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第三話 ドラ息子と義姉さん

 メルと出会って二年が過ぎた。メルはあのあと無事にスカーレット家へ引き取られ、年齢の関係から僕の義姉ということになっている。最初は人見知りが激しかったが、現在では僕にお姉さん風を吹かすほど家族に馴染んでいた。……精神年齢では僕の方が十五歳以上年上なのだが、そんなこと家のみんなは知らないのでしょうがない。


 こうしてメルと暮らしている僕なのであるが、彼女と生活するようになって少し変わったことがあった。屋敷に引きこもりがちだった僕が、村の子供たちと遊ぶようになったのである。もともとメルの人見知りを心配したアリサが、村の女の子たちと彼女を遊ばせ始めたのがきっかけだった。それが最近では僕も村の子供たちと遊ばされるようになったのである。なんでもアリサ曰く「坊ちゃんはもっと人とコミュニケーションをとらないと駄目です!」なのだそうな。


 僕は転生者の咎か、やはり変な子供になってしまっていたようだった。さすがに中身が高校生の僕が子供を演じるのは無理があったようで、ところどころ浮いていたらしい。そのことをいつも僕を見ているアリサは見破ったのだ。もっとも母親代わりのはずのラナイルさんは、外出しがちのためかそのいい加減な性格のためかはわからないが、僕を普通の子供だとしか思っていない。


 幸いというべきか、困ったことというべきか。僕はまだ魔法の訓練などをほとんどしていない。訓練をしたいのは山々なのだが、ラナイルさんが魔法を教えてくれるつもりがまったくないのだ。そりゃそうである。この世界では先天的に魔法を使えることなどないのだから、教える意味がないと思っているのだ。そのため僕は独学でなんとか魔法を使おうと試みているものの、まったくうまくいっていないので訓練は半ばお休み中なのである。だから村の子供たちと遊ぶ時間はあった。


 ちなみに、身体の訓練の方は十歳ぐらいになってからである。身体がある程度できあがるまでは、過剰な訓練は厳禁だ。それまでは外で飛びまわっているくらいでちょうどいい。







 秋から冬へ季節が移り変わるころ。ロイド村は収穫も終わり、あとは冬に備えるばかりとなっていた。しかし、ロイド地方は冬もあまり冷えない。なので、この時期は普段は勤勉な村人たちが余暇を楽しむ時期である。


 そんな時期の村はずれの空き地。村を守る粗末な柵と家々の細長い隙間に、たくさんの材木が並べられている。その綺麗に整列した材木を御座代わりに使って、僕やメルは座り込んでいた。さらに僕ら二人のほかにも、何人かの子供たちがここに座り込んで環になっている。空き地はこの時期、村の子供たちの秘密基地となっていた。普段は農作業の手伝いなどに追われている子供たちであるが、収穫が終わったこの時期はかなり暇になるのだ。


「暇だな……。何か面白いことはないのか? 俺は退屈だぞ!」


 環の中央で寝転んでいた大柄な少年が、突然大声を上げた。彼はすっくと起き上ると、周囲を見渡す。その視線に周りの子供たちは凍る。少年の名はアンシャイ、この村のガキ大将だ。それと同時に村一番の暴れん坊でもある。気に入らないことがあったり、自分が退屈だったりするとすぐに人を叩くのだ。まあ、上手くなだめておけば大丈夫なので僕は一度も殴られたことはないけど。


 そんなガキ大将のいきなりの無茶ぶりに、周囲の子供たちは困ったように顔を蒼くする。ここで何か面白いことを思い付かなければ、またアンシャイに殴られるかもしれない。恐怖に怯えた彼らは隣にいる子たちと額を寄せ合った。しかしその時、一人の少年が自信ありげに手を挙げた。


「はいは~い。僕ちゃん面白いこと知ってるもんね」


「おお、どんなことだ? 言ってみろよ」


「ふふーん、どうしよっかなー」


 二枚目半、といった顔の少年はもったいぶるように首をひねった。彼はラーシュ、村長の息子だ。村一番の自慢屋で、いつも新しく買ってもらったおもちゃの自慢ばかりをしている。アンシャイと比較的仲が良く、いつも二人でつるんでいた。


「おい、もったいぶらずに言えよ。ぶん殴るぞ!」


「せっかちだなあ。実はね、来週からこの村に冒険者の人が来るんだ。パパから聞いたんだから間違いないよ」


「冒険者? 何だそれ、うまいのか?」


 アンシャイはとぼけたような顔をした。無理もない、僕も冒険者というのは初耳である。ファンタジーにありがちなモンスターと戦ったりするあれだろうか。だが、この世界でそんな職業があるなど聞いたことがない。モンスター退治などはもっぱら黒司書の仕事だ。


