絡まったので、俺は力づくでそれをたぐりよせて回転を止め、すぐさま立ち上がる。脳味噌がコマのように回ってるような感覚がしてよろめくが、そこまでキツくはない。ただ、直接殴られたところはズキズキとした痛みがひしめいている。

 俺は気づいたら傍に居る沙実に、

「と、届いてないってどういうことだよ!」

「弱点が出たところが悪かったんだよ。もっと、浅いところに出たなら、絶対やれたのに……」

「くそっ」

 俺が歯噛みした瞬間、どこからともなく『滓』が躍りかかってきた。

 咄嗟に日本刀で薙いだが、攻撃のために伸ばされた腕を振り払うので精一杯だった。こんなんじゃとても、身体を吹き飛ばせそうにない。俺は防御に専制することにした。

 もう、あの弱点の光は消えてしまっている。この分だともう一度、あいつが例のレーザーを吐き出すまで耐えなきゃいけなさそうだ。一撃一撃は重いが攻撃を受け流すこと自体は難しくない。しかし、あの熱光線の破壊力を目撃した後だと、この囮ポジションはなるべく担当したくない。

「またゼウス、代わってくれないのか」

「うーん、どこ行っちゃったんだろう」

 沙実が首を傾げる。──それでも、すぐに助けにきてくれるだろう。

 突如、応酬の途中で『滓』の身体が縮こまった。バネのように身体を勢いづかせ、タックルでもする気なのか。俺はなるべく距離を取るように移動する。

 やがて、髑髏が静かになった。もう発射する──と思った、その瞬間、髑髏の頭が派手な音を立てて揺らいだ。

「やりそこねたのか」

 と言いながら、俺のすぐ隣に着地してきたのは、ゼウスその人。

「言い訳するつもりじゃないが、弱点出たのが脚の付け根だったんだよ」

「……よりによって、一番深い場所に出たか、ついてないなお前は」

「俺はこの上なく不幸な少年だからな」

 俺が皮肉を込めて言った途端『滓』がふらつきながらも、すぐに持ち直してまた俺をがっちりと見据える。おい、今やったのは俺じゃねえぞ。

 それを見たゼウスが神妙な口ぶりで、

「──どうやら、お前にターゲット固定らしい。さっきお前が恨みどうこう言ったから、多分、興奮してるんだ」

「え、マジかよ……」

「もともと『王』への憎しみで成り上がってる様な奴だからな──、とにかく、今度はお前が囮になるしかないだろう、それを寄越せ」

 ゼウスが焦ったような口調で言った。それ、とは日本刀のことだ。これが無いと、いくら俺が興味をひいていたとしても、トドメを刺すことできない。

 俺は頷いて、刀をゼウスに向かって差し出した。しかし、ゼウスは受け取らずに眼光を鋭くして叫ぶ。

「避けろ!」

 まずい。俺は下手くそなバク転のようなもので後ろへ跳んだ。

 直後、俺とゼウスの間に『滓』が猛烈な勢いで突っ込んできた。ブレーキが壊れたトラックのようなその勢いに、俺はゼウスを見失う。倒れていた身体を立ち起こした時には、すぐ近くで『滓』が俺の方へまっすぐ向いて佇んでいた。そして、微妙な光を放ち始めている。

 ──例の光線の準備をしているんだ。こんなに間隔って短いのか。

 俺はささやかなあがきとしてその軌道から外れようと動いてみたが、もうロックオンでもしているのか、そいつの身体は俺の動きに合わせるよう方向転換している。だとしたら、もうレーザーが放たれたのを確認してから避けなければならないのか。俺はできるだけ距離を置こうと、『滓』に背中を向けて走る。

「おい!」

 鋭い叫びが聞こえた。振り向くと、『滓』の向こう側からゼウスが走ってきている。この刀を今すぐ渡してやりたいが、あまりにも距離がありすぎだ。少なく見積もっても、十五秒はかかる。それでは間に合わないし、なにより俺があのレーザーに被弾する。それはまずい、とりあえず、ここは一発レーザーを見送って、また次のレーザーのチャンスに賭けるのが賢明そうだ──。

 俺が一秒で思考を巡らせ結論付けた瞬間、奴は凄まじいことを言い出した。

「この光線で決着をつけないと、お前死ぬぞ!」

「はぁ!? 何でだよ!?」

 俺は精一杯の疑問符をつけて言い放つ。死ぬ、なんて概念、すっかり忘れていたし、もうしばらく隣に座ってくることなどないと思ってたのに、何で!

