第五話 日常
俺は人混みの中を素早く移動し、男たちに距離を詰める。
近づいてもナンパに夢中で気づかない男たちの一人の頭をめがけて足を振り上げた。
もちろんあてたりはしないさ。なんせ、俺の身体能力は普通じゃない。
耳の横で足を寸止めさせる。高速で動かした足は風を生み、それは見えない衝撃へと変わった。
男は右耳から血を垂らしながら倒れた。鼓膜か何かが破れたのだろう。
(力加減むずいな・・・・)
特に最近は人間を相手に立ち回ることもなかったため、なおさらだ。
仲間が突然倒れたことに驚愕の表情を見せた残りの二人は、俺の姿を見ると怒りを露わにした。
「テメェ!一体何だ!」
足を降ろし、周りの注目を集めていることに気づいた。
うぅ・・・・何やってんだろ、本当。
極力顔を伏せながら、目立たないよう声を小さくして男の質問に答える。
「通りすがりの、一般庶民」
その答えをどう思ったのか、ヤンキーさんたちからプツンという音が聞こえてきたような気がした。
瞬間。二人の男は同時に俺の顔めがけて拳を振り上げる。
「ふざけんなテメェ!」
「なめてんのかゴラァ!」
俺はその拳を体勢を低くすることで交わし、プッと吹き出した。
「生ゴラァ初めて聞いたわ・・・・やべぇ、笑わせんなよ」
的を無くした拳は宙を舞い、勢い余って倒れ込みそうになる二人の鳩尾辺りに手を配置。
少しだけ力を込めて拳を鳩尾にめり込ませた。
倒れるヤンキー共。おぉーと野次馬から声があがった。
・・・・ってか何だ、この野次馬の数は!こうなったら全力全開で逃走しなければマジで具合悪くなる。人多すぎだっての。
俺はチラリと我が妹とその友達に視線を向ける。
「ガキは早く帰れ」
視線を動かし、人混みの隙間を見つけてコンクリートの地面を蹴った。
適当な路地裏に入った俺は頭を抱えてしゃがみ込む。
「うぉぉぉ・・・・俺はなんて恥ずかしくて目立つことをしたんだ」
後からジワジワと押し寄せてくる後悔の波。
確かに父さんからも師匠からも困ってる女の子がいたら助けてやれって言われたけどさ、けど今回はちょいとやり過ぎた。
人前であんなことするなんて、絶対噂になる。そうなったら学校でも目立つ。
・・・・・・最悪だ。
意気消沈しながら、ため息をつく。今日はもう、帰ろう。
☆☆☆☆
とぼとぼと歩き、帰路につく。家に着いたのは午後21時過ぎだ。
結局晩飯食べれなかったし、カップ麺あったかな、と玄関のドアを開ける。
いつものこの時間、三姉妹はすでに自分の部屋にこもっているので、安心して寛<くつろ>げる。
(まずは風呂だな、風呂。)
俺は自分の部屋に鞄を放ると、疲れた体を癒すべく風呂場へ向かった。
☆☆☆☆
風呂は日本人が世界に誇れる生活習慣だと思う。
いつもはシャワーですませるが、何故かお湯がはってあったので堪能させてもらうことにした。
いや、まじで癒されるわ・・・・。
目を瞑りながら今日を振り返る。・・・・・・うん。厄日だったな、本当。
俺は小さく息をはいて、見知らぬ誰かに祈る。
明日はいいことありますように。
☆☆☆☆
朝。いつも通りの時間に起きる。
三姉妹に会わないよう時間をずらすのは、すでに生活に馴染んできているようだ。
布団からのそのそと這い出る。着替えを手早くすまし、顔を洗いに行くと、鏡に写った自分の顔に少なからず落ち込んだ。
尋から切られた前髪は運がいいのか悪いのか、パッツンにはなっていなかった。
しかし、いままであったものがないってのは、それだけで気落ちするものである。
(学校行きたくねぇ・・・・)
一瞬サボろうかとも考えたが、家に一日中いるイコール三姉妹に出会ってしまうなのでそうもいかない。
大きくため息をつき、顔に冷たい水をかけた。
朝食は簡単に食パンだ。作るのめんどくさいし。何より時間がない。
口に食パンを放り込み、鞄を取りに部屋まで戻ると、そのまま玄関を出た。
「行ってきまふ」
もちろん、返事なんてあるわけないんだが。
☆☆☆☆
教室に着くと、尋が机に突っ伏していた。珍しいこともあったもんだ。
「よっ。元気か?」
声をかけると、イケメン顔がかなりやつれていてちょっと引いた。
「・・・・・あの後、頑張ってあの人たちからは逃げきれたんですが、また別の人たちに捕まりまして」
唐突に語り始める尋。
ほぅ。リア充自慢かこの野郎。
「危うくホテルに連れ込まれそうになったけど、それもなんとか頑張って逃げてたら、何故か影に滅茶苦茶遭遇しまして」
ま、まぁ、俺は昨日影退治やってないしな・・・・。
「家に帰ったら姉さんからいじられまくって・・・・・こんなに疲れたのは久しぶりですよまったく」
「イヤァ、ソレハタイヘンダッタネ」
8割は俺が原因ですねわかります。
さすがに不憫に思えてきた俺だが、前髪を切った途端に周囲からの視線が強くなった朝のことを思いだし、同情の心をバッサリと切り捨てる。
まじで吐きそうだったからな朝。つーか前髪切っただけで目立つ俺ってなんなの?
