第九話 能力の暴走
教室の中には、何人かの女子生徒のすすり泣く声だけが響いている。
俺は教卓に座り、そんな教室の様子を眺めていた。
時計を見ると、俺がこの教室に来てから30分程経っている。
初めの頃は多少喧嘩に慣れているヤツらが殴りかかってきたりもしたが、全員返り討ちにしてやった。
それからはずっと妙な沈黙が漂っている。
「こ、こんなことをして、退学は覚悟しなさい」
気絶している生徒を看病していたこのクラスの担任が俺を睨んできた。
その声は心なしか震えている。俺は時計をチラリともう一度見ると、先生に視線を向けた。
「なら、イジメを放置してたアンタはクビだな」
うっ、とたじろぐ先生。若いし、新任かな。
「俺は別にどうなってもいいんだよ。けど、俺に責任取らせるなら、先生も、ちゃんと責任取ってもらわないとな」
今は出来るだけ悪役を演じなければならない。正義の味方が現れるその時まで。
不意に゛教室の外゛で力を感じた。これは尋のものではない。つまり―――――。
「そろそろ、女子生徒にも罰を受けてもらわなきゃな。さて、どんなのがいい?」
出来るだけ厭らしい笑みを浮かべる。悲鳴のようなものが女子生徒たちからあがった。
教卓から飛び降りた俺は、手短に一番近くにいた女子に近づく。
その表情は絶望に染まっていた。
「さて、どうしてやろう――――――」
「お、お兄ちゃん」
服を引っ張られ右を振り向くと、妹の香撫がジッと俺を見ていた。
お兄ちゃんと呼ばれたのは初めてだ。つか、妹よ。俺と兄妹なんてバレたら次のイジメのターゲットは間違いなくお前になるぞ。
俺は敢えて妹をシカトし、女子生徒に迫った。
ガタンッ!!
突然廊下側にある教室のドアが揺れた。そして俺が捻った教室という空間が、元の世界の元の位置に戻ったことを感知する。
教室のドアを勢いよく開いて瑞希ちゃんと尋が飛び込んできた。
二人は教室の惨状を見て唖然とするも、尋の方は俺の意図に気づいたのか小さくため息をついた。
ちょっと待て。ため息ってなんだため息って。
「これ、本当に雅君先輩が・・・・?」
顔や腹を殴られて気絶している複数の男子生徒。それを介抱している先生。恐怖を顔に張り付けた残りの生徒たち。これは全部、間違いなく俺がやった。
突然の来訪者に、教室がざわめく。
「み、瑞希、早く助けを呼んできなさいよっ!」
一人がそう言うと、次々に言葉が飛び交う。助けろ、何とかしろ。イジメをしていたヤツらが、よく言えたもんだ。
ダンッ!っと教卓を殴る。教卓は真ん中から真っ二つに割れた。
静まる教室。本当に、都合のいい奴らばっかりだ。
ここには、自分のことしか考えていないヤツしかいないようだ。ま、俺も人のことは言えないんだが。だってそうだろう?お節介はただの自己満足にすぎないのだから。
俺は怯える女の子の手を掴み、無理矢理自分の方に寄せた。
頭一つ分高い位置から女の子を見下しながら笑う。
「まずはお前から、ぐちゃぐちゃにしてやるよ」
「やめてください!」
瑞希ちゃんが俺に手をかざす。すると俺の手が女の子から゛弾かれた゛。
「・・・・庇うのか?こいつは、こいつらは瑞希ちゃんをイジメてた奴らなんだろう?」
手をかざしたまま、表情を固くする瑞希ちゃん。
「・・・・知ってたんですか?私がイジメられてたって」
「そうじゃなきゃこんな事はしない」
「なら、やめてください。私、もう十分ですから。これ以上、だれかを傷つけるのは――――」
「嫌だ」
俺は即答して、能力を発動させる。
瑞希ちゃんの近くにあった机を、まるで雑巾を絞るようにねじり上げた。
多少アレな設定だが、もっと残酷な役を演じよう。そうしないと瑞希ちゃんは、俺を゛本気で倒す゛ことが出来ないからな。
「死ねよ、ブス」
瑞希ちゃんに向けて言葉を放つ。その言葉に、瑞希ちゃんは今にも泣き出しそうな顔をした。
「そう、その顔だよその顔。悲しみに歪む顔、絶望に満ちた顔。俺はそれを見るのが大好きなんだ。どうだ?多少でも心を許していた相手から裏切られる気分は」
「・・・今まで私に優しくしてくれたのはもしかして」
「このときの為の布石だよ。だってさ、甘い果実は熟させるもんだろ?」
我ながらよく言葉が出るもんだ。そういえば俺、今めっちゃ目立ってるな・・・・頭痛ェ。
ま、もうちょっとの我慢だ。
俺はわざとらしく瑞希ちゃんに手を向けて、゛避けてもらうために゛言葉を紡いだ。
「捻れろ」
空間が歪む。まるで蜃気楼のように教室の一部がぼやけた。
瑞希ちゃんはギリギリの所で、歪みに巻き込まれるのを回避する。挑発といわんばかりの攻撃に、瑞希ちゃんは絶望を映した瞳で俺を見た。
「なんでこんなこと・・・・」
「なんで?決まってるだろう」
俺は今度こそと瑞希ちゃんに狙いを定める。
「お前が嫌いだからだよ」
瑞希ちゃんの目が見開かれ、その瞳からポツポツと涙がこぼれる。
流石にやりすぎたか?と思うも、やりすぎくらいがちょうど良いさと自分に言い聞かせる。
やっぱり、人を傷つけるのは気持ち悪いな。自分に吐き気がする。
能力は一度発動すると、その使い方、どんな能力なのかは、使用者の頭の中に自動インプットされる。つまり、瑞希ちゃんは完璧とはいかないまでも、多少は戦えるということだ。
けど、まだ早い。
それに俺は、これ以上危険なことに他の人を巻き込みたくない。
尋の強さは知っている。尋も俺も、師匠のしごきに耐えて人外の力を手に入れた。けど瑞希ちゃんは、普通の人が能力を持った、ただそれだけなのだ。
「信じてたのに・・・・」
瑞希ちゃんの身体から、空間を歪めるほどの力が溢れ出す。
それはまさに、能力の暴走。さぁ、全力で来い。全部俺が受け止めてやる。
瑞希ちゃんの能力は、さっき俺の手を゛元の位置に戻した゛ことから察するに、事実を無かったことにする類の能力だと予想できる。
「雅君先輩ならって、信じてたのに」
力が膨れ上がり、俺に迫ってくるのを感じた。
敢えて、それを受け止める。
力を受けた俺の身体は、手の指先からサラサラと砂のようになって消えはじめた。
なるほど。瑞希ちゃんの力は、存在を消す能力といったところか。
兄妹揃って、なんとまぁチート臭い。
消える速度がゆっくりなのは、瑞希ちゃんが心のどこかで人を消すことに抵抗があるからか。優しい子だな。本当に。
ハッと我を取り戻した瑞希ちゃんが、必死の形相で何かを叫んでいる。
しかし、耳はすでに消えており、俺には聞こえない。尋に視線を向け、後は頼んだ、と目配せする。
尋が笑みで返事するのを確認した俺の姿は、教室の中から消失した。