第六話 デート
デートとは、忌み嫌うリア充共のイベントで、俺には縁のないものだと思っていた。
つまり何が言いたいかというとだな―――――。
「何をすればいいんだ?」
☆☆☆☆
いつもより早く起きた俺は、自分で考えれるだけのお洒落をした。
待ち合わせ時間は、学校の校門前に10時30分。
現在は8時ジャスト。少々早く起きすぎたようだ。
着替えをいつもより若干時間をかけて行い、顔を洗って朝食を食べる。
チラッと時計を見ると、9時を少し過ぎた辺りだった。
まぁ、誘ったのは俺だし多少は早めに行っとかないとね。
そう思い手早く食器を洗うと、部屋に戻りポケットに財布をねじ込んで玄関へ向かった。
靴をはいていると、階段を降りてくるような音が。
「まじかよ・・・・」
朝からの不運に嘆きつつ、逃げるように玄関のドアノブをひねる。
「待って!・・・・・ください」
まさか声をかけらるとは思わず、後ろを振り返る。
そこにいたのは、先日不良に絡まれていたこの家の三女、相良 香撫であった。
「・・・・何か、用?」
俺は出来るだけぶっきらぼうに答える。正直あまり関わりたくないのだ。
「あの、その・・・・この前は本当にありがとうございました。私たち、あなたに酷いこと、ばっかりしたのに」
まぁ、酷いことしたって自覚はあるんだな。と、この家に来たばっかりの頃に受けた嫌がらせの数々を思い出す。
いじめってよりも明らかにレベルが低い嫌がらせだったから、実はあんまり気にしちゃいないんだが。
謝ってくれるなら・・・・うん。それだけでなんか嬉しい。
つか、三女はほぼ何もやってないに等しいし。問題はあとの二人の方だからな。
「いいよ別に。あんたは許す。これでいいだろ?俺、用事あるからもう行くわ」
こっちは早く待ち合わせ場所に行きたいんだよ。つか、こんな二人で喋ってるとこを長女か次女に見つかったらそれこそ、どんな嫌がらせを受けるか。
「わ、私は別に許してほしいとか思ってるわけじゃないんです!」
「お、大きい声出すなって!」
俺が逃げるために玄関のドアを開けると、玄関の前には鬼がいた。
無言で俺を睨むのは、長女と次女。
なんでこんな時間に家の外に?と疑問がわいたが、とりあえず今は逃げよう。早く逃げろと本能的なものが警告音を滅茶苦茶鳴らしてるのだ。
「香撫と何があったのか、話しなさい」
と、睨む長女の相良 志穂。
その目からは、なぜか、師匠と同じような威圧感が感じられた。
その後ろでは、次女の相良 奈留も負けじと俺を睨んでいる。
逃げる方法を考える。今捕まったら、瑞希ちゃんとの約束の時間には間に合わないだろう。
その時、風が吹いた。
長女と次女のスカートが揺れる。
そういえば朝のニュースで今日は風が強いとか何とか言ってたっけな。
見えたのは白と黒。
長女が白で次女が黒な。
スカートを抑える二人に小さく感謝しながら、俺は玄関を飛び出した。
「ま、待ちなさい!」
朝からいいものを見せていただいて大変ありがとうございました。
俺の足に普通の人間が追いつけるわけもなく、何かを喚いている二人の影を見ながら小さくほくそ笑んだ。
☆☆☆☆
学校の校門に着いた俺はかなり後悔していた。
(今日はさすがに帰れないよな・・・・)
色々やりすぎた感があるし、最悪明日も日曜で学校休みだ。
ネカフェ泊まりも覚悟しとくべきかな。
ため息をはきつつ財布の中の心配をしていると、ふわりと甘い匂いが鼻に触れた。
「はぁ・・・はぁ・・・・雅君先輩、お待たせしました」
声の方を振り向くと、いつもとは全然違う瑞希ちゃんの姿があった。
全体的に明るめの色で構成されている服は、瑞希ちゃんにかなり似合っている。
携帯を取り出し時間を見てみると、まだ10時になる前だった。
「瑞希ちゃん」
お互いにかなり早く来たなぁ、と苦笑しつつ、とりあえず褒め言葉を模索する。
「に、にに似合ってるよ」
女の子を褒めるなんて初めての経験に自然と血が頭に上っていくのを感じた。
こんな台詞をさらりと言えるゲームの主人公たちって本当に凄いな。
「あ、ありがとうございます。えへへ」
ぐはっ!