あぁー顔がキモオタすぎるんですねわかります。
俺は自分の席に突っ伏すと、大きくため息をつく。
「ため息ついたら、幸運が逃げていくんだぞ、とか言ってみる」
突然の声。俺なんかに気さくに話しかけてくるやつは限られているから特定は楽だ。
顔をゆっくり上げると、眠そうな目を俺に向けてくる女の子の姿が。
なぜか裾の長さが合ってない制服。地球人とは思えない桃色の髪。そしてペッタンコな胸。
「雅<まさ>、今何か失礼なこと考えた、とか言ってみる」
「別に。ただ如月<きさらぎ>の胸の貧弱さに嘆いていただけだ」
「・・・・・・私、女の子なんだ、とか自己主張してみる」
「・・・・あぁ。わかったからそんな泣きそうな顔すんなってマジで。お前のファンどもから殺される」
こいつの名前は如月 九<きさらぎ ここの>。このクラスでも目立つレベルの変人だ。
見た目の容姿もあるが、電波的な言動の数々から、コアなロリコンどもがこいつのファンクラブを設立している。
俺とコイツが知り合うきっかけも、横で突っ伏している尋にあるんだが・・・・・まぁ、どうやら如月は俺に用があるようだ。
「で、何かあるんだろ?」
じゃないと、如月が教室の中で俺に話しかけてくるなんてことは滅多にない。俺が目立つの嫌いだって知ってるし、こう見えて如月は心優しい女の子なんだ。
「前髪切ってたから、近くで見に来ただけ、だったりして」
前言撤回。コイツは興味本位で俺を目立たせようとする悪い子だ。
「・・・・・・すぐに怒っては、いけない。確かに人の為に、怒れるのはすごいことだけど、そのせいで雅と会えなくなる、のは嫌だ、とかお願いしてみる」
どうせ無駄だけど、と言い残して如月は去っていった。
今の電波的発言を聞かせるために俺の所に来たのだろう。
出会った頃は判らなかったその意味も、今では少し理解できる。
なんたって如月は、預言者なのだから。
とりあえず何か事件があるから、その時に冷静な対処しろってことかな。たぶん。
チャイムが鳴り、担任が教室に入ってくる。ちなみに如月は神の遺物<ジャンク>を持っているわけではない。
世の中には、自身の能力として漫画やアニメのような力を持っている奴がいる。
本当に、不思議でいっぱいだよ。この世界は。
☆☆☆☆
放課後。昨日と同じく瑞希ちゃんと下校する。
ちらっと靴を見ると、今度はペンか何かで落書きされていた。
それを見ないふりをしながら、昨日と同じように並んで歩く。
たぶん油性で書かれてるんだろうなーとか、昔を振り返りながら思っていると、瑞希ちゃんの首あたりに青い痣を見つけた。
(このままじゃ、やばいかもな)
俺の時には、暴力とかはなかったんだが、瑞希ちゃんにはそれがありそうだ。
無理に笑っている瑞希の横顔が、いつか見た鏡の前の自分に重なる。
「ねぇ、瑞希ちゃん」
これは同情なのだろう。
そしてただの自己満足だ。
「あ、明日って、暇かな?よかったら買い物に付き合ってほしい・・・・とか言ってみたり」
おおぅ。如月の口調が感染<うつ>った。
人を誘うことじたい何年ぶりだろうか。
内心ビクビクしながら瑞希ちゃんの反応を待っていると、瑞希ちゃんは立ち止まって笑顔の花を咲かせた。
「い、いいんですか!?私なんかが雅君先輩とお買い物に行って!」
俺は苦笑しながら頷き、ただしあんまり人が多くないところにね、と付け足す。
少しでも、瑞希ちゃんの心が軽くなればそれでいい。俺みたいに、どん底に落ちる必要なんてないんだ。
春の風が、優しく髪を揺らした。
誤字脱字があれば以下略