「接吻による合一化だと、沙実はそこまで長くお前に潜在していられないからだ。あくまで一時的な接合だから、じきにお前は生身の人間に戻る!」

「──いや、そういうのは、先に言えよ!」

「一回で倒せると思ってたから、敢えて言わなかった、悪い!」

 さっき、ゼウスの言動や挙動に焦りが滲んでいたのは、そんなことを隠していたからなのか! ただでさえ集中砲火されているのに、生身に戻ったらもう瞬殺されるに決まっている。俺は急激な焦燥に襲われた。

 後ろを見ると、沙実は明らかに動揺した表情をしている。知らなかった、って顔に書いてあるぞ、『半壊の者』の教育システムって、どうなってるんだよ。

 ゼウスに任せるのもダメ、レーザーをかわしてから弱点を探し出し突撃するのでは間に合わない、かといって今回のレーザーで倒さないと俺は死んでしまう。『滓』にやられるなんて、絶対に御免被る。

 八方塞がりか? いや、ちょっと待て。

「──光線撃ったのを避けた後に弱点探して倒そうとするから、間に合わないんだよな」

「う、うん、そうだよ」

 不安色一杯な顔で沙実が頷く。

「だとしたら……、沙実──あいつがレーザーぶっ放したら、どこに弱点が出たか、教えてくれ。そうしたら、俺は迷わずそこに突っ走っていく」

「え! で、でも、あいつって身体の構造分かりにくいから、どこのこと言ってるのか分からないかも──」

 確かに、胸ら辺! と言われても、パッと見た感じ候補が十くらいあったりする。弱点が露呈されることが想定された身体の構造をしているのだろうか。

「いや、でも問題ないだろう」

 だってそれしか方法が無いんだから。

 俺が力強く断言した瞬間に、空気が変わった。

 来る。

 骨をも砕きそうなほどの重低音と共に、極太くて視界が真っ白く染まるほどの光を放つレーザーが、『滓』の全身から俺へと突っ走ってきた。俺は何故だか見惚れてしまって、一瞬避けるということを忘れそうになる。

 俺はゼウスのしていたように、あくまで余裕ではないが、精一杯遠く跳ぶようにサイドステップをした。その一瞬後、俺のすぐ脇を電車が通り過ぎるように光の密集体が通過していった。

 何とか避けられた──。

 ほぼ同時に、俺の脳内に沙実の声が響いた。

「──首筋!」

 首、か。なら、高いところに行かないといけないな。

 沙実の声に背中を押されるように、俺は凄絶に地面を蹴った。

 今、奴は二本足で立っている。頭まではなかなかの高さがあるが、届かないわけではない。

 俺は全力疾走した。一秒でも、コンマ一秒でも早くつかなければならないのに、空気が邪魔で邪魔で仕方がない。

 ある程度近づいたら距離を見計らって、月にも届かせるくらい渾身の力で跳んだ。身体が自由になる。自分で思っていたよりも速い。これなら、ギリギリで首筋に届くはずだ。

 俺は刀を両手で握りしめた。もうあの髑髏を見たりしても震えたりしない。

 その頭が俺の方を向く。その眼窩があるはずの空洞の奥に、強烈に燃える青い炎が見えた。全く明るくない光が見えた。憎悪を喜んで受け入れる、腐敗した焔が。

 と、思ったら何故かその頭のある位置が、ひょいと持ち上げられて一段階高くなった。──こいつ、背伸びしやがった。どこに弱点があるのか自分でも理解しているんだ。

 さっきの段階でギリギリだったのに、この高さで届くか。いや、届く、届かせる。

 みなぎる気合に反して俺の身体は失速し始めた。あのうっすらと光を放つ場所まで、あともう少しなのに、その寸前で落ちてしまいそうだ。

 届きそうで、届かない。届いてくれない。届いてくれ!