思わず鼻血出そうになったぞまじで。はにかみながらえへへはまじやヴァイって。
「雅君先輩、どうかしました?」
「いや、なんでもない」
冷静を装いつつ、小さく深呼吸。
「さて、行こうか」
俺たちはとりあえずショッピングモールに向けて歩き出した。
・・・・・・と、話は冒頭に戻るわけで。
ショッピングモールに着いたはいいが、それからどこに行けばいいか判らない。
ここは無難に映画か何かか?それともショッピングでもしてブラブラがいいのか?
あぁ、くそっ!このままじゃ瑞希ちゃんに、『デートもまともに出来ないの?この童貞野郎』なんて思われるかもしれない。
誰か、誰か俺に助けを!
「あの・・・どうしたんですか?」
心配そうに顔をのぞき込んでくる瑞希ちゃん。
・・・・落ち着け、落ち着くんだ俺。そうだ。よく考えてみろ。
瑞希ちゃんにどこに行きたいか聞く。これでいいじゃないか。
気持ちを落ち着けて、自然を装い質問する。
「瑞希ちゃん、どこか行きたいとこある?」
「えっ・・・?雅君先輩がどこかに連れて行ってくれるんじゃ・・・・す、すみませんっ!人に頼ってばかりはいけませんよね。本当に、ごめんなさいっ!」
最悪だ。
誘ったのは俺なのに何も考えてないなんて。しかも瑞希ちゃんにこんな風に謝らせて。
「・・・・ごめん」
やっぱり、人と付き合うのは苦手だ。
尋のおかげで改善されたと思っていたけどそれは間違いだった。
何となく重い空気になり、自分を攻めながらショッピングモールの中をぶらつく。
「あの、雅君先輩?」
「・・・・ん?」
「映画とか、興味ないですか?ほら、ちょうどあそこに映画館あるし」
指を指す方向を見ると、確かに、映画館があった。最近出来たばかりなのか外観がとても近代的である。
やっぱり眩しいな。そう思った。
俺には悪くなった空気のまま会話を切り出す勇気なんてない。ただ自己嫌悪に陥るだけ。
最悪だ、俺は。
それなのに瑞希ちゃんは凄いな。年下なのに機転もきくし、何より優しい。
俺なんかを気にかけてくれる。・・・・なんだろうなこの気持ち。
尋も同じだ。冷めた俺の心を、太陽みたくポカポカにしてくれる。
ほんと、この二人にはかなわないよ。
「・・・・・うん。じゃあ、行こうか」
俺の返事を聞いた瑞希ちゃんは、とても嬉しそうに微笑んだ。
「はいっ!ありがとうございます!」
感謝したいのは、俺の方なんだけどなぁ・・・・。
そう思いつつ、にこりと笑い返した。
☆☆☆☆
『今日は楽しかったです。よかったら、また今度誘ってくださいね』
アドレスを交換して別れた直後、瑞希ちゃんからさっそくメールが届いた。
よくよく考えてみると、今日の目的は瑞希ちゃんを励ますことだったはずだ。
いじめなんかに負けるなって、遠回しに励ますつもりだったんだが、逆に色々と励まされた気がする。
俺が瑞希ちゃんに渡せたものは、メルアドと映画館で買った320円のキーホルダーだけ。
キーホルダーですら渡すのに苦労した。本当は映画の後に寄ったハンバーガーショップでも奢ってやりたかったのだが、断固拒否された。
もうちょと人に甘えてもいいと思うんだがなぁ・・・・。
『了解。瑞希ちゃんの都合いい時にまた誘うから』
そう返信をして、帰宅する。
影を狩る仕事は、尋が一人でやると言っていたので任せた。
尋にも、今度何かお礼しなきゃな。
空を見上げた。星が綺麗に瞬いている。
まだ肌寒いせいか、息が白く吐き出された。
人を思いながら生きるのも悪くない。うん、悪くないな。