 しばしあっけにとられる僕たち。するとラーシュは「君たち駄目だね」とばかりに両手をあげて、薄っぺらい胸を張った。


「ちっち、君たち物を知らんなあ。冒険者っていうのは、凶悪なモンスターたちを剣でばっさばっさなぎ倒したり、未知の遺跡に挑んだりする最高にカッコいい職業のことさ。最近モンスターが増えてるから、都じゃ引っ張りだこの職業なんだぞ!」


「へえ、そいつはすごいや!」


 子供たちはわあッと手を叩いた。アンシャイも感心したような顔をする。空き地に何となく明るい雰囲気が満ちた。だがそんな中、メルは無表情だった。彼女はプラカードもどきをポンポンと叩くと、みんなの注目を集める。


『どうしてそんな人たちが村に来るの? モンスターの撃退はうちの仕事よ』


 うちの仕事とは無論、ラナイルさんの仕事であるということだ。ここ最近、この村の周辺にもモンスターが現れるようになっている。ラナイルさんはそんなモンスターの撃退を気前よく超格安料金で請け負っていた。だから別に、村人たちはよそから冒険者を呼ばなくともラナイルさんにやってもらえばいいのである。


 他の子供たちもそう思ったのか、その場をガヤガヤとした声が包んだ。すると、ラーシュは少し苛立ったように口をとがらせる。


「ラナイルさんじゃ駄目なんだよ。あのラナイルさんじゃ!」


 ラーシュの言葉にはやたらと力が込められていた。ラーシュたち村長一家と、スカーレット家の仲はもともと非常に悪い。村長一家は自分たち以上に裕福で発言力のあるスカーレット家が気に入らなくてしょうがないのだ。加えて、ここ最近のモンスター退治でスカーレット家は株を上げている。ラーシュからしてみると、それが腹立たしくて仕方がないらしい。だから彼は最近、何かと僕たちやラナイルさんを目の敵にしていた。


 ラーシュの言い草に、メルはたまらず目を細めた。そしてそのプラカードもどきに、黒々とした太い文字を浮かべる。


『どうしてかしら? ラナイルさんは、オーガの群れを半日で倒してきたことがあるぐらい強いのよ。冒険者たちにそれができるの?』


 オーガというのは、村人総出でやっと倒せるほどのモンスターである。その大木ほどもある緑の巨体は、村人たちから悪魔と恐れられるほどだ。しかしその群れを、ラナイルさんはたった半日で全滅させてきたことがあった。


 メルの言葉にロイドはわずかにたじろいだ。だが、すぐさま勢いよく言い返す。


「できるさ! 今度やってくる冒険者たちは、パパが高いお金で雇う二つ名もちの超一流なんだぞ!」


『高いお金……ね。そんなことに使うお金があるなら、もっと村のために使ってほしいわ』


「くうッ、そんなことが言えるのも来週までだぞ! 来週になったらパパが雇った冒険者たちがモンスターたちに大攻勢を仕掛けるんだ。そしたらあっという間にモンスターが全滅して、君の家の立場なんか丸つぶれになるんだからな!」


 そこまで言って、しまったという顔をするラーシュ。どうやらしゃべりすぎたらしい。彼は赤い顔をして、口を押さえた。


 なるほど、そういうことだったのか。冒険者が来る理由に納得した僕はポンと手をついた。一方でメルは冷やかな笑みを浮かべる。元人見知りのくせに、現在のメルはなかなかいい性格をしている。いや、人見知りの裏に隠されていた本来の性格が現れたというべきか。とにかく、彼女はにやり笑いと皮肉が似合う、クールな少女に変貌を遂げていた


『……フフッ、来週が楽しみね。そんなにうまくいくかしら』


「ふんっ。お前とライの方こそ、村の人に謝る準備をしとけよ!」


 なぜ僕まで? 姉弟間の連帯責任なんて聞いたことがないぞ。


「えッ、なんで僕まで加わってるんだ」


「うるさい! 姉弟だから一緒なの!」


 それだけ言うと、ラーシュは足を踏み鳴らしながら空き地から出て行った。それを見てニヤッと会心の笑みを浮かべるメル。だが僕らはまだ気が付いていなかった。村長が立案した馬鹿なモンスター殲滅計画が、とんでもないことを村に招くことに――。


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