 しかしもう、高くあがらなかった。重力のしがらみが、唐突に俺の自由を奪った。

 何が何だか分からなかった。喜ぶように俺の身体が落ち始める。だが、このまま落ちたら俺は、もう戻れなくなってしまう。折角戻れたはずなのに、今回こそ、永久に──。

「うあああああああああああああああああ!」

 俺は刀を無我夢中で投擲した。もう角度的に、首筋の弱点には当たらない。しかし、そんな本質はどうでも良かった。とにかく、この狂える感情を、具体化したかった。

 刀は、髑髏の顎に硬い音と共に突き刺さった。

 『滓』は微塵も動揺しない。まるで刀が爪楊枝のようで、いかにも滑稽だった。

 ──終わった。

 俺がそう呟きかけた、その時。

「よくやった」

 その頭部の陰からゼウスが刀を引き抜きながら現れて、慣れた手つきで刀を首筋へ突き刺した。俺が地面に到達したのと、ほぼ同時だった。

 『滓』の身体は電源を切ったロボットのように静止すると、やがてゆっくりと倒れこんでいった。そして、いつもの現実離れした音をたてながら、静かに消えていく。俺を恐怖のどん底に突き落としたときは騒がしかったのに、消えるときは静寂に包まれて地面に吸い込まれるように消えていく。

 まるで、俺の中の何かを暗喩しているかのように。


 俺はそれのすぐ近くで、大の字になって横たわっていた。これで、ようやく本当の夜が訪れた気がする。湿った土の上で、俺は再び現れた朧月を眺めていた。

 そこに、ひょいと沙実の顔が現れる。

「大丈夫?」

「あぁ、なんとか……」

 俺が頬笑みかけてやると、沙実もほっとしたような笑みを浮かべた。

「お前が死にそうになっているのを、この私が傍観しているわけがないだろう」

 どこからともなくゼウスの声もする。

「分かったから、今度からはもっと教育と伝達はきちんとしてくれ……」

 俺は言いながら身体を起こした。全身から疲れが吹き出しているようで、なんだか立ち上がろうという気になれない。

 それに呼応するように沙実が自分の身体を見渡して、

「あぁ、もう私戻っちゃった。本当にギリギリだったんだー、お兄ちゃん、めっちゃ危なかったんじゃん!」

 本当だ、今までの分の疲労がまとめてのしかかってきたかのように身体がだるくなった。

 ゼウスは視線をつい、と沙実から逸らし、

「……純粋に言う機会が無かっただけだ」

「ひどいよ! 英悟が死んじゃったら、私──」

 沙実はそこまで言っておいて、俺の視線に気づくと黙りこんでしまった。──まぁ、そこまで聞けば十分だろ。かなり嬉しいぞ、そういう言葉は。

 俺は少し笑って、ふらつきながら立ち上がった。深夜の空気が肺の中を洗い流してくれるようだ。

 それから、俺は沙実を見る。さっき、再会したときは一日会ってないだけで、あんな様になっていたというのに、今度こそ本当に別れるとなると、どうなることか──。

「ねえねえ」

「うん?」

 気がつくと、沙実もにこにこしながら俺を見ていた。そして、俺の手を両手で包みこんでみせて、

「あなたに取り憑いてるときは、私は実体が無くて触ったり出来ないけど、今はできるんだよね。きちんと、あったかいよね」

「あぁ……そうだな」

「じゃあさ、……ぎゅって、して?」

 沙実が上目遣いでそう頼むのだ。肺腑の底から熱いものが吹き出すような感じがする。

「あ、あぁ……」

 そして、半分は沙実の要望に応えるために、半ば自分の熱望に応えるように、その身体を抱いてやった。いつまでも冬服の彼女には、確かに人のぬくもりがあった。どこにでもいそうな、女の子だった。誰とでも仲良くなれそうな、一人の人としか、思えなかった。

 やがて、沙実は俺から静かに離れると、最高級の笑顔を見せて、手を振った。

「じゃあ、……ね」

「……おう!」

 俺も負けじと笑いかけて、手を振りかえした。綺麗事だと思っていた別れ方だったのに、俺は少しも別れ惜しさを感じ無なかった。


 一瞬、まばたきをしたらもう沙実とゼウスはいなくなってしまっていた。泥まみれの自転車が近くで佇んでいるだけで、俺は一人ぼっちだった。

 それを確認した瞬間、胸の中にぽつりと落ちた感情が、俺にはどういうものなのかよく分からなかった。この悲しいような嬉しいような、少しばかり甘酸っぱいような──。

 湿った空気をほぐすような、爽やかな風が俺の肌を撫でた。まるで、姿を見せない神に慰められているかのようだった